第二十二話 花言葉(表)
シャム婆様は丁寧にお店の順番も書いてくれていた。
地図の通りに行くと、まず服飾店で服を買って着替えてから本屋さんに、それから鍛冶屋さんに行って、お花畑を見て、おやつを買って帰ってくる。そんなルートである。
「わたし、服飾店に行くの初めてです」
「……男爵令嬢時代に行ったのでは?」
「いえ、あの頃は……お父様とお母様が、その、ずっと忙しそうにされていたし……ほら、わたし、こんな容姿じゃないですか。不気味がられるから、行かない方がよかったらしいです……」
あれ……そう考えたらこれから行くのも不味いんじゃ。
今も周りの人たちがちらちらわたしのほうを見てるし。
シグルド様はフードで顔を隠してるけども、わたしと居たら迷惑かけちゃうかも……。
「あの、シグルド様。わたし」
「──勿体ないな」
「へ?」
シグルド様はわたしの髪をひと房持ち上げた。
「実に見事な白髪だと思うが」
「え」
「瞳も……そうだな。ラナンキュラスのように綺麗な赤だ」
………………。
わたし、夢でも見ているのかしら。
シグルド様と出会ってもう何回もそう思うようになった。
実はあの時不審者さんに襲われて死んでいて、これはわたしが見ている都合のいい夢じゃない?
そうじゃなかったら、こんな幸せなこと起きないもの。
ずーっと不気味がられて来たのに綺麗なんて言われて。
「~~~~~~~っ」
顔が真っ赤になってしまう。
わたしは俯き、ぎゅっと裾を握った。
(ラナンキュラスの花言葉は……『あなたは魅力に満ちている』)
いやいや、シグルド様に限ってそんな。
たまたま周りにラナンキュラスがあって、何も考えずに言っただけよ。
そう思って周りを見渡すのだけど、ラナンキュラスなんてどこにも咲いてなかった。
「アレだな、行こう」
(ズルい……わたしばっかり恥ずかしがってる)
ずっとわたしが先導していたのに、服飾店の看板が見えた途端にシグルド様に手を握られてしまった。分かってる。シグルド様は絶対にそういう意味で言っているわけじゃない。きっと落ち込むわたしを先回りして励まそうとしてくれたんだ。それでも、
(どうか、伝わりませんように)
心臓の鼓動がうるさい。
握った手のひらは熱くて、手汗が悟られないか心配になっちゃう。
──シグルド様は、ご主人様だ。
きっとわたしに言ったことなんてみんなに言ってる。
騎士としての務めを果たしてくれてるんだから、ドキドキしちゃダメ。
カランカラン。
「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました」
「あぁ、今日はこの子の服を見繕ってもらいたい」
いつの間にか店の中に入っていた。
店員のお姉さん人はシグルド様を見て少し驚いていたようだけど、すぐに頷く。
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
「はみゅ……えっと、よろしくお願いします……」
「まぁ。お可愛らしいこと」
お姉さんはうふふぎふふと大変独特な笑みを浮かべていた。
ちょっと怖い。
お姉さんに何着か服を渡されて、パーテーションで区切られた中で着替えていく。
カランカラン。
ベルの音がして、わたしたち以外のお客さんがやって来た。
「──シグルド?」
「おいおい、なんでお前がこんなところに居るんだ」
聞き覚えのある声だった。
「…………ニ―ナ。ジョンもか」
ジョン様? それとお連れの方は女性の声。奥様……かな。
シャム婆がジョン様は独身だって聞いた気がするけど……。
なんだか気になって、わたしは着替えながらそっと耳をそばだててしまう。
「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「お前もな、ニ―ナ」
ニ―ナっていう人なんだ。
シグルド様、ちょっと親しげ……?
どんな人なんだろう……ちょっぴり顔を覗かせると、
(わぁ……! 女騎士さんだ……!)
甲冑を来た女性がジョン様の横に立っていた。
後ろでひとくくりにした金髪は艶やかで、身体は引き締まり、出るところは出ている。なんというか、美しい、という言葉が似合う人。
こっそり覗いているわたしに気付かず、ジョン様が呆れたような顔になった。
「つーかなんでお前がこんな所にいんだ。女性モノの店だぞ、ここ」
「例の保護した娘の買い出しだ」
「ふふ。ジョンから聞いてはいたが、本当に女性を侍女にしたのだな。元男爵令嬢だと言うから、てっきり私は貴様が婚約者でも見つけたのかと思ったのだが……」
「ただの侍女だ。下世話な勘繰りはやめろ」
「失礼した。貴様に限ってそんなことはなかったな」
──ズキン。
(………………あれ?)
何だろう、今の。
胸の真ん中に針が刺されたみたいな痛み。
肋骨は折れてないはずだけど……
「お前たちのほうこそ何しに来た」
「女騎士の制服を発注していたものでな。取りに来た」
「なるほど」
「だがせっかくだ。貴様が保護した女性を見て行こう」
「…………アンネローゼは着替え中だ」
「ならば待つさ。いくらでもな」
目が合いそうになって、わたしは慌てて顔を引っ込めた。
(早く着替えなきゃ)
胸を抑える。今はもう動悸はしていない。
でも、その余韻というか、なんだかしこりみたいなものは残っている。
(……何なんだろう)
わたしは首を傾げつつ、着替えを進めていくのだった。




