第七十六話
父を殺したことを後悔してない。
私、サイラスはトマスの計らいで妹ヴェロニカの船に乗船した。
妹は私が乗船したことにまだ気づいてない。
おそらくすぐに発覚するだろうが。
義弟のレオ・カミシロは勘のいい男と評判だからな。
義弟は救国の英雄だ。
ゾークの襲撃、教師と学生しかいない状況で他のものをかばって生き残った男。
それだけでも凄い。
私にはマネできない。
でもそれだけじゃない。
学生を指揮して惑星を解放し続け、帝都まで奪還した。
女狂いという悪評はあるが、ヴェロニカによる策だろう。
詳しく調べさせたらヴェロニカと仲睦まじいとのことだ。
……ロリコンだろうか?
逆に心配になる。
同じ17歳だ。きっと大丈夫だ。
大丈夫だよな?
父親である皇帝はクズだ。
あの男は哀れな男だ。
【美しくない】と生まれた瞬間、自分の母親……私からすれば祖母に捨てられた。
母の愛情をまったく受けず後宮で育ち、姉に育てられた。
そんな父は美しいものが集う後宮で……狂っていった。
最初の過ちは自分の育ての親である姉と子を成したことだろう。
当時の皇帝は激怒し、父を殺そうとした。
だが当時の貴族連中が父の殺害を阻止、祖父を暗殺してしまった。
ここに傀儡を望み傀儡でいることだけに価値のある皇帝が誕生したのである。
悲しい人生である。
だとしても自分の姉妹と子を成すような男だ。
クズではある。
遺伝子治療で医学的には禁忌ではなくなったが……いまだにタブーであることは明白だ。
貴族たちも心の底では嫌ってる。
だが皇帝は有力貴族の進言をこなすだけの知性はあった。
だから貴族たちは皇帝を殺さないでやったのだろう。
だがそれはもう終わりだった。
戦況は悪くなり、有力貴族が何人も死に、帝都も陥落しようとしたとき。
……私は決断した
あとは髪を切ってトマスによって近衛隊とともにヴェロニカの船に乗った。
私の使命は……ヴェロニカを皇帝にすることだ。
トマスは言った。
【俺は死ぬだろう。妹にすべてを託す。次の皇帝がウォルターでは帝国は滅亡するだろう。サイラス、お前はヴェロニカを皇帝にしてやってくれ】
格好つけやがって。
私は長兄のそういうところが昔から苦手だった。
……トマスの意見には同意する。
ウォルターではダメだ。
あれはあれで優秀なのだが……父のクローンみたいな男だ。
今の状況ではダメだ。
私は一兵卒からやり直す気でいた。
レオ・カミシロ。男の中の男だ。
彼とヴェロニカを守るためにはその覚悟が必要だった。
そして……。
「サイラス出撃します!」
いま私はレオを助けるために出撃する。
戦闘服を着て生命維持装置をオンにする。
戦車に乗って出撃する。
戦車なんて言ってるが、こいつはサンドバギー。
この惑星の砂は特殊だ。
砂にして液体。
それなりの対策が必要なのだ。
義弟のように人型戦闘機の無限軌道のスキーアタッチメントで進める方が異常なのだ。
聞いてはいたが義弟の異常性には驚くばかりだ。
サンドバギーはこういった惑星で使う乗り物だ。
バギーと言ってるが構造的にはホバークラフトに近い。
少し浮いている乗り物だ。
武装は実弾の主砲と機関銃。
初めて使う。
ゾークにはこれしか効果ない。
私と私の近衛隊が砂を進んでいく。
男爵領だというのに惑星は開発が進んでない。
下級貴族にわざと開発不能な惑星を統治させる。
むごいやり方だ。
運転は私の元近衛隊員だ。
私は火器を担当する。
一年だけ軍にいた経験が生きている。
たしかにおままごとだろう。
指揮官として経験を積むために海賊狩りなんてしているヴェロニカが例外なのだ。
兵士や指揮官の邪魔さえしなければいい。
皇族などそんなものだ。
10代後半に本気になって兵器の扱い方を学んだのは滑稽の極みだろう。
だがその経験が今になって生きている。
カニがやって来た。
照準システムが狙いを定める。
「サイラス様。ギリギリまで近づいてから撃ってください。さすればあの硬い甲羅も貫けるでしょう」
「了解」
三つ数える。
カニがすぐそこまで来ていた。
「撃ーッ!!!」
ドンッと主砲が火を噴いた。
反動でサンドバキーが後退し、機体が砂をこすった。
砲弾がカニの胴体にめり込み爆発した。
その爆発は周囲のカニを巻き込んだ。
指揮ではない、初めての実戦。
私の手は汗がにじんでいた。
「サイラス様! 第二陣が来ます!!!」
気を取り直して戦う。
自動照準がカニを補足するが、今度はカニが横移動を繰り返しロックオンが外れる。
「サイラス様! マニュアルに切り替えてください!」
マニュアルに切り替え自分で狙う。
よく見て引きつけて……。
「撃ーッ!!!」
主砲発射。
今度もカニを直撃した。
緊張で口の中がカラカラになる。
私が失敗したら仲間が死ぬ。
そんな風に思い込んでいた。
「サイラス様!!!」
大声で名前を呼ばれて我に返った。
「進路上のカニを掃討した模様。レオ殿の救助に向かいますぞ!」
「了解」
勝利したというのに気分が昂揚することはなかった。
こんなに恐ろしくて疲れることをこなしてきたというのか!
レオ・カミシロ……なんて男だ。
管理室が見えてきた。
レオが外に出てくる。
「まだだ! まだはやい!!!」
叫んだ瞬間、砂からカニが出てきた。
危ない!!!
だがレオはショックハンマーを振りかざし突撃する。
……生身で。
自殺行為だ。
だがレオはカニの攻撃をすべてよけた。
そしてカニの胴体めがけてハンマーの一撃。
ショックハンマーが火を噴きカニの胴体が砕けた。
そのまま流れるように拳銃を抜くとトドメを刺した。
「ば、化け物か……?」
口に出ていた。
「まさしく化け物です。ですがサイラス様……17歳の少年がああなってしまったことに目を向けてください……彼は悲しい鬼と言えるでしょうな」
レオは無邪気に手を振っていた。
そうか、あれこそが私が守らねばならぬものなのだ。




