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第二十一話 主従デート

 

「アンネローゼ、買い物に行くぞ」

「ほえ」

「まぁ! それではちゃんとお着換えしないといけませんね」


 休暇の朝。シグルド様の一言でアレやコレやと準備が進められた。

 嬉しそうに準備をしてくれたシャム婆様だけど、私はお出かけ出来るような服なんて持ってない。ただの町娘と言った風貌のわたしがシグルド様の隣に立っていたら迷惑なんじゃ……と思ったけど、自分を卑下するのはやめろと言われたことを思い出して、慌てて背筋を伸ばす。


「アンネローゼさん、今日は仕事を忘れて楽しんできなさいね」

「仕事を忘れて……いいんですか?」

「いいのよ。休日くらい羽目を外さないと」

「休日……休日は久しぶりです」


 男爵令嬢時代から数えてだから、もう五年くらいかしら。

 ずーっと働きづめだったから、休日の過ごし方なんて忘れちゃった。

 準備を整えたわたしはリビングでシグルド様を見上げた。


「あの、どうして急に買い物なんて」

「侍女の身支度を手伝うのは主人の努めだからな」

「そうなのですか?」

「ずっとこの家に居ても息が詰まるだろう」

「息は詰まりませんが……お仕事が少なすぎて困ってるのはあります」

「ほう」


 正直に伝えておく。ロンディウム家のお屋敷であれやこれやと仕事を振られていたわたしからすれば、今のお仕事は暇すぎて、やりがいがいまいちだ。もちろんシグルド様がおうちにいるときはいっぱいお世話出来るし、そこに文句はないのだけど、シグルド様は一日のほとんどを外で過ごすから……。


「いっそのこと、わたしもシグルド様についていければいいんですけど」


 シャム婆様も側付き侍女にどうか、と言ってくれたし。

 戦場で騎士様のお世話をする人も居るって聞いたし。

 ちょっぴり希望を込めて見上げれば、シグルド様は眉間に皺を作って言った。


「君がいると集中できないから却下だ。行くぞ」

「はい」


 そうよね。足手まといなんて居ても邪魔よね。

 着替えを終え、シャム婆様に見送られてお屋敷を出る。


 森の街道は静かで災魔(レギオン)の気配は見えない。

 お昼は活動が静かになるっていうし、そのせいかな。


 シグルド様にお仕えして以来、すっかり声も聞こえなくなった。

 きっとあれは、わたしの恐怖が聞かせていた幻聴なのだろう。


「あの、転移陣で向かわないんですね?」

「騎士団の連中に見られたくないからな」

「はぁ。ジョンさんも街に……?」

「あぁ、居る」


 お休み中でも職場に行ったら仕事を振られたりするのかしら。

 シグルド様はすごい騎士だし、引っ張りだこになっててもおかしくないもの。

 そう思うと、こうしてわたしに構ってくれてることがすごいことのように思えて来た。


「……ありがとうございます、シグルド様」

「どうした、急に」

「えへへ。お礼を言いたくなったんです」

「……そうか」


 シグルド様は仏頂面で頷き、わたしの頭を丁寧に撫でてくれた。


「気にするな。騎士の務めを果たしただけだ」

「ふふ。はい!」






 森の中にある小さな町には街道が一本伸びている。

 煉瓦屋根の家には庭があって、緑が絶えない街に見える。

 王都のように活気のある市場というわけじゃないけど、店員さんと主婦らしき人が喋っていたり、噴水のそばで子供たちが駆けまわっていたり、活気のある田舎町、という印象。五年前に見た王都よりもよっぽど好きで、わたしは思わず感嘆の声をあげた。


「はわ……静かで良い街ですね」

「あぁ。デルフィナという街だ」

「『古き街(デルフィナ)』……ですか。いいですね」


 人口三千人くらいの小さな街らしい。

 森に出没する災魔(レギオン)は強力なものが多いものの、同じくらい出没する幻獣から服飾の素材をもらえたり、逆にこちらから捧げモノをしたりしてて、上手く自然と調和しているのだとか。よくよく見れば、街の中に人じゃない人も混じっているような。妖精さんとか、小人さんとか……。


「まずは服を買いに行こう」

「はみゅ。了解しました」

「君の好きなのを選ぶように」

「はい。シグルド様に恥じないように…………はい? わたしの服ですか?」


 思わず目が点になった。

 そんな話、まったく聞いていなかったのだけど。

 わたしは自分の身体を見下ろした。

 シャム婆様に貰った村娘みたいな恰好である。


侍女(キミ)の身支度を手伝うと言っただろう」

「あれは仕事道具を増やす的な意味かと……新しいエプロンとか」

「ならそれも買おう」

「ほぇ!? や、大丈夫です。まだまだ使えますから!」

「何を言ってるのか聞こえないな。行くぞ」

「絶対聞こえてますよね!? あとそっちは本当に服飾店ですか!?」

「……」


 え、えっと。

 わたし、この街に来るのは初めてなんだけど……

 シグルド様が迷ったら、どこに行けばいいのか分からないのだけど。


「……」


 シグルド様は立ち止まって、あたりを見回した。

 どうやら本当に迷ってしまったらしい。方向音痴さんは今日も絶好調のようだ。

 わたしが見上げると、シグルド様はふい、と目を逸らした。


 それがなんだかおかしくって──


「ふ、ふふ」


 思わず、笑みがこぼれてしまう。


「もう、シグルド様ったら、子供じゃないんですから」

「……問題ない。信号弾で助けを呼ぼう」

「あはは! 災魔(レギオン)退治じゃないんですから!」


 ついに声をあげて笑ってしまった。

 周りの人たちの注目を浴びてしまい、慌てて両手を口に当てるわたしである。

 しばらく笑ってから、わたしは涙を拭いて懐から紙を取り出した。


「そう思って、シャム婆様から地図を預かっています」


 シグルド様はむすっとした。


「なぜ最初から出さなかった」

「最初から出したら拗ねちゃうから、困った時に使いなさいって」

「……」


 すべて見透かされていたシグルド様は面白くなさそうだった。

「貸しなさい」と地図を受け取り、わたしの手を引いて歩き出す。


「こっちだ」

「シグルド様、そっちは逆です」

「……」


 シグルド様は肩を落としてしまった。

 とうとう観念したのか、


「……案内を頼む」

「はい! お任せください!」


 シグルド様の手を取り、わたしは歩き出す。

 剣だこのある手はごつごつとしていて、頼もしい男性の手。

 ちょっぴり恥ずかしくて顔が熱くなってしまうけど……。


「……」

(ふふ。まだ拗ねてる)


 ちょっとだけ後ろを見る。

 少年のようにむくれるシグルド様が可愛くて、顔の熱さも吹き飛んでしまった。




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