第九十一話
遠回りの経路で宇宙海賊の領地へ。
ここを押さえてしまえば解放作業は劇的に楽になる。
みんなの実家を解放するのにだって使える。
でも戦略的価値はあるんだけど金にはならんのよ。
他の収入源があれば別だろうけど。
例えば法外な通行料とか。
というわけで堂々と近づく。
民間船や何世代か前の軍の駆逐艦がやって来たが戦艦を見るなり全力で逃げ出した。
【海賊狩りのヴェロニカ】は有名なのだ。
わざと速度を落として進む。
小惑星帯に近づいたそのとき通信が入った。
音声だけの通信だ。
「海賊狩りのヴェロニカか?」
若い女の声だ。
嫁が答える。
「そうじゃ。お前が海賊ギルドの首領【貴族殺しのリリィ】か?」
「二代目だけどな」
「なんでもいい。妾は帝国の名において、この星域に前線基地を作る命を受けた」
「はッ! 笑わせんな! 今さら帝国になにができるんだよ!?」
「お? そうか、それじゃ、こちらも奥の手を使わせてもらおうかの。婿殿連れてこい!」
「えー、やだ」
「連れてこい!!!」
「ごめんね。嫁ちゃんには逆らえないのよ」
「しかたないよ。別に怒ってないから行こ」
この穏やかさ! 優しさ! 女神か聖母か!
ぽっちゃり&おっとり女子のニーナさんである。
本人はぽっちゃりだからモテないと思い込んでるが、ケビンを除いた男子全員が性的な目で見てた。
俺もだ!!!
「えーっと、リリィさん。人質のニーナさんです」
「ニーナ!!! なんでここに!?」
「お姉ちゃん久しぶり~」
ニーナが手を振る。
もう!
癒やされちゃう!
心の中で悶えてるとなぜかキレた嫁に蹴られた。
こいつ! 心を読みやがった!!!
「いやらしい目は妾に向けるのじゃ!」
嫉妬か……俺も偉くなったものだな……。
「うれし泣きやめるのじゃ」
ここまで茶番。
で、リリィさんとの交渉。
「どうしてニーナ!? お姉ちゃんを裏切ったの!?」
「ちがうよ。あのね、そこのカッコイイ男の子なんだけど、レオくんって言うの」
「待って……レオ……ヴェロニカ殿下に付き従う男って!!! レオ・カミシロか!?」
「うんそうだよ」
「帝国最強の騎士じゃないか!!!」
騎士というのは軍に入隊した後で専門コースの訓練を受けて合格するともらえる称号である。
騎士の称号を持っていると給料が少し増える。
騎士の称号に支払われる金は微々たるもの。
でも退職後死ぬまで支給されるのでバカにできない。
学生の俺がそんな称号を持ってるはずがない。
完全に誇張された噂話である。
「あ、あれだろ! 秘密裏に学生を改造したって噂の!」
微妙に真実と嘘が混じってるな。
改造はした。
でも一代で滅ぶはずだった。
でも増えちゃったてへ。
俺も先祖返りのジェスターだとわかった。
というのが真実なのである。
たぶん因子を持ってる人間は珍しくないと思うんだよね。
気づかないだけで。
だけどリリィは俺の誇張された噂にビビリ散らかしていた。
「あ、あれだよ! 【地獄の猟犬】って呼ばれてる改造されたガキども集団の頭なんだろ!?」
「うーん、それは初耳だな」
ニーナも首をかしげる。
【地獄の猟犬】ってなによ?
もしかして士官学校の連中か?
「あんのゾークどもを圧倒的な力でねじ伏せたって聞いたぞ」
「それは本当」
ニーナが肯定した。
「やっぱりあたしを殺しに来やがったな!!!」
「それは嘘」
「じゃあなんなんだよ~」
「基地作らせてくださいって。できたらお姉ちゃんを領主にしてくれるって」
「は?」
「今回の遠征で貴族どもが整理されるのじゃ。領主が一人二人増えたところで誰にもわからん」
「え? 整理って」
「死ぬ」
「ちょっとニーナ! この娘怖いんだけど!!!」
「大丈夫だよお姉ちゃん。ヴェロニカちゃんは優しい子だよ。あのね、レオくん暗殺しようとしたケビンちゃんを【これからこいつは妾の侍女じゃ。文句があるなら妾に言え】って宣言したの! いじめられないようにしたんだよ!」
あら、嫁ちゃんフォローしてあげたんだ。
嫁ちゃんも身内に甘いじゃん!!!
「ちょっと待って、夫を殺そうとしたの?」
「うん」
「夫を殺そうとしたのに守ったの?」
「うん」
「怖ッ! なんか裏に潜む愛憎劇が怖ッ!!!」
愛憎劇なんてものはない。
単に俺も嫁も甘ちゃんなだけだ。
でも外から見たらそう思うよな。
「もー、お姉ちゃん! そういうんじゃないんだよ!」
「どう見てもどろどろの愛憎劇だろが! まだ学生なのになにやってんの?」
「なんでもいいわい!!! さあ選べ! 領主になるのか殲滅されるのか! どちらを選ぶ?」
とうとう嫁がキレた。
顔真っ赤にしてぷるぷるしてる。
恥ずかしかったようだ。
羞恥プレイに弱いようだ。
今度試し……命がないからやめとこう。
「……本当に殺す気はないんだな?」
「人間どうしで争ってる暇はない。それに殺すつもりなら問答無用で蹂躙してる」
まあ! なんて説得力!
たしかに交渉なんてしねえわな。
「……わかった。カメラオン!」
今まで映らなかった映像が来る。
ちゃんとメイクをした大人の女性。
ちゃんと自分の魅力をわかってるメイクだ。
うん美人。
それなのに作業服を着てる。
レオちゃんときめいちゃう。
「婿殿ぉッ!!!」
「こ、これがかの有名な海賊の首領……ごくり。なんというカリスマ!」
ごまかすように声を上げる。
ごまかせたな!
ごまかせたよね!
「あとでじっくり話し合おうぞ」
だめだった。
終わった。
「私が【二代目貴族殺しのリリィ】だ」
「妾が【海賊狩りのヴェロニカ】じゃ。こちらの男が【地獄のチワワ】レオ・カミシロじゃ」
「きゅーん……」
「サイズ的にはゴールデンレトリバーじゃないか?」
「くーん」
ご飯とお散歩が大好きです。
女の子はもっと大好きです。
特技はかわいい顔です。
「おもしれえな……あんたの旦那」
「愛嬌あるじゃろ」
「もー、やめてあげなよ! レオくんが犬のモノマネはじめたから!」
ニーナはそう言いながらも笑ってた。




