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第十話 はじめての

 


 魔法大国ハルルカと言えば大陸で知らない人はいないと思う。

 この世界のすべての人間が使える神の力の残滓──魔法を極め、日常に浸透させたハルルカの魔法水準は他の国家と比べても群を抜いていて、ロンディウム公爵家は四大派閥の一つに数えられている。


 公爵家の領都、アレクサンドリアは眠らぬ街だ。

 魔照石が照らす青白い光が水晶洞窟のように町全体を光らせていて、西の区画にはピンクに色づく人工的な魔光が街を怪しく染め上げている。真夜中に出歩くことは初めてだけど、屋根裏部屋から覗ける街並みはいつも眩しく映っていた。


 酒を呑んで、騒いで、踊って、魔法の光が肌寒い夜空を彩る。

 でも、やっぱり人が居たら騒ぎは起きるもので、月が中天を昇った真夜中でも、魔法騎士団は忙しなく働いているようだった。


「西地区で暴行事件! 主犯の酔っぱらいは夜月の雫を服用中だ。気を付けろ!」

「魔法ペットが脱走しました~~! ひげ兎が二匹! ひき肉になる前に捕まえて~~!」

「こっちは決闘騒ぎだ! 誰か腕に覚えのある奴行ってくれ!」

「──邪魔するぞ」


 シグルド様がそう言って入ると、その場のみんなの視線が集中した。

 あれほど騒がしかった喧騒が波が引いていくようにおさまって行く。

 やがて一度は引いた波はささやきとなって返って来た。


「……シグルド様だ」

「終戦の英雄がなんで……」

「はわわ……圧倒的な、美! 目の保養だわぁ~~」

「後ろにいるのは誰? 貧民かしら。ずいぶんみすぼらしいけど」


 わたしの手を引いたシグルド様が部屋の一室に向かおうとする。

 こっちが転移?の部屋で合ってるのかしら。

 そんなわたしの疑問に答えたのは、部屋から出てきた男性だった。


「こっちは転移部屋じゃないぞ。シグルド」

「む」


 シグルド様とは対照的な、ちょっと派手めな金髪。

 ピアスをいくつも開けていて、軟派な印象って感じ。


「ったく。俺も休暇中だってのに、何だってお前の後始末なんかしなきゃならないんだ。しかも、お前は可愛らしいお嬢さんを連れてるし、なに、ナンパしたのか?」

「張り倒すぞ」

「そうだよなぁ。お前にそんな器用な真似出来る訳ないよなぁ」

「……」

「あだぁ!?」


 わ、シグルド様がデコピンしたわ?

 あれは痛そうだけど痛くないのかしら……。


「お前な、本気で殴る奴があるか!」

「殴ってない。額を弾いただけだ」

「屁理屈を……!」

「そんなことはどうでもいい。転移部屋を借りるぞ」

「だぁ、もう! 待てよ、まずはそこのお嬢さんの紹介が先だろーが! おい、何見てんだお前ら、見世物じゃねぇんだ。さっさと仕事に戻れ!」


 わたしたちを遠目に見ていた騎士団の方々が慌てて仕事に戻る。

 通信機を手にしたり書類を見たりしてるけど、こっちをぼんやり見てるのは丸わかりだ。

 そう思うと、今の自分の格好がとんでもなく恥ずかしいものに思えてきた。


 白髪はボサボサだし、気色悪いだろうし……。

 スカートの端は擦り切れていて、靴はもうすぐ破れそうだ。

 あぅ……ちょっとはおめかししたかったな……。


「初めまして、綺麗なお嬢さん」

「はひ! は、初めまして……! あの、えっと、その……」

「怖がらなくていい。俺の名はジョゼフ・ラッセル。気軽にジョンって呼んでくれ」

「ジョゼフ様……? わ、わたしはアンネローゼ・フランクと申します。よろしくお願いいたしましゅ!」


 ………………噛んでしまったわ。

 勢いよく頭を下げたわたしに周りの人たちがくすくすと笑う。

 かなり恥ずかしい。穴があったら入りたいけど、ジョン様の反応は違った。


「フランク……?」


 ピクリ、とジョン様の眉が動いた。


「フランクって、あの……?」

「自己紹介はその辺でいいだろう。彼女は疲れている」


 シグルド様がわたしの前に立った。


「そのうち紹介してやる。転移陣を使わせて貰うぞ」

「素直に案内しろって言えばいいのに」


 ぶつくさため息をつきながらも、ジョン様は「こっちだ」と先導していく。


「ところで、お前はそのかわいこちゃんをどうするつもりだ?」

「私の侍女になる予定だ」

「はぁ……侍女ねぇ…………侍女!? マジで言ってんのか!?」

「私がそんな冗談を言うと思うのか?」

「いやだって、お前、無理だろ……」

「問題ない。彼女には私の魔力が効かないからな」

「は? そんな人間居んのか?」

「居たのだから仕方ないだろう」


 なんだかジョン様の目が訝し気になったわ。

 といってもわたしじゃなくて、シグルド様を睨んでるみたいだけど……。


「食い物にしないよな?」

「次に言ったら本気で殴るぞ」

「やめろ死ぬ」


 悪かったよ、とジョン様は呟いた。

 わたしは頷いた。


「そうですよ。わたしなんか食べても美味しくないですよ」

「そういう意味じゃねぇんだよなぁ」


 ジョン様に案内された部屋は厳重に鍵がかけられた小部屋だった。

 ちょちょいと鍵を外したジョン様に手招きをされて中に入る。

 床に光る魔法陣が描かれた部屋だった。七色に光っていて綺麗だわ……。


「んじゃ。俺は休暇満喫してから行くから。ババアによろしくな」

「お前がババアと言っていたことはちゃんと伝えておく。安心しろ」

「おいやめろ死ぬ」


 冗談だよな?と言われて沈黙を返すシグルド様だった。

 ルーク様と比べて、二人の仲はいいみたい。


「あ、あの。わたし、どうしたらいいですか?」

「あぁ、転移陣は初めてか。そこに乗ってくれ」

「はみゅ……了解いたしました」


 おそるおそる足で触れてみる。ちょんちょん。

 よかった。踏んだ瞬間に食べられたりしなかった。


「転移陣って話には聞いていたんですけど、こんな感じなんですね」

「ただの魔法だ」


 確か、共通する触媒を使って異なる土地の陣と陣に移動する魔法……だったかしら。使い方によっては敵国の侵入を許してしまうからものすごく厳重に管理されているのだとか。まほーすごい。


「行くぞ。口を閉じてるように」

「は、はい!」

「アンネローゼ嬢、シグルドのことよろしくな」

「かしこまりました!」


 わたしはシグルド様の腕にしがみついた。

 ぎゅっと抱き着くと、シグルド様は胡乱げにわたしを見た。


「……何をしている」

「はみゅ……シグルド様に掴まっています」

「なぜだ」

「転移してる途中で方向音痴さんにならないようにです!」


 ぶはっ、とジョン様が噴き出した。

 シグルド様は引きつった顔で言った。


「転移陣の仕組みを知っているなら理解しているはずだ。問題ない」

「あ、あぅ……ごめんなさい」


 やっぱりわたしなんかに触れられるのは嫌よね……。


「だがまぁ」


 シグルド様は言った。


「初めての転移は酔いが回る。しっかり掴まっておけ」

「……! はい!」


 直後、わたしの身体を光が包み込んだ。



 ◆◇◆◇



「……へぇ。あのシグルドがね」


 ジョン・ラッセルは転移部屋で一人、呟いた。


「こりゃあ、面白いことになりそうだ」



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