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狼の裔~念真流血風譚~  作者: 筑前助広
第五章 寂滅の秋(とき)
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第十二回 道場破り(後編)

 二人組だった。

 色黒の中年と、まだ幼さが残る前髪の少年。浪人ではない。それは着ている服装から、すぐに判った。

 建花寺流の看板を掲げた、村の道場である。板張りの道場に門下生の姿は無く、ただ二人だけが待っていた。


「お待たせした」


 清記がそう言うと、二人の武士が立ち上がって一礼した。

 道場破りだった。まず相手をした師範代の宇治原東平が敗れたとの報告を受け、駆けつけたのだ。宇治原は念真流ではないが、清記も認めた腕を持つ。それが敗れたのだ。驚きはしないが、珍しい事だった。殆どの道場破りは、宇治原で対処出来るのだ。敵わないと見たら、相手をせずに雷蔵を呼ぶ。つまり宇治原は、相手の力量を見抜く事が出来るのだ。


(それなりの相手か……)


 その宇治原は、控えの間で待たせている。木剣での立ち合いだと聞いたが、小手を軽く打たれただけで大した傷は無かった。


「私に会いたいと聞いたが」

「如何にも」


 中年の武士が応えた。背は低いが、体格は良い。古武士然こぶしぜんとしている。


「是非、一手指南をと思いまして」


 清記は頷いた。よくある、道場破りの口上である。

 久し振りの道場破りだ。このような田舎の道場にも、道場破りは現れる。大抵は百姓相手の道場だと軽んじて挑んでくる浪人ばかりだ。清記が直々に相手をするのは、もう十年振りかもしれない。


「その前に、姓名を伺おう」

「拙者は俵山弥兵衛たわらやま やへえ。これなるは、我が息子で宗太郎そうたろうと申す」


 宗太郎という若い武士は、雷蔵より若いように見える。


「宇治原を破ったというのはどちらかな?」

「私です」


 宗太郎が、伏し目がちに言った。父に似ず、すらっとしている。母親に似たのか。


「何と。まだ若いというのに」


 しかも木剣で立ち合ったというのに、怪我をさせないように、軽く打っている。若く未熟なものには出来ない芸当だ。それだけで、この若者にかなりの経験があるという事が計り知れる。


「私は、御子息と立ち合えばよろしいのかな?」

「いや、愚息には平山殿の相手は務まりますまい」

「では貴殿かな」


 俵山が頷き、木剣を持って道場の中央に進み出た。

 向かい合う。小兵だが、筋骨は逞しい。伝わる圧も大きかった。


「いざ」


 清記がそう告げると、俵山が裂帛の気勢を挙げた。

 俵山が、大胆に踏み込んで来た。そして、連撃が清記を襲う。

 面、小手、そして突き。そして、胴を狙うかに見せかけての、面。大胆な攻めは豪快に見えたが、その太刀捌きは俊敏かつ繊細である。


(流石、大井寺殿の弟子という事か)


 清記は、木剣を右に左にと動かし、その全てを捌いた。

 そうしている内に、俵山の表情に動揺の色が見えた。我が剣が通じない事に、焦りを覚えているのだろう。

 清記は、俵山の攻撃を受け流すと、木剣の切っ先を下段から振り上げた。すると、俵山の両手から木剣は消え、大きく宙に舞っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「参りました」


 俵山が木剣を引いて、一礼した。


「拙者、平山殿と剣を合わせるのを楽しみにしておりました」

「私の剣名は、然程に高くないが」

「それは謙遜ですな。建花寺流、もとい念真流継承者の名は、黒河まで響いておりますぞ」

「ほう」


 建花寺流を念真流と呼ぶ、黒河の武士。どうやら、伊達の蕩児は謀略に懲りないようだ。


「だが、此処では建花寺流ですぞ」

「詭弁ですな。建花寺流が念真流の隠れ蓑という事ぐらい掴んでおります」

「毎度の事だが、伊達公は無聊ぶりょうかこっておられるのか」

「平山殿。これは藩命ではござらぬ。あくまで、拙者の一存で挑んだ事」

「それはどういう事かね」

「拙者の剣は、天鏡壱刀流。そこまで言えば、お判りのはず」


 清記は頷いた。


「大井寺右衛門殿の」

「弟子でござる。愚息もまた同じ」


 数か月前、栢の森で大井寺に襲われた。藩の貴人に、頼まれたのだという。刺客にしては、崇高な剣を使っていたのをよく覚えている。


「見事な剣を使われた。立派な剣客であった」

「そう言ってくださり、先生も喜ばれているはず」


 その言葉に嘘は無かった。そう思うからこそ、大井寺の骸は村の墓地で手厚く葬っている。


「俵山殿は、大井寺殿の仇討ちをご所望か?」

「いえ。拙者はただ先生を斬った平山殿の剣を味わいたかったまで。勝敗による生死は剣客の常。仇討ちなど、考えておりませぬ」

「だが、このまま引き下がるとは、到底思えぬが」


 それに俵山は何も答えず、宗太郎は僅かに視線を逸らした。


「御子息がおられるとか」

「そうだが」

「お父上とは、些か趣が異なる剣を使われる」

「立ち合ったのか?」

「いえ。何者かに襲われている所を拝見した次第。どうやら、御子息も色々と敵を抱えている様子でござった」


 雷蔵については、廉平や三郎助から報告が入っている。どうも流浪の間に敵を多く拵えたようだ。それだけでは飽き足らず、浪人狩りを未だ続けている。


「まるで、狼ですな。血に飢えた立ち合いでござった」

「以前にも同じような事を言われたのだが、変わらんなあいつは」

「平山殿の剣は、まさに剣客。しかし、御子息の剣は刺客。剣客と刺客。同じ人を斬るにしても、剣のありようは全く違う」

「貴殿の剣は、どちらかな?」

「さて、拙者でもわかりませぬな」


 それから二人は深々と一礼し、道場を出ていった。


(いずれ、また会う事になるだろう)


 そして、その時には白刃を突き付け合う事になる。何せ、因縁浅からぬ黒河藩士だ。

 清記は宇治原を呼んだ。宇治原は項垂うなだれ、放心状態だった。あの若造に敗れた事で、心を折られたのだろう。

 宇治原は、清記が六年前に登用した剣客だった。千葉派壱刀流を使い、一剣に人生を賭して来た男だ。若造に敗れ肩を落とすのも無理は無いが、ここで潰れてしまっては困る。

 剣の腕に、歳や性別は関係ない。そう思えるまで、清記は宇治原を鍛え直すつもりだった。

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