第十九話 シグルドの日常
黒い巨躯が焼け野原で鎌首をあげ、世界を見下ろしている。
空飛ぶワイバーンをぐちゃぐちゃと貪りながら獲物を探す様は、巨躯ゆえの余裕か。蛇にも似た流線型の体躯で暗黒領域からやって来た特危険級災魔。
「奴をこれ以上進ませるなっ!!」
「砲撃部隊、撃て、撃て──っ!」
焼け野原に展開する魔法騎士たちが攻撃を仕掛ける。
上空に向かって幾条もの光が奔り、災魔に直撃した。
だが──。
「嘘だろ……」
災魔には傷一つ付いていなかった。
「『嘆きのレヴィアタン』にも傷を与えた対殲滅魔法具だぞ!?」
「どんな硬さだよ、オイ……!」
災魔が尻尾を振り回す。
巨大な戦塵と共に、魔法騎士たちは赤い染みとなって消えた。
「こんなの、どうすれば……」
「──ロンディウム卿、現着! 全隊下がれ!!」
一人の男が魔法騎士の波を割り、災魔の下へ歩いていく。
彼の持つ剣が光り輝き、焼け野原に満ちた瘴気を明るく染め上げていく。
シグルド・ロンディウムは黄金色の瞳で災魔を見上げた。
「お前に恨みはないが」
剣を振り上げる。
「ここからは、人の領域だ」
世界を光が染め上げた。
巨大な極彩色の光が荒れ狂い、災魔の巨躯を呑み込む。
断末魔の声すらなく──災魔は上半身を残して倒れた。
シィン、と水を打ったような静けさがあたりに広がる。
「たった一撃で……」
「アレが、この国の四大騎士の頂点……」
「どんな強さだよ、バケモノかよ……」
歓声はなかった。ただ畏怖だけがあった。
生き残った魔法騎士の一人がシグルドに近付いた。
「どうして」
兄弟か、身近な者達が居たのだろう。
「どうして、もっと早く来てくれなかったんですか」
「……」
「あんたがもっと早く来てくれたら、あいつは……!」
「おい」
金髪の男が騎士を殴り飛ばした。
きりもみ打った男は仲間に受け止められ、うめき声をあげる。
ジョン・ラッセルは冷たい目で騎士を見下ろした。
「テメェ、それが助けてもらった奴の言葉か、ぁあ? こいつが来てくれなかったらどんだけ被害が出てたと思う。言ってみろ!」
「そ、それは」
「ジョン。いい」
シグルドは言った。
「慣れてる。すまないな、遅れて」
「……いえ、申し訳ありませんでした……」
無論、遅れたわけではない。
転移陣で国中を駆けまわるシグルドの多忙さは騎士なら誰もが知っている。
それでもやるせない感情を持て余して、騎士は崩れ落ちた。
「ったく。最近あんな奴らが増えてきて困るぜ。救われて当然っつー顔してよぉ」
「そうだな」
シグルドは死体となった災魔の傍に立って検分する。
ひと通りの検分を終えた彼にジョンは筒形の魔法具を渡した。
「ほい、どうせ偵察までしていくんだろ?」
「いや、帰る」
「は?」
ジョンは顎が外れるほど口を開けた。
「帰る?」
「帰る」
「お前が? 調査もせずに?」
「偵察隊の仕事があるだろう。私が彼らの仕事を奪ってばかりでは下が育たない」
「いや、それは正論っつーかそうなんだけど……今まで俺が散々それを言って来たわけで……」
ジョンはシグルドの顔を凝視していたが、やがてある事に思い至ったらしい。
ニヤァア、と親友の変化を楽しむいたずら小僧の顔で言った。
「ははーん。分かったぞ。あの嬢ちゃんだな?」
「何のことだ」
「とぼけんなって。そうだよな、お前も年頃の男なんだもんなぁ」
ジョンは気安く肩を回した。
「分かるぜぇ。可愛い子と一緒に暮らしてたら辛抱たまらんってやつだろ」
「お前の下世話な妄想と一緒にするな」
「あぁ? じゃあなんだってんだよ」
「……」
シグルドは不機嫌そうに言った。
「お前は居残って偵察班の調査をまとめて、添削してやれ」
「はぁ? じゃあ俺だけ残業かよ!?」
「私は疲れた。帰る」
「嘘こけ全然余裕だろオイ! ちょっと待てそっちは逆方向だ馬鹿!」




