第七十九話
帝国時間の朝にコロニーに到着した。
大野男爵がいるから顔パス。
「野郎ども! 中に救助者がいる! 客室に案内しろ! ……丁重にな」
「うっす!」
やたらガタイのいいおっさんたちが救助者を案内した。
大野はウンコ座りして電子タバコを吸い始めた。
このおっさん……絶対ヤンキーあがりだ。
一服すると俺の横にいたサイラス殿下を見る。
「サイラスさんよ。あんたこれからシャーアンバー男爵だ。俺もヤキが回ったぜ。降りられない列車に乗っちまった……もう毒を食らわば皿までだ。サイラスさん、手を貸せ」
サイラスが手を差し出すと、大野のおっさんが手をつかむ。
その途端、青く手が光る。
接触式デバイスか?
拡張現実になにをインストールした?
「おっと怒るなよ。こいつはシャーアンバー男爵の証明書だ。俺んち……大野とシャーアンバー、それにカロンはいつ全滅してもおかしくねえ土地だ。だからこの三つの家はお互いに証明書を持って全滅した領地の復興をする約束なんだよ。後継者がいればそいつに証明書を渡すし、いなけりゃ生き残ったやつが証明書を使って領主代行をすることになってる。サイラスさん、シャーアンバー男爵をやってくれや」
「かたじけない」
「礼はいい。ただし俺がくたばったら後を頼むわ。軍に息子がいるから証明書を渡してくれ」
「わかった。必ず渡す」
避難民をコロニーに移動させて帝都に連絡。
すぐに救出隊を出して帝都に移送してくれるとのことだ。
そんなやるんだったら軍を送ってくれれば……と思うが、そっちの人員はないとのことである。
俺たちはコロニーのロビーで帝国広報放送を見ていた。
警備シフトはまだだけど、勤務時間なので遊ぶわけにもいかない。
なので政府広報を見てるか報告書を書いてるかの時間である。
っていうか実戦出るようになって気づいたけど、軍隊って戦闘に割く時間は少なくて、待ってる時間と生活の時間がほとんどだわ。
で、ボケッと放送を見てる。
ほとんどのニュースがゾークとの戦争関連。
勝ったの負けたのと言ってる。
星を奪還したみたいな話は聞かない。
俺たちは運がいいのだろう。
コーナーが変わる。
今度はトマスのニュース。
特集が組まれてる。
大艦隊で惑星サンクチュアリを目指すらしい。
放送では出征パレードが中継されていた。
絶対勝てるって自信があるようだ。
どこから来た自信だろうか?
少なくともトマスはそんな愚かなタイプじゃない。
有力貴族のごり押しだろうか。
放送もアナウンサーが【絶対に勝てる】【無敵のトマス殿下】【神の子】なんて繰り返してる。
……麻呂の子だろ。
トマスも作り物の笑顔で手を振っていた。
宇宙港に画面が変わる。
戦艦がこれでもかと置かれてる。
これだけやったのだからジェスター大量に用意できればいいんだけど。
上層部は知ってるはずなんだよな。
嫁も報告書上げてるはずだし。
でもニュース内でその話をしないってことは都合が悪いんだろう。
「なんだかなあ……」
「そりゃ僕らは内幕知ってるからね」
テレビを見ながらケビンが答えた。
「自殺行為なのに止める力がない」
「そりゃレオはヒーロー側だからそう言えるんだけどさ、僕ら普通の側からしたら当たり前でしょとしか」
そう言うとケビンは大きなお胸を張った。
元ゾークのスパイで野郎だったやつが自身を普通と言い張る世界……。
で、待ってるとコロニー内放送が鳴った。
「レオ・カミシロ大尉。カフェ【大野】にお越しください」
大野男爵の経営してるカフェだな。名前的に。
地図を見るとロビーからエスカレーターですぐ上の階にあるようだ。
案内にしたがってカフェを探す。
カフェはすぐに見つかった。
だっておっさんの理想を詰め込んだようなレトロなカフェがいきなり出てきたからな。
店内は邪魔にならない音量の小粋なジャズがかかっていて、本物のコーヒーの香りがする。
中では嫁がいた。
「呼んだ?」
「ああ、呼んだ。こっち座れ」
嫁の真正面に座る。
「先遣隊が全滅した」
トマス殿下が先陣切って突撃するわけじゃない。
道中の安全を確保するための艦隊が先に出発していた。
それが全滅したようだ。
「計画中止するよね?」
「できるわけがない。誰かが責任を取るはめになる」
「ジェスター用意してないの? 天敵だってわかってるのに!?」
「それは禁忌だ。すべての貴族が、かつて産み出した生物兵器が自分たちの血に混ざってることを認められるわけじゃない」
「ビースト種みたいに?」
「そういうことじゃ」
めんどくさ!
猫耳くらいで文句言うなよ。
限りなくどうでもいいだろ!
大野男爵だってクロレラ処置してるだろ。
「バカだと思うじゃろ? だからトマス兄様はそういったバカどもをまとめて処置するつもりじゃ」
「貴族ごと玉砕ってこと?」
それは嫌だな。
いくらアホの貴族の集まりと言えどもトマスが命をかける必要はない。
「生きて帰ってきたときのシナリオも用意してるとは思うがな」
トマスはいいやつなので死んでほしくない。
「トマス兄様はせめて貴族に一矢報いようと思ってるのじゃろうな」
それが自殺じゃ気分はよくない。
「助けられればいいけどな」
「真反対の宙域にいる我らには祈ることしかできぬ」
そうなのだ。
俺たちは真反対にいるのだ。
というかトマス殿下の遠征への介入を恐れてこっち担当にされたのだと思う。
宮廷政治の達人なのはいいが、こうやって軍事にまで介入されちゃたまらない。
そんなのが大量にいるんだよな。
貴族にも文官にも。
「あー……軍事独裁政権がうらやましい」
「力を持ちすぎた軍部が腐敗するだけじゃ」
「ですよねー!!!」
ああ、どこにいるの俺の幸せの青い鳥。
「婿殿。組織なんて言うものは園芸と同じじゃ。病気になった枝は間引きする。一定の期間が経ったら根っこを切って鉢増しする。管理が重要なのじゃ」
「つまり定期的に粛正しろと」
「そういうことじゃ。大義名分は必要じゃがな」
「そういうのは嫁ちゃんにまかせるわ……」
「妾の方が得意じゃからな。婿殿は戦闘がんばってくれ」
へーい。
どうやら俺は偉くなっても現場から抜け出せる日が来そうにない。




