第九十二話
基地の建設で合意できた。
これから建設だ!!!
と、言いたいところだけど、この辺の惑星は男爵級よりも下。
テラフォーミング不可の惑星だ。
大気に浄化不可能な毒が含まれてるとか、クロレラくらいじゃ回避不可能な病気が発生するとか、そもそもガス惑星で足場なんてないとかだ。
惑星シャーアンバーみたいに危険生物山盛り程度なら開発に前のめり。
そんな人命軽視傾向のある帝国が無理って判断してるくらいだ。
どうやっても開発は無理なのだ。
これで石材の一つも産出されれば【死んでもGO!】なのだと思われるが、そんなものは何一つない。
地獄のような環境である。
海賊どもはどうやって暮らしてるのか?
その答えはいらなくなった宇宙船を複数繋げてコロニー代わりに運用してる。
スラムコロニーとでも称しようか。
【え? それ重力装置が弱くて寿命縮まらないかな?】って思うけど、実際短いらしい。
もちろん海賊の実働部隊は他の惑星に行商に行くので影響は少ない。
でもスラムコロニーから出ない住民の寿命は著しく短い。
住民の構成は、犯罪者に開拓惑星から逃げた民に反逆者とその家族……うん、スラムコロニーにいなくても寿命が短い連中だわ。
帝国に処刑されないだけマシということか。
うちの侯爵領……アホが統治してたわりに上手くまわってたんだな……。
さすが侯爵領級。環境と立地が強すぎる。
スラムコロニーを壊さないように輸送船で中に入る。
宇宙港ってレベルじゃねえぞっていう廃墟に着陸する。
着陸するときに【ガタガタガタッ!】って音がしたので玉ヒュン。
かつて戦艦として運用されたと思われる船に入る。
「嘘だろ」
自由すぎる増築が広がっていた。
これ歩きたくない……いきなり崩れそう。
宇宙港には案内人が待っていた。
スラッとした体型で背の高い男だ。
服は上等なハイブランドのスーツだけど着こなしがヤクザだ。
なんだよ、その黄色いアメーバ柄のワイシャツさぁ。ペイズリーだっけ?
靴もワニ皮の革靴。
なにそのぺったんこ革靴。
どこで買ったんだよ? そんな悪趣味な服。
うちのド田舎ですら絶滅した生き物だぞ。
芸人やイキッった大学生、それか男娼でもねえのに。
成功した犯罪者ってハイブランド好きだけど、周りの文化に引っ張られて違和感がどうしても出るよね。
ほら、腕につけてるダイヤモンドの腕時計とか。
帝都の上流階級はわざわざつけねえっての。
むしろ価値のわかるやつだけが理解できる装いだ。
わからねえ無教養の輩は相手にしない。
金を見せつけて周りを威嚇しなきゃならねえってのは、それこそ貧民の思考なのよ。
バカだねえ。
無理しないでワーカーブーツに戦闘服にしときゃいいのに。
皇女と交渉するんでその格好してきたんだろうけど逆効果だ。
案内でこいつが出てきた時点でなめられる。
「皇女様、私は秘書のフェイと申します」
「ああ、うん。ヴェロニカじゃ」
嫁がチラチラこちらを見る。
しかたないので耳打ちする。
「彼は本気であの格好してます。こちらを挑発したわけでも、ふざけてるわけでもありません」
「ほ、本当か?」
「ええ、そういう文化の土地だと思ってください」
なお丁寧語にしてる。
こういうのを見てるとやはり大野は貴族だったんだなと思う。
ちゃんとTPOをわきまえていた。
崩してたが失礼にならない程度の気品はあったもんな。
帝都の貴賓的には大野は許容できるけど、こっちはなめられてるって感じるもんな。
逆の例を出すと上流階級の作業服姿に【この野郎……なめやがって!】庶民がキレるのと同じだ。
「う、うむ」
嫁がらしくない。
ある意味気圧されてる。
どうしていいかわからないという意味で。
【処する……のか?】みたいな感じ。
なおピゲットは今にもブチ切れそうな顔してる。
侮辱と受け取ってる。
こりゃ殺しかねないぞ。
「ピゲット卿。抑えてください。悪気はありません」
「……ふむ、婿殿。すまぬ」
少し進むと車が用意されてた。
ホバーカー。
大昔に流行ったと聞いたことがある。
ただウルトラ下品な塗装がされていた。
温度によって青から紫に色が変わるサーモ色のボディに無意味なマッスルカーのボディー。
意味のない金色のライン。
そして機能的にまったく無意味な竹の子マフラー。
芋臭さが突き抜けている。
嫁が口をぱくぱくさせている。
「あきらめてください」
「きょ、教育の敗北じゃ……」
たぶん教育受けてねえよ。ここの連中。
乗車すると中はリムジン風。
安い香水のにおいがする。
どんどん不機嫌になるピゲット。
車を素手で破壊しかねない鬼の表情になっている。
車内の謎ミラーボールがキラキラ光る。
それは【本物】だけが作れるアホアホ空間だった。
俺たちは無言だった。
つ、疲れる……。
車で走るには無理のある通路を進む。
道の脇には露天のテントがひしめき、車のすぐ横を人が歩いている。
酸っぱいにおいが立ちこめあちこちにゴミが散乱していた。
だからスピードも出せず自転車よりも遅い。
……そういうとこやぞ。
しばらく経つと装飾されたドアが見えてくる。
無駄な金装飾の部屋だ。
リリィの部屋だろう。
車から降りて中に入る。
するとリリィが待っていた。
「よく来たな」
「ああ、来る前に疲れたがな」
「そりゃ帝都と比べたら汚いだろうな」
そんなレベルじゃねえ。
嫁の表情はそう言っていた。
「ここにコロニーを作る」
嫁はそう宣言した。
「へえ、何年かかるんだよ」
「かからんさ」
嫁は自信たっぷりだった。
俺は計画の詳細は聞いてない。
ちょっと不安である。
「配下がこちらに向かっておる。しばし待て。面白いものを見せてくれよう」
「は! 期待してるよ!」
リリィは強がっていた。
でもビビリ散らかしてるのはよくわかった。
だってピゲットから殺気がビンビン飛んでるもの。
「フェイ! 契約書持って来い!」
と言うとフェイが奥に消える。
その代わりにやって来たのが大男だった。
頭が禿げてて顔中傷だらけの筋肉もあるが腹も出てるタイプの男だ。
「護衛のヒューマだ」
だけど大男はなんだかビビって萎縮してた。
「うん? どうしたヒューマ。そこの騎士さんが気になるか?」
ピゲットは未だに機嫌が悪い。
気持ちはわかる。
ヒューマはボソッとつぶやいた。
「なに言ってんだお嬢。そこの騎士さんよりも何倍もやべえだろ。そこの兄ちゃん」
え? 俺?
ヒューマの膝が震えてた。




