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第十一話 災厄の声

 

 ふわっっと浮いて、しゅば、と飛んで、ばばーん!と着地。

 わたしが初めて経験した転移というものはそんな感じだった。


 ぐらぐら、ぐらぐら。

 あぅ……目が回るわ……ここはどこ……わたしはだれ……。


「ひ、ひぐるどしゃま……」

「やはり酔ったか。しばらくそのままで居ろ」

「しゅみません……」


 なんだか視界がぐるぐる回って自分がどういう体勢なのかも分からない。

 目を回したわたしが回復したのは五分くらい経ってからのことだった。

 シグルド様に抱き着いていた。こう、男女が抱き合うみたいな感じで。


「ひゃぅ!?」


 思いっきり飛び退いた。

 しゅばばばばば、と距離をとるけど、シグルド様は仏頂面である。

 腕にしがみつくのとは訳が違うのでわたしは慌てて謝罪した。


「も、もももも、申し訳ありません……! わ、わたし、なんてこと……!」

「いや、」

「ごごごごめんなさい、わざとじゃなくて、えぇっと、その」

「落ち着け」


 ふに。

 ふに、ふにふに。


「はみゅ……」


 なぜかシグルド様に頬をこねくり回されていた。

 ふにふに、ふにふに。

 黄金色の瞳に見つめられ、わたしは徐々に落ち着きを取り戻していく。


「あ、あの……」

「落ち着いたか」

「は、はひ、申し訳ありません……」

「腕をとるのは平気なのに抱き着くのは無理なのか」

「う、腕にしがみついていたのは……シグルド様のためですから……方向音痴さんが発揮されないように……」


 シグルド様は何か言いたげだったけど、何も言わずに目を逸らした。

 反論したいけど否定しきれないんだわ……。


「まぁいい。着いたぞ」

「ふぁい」


 頬を離されたわたしは周りを見渡してみる。

 なんだかよく分からないけど、地下室にいるようだった。

 両脇に本棚がいっぱいあって、机や椅子、ベッドまで備えてある。


 窓はない。とっても薄暗いけど、妙に生活感のある部屋だ。


「ここは……」

「私の屋敷の地下室だ。来なさい」


 階段を上がって扉を開けると、書斎のような部屋に出た。

 本棚がいっぱいあったのに、また本棚である。

 シグルド様、よっぽど本がお好きなのかしら。


「こっちだ」


 書斎から出ると、小さなリビングがあった。

 公爵家の食堂よりよっぽど小さい。四人掛けの机だ。

 周りを見渡す。調度品なんてほとんどなくて、こぢんまりした部屋。

 二階に上がる階段もあるようだけど……裕福な平民の一軒家って感じ。


(噂のシグルド様のお屋敷にしてはずいぶん小さいような……)


「今日から君にはここで住み込みで働いてもらう」

「住み込み」

「三食昼寝付き。雨漏りの心配はない。給料はしっかり出す」

「お給料……わたしに?」

「当然だ」

「………………ここは、天国ですか?」

「違う」


 シグルド様は無表情で言った。


「あぁ、出かけたい時は言ってくれ。少々不便な場所だからな」

「不便ですか」

「見たほうが早かろう。ついて来い」


 方向音痴さんのシグルド様もご自宅では迷わないようだった。

 迷わず玄関のほうに歩いた彼に続いて、わたしは外に出る。


「わぁ……森の中ですね?」


 見事な緑に囲まれた場所だった。

 わっさわっさ生い茂ってる。普通にペガサスとか出てきそう。

 そして森の真ん中を一本の街道が通っていた。街に続く道かしら。


 振り向くと、シグルド様のお屋敷は森の広場にぽつんと建っていた。


「でもなんでこんな所に……シグルド様って騎士様だから、すぐに駆け付けられるような場所じゃないとダメなんじゃ……」

「薄々気付いていると思うが」


 麦穂の波みたいな目がわたしを見た。


「俺の持つ魔力は特殊でな。ロンディウム家に代々受け継がれてきた、呪われた魔力だ。普段は抑えているが、寝ている時や気を抜いた時は漏れてしまって、周囲の者を威圧してしまう。威圧だけで済めばいいが……魔力差が大きいと意識を失ったり、最悪死ぬ可能性もある」

「ほふぇぇ……す、すごいんですね……」


 だから人を避けた場所に住んでいる、という。


 わたしが最初に見た姿が方向音痴さんだったからかもしれないけど……

 こうしてわたしを助けてくれたシグルド様がそんなにすごい人だとは思わなかった。

 もちろん、公爵家当主の兄とか、そういう立場的なのは知ってたつもりだけど。


「公爵家の人が怖がっていた理由が分かりました」

「あぁ。まぁ、それだけではないと思うがな」

「……あれ? で、でもわたし、シグルド様を怖いと思ったことないです」


 シグルド様は複雑怪奇な顔を浮かべた。

 眉間に皺をぐっと寄せてぴくぴく引き攣っている。え、どんな顔?


「そこが不思議なところでな。まぁ恐らく、君に魔力がないことが関連しているのだと思う」

「ははぁ、そうですか……」

「あるいは異能持ちかもしれないな」

「それはないですね」


 わたしはきっぱり断言する。


「わたしはただの能無しです……色々試しましたが、そう分かりました」


 この世界には魔力がない代わりに特別な力を持っている人が居る。

 ある人は身体能力が異常に高かったり、ある人は他人の魔法を打ち消したり。

 そういう人たちは『異能持ち』と呼ばれて国に抱え込まれているけど、わたしはそうじゃない。


(そうだったらいいなって……ずっと望んできたけど)


 自分が特別な存在であると思いたかった。

 こんなわたしでも誰かの役に立てるって思いたかった。

 素敵な魔法で、誰かを助けられる、お父様やお母様のような騎士になりたかった。


「でも……ちょっとだけ、救われました」

「なに?」

「だって、魔力がないおかげでシグルド様のお役に立てそうですから」

「……」


 シグルド様は目を見開いた。


「わたし、なんでもやりますから。なんでも仰ってくださいね」

「……」


 ちょっぴり長い沈黙。

 やがて、彼は子供をあやすみたいにわたしの頭に手を置く。


「あぁ、分かった。実は一人、手伝いの女がいる。今は帰っているが……明日、仕事を教えてもらえ」

「そうなんですね……分かりました」

「とりあえず中に入ろう。この森には災魔(レギオン)や幻獣がうようよ住んでる」

「え」


 わたしは固まった。

 家の中に入ろうとするシグルド様が振り向いた。


「どうした?」

「だ、ダメです……」

「は?」


 ぐっと唇を噛みしめる。

 瞼が熱くなってきて、視界が濡れた。


「わたし、ここで働けません!!」




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