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第十七話 騎士の矜持

 


「シャム婆様、大変です」

「どうかしましたか、アンネローゼさん」

「やることがありません」


 シグルド様の屋敷で働き始めてから一週間が経っていた。

 おかげさまで大変よくして貰っているのだけど、ロンディウム家よりすごーく小さいお屋敷だから、掃除も洗濯も日が中天に昇る前に終わってしまった。買い出しは一週間に一度しかしなくて良くて、シャム婆様が終わらせてしまったから、本当にやることがない。


「そうですねぇ」


 シャム婆様は優雅にお茶を飲んでいる。

 なんだか貴族様みたいに様になっていた。かっこいい。


「アンネローゼさんはお茶の淹れ方も完璧で、お掃除も丁寧で、教えることもなくなってしまったものねぇ」

「あぅ……でも、シャム婆様が魔法を使った方が早く終わると思います……」


 ロンディウム公爵家では洗濯、掃除などはすべて魔法を使っていた。

 そのほうが早く終わるし、人の手でやるより確実だからだ。

 もちろんわたしは魔力がなかったから、そんなこと出来なかったけど。


「どうにもね、騎士時代の癖で……いざという時に備えて魔力を温存しておく癖があってねぇ。シグルド様の魔力のこともあって、家事は手でやったほうがいいのよ。だからとても助かってるわ」

「そうなの、ですか?」

「えぇ。そうなのです。魔法具も魔力を使うしねぇ」


 シャム婆様は笑顔で頷いた。


「ちなみに、公爵家の休憩時間は何をしていたの?」

「はみゅ。休憩時間はありませんでした」

「はい?」


 シャム婆様は目を点にした。

 しまった。また誤解させちゃった。


「あの、ほら、わたしは他の人みたいに魔法が使えなくて、人一倍仕事が出来なかったから、休憩している暇がなかったと言いますか」

「……他の人たちは何をしていたの?」

「えっと、世間話とか、ドレスのカタログを見たりされていました……」

「なるほど」


 かたりとカップを置く音がやけに大きく響く。

 心なしか険しいお顔をされているような……?


「シグルド様があなたを連れて来た理由が分かったわ」

「理由。いじわるされてたから、助けてくれたのでは?」

「そうね。それもあるでしょうけど」


 当のシグルド様はお仕事に向かっている最中だ。

 このあたりで大変な災魔(レギオン)が現れたらしく、その討伐に向かっている。


 毎朝日が昇る頃には家を出て、日が落ちる前に帰ってくる。

 それがシグルド様の日常だった。


「普通はそれだけの人間に加護を与えたりする方じゃないのよね……」

「……加護」

「可哀想だけど、哀れな境遇の方はたくさんいるから。いちいち加護を与えてたらキリがないもの」


 加護。はて、どこかで聞いたような……

 あ、不審者さんに襲われた時にシグルド様がわたしにくれたやつかな?


「加護って、あれですよね。お貴族様が渡すやつ……」

「そうそう。その加護ね。まぁちょっと違うけどねぇ」


 ちょっと違うのか。そうなんだ……。

 わたしは記憶を遡って知識を引っ張り出す。


 魔法の素質に優れた者たちは神さまから『祝福』を授かるらしい。

 曰く、この力を以て人々を導くようにうんたらかんとか。

 とにかく、その祝福持ちは『加護』と呼ばれる力を人に与えることが出来る。


 速く走れたり、力が強くなったり、効果は様々だけど……。

 共通しているのは『魔法の力』を強めることが出来るという点だ。

 だから、魔法がすべてのこの世界では祝福持ちが貴族として平民の上に立ってる。


 稀に平民が祝福持ちとして生まれたら、出世して貴族になったり、貴族に囲い込まれて身内になったりする。


持つべき者の義務ノブレス・オブリージュ』という奴である。

 逆に祝福を持っていない貴族は忌み子として意地悪されたりする。

 つまりわたしである。まぁわたしの場合は魔力がないからもっと酷いけど。


「あの、もしかしてシャム婆様も祝福をお持ちなのですか?」

「えぇ、持ってるわよぉ。誰かに加護を与えることはないけど……」

「そうなのです?」

「そう。アレ、実は術者の体力を使うのよね」

「え」


 じゃあ、もしかして……。


「だから滅多に人にあげたりしないの。シグルド様があなたに加護をあげたのは本当に珍しいことなのよ」

「……」

「どうか誇りに思って頂戴。自分を大切にしてね」

「はい……」


 シャム婆様の話は半分以上耳に入ってこなかった。


 ──シグルド様の体力を使ってる?

 ──わたしなんかのせいで疲れちゃってる?

 ──もしかしてわたしは、彼の邪魔をしちゃってるんじゃ。


「じゃあアンネローゼさん、ちょっと早いけど、私は先に上がるから」

「はい」

「楽に過ごしていいからね。お疲れさま」

「お疲れさまでした」


 シャム婆様は災魔(レギオン)がひしめく森の中を悠然と歩いていく。

 街道の向こうに消えた背中を見送って、わたしは屋敷の私室に帰る。

 いくつか本を見繕って読ませてもらったけど、目が滑って何も頭に入らない。


 何度か時計を見て、ため息をついて。

 そんなことを繰り返していたら、地下室に物音がした。


(……シグルド様だわ!)


 お尻を叩かれた兎みたいに飛び出したわたしはリビングへ。

 隣室の書斎を開けると、シグルド様が立っていた。

 どはーって肩から力が抜けて、口がもごもごしてしまう。


「あ、あの。おかえりなさいませ、シグルド様」

「あぁ、ただいま」


 シグルド様は怪訝そうな顔をされた。


「なんだ。何か言いたいことがあるのか?」

「はみゅ」


 お見通しだった。さすがシグルド様だ。

 わたしは上着を受け取りながら、


「えっと、シグルド様は以前、わたしに加護をくださいましたよね」

「あぁ」

「その、シャム婆様から加護は術者の体力を使うと聞きまして」


 シグルド様は納得したように頷き、ため息を吐いた。


「シャム婆め、余計なことを」

「あ、あの! もしわたしのために無理をされているなら」


 わたしの言葉は手で遮られた。


「まず言っておくが、シャム婆が君にその話をしたのは自分なんかと卑下してもらうためではない。ましてや私を気遣ったり敬ってほしいわけではない。私の加護が君の心の支えになることを願ってのことだ」

「心の支え……?」

「そう。まぁあまり伝わっていないようだが」


 あぅ……シグルド様の仰ることは難しいわ。

 シャム婆様もシグルド様も、何が言いたかったのかしら。


「君が心配しなくとも、加護を一人や二人に与えたところで私の魔力はびくともしない」


 ごつごつとした、剣だこのある手が私の頬をそっと撫でる。

 ぽう、と光って、私の周りに光の膜が浮かんだ。


「えっと……?」

「主が侍従を気遣うのは当然のことだ。そうだろう?」

「……なるほど?」


 分かったような、分かっていないような。

 理屈の上ではそうかもしれないけど、わたしにそんな価値があるのかな……。

 ううん、シグルド様が仰るんだから、きっとその通りなんだわ。


「じゃあ私も、侍従として旦那様を気遣いますね」

「……そうだな。よろしく頼む」

「はい! じゃあ先にお風呂に入ってください。お背中お流ししますので!」

「待てなんでそうなる」

「はみゅ?」


 わたしは首を傾げた。


「侍従が旦那様を気遣うのは当然のことです」

「風呂は一人で入りたいタイプだ」

「存じております。なので湯船につかるまではお背中を」

「年頃の娘が気軽にそういうことを言うんじゃない」

「でも、わたしは侍従ですし」

「とにかく、我が家では背中流しは禁止とする。これは主の命令だ」

「あぅ……そうですか……」


 そうよね、やっぱり騎士は背中を見せないものだし。

 わたしはまだ、背中を預けるに足る信頼を得られていないのよね……。


「私は君の料理を楽しみにしている」

「ほえ」

「背中を流すより、料理に力を入れてくれ。そのほうが嬉しい」


 シグルド様はすたすたとお風呂場に歩いていく。

 やっぱり汗をかいてらっしゃるんだわ。でも、それより……。


「わ、わたし、頑張って料理しますね!」


 シグルド様は背中を向けたまま手をあげた。


「えへへ」


 わたしの料理が楽しみって! 楽しみって!

 そんなこと言われたの、生まれて初めてだわ!


 嬉しくて、気恥ずかしくて、口元がもにょもにょ動いてしまう。

 胸の中から元気がいっぱい出てくる気がした。

 わたしは腕をまくって、駆け足で台所に向かった。




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