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第十八話 罪の代償

 

 ──魔法大国ハルルカ。


 ──ロンディウム公爵領、領都アレクサンドリア。


 シグルドの訪問から一週間が経った今。

 日が昇らないような早朝にも関わらず、侍女たちが忙しなく動き回っていた。


「ねぇ、春呼び草の在庫ってどこにあったっけ?」

「知らないわよ、アンネローゼに聞きなさいよ」

「だからそのアンネローゼが居ないんでしょうが!」

「ねぇねぇ、この洗剤ってどう使うんだっけ? 久しぶりすぎて忘れたんだけど」

「私も忘れたわ。アンネローゼに聞けば……っていないんだっけ」


 アンネローゼに仕事を押し付けていた侍女たちは屋敷を走り回ることになっていた。

 なにせ、ほとんどの仕事を彼女に押し付けて遊んでいた侍女たちである。

 もはや仕事用具の場所も忘れるほど堕落していたのだ。


「ていうか今日来るのって、あの気難しいオルトリンデ老よね……」

「ロンディウムに古くから付き合いのある御仁ね」

「あの人、なんか珍しい茶葉しか飲まないんじゃなかった?」

「私、淹れ方なんて知らないわよ」

「紅茶なんて全部淹れ方変わらないでしょ。飲めたらいいのよ」

「それもそうね」


 春呼び草は腐りやすく厳密な温度下で管理しなければならないが、侍女たちはそんなこと知ったことかと沸騰したお湯を茶葉に注ぐ。幸か不幸か、ポットに入れた紅茶自体は色鮮やかで、侍女たちは安心したように運び出すのだった。




 ◆◇◆◇




「オルトリンデ様、ようこそおいでくださいました」

「あぁ、エスメラルダ君。ずいぶんと久しぶりだね。今日も一段と綺麗だ」

「まぁ、オルトリンデ様ったら。お上手ですこと」


 クスクスと笑うエスメラルダは上機嫌だった。

 ようやく目障りな女が消えて、夫が自分を見てくれるようになったのだ。

 確かに子供は出来ていないかもしれないが、この分だと遠からず授かるだろう。


(それに、オルトリンデ様も来てくれたことだし)


 魔法学会の権威であるオルトリンデは父親の代から公爵家を支えている親族の一人で、ロンディウムの栄光を支える重要な人物だ。国中を旅する彼とは元々疎遠だったのだが、ロンディウム家で開催したとある会食で本家のお茶をずいぶんと気に入り、それ以来、たびたび出入りするようになった。


「今日も春呼び草の茶を飲めると思うと楽しみで仕方なかったよ」

「ありがとうございます。ご期待に沿えると思いますわ」


 白髪の老人は好々爺そのものといった様子だ。

 玄関でオルトリンデ老を迎えたエスメラルダが応接室へ案内すると、先に待っていたルークが立ち上がり、恭しくお辞儀した。


「オルトリンデ卿、壮健そうで何よりです」

「君もな、ルーク」


 オルトリンデは深々とソファに座った。


「いつつ……この歳になると腰痛がひどくていかん」

「御冗談を、まだまだ現役でしょう」

「そのつもりだがね……まぁ、そのために此処へ来ているとも言える」


 春呼び草は腰痛にも効き、身体の毒を浄化してくれる魔草だ。

 茶葉そのものが魔力を持っているため、魔法が使えなくても扱える代物である。

 その分、保存と扱いが難しい茶葉なのだが……。


「では早速お出しいたしましょう」


 エスメラルダが手を叩くと、侍女が茶を淹れてやってきた。

 ポットからカップに注がれた茶にオルトリンデは満足げだ。


「急かしているようで悪いね。これがないとやってられないのだよ」

「いえいえ、どうぞ。お召し上がりください」

「うむ。では……」


 オルトリンデはカップに口をつけ、




「おうぇええ」




 思いっきり顔を顰め、激しく咳き込み始めた。


「お、オルトリンデ老? どうかされたのか?」

「どうかされたか、だと……貴様ら、一体何をした!」


 エスメラルダとルークは身に覚えのないことでたじたじだ。

 そんな公爵夫妻を睨みつけながら、オルトリンデは激昂する。


「腐った汚水のような味がするぞ。せっかくの茶葉が台無しだ! 春呼び草は繊細な茶葉。貴様ら、ちゃんと保管していたのだろうな!?」

「それは……」


 ルークはぎろりと侍女を睨む。

 侍女は震えあがった。


「わ、私たちは何も……あ、アンネローゼが管理をっ」

「アンネローゼ、だと……貴様らは何をしていた!」

「も、申し訳ありません!」


 まさか遊んでいたとは言えず、侍女たちは平謝りするしかない。

 侍女は顔面が蒼白になり、死の恐怖におびえていた。


 オルトリンデ老は公爵家の中でもルークの重要な支持者だ。

 もし彼の機嫌を損ねるようなことになれば……。


「お、オルトリンデ老、怒りを鎮めてくれないか。大変申し訳なく思っているが……」

「怒りを鎮めろだと? 貴様ら、この儂に何をしたか分かっているのか!?」


 春呼び草は強い効能を持つ茶葉であるが、同時に扱いを間違えると毒にも成り得る。実際、腐った春呼び草で紅茶を作り、片腕が壊死したという話もあるくらいだ。ロンディウム本家なら扱いは間違えまい。そう思ってオルトリンデは頼っていたのだ。


「よりにもよって儂に毒を飲ませるとは! 貴様を支持したのは間違いだったようだな、ルーク!」

「お、お待ちください。これには訳が」

「侍女の管理も出来ないで何の言い訳をするつもりだ?」


 ぐ、とルークは奥歯を噛みしめた。


「それは……管理している侍女が……」

「ならば今すぐ呼び戻すことだな」


 オルトリンデは侍女から上着をひったくった。


「君は今、儂の信頼を大きく損なった。もし次に来た時、その侍女が居ないというなら……二度目はないぞ、ルーク」

「ちょ、ま……」


 ルークが言い繕う間もなく、オルトリンデは去って行った。

 無情に閉められた扉を目にしてルークは歯噛みする。


「クソがっ! そんなに飲みたいなら自分で淹れさせればいいだろうが!」

「む、無理よ。あの茶葉はウチの商会に独占させてるもの……」

「あの人ならいくらでも伝手はあるはずだ。アレは俺たちを試して遊んでるんだ。そうに違いない」


 ギロ、と燃え上がる怒りは侍女に向いた。


「おい、お前っ!」

「は、はい!」

「クビだ」

「え」

「聞こえなかったか? それとも殺されたいか!」


 侍女は飛び上がるようにして逃げ出した。

 ルークは執事に合図する。心得た、というように執事は頭を下げた。

 今日の夜には死体になったと報告が上がるだろう。


 問題は……。


「アンネローゼ……クソ、やはり兄上に渡すべきではなかった」

「今さら言っても仕方ないわ。次点の策を考えるべきよ」

「分かってる。まぁ、オルトリンデは老害だ。アレ一人の支持がなくなったからといって、俺の基盤は揺るがない」


 シグルドはロンディウムの魔力を色濃く受け継ぎ過ぎたために遠ざけられているが……その才能、知恵、剣技、どれをとっても当主の器に遜色ない。ルークが当主になった今でも、親族の中でシグルドを当主にと推す声は多い。


(兄上……どこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ……!)


 アンネローゼを奪い、公爵家の評判を落とすために裏で動いているのか。

 そしてルークを糾弾し、自分こそが当主の器だと言うつもりなのか……。


「そうはいかんぞ。シグルド……!」

「私たちで考えましょう。大丈夫。なんとかなるわ」


 保身にかられた二人は気付かなかった。


 この出来事が、まだ始まりに過ぎないということに。



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