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狼の裔~念真流血風譚~  作者: 筑前助広
第五章 寂滅の秋(とき)
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第九回 刺客道(後編)

「ご説明を賜りたく、参上いたしました」


 清記は、鷲鼻の男を見据えてそう言った。

 罠に嵌めた。その男が目の前に座している。返答次第では、今後の行動を見直さねばならない。

 深江陣屋の門前、ひと際豪壮な松永外記の屋敷である。既に陽が暮れ、百目蝋燭が煌々と灯されている。


「はて、何の事やら」


 書き物を続けながら、外記は首をかしげた。


「安っぽい芝居はお止しなさいませ」

「ふふふ」

「外記様」

「よくぞ、生き延びたのう」

「それだけでございますか?」

「儂がお前を罠に嵌めて何になる」

「夜須、いや御公儀への叛旗」

「それこそ儂にとって、何の利にもなるまいよ」

「では、何故?」


 清記は膝行し、前に進み出た。


「これも勤王の賊を根絶やしにする策よ」


 外記は筆を止め、今まで書いていた書状を清記の前に差し出した。


「まぁ、読め」


 それは、室谷に宛てたものだった。その内容を二度読み返し、清記は顔を上げた。


「私を餌にしたのですか」

疑似餌ぎじえだな。お前は喰われておらぬ」


 手紙には、平山は捕えたので今後について話し合いたい旨と、会談の場所が記されていた。


「やはり、外記様が漏らしていたのですね」

「相手に、儂の事を信じさせる絶好の機会だった」

「で、何と知らせたのです?」

「夜須藩が、内政介入にしようとしている。これは当藩の危機で、内訌をしている暇はない。話次第では勤王に鞍替えするので手を組まぬか、と」


 確かに、相手に機密情報を漏らす事は、信用させる第一歩だ。更に、今回は外記からの要請があったとは言え、明らかな内政介入だ。挙国一致を装うには最適だろう。


「一言、欲しかったか?」


 外記は、煙草盆を手元に寄せた。雁首に煙草を詰め、火を着ける。煙管は木目が揃ったもので、高級感がある。


「気分はよくありませんが、これで相手は外記様を信じたでしょうね」

「正直な男だ、おぬしは」


 煙を吐く。清記は眉を少し動かした。煙草の煙は好きではない。


「これから勤王党と話し合って、藩論を統一させる」

「……そうすると、斬る相手を変更する必要がありますね」

「私を斬るか」

「それを判断するのは、我が主君。ですが、すぐに新たなお役目が届くかと」


 外記が首を竦めた。怖い、怖い。そう呟き、不敵な視線を清記に向けた。


「大入村を見たか?」

「ええ。曲輪と見紛うほど、要塞化されておりました。掘割、吊り橋、そして雇った用心棒。戦でも仕掛ける気かと」

「そこを攻めれば、それなりの被害も出ような」


 清記は頷いた。兵の練度にもよるが、深江藩の軟弱な気風と室谷の影響力を考えると、それなりの血が流れるのは予想できる。


「おぬしでも難しいか?」

「力で攻めるべき場所ではない事は確かです」

「だろうのう……」


 と、外記は煙草盆で煙管の雁首を叩き、灰を落とした。


「平山の。三日後、室谷を天霊禅寺に呼び出す。その途上で斬れ」

「そう来ましたか」

「これが、謀事はかりごとよ。そして、おぬしは刺客の道を全うせよ」


 清記は頷いた。流石と言うべきか。あれこれ考えていたが、結局全て外記の掌の上だった。外記に必要だったのは、確実に獲物を仕留める事が出来る、刺客の腕だけだったのだ。


「久右衛門はどうなさるおつもりですか?」


 その名を告げると、外記は視線を清記に向けた。

 久右衛門について、外記は清記に何も伝えなかった。室谷の後ろ盾となり、大きな影響力を持っているというのに。そこに清記は、微かな違和感を覚えている。


「間違っても殺すな」

「室谷はあやつの傀儡に過ぎません。久右衛門を捕えぬ限り、また第二の室谷は現れますぞ」

「わしは殺すなと言うておる、平山の」

「それは、如何なる御存念で?」

「あやつのここ、死なして失うのは惜しい」


 外記は自分の頭を指さした。清記は呆れた。この男は、叛徒を自らの麾下に加えようとする腹積もりなのだ。


「久右衛門は叛徒ですぞ」

「儂が召し抱えるのは、久右衛門の頭だけだ。心は捨ててもらう」

「何とも、あなたという人は」

「我が藩の大事な人材だ。なぁに、従わねば殺すだけ。早いか遅いかだ」


 外記は不敵に嗤うと、再び煙管に煙草を詰めた。


(梟雄の血が、そうさせるのだろう)


 果たして、外記の思惑が上手く運ぶのか清記には判らなかった。久右衛門を召し抱えるという事は、自ら進んで毒を喰らうに等しい。下手をすれば、勤王に感化される事もある。これについては、利景の耳に入れる必要があるだろう。


「おぬしは室谷を必ず斬る事だけを考えよ。あやつは深江に要らぬ男だ」


◆◇◆◇◆◇◆◇


 三日後。昼下がりである。

 清記は鬱蒼とした藪の中で、じっと身を潜めていた。

 藪を下った所には、大入村と城下を繋ぐ一本の道がある。藪の反対側には溜池があり、逃げるには戻るか先に進むしかない。

 この道を室谷が通る。襲うには絶好の隘路である。当然、室谷も警戒するであろう。

 今朝から、気分が悪かった。目が覚めると、熱があるのか微かに怠い。これも腹に巣食う獣のせいなのだろうか。

 何かが近付いて来る。その気配を察し、清記は立ち上がった。

 貞助だった。襤褸を纏い、乞食の格好をしている。


「旦那。お待たせしやした」

「どうだ?」

「護衛は十名。今しがた村を出やしたぜ」


 貞助は、大入村へ物見ものみに出ていた。ここ二日は、慌ただしく動いている。


「十名か。警戒しているな」

「へぇ。警戒はしておりますがね、外記様を疑いはしてねぇ感じがしやす」

「まぁ、その為に外記様が手の込んだ事をしている」


 昨日、外記は会談の下準備に、側近の一人を大入村に派遣し、細かい話を詰めている。それで信じたかどうかは判らないが、会談に信憑性を持たせる事は出来たであろう。


「ただ、それなりの十名ですぜ。黒脛巾組の奴らも、何人か混じっておりやす」

「やはりな。して、久右衛門は?」

「村で留守番をしておりやす」

「ほう」

「意外ですかい?」

「まぁな。これは、大事な会談だ。単なる駒に過ぎない室谷に任せないと思っていたのだがな」

「久右衛門の野郎は、中々鋭でぇとこがありやすね」

「まぁいい。我々は室谷を斬るまでだ」

「しかし、残念でございやしたね」

「何が?」

「もし久右衛門がいれば、室谷共々始末するつもりでいたんでしょ、旦那」


 清記は、したり顔の貞助に向かって鼻を鳴らした。貞助には、外記が久右衛門を召し抱えたいという意向を伝えてある。


「では、あっしは物見に出てまいりやす」


 貞助が消えると、清記は腰の水筒で喉を潤した。不意に、腹の疼きを感じた。また獣が暴れ出そうとしているのだ。

 何かが込み上げて来る。それは耐え難いものになった時、口の中で血の味が広がった。

 木陰に吐き出す。量は多くない。痰のような塊だった。


(やはり、病か……)


 清記は不思議と驚かなかった。まるで他人事のように思える。ただ、自分は病で死ぬべきではない、とだけ考えた。多くの人間を斬った自分は、病ではなく誰かに斬られるべきなのだ。勿論剣客としても、剣で滅びたいとも思っている。

 水筒で、口を漱いだ。血の塊を吐き出すと、気持ちの悪さが驚くほど消えていた。これなら、十分な働きが出来るだろう。

 貞助が戻って来た時には、動きやすい忍び装束に着替えていた。ただ夜ではないからか、その色は黒ではなく、緑と茶を足したようなものに染め抜かれている。


「もうすぐ室谷の野郎が来やす」


 清記は頷くと、下げ緒で襷掛けにして袖を絞った。


「旦那。この殺し、あっしに妙案がございまして」


 貞助が覆面をして隠した顔を、清記の肩に寄せた。


「室谷の護衛の多くは黒河藩士。奴らはあっしら夜須の者を目の敵にしておりやす。室谷を守るという以上に。そこを利用しようかと」

「大事なお役目だ。失敗は許されん」

「へぇ、それは当然。ですが、その下準備を今までしておりやしてね。城下に至る道は既に固めており、討ち損じる事はまぁねぇでしょ」


 清記が悩んだのは僅かな間だけだった。まずは話を聞かない事には、良いも悪いも無い。


「その段取りを申してみよ。その如何によっては、お前の言う通りに動いてやる」


◆◇◆◇◆◇◆◇


 前後に四名。左右に一名。それが室谷を守る陣形だった。

 全員、紋付の正装をした武士である。腕の程は判らないが、貞助がそれなりと評するだけの事はあるだろう。黒脛巾組も中に混じっているという。


「では、いっちょって来やす」


 貞助が嬉々として言った。


「覚悟して行けよ」


 貞助には、失敗すれば斬ると伝えている。勿論それは冗談だが、その時には思う存分抗うと貞助は嘯いていた。


「ほじゃ」


 貞助が、忍刀を抜きながら飛び出した。


「何者」


 声が聞こえた。木々の間から、驚く男たちの顔が見える。すぐに抜き合わせ、乱戦になった。


「へたれ黒河が。夜須の敵じゃねぇや」


 忍刀を振り回しながら、貞助が駆けまわっている。跳ね、回り、転がる。時には手裏剣も打つ。そうして、もう四人も斬り倒していた。


(ほう、大口も伊達ではないな)


 貞助が自然な動きで、斃す相手を選んでいるのだ。恐らく、始末しているのは深江勤王党の面々で、紛れている黒脛巾組は巧妙に避けている。


「畜生。黒河の糞虫相手に此処までったぁ、俺もヤキが回ったぜ」


 そう叫び、貞助が踵を返した。


「待て」

「待てと言われて、誰が待つかよってんだ」


 生き残った数名が、貞助を追って行く。


(絶妙だ)


 清記は感嘆した。走れば掴まえられる。しかし、実際は掴まえられない速度の逃げ足なのだ。

 残ったのは、室谷の従者と称した面皰ニキビ顔の青年。そして、室谷の二人だった。不思議である。貞助の読み通り、清記の目の前には二人しか残らなかったのだ。


(外記も貞助も見事なものだ)


 ここまでお膳立てをされたのだから、失敗は許されない。

 清記は扶桑正宗を抜き払い、藪を出た。二人は咄嗟に身を寄せ合ったが、清記は構わず白刃を振り上げていた。

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