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第二十話 癒しの在り処

 

「アンネローゼさん、何が食べたい?」

「わたし、チーズが食べたいです。シャム婆様」

「良いわね、なら明日、はちみつも買ってきましょう」

「わぁ! おやつですね!」


 一日の仕事を終えたわたしは、シャム婆様と夕食の相談をしながら暇を潰していた。なにせ暇なのである。ちょー暇なのである。おかげでここ再来週までの夕食の予定も決めてしまったほどだ。


「こうなってくると魚もいれたいわねぇ」

「お魚……! わたしも食べたいです。食べたことないです」

「あら。アンネローゼさんはあんまり食べないの?」

「はい。残飯の中だと腐りやすかったですから」

「……そう」


 ロンディウムの屋敷でもお魚は出ていたけど、かなりの匂いがあるからさすがに食べられなかった。むしろ魚の臭さが周りの残飯たちに移っちゃうから、出来ればないほうがいいくらいだった。


「シグルド様は何がお好きなんでしょう」

「特に好き嫌いはないけど、実はお肉より野菜のほうが好みよ」

「ほほう」

「肉の焼き方はレアよりもミディアム。ちょっと硬いほうがいいみたい」

「覚えておきます!」


 頭の中のメモ帳に書き込んでおく。シグルド様はいつも任務で頑張ってくれているんだから、ご飯くらい贅沢してもらいたい。何よりこんなに良くして貰っているんだから、精一杯お仕えしなきゃ。


「じゃあ夕食はこれでいいとして……アンネローゼさん、何か欲しいものはある?」

「はみゅ……欲しいもの、ですか」


 わたしは首を傾げた。


「特には……美味しいご飯が三食もあって、お風呂もあるので……」

「そういう意味じゃなくて」


 シャム婆様は苦笑する。


「たとえば綺麗なお洋服とか、装飾品とか、趣味の品とか」

「あぅ……わたし、そういうのよく分からなくて……」


 騎士の子として育ったわたしは洋服なんて買ってもらったことがなかったし、貧乏だったから、装飾品で着飾ることもしなかった。ならば趣味はなんだと聞かれたら、この世界の趣味は大体魔力を必要とするものばかりで、わたしとは縁遠いというほかなくて。それでも、強いていうとすれば──


「……剣ですね」

「……………………剣?」

「はい。魔法剣ではなくて、ただの鉄を使ったものです」

「それはまた……どうして」

「わたし、騎士の娘ですから」


 剣があれば、いざという時にシグルド様の盾になれるし。

 そんなことを思っていたら、シャム婆様の複雑そうな目に気付いた。


「あぅ……ごめんなさい。女の子らしくないですよね」


 シャム婆様は微笑んだ。


「そんなことないわ。私も魔法騎士だったし、気持ちは分かるもの。じゃあアンネローゼさんは、鍛錬も?」

「あ、はい。まだ両親が生きていた頃に。といっても魔力がないので、地道な走り込みとか……とはいえ、今はまったくやってないですけど……」

「あら。じゃあ今度一緒にやってみる?」

「ほんとですか!」

「うふふ。どんな鍛錬にしようかしら。腰を痛めないようなものがいいわねぇ」


 その後、シャム婆様と鍛錬の話で盛り上がった。

 元女騎士であるシャム婆様の話は面白くて、現役時代に相手をした災魔(レギオン)の話とか、ためになった鍛錬の話とかを聞けて楽しかった。まぁわたしは魔力がないからほとんど真似は出来ないけど……今は侍女だし、話を聞くだけでも面白い。


「じゃあ私はそろそろ帰るわね。シグルド様によろしく伝えてくれる?」

「はい! お疲れさまでした」


 シャム婆様が帰ってしまうと、途端に一人になる。

 さっきまで誰かが居た家の中は寂しくて、なんだか広く感じた。

 地下室からまだ物音はしない。だから、隣室の扉は開かない。


「……わたし、どうしちゃったんだろ」


 シグルド様に助けてもらったから、だろうか。

 ロンディウムのお屋敷に居た頃は一人が当たり前で、寂しい一日なんていくらでも過ごしてきたはずなのに……今はなんだか、毛布にくるまっていないと寒くて凍えてしまいそうだった。


「…………シグルド様、まだかな」


 時計を見る。まだ午後三時を過ぎたばっかりだ。

 シグルド様が帰ってくるのはいつも午後六時前だから、まだ二時間以上も待たないといけない。それまで何をして時間を潰そうかな。お風呂の汚れは落としちゃったし、お部屋の掃除もしたのよね……。


 ガタン、


「あれ」


 地下室から物音がした。

 シグルド様が帰って来るにはまだ早いはず。


(………………もしかして、泥棒さん?)


 緊張が走る。

 思わず拳を握った。


 もしも泥棒さんなら、今、この家を守れるのはわたしだけだ。

 シャム婆様は帰ってしまったし、シグルド様の居場所を守らなきゃ。

 そっと立ち上がり、わたしは椅子を持ち上げる。


 隣室の扉が開いた瞬間、椅子を振り上げて──


「何をしている」

「はみゅ?」


 わたしは目を点にした。


「シグルド様……?」

「他に誰に見える」


 夜を秘めた黒髪にトパーズより綺麗な黄金色の瞳。

 一分の隙もない佇まいはシグルド・ロンディウム様そのものだ。

 わたしの恩人。わたしのご主人様。


「どこからどう見てもシグルド様に見えます」

「ならその椅子はなんだ?」


 わたしは慌てて椅子を下ろした。

 呆れたようなシグルド様の目にばつが悪くなる。


「あぅ……いつもの時間じゃなかったから、泥棒さんかと思いました」

「この地下室に転移できるのは私かシャム婆だけだ。今後は気を付けるように」

「はみゅ……了解です!」

「うむ」


 わたしが手を差し出すと、シグルド様が上着を出してくれた。

 最初は自分でやると言われていたけど、その自然な仕草が嬉しくなる。


 ピト、と指が触れた。

 顔を上げると、シグルド様と目が合って、わたしは顔が熱くなってしまう。


「あ……ご、ごめんな……あぅ……じゃなくて」

「気にするな」

「はい。えっと……」


 わたしはしどろもどろになりながら上目遣いでシグルド様を見た。


「あの、今日はいつもの時間より早いですね……?」

「君の顔を見たかったからな」

「へ?」


 え。

 あの、今、え? なんて?


 ぼんっ! と顔から火が噴き出しそうだった。

 全身の体温が上がりに上がって、頭がゆだってしまいそう。


「え、あの。わたしに……?」

「他に誰がいる」

「わたしの顔を……」


 ぺた、と頬に触れる。

 わたしの顔はエスメラルダ様のように整っているとは言えない。

 むしろ白髪と赤目が気持ち悪いと言われて意地悪されたくらいで。


「こんな顔ですが……」

「それがどうした」

「……っ」


 シグルド様はわたしの顎を持ち上げて顔を覗き込んできた。


「君のこの顔が見たかった」


 心臓が、跳ねる。

 鼓動がどくんどくん脈打って耳の奥がうるさい。

 シグルド様はふっと目元を和らげ、手を離した。


「お茶を淹れてくれるか」

「は、はい」


 ふわふわと、宙に浮いてるみたいな気分だった。

 頭の中でさっきの言葉が反芻されて、なんとも現実感がない。


 ……夢じゃ、ないよね?


 頬をつねる。痛い。夢じゃない。


(わたしの顔が、見たかった……ってことは)


 お茶を淹れて、シグルド様の前にカップを置く。

 カップに口をつけたシグルド様は、ほう。と一言。


「……あぁ、温かいな」


 お盆を持つ手にぎゅっと力が入った。

 温かい。それは、こっちの台詞だと思う。


「君も飲め。あと、夕飯は二人で準備しよう。私もたまには料理がしたい」

「は、はい!」


 正直、紅茶の味の違いなんてわたしには分からない。

 美味しいとは思うけど、それだけで。

 シャム婆様が淹れてくれたものと味は変わらない……と思ってたけど。


「……美味しい」


 すごく長閑でゆったりとした時間だった。

 まだ夕方にもなっていないのに、二人で座っているだけで心が癒される気がした。

 ちらりとシグルド様を見る。


(いつも無表情だけど……だんだん、分かってきたような気がする)


 無表情なように見えて、この方の表情は豊かだ。

 口の端がほんの少し柔らかくなっている気がする。


「えへへ……美味しい」


 わたしは嬉しくなって、口元がもにょもにょ動いてしまう。

 それを誤魔化すようにカップに口をつけて「あちち!」と火傷しそうになるのだった。




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