第十一回 蕩児たち(後編)
貴種に生まれながら無頼を気取り、風来坊の如く振る舞う、稀代の蕩児。
満を持して、推参!!
大分村を出たすぐを流れる小川の畔で、深編笠の男が待っていた。
いつものように、着流しと大小の落とし差しである。
「また、あなたですか」
雷蔵が溜息交じりに言うと、深編笠の男は肩を竦めた。
「つれない事を言ってくれるなよ、雷蔵」
「あなたに呼び捨てにされる筋合いはありませんね」
「では御曹司がいいかい?」
「どちらも御免ですね」
雷蔵はそう吐き捨てると、足早に男の横を通り過ぎた。
「おい、待てよ」
「私も暇ではないのです」
そう、こんな得体の知れない男を相手にする暇は無いのだ。
丑之助について、考える事が山のようにある。それだけではない。この心に巣食う憂鬱とも、向き合わねばならない。丑之助を知れば知るほど、自分と重なるのだ。いつか、自分も外道に堕ちるのではないかと。
「なぁ、いいじゃねぇか。少し、話そうぜ」
雷蔵は足を止めずにいると、男が並んできた。敵意は感じない。雷蔵は構わず、ただ腰の一刀の重みだけを意識した。
「俺はな、お前が生まれる前から知っているんだよ。言わば叔父と甥のような間柄さ」
「私は知りませんね。叔父と思うのは勝手ですが、それは頭の中だけにして頂きたい」
「親父に訊いてみろよ。多分、同じ事を言うだろうよ」
「父に訊こうにも、あなたは名も名乗らない。深編笠も取らないじゃないですか」
雷蔵は、吐き捨てるように言った。すると、男は舌打ちをして、
「仕方ねぇなぁ」
と、歩みを止めた。雷蔵も立ち止まり、振り返った。
「俺は、栄生帯刀だよ」
「え?」
「二度も言わせる気かい?」
男はそう言うと、深編笠に手を掛けた。
丸顔に太い眉を持つ、中年の男。貴人の相はあるが、右頬に古くなった深い刃傷がある。
「まさか」
雷蔵は、その刃傷を見て絶句した。栄生帯刀。藩主・利景と御別家である犬山兵部の叔父である。
(いや、間違いない)
父に聞かされた事があるのだ。若宮庄九千石の邑主でありながら、無頼を気取った挙句に右頬に傷を負った、御一門衆筆頭の存在を。今もその放蕩癖は止まず、領地の経営は家臣に任せ、風来坊のような生活をしているとか。そして、父とは因縁浅からぬ仲だとも。
肺腑を突かれ、四肢が硬直するかのような衝撃だった。思考すら緩慢になる。
「私は、あなたが若宮様だとは」
雷蔵は、そう呟いていた。若宮様とは、その領地から付いた帯刀の別称である。
「俺を若宮様と呼ぶんじゃねぇよ。嫌いでね、その呼び方」
雷蔵は、呻吟するかのように頷き、そして何か思い付いたように地面に平伏した。
「雷蔵」
「申し訳ございませぬ。知らぬ事と言え、数々の暴言、悪態。それのみか、刀に手を掛けるなど笑止千万」
「おいおい、馬鹿な真似は止してくれや。俺が好きで名乗らなかっただけだぜ。それに、こんな喋り方だ。判らねぇのも無理はねぇよ」
そう言うと、帯刀は雷蔵の袖を掴んで引き起こした。
「俺が久し振り旅から帰ると、お前の名を殿様から聞いた。調べると、あの鵙鳴山宝如寺の賊も討伐したというじゃねぇか。それで、興味が湧いて付きまとった次第よ。暇潰しにな」
「だからとて、許される事では」
「堅いねぇ。まるで、親父そっくりだ。ま、今回の侘びとして、俺に付き合ってもらおうか?」
「ご命令とあらば」
雷蔵は絞り出すように言うと、帯刀は一笑して雷蔵の背中を叩いた。
「命令じゃねぇよ。頼んでいるのさ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
雷蔵は帯刀の案内で、夜須城二の丸にある屋敷に案内された。
この屋敷は若宮屋敷と呼ばれ、普段は若宮庄の陣屋で起居している帯刀が、夜須城に登城した際の宿舎として使っているらしい。
中々広い邸内には、母屋の他に家士が起居する長屋や剣道場がある。万事堅苦しいものを嫌う帯刀は、武張ったこの屋敷が好きではないと笑った。
まず、家族を紹介された。
正室と、五人の子ども。長男は、自分と変わらない歳だった。名を雪之丞という。雷蔵は、内住代官の嫡男と名乗り、したたかに平伏した。雪之丞は父に似ず、口調も所作も貴公子然としている。母親の躾がいいのだろうか。帯刀の正室は、雄勝藩家老の娘らしい。
「堂島丑之助を追ってるんだろう?」
客間に酒肴の膳が用意されると、帯刀がおもむろに訊いた。二人きりである。既に陽は暮れていて、百目蝋燭の灯りが揺れていた。
「ええ。御手先役として、仰せつかりました。しかし、帯刀様がそれを何故ご存知なのですか?」
「俺も執政府の一員だぜ、一応な。と言っても、公式の肩書は無役で、何ら権限は無いんだがね」
「はぁ……」
「気が重ぇんだろ、雷蔵」
「……」
「正直に話せ。自分と重なるかい?」
雷蔵は猪口を傾けながら、浅く頷いた。
「難儀だな。堂島が京都でやっていた事は、お前達親子と変わらねぇ事だ」
「ええ」
「だから、親父はお前にこの役目を任せたのかもなぁ」
こうなってはならぬ。父は、人斬りの末路を魅せようというつもりなのだろうか。あの父なら、有り得る事だ。
「お前は何の為に、御手先役をしている? まさか平山家に生まれたからだ、なんては言わさねぇぞ」
「いいえ。私は武士だからしているのです」
「ほう」
帯刀が、銚子を差し出した。雷蔵は、それを恐縮して受けた。
「それ以外に理由はございません。武士が野良仕事もせずに生きていけるのは、御家と百姓を守る為なのです。私は、昨年の旅でそれを学びました。そう思っていない武士が多い事も含めて」
「立派だな。女の為かと思ったが」
「女ですか」
「若菜村の後家。惚れているんだろ?」
「何故、帯刀様がそれを」
雷蔵は動揺したが、帯刀は悪戯をした子どものように、舌を出して見せた。
「ちょいとね」
調べられていた。その事に気付かずにいた雷蔵は、臍を噛んだ。
(未熟だな、俺は……)
真崎を斬る時も、黒脛巾組の存在に気付かなかった。修行が足りないと言わざる得ない。
「話は戻るが、『武士だから』という、その想いがあれば、堂島と同類なる事は無いだろうよ」
「そうでしょうか」
「ただ、最後はお前が選択する事だ」
それから話は、帯刀が領する若宮庄の話になった。
若宮庄は夜須藩に属してはいるが、独立した治世を認められている。帯刀はその運営を家老格の家臣に任せているが、正直評判は芳しくない。
悪政を為しているわけではないが、ヤクザの貸元が力を持ち、浪人の姿も少なくないのだ。賭場も充実していて、本藩から博打をしに行く者もいる。つまり緩い。民情も安定しておらず、本藩で罪を犯した者が、若宮庄に逃げるのもざらである。
「若宮庄は、まぁ本領から見れば統治の箍は緩いだろう。渡世人や浪人もいれば、氏素性が知れぬ胡乱な輩も多い。だがな、世の中には光があれば闇もあるもんだ。闇が生まれない光なんざ、絵空事に過ぎん」
「ならば、帯刀様が本藩の闇を引き受けていると」
「そう大したものではないがね。元々堅苦しい事が嫌いな性分、好きにやっているだけとも言える。ただな、何でも綺麗事では、夜須の領民も息苦しいだろうと思ってね」
「そうでしょうか」
「いずれ判るさ」
雷蔵は、帯刀が語った治世のあり方よりも、利景の治世を綺麗事と称した事が気になった。利景にとって、帯刀は最大の庇護者だ。家督相続の際も、大いに働いたという。その二人の間で、何らかの齟齬が生まれたのでは? 勘ぐってしまう。
一抹の不安を抱えながら、その夜は遅くまで盃を交わした。




