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第十五話 裏調査

 

「それじゃあ、ご飯も食べたことだし、これから仕事を教えますからねぇ」

「はい! よろしくお願いします!」

「うふふ、いいお返事だわ。本当にいい子ねぇ」


 孫を甘やかす祖母のような声でシャム婆がアンネローゼを連れて行く。

 シグルドは脳裏の記憶を探った。

 自分が幼い頃もあんな感じだったのだろうか。

 両親が死ぬ前、この家に閉じ込められてからは彼女が母親代わりのようなものだったが……。


「さて」


 明日まで休日とはいえやるべきことはいくつもあった。

 アンネローゼをあの屋敷から連れ出したはいいものの、戸籍や住民登録等、役所の手続きはいくつもある。シグルドは朝食の後片付けをしたあと、一人地下室へ向かった。活性化した魔法陣に乗り、アルカディアの騎士団屯所へ向かう。転移した先には金髪の男が立っていた。


「うお! なんだお前、驚かせんなよ」

「ジョン」


 シャム婆の一人息子であり、シグルドの相棒。

 準特務騎士のジョン・ラッセルは嫌そうな顔をした。


「なんだ。言っておくが面倒ごとはごめんだからな。俺は今から帰ろうと思って……」

「昨日の彼女のことについてだが」

「んだよ、そんなことか」


 ジョンは笑った。

 ニ、と口の端をあげて懐から書類を取り出す。


「言われると思ったよ。もう調べてあんぜ」

「さすが、かゆい所に手が届く男だ」

「褒めてんだよな?」


 おそらく昨日の時点で彼女のことを調べ上げたのだろう。

 シグルドの力目当てに近付いてくる無知蒙昧な輩は多い。

 そういった面倒ごとを処理してくれるのはいつもこのジョン・ラッセルだった。


「もちろん褒めてる」


 シグルドが手を伸ばすと、ジョンは避けるように手を上にあげた。


「……何のつもりだ」

「その前に一つ聞かせろよ。お前にとってあの子はなんだ?」

「は?」


 シグルドは不可解そうな顔になった。


「決まっている。守るべき民だ」

「それだけか」

「実家であるロンディウム家が虐げた被害者でもある。私が放置した結果、あそこまで弟の腐敗が進んだというなら、それこそ私が償うべきだろう」


 ジョンは酸っぱい物を食べたような顔になった。


「……自覚なしか。まぁこれはこれで面白ぇけど」

「言いたいことは要点をまとめて具体的に話せ」

「騎士馬鹿はほどほどにしろってことだよ。馬鹿」

「馬鹿が二つ重なっている。つまりお前のほうが馬鹿だ」

「あんだとこの馬鹿!」


 シグルドは無視してジョンから書類をひったくった。

 パラパラと書類をめくった彼はそれだけで内容をさらってしまう。


「……どういうことだ、これは」

「どうもこうも、見たまんまだよ」


 ジョンはこともなげに言った。






「アンネローゼ・フランクという女は、戸籍上存在しない」






 ヒュゥ……地下室に冷えた空気が忍び込んでくる。

 冬の冷たい息吹に晒された身体がぶるりと震えた。


「そういうことになってる」

「……魔力欠陥による弊害か」

「ま、そういうことだな」


 魔法大国ハルルカでは戸籍の登録を始めとした役所手続きはすべて魔力紋で管理している。人間一人につき必ず備わっている魔力は一人一人波形が違っていて、各地にある記録媒体に登録すると、王都の巨大な記録媒体に登録されるようになっている。連携した二つの記録媒体は双方から書き換えが可能で、一括で管理できるのだ。故に、ハルルカの役所では書類を使って手続きをすることはない。


 ならば、まったく魔力を持たない人間が居たのなら?


「役所はアンネローゼを認めなかった」

「……だが、彼女は社交界にも出ていたはず」

「そこはフランクが何とかしたんだろうな。あいつ、コネとかいっぱい持ってたし」


 書類上存在しなくても確かにここに居る。

 社交界に出て無理やり認知させれば役所も黙認せざるを得ない。


「……だからか。いくらロンディウム家とはいえ人を奴隷のように使えばさすがに足がつく。ましてや大勢の使用人がいる場所だ。給金などの雇用状況は王都も把握しているはず」

「だが、書類上存在しない女には関知出来ないし、関知しない。どんだけコキつかっても給金を払わなくていい。この制度上の欠陥をついて、各方面でひどい目に遭ってきたようだぜ」


 シグルドはアンネローゼの言っていたことを思い出した。


「『わたしと一緒にいると不幸になる』……」

「実際、彼女を虐げたやつらはひどい目に合ってる。商会に変な噂がついたり、あの子を虐めていた男が不審な死を遂げたり、災魔(レギオン)に襲われたりな。ぶっちゃけた話、全部因果応報だ。ロンディウム家がどうなるか分からないけどな」

「あんな家、潰れればいい」

「さすがに公爵家が潰れると国も黙っちゃいないだろ。四大貴族は伊達じゃない」

「……ふん」


 シグルドは鼻を鳴らした。


「どの道、私がやるべきことは変わらない。彼女が『トロイの悲劇』の生き残りだというなら、尚のことだ」

「まー、可哀想だと思うけどよ。お前の傍に置いておくって、大丈夫か?」

「言っただろう。彼女には私の魔力は効かない」

「……あぁ、そうだったな。だから……」


 ジョンは納得したように頷いた。


「だから、侍女として囲い込もうってか?」

「そう言うわけではない。彼女が別の道を望むなら用意する」

「いっそのこと、側付き騎士にでもしてやればいいのに。フランクの娘だろ」

「馬鹿を言うな」


 シグルドは手の中に炎を生み出した。

 火がついた紙はまたたくまに燃え広がり、やがて灰になった。


「彼女の境遇は哀れに思うし、なんとかしてやりたいと思うが、側付きにはしない。お前もだ、ジョン」

「……ケッ。そうかよ」

「あぁそうだ。誰が来ても変わらない」


 ラッセル家はロンディウム家に代々仕えてきた側仕えの家系だ。

 歴代の中にはロンディウムと血の混ざった者達も居て、連綿と受け継がれてきた血がシグルドの魔力に対抗し、彼が全力を出したとしてもある程度は耐えられるようになっている。シグルドの傍に立っていられる、数少ない者達と言えるだろう。


「それでもお前は、拒絶すんだな」

「……」

「そうやって一人で全部抱えるつもりか。救えるもんも救えねぇぞ」

「私は私が手の届く者を救う」


 地下室の明かりが点滅し、シグルドの顔は影になって見えない。

 シグルドはジョンの横を通り過ぎていく。


「それが騎士の務めだ」


 バタン、と地上への扉が閉まった。

 相棒を見送ったジョンはつまらなさそうに舌打ちした。


「なら、お前の心は誰が救ってくれんだよ……馬鹿が」



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