間隙 協力者
まだ旬には早いが、型の良い岩魚が取れた。
それを熾した焚き火で、焼いた。強火だが遠火。それで、岩魚は上手く焼ける。
岩魚には、塩を振りかけている。鰭と尾には多めに。塩は近郷の宿場で購った。
魚の獲り方も、焼き方も、全て山人が教えてくれた事だった。
山人だった母は、自分を産むとすぐに死んだが、その兄が時折現れては丑之助に色々な技を授けてくれたのだ。
父は山人との交流を歓迎しなかったが、後添いを取りその間に子を成してからは、関心を失ったかのように何も言わなくなった。
(俺は、母の血が濃い)
夕闇に沈む闇の中で、丑之助は一人思った。
山人。山野を漂泊し、獣を追い山菜を摂り、人別帳に記載が無い者達。そして、父は伊川郷士。かつて栄生家に抗い、敗れた一族の裔である。
伊川郷士と山人の子として、村でも蔑まれてきた。夜須藩では忌まわしき血である。故に、このような有様になったのか。
京都を出て、幾日か。丑之助は街道を避けて北上していた。
今はどの辺りだろうか。かつて美濃と呼ばれた岐陽国の半分は来たはずだ。山々は深く、そうした場所を縫って、夜須を目指す算段をしていた。
そうした手段を選ばせたのも、山なら追跡を受けないと踏んだのも、山人の血が流れているからこそだ。伯父から授かった技が、こんな所で活きるとは思わなかったが。
討っ手は、当然放たれたであろう。しかし、まだその影を感じない。今の所は上手く行っているという事か。
夜須へ行き、やるべき事がある。それは、お里やお菊との約束だった。それを果たすまでは死ねない。たとえ、夜須藩士全員と斬り合ってもだ。
岩魚から、香ばしい匂いがしてきた。脂が染み出し、それが炭に落ちてはジュッと音が鳴る。
丑之助は枝に差した岩魚を掴み取ると、無心で頬張った。
(浅ましいものだ。悲嘆に暮れても腹は減る……)
しかも、それを旨く食おうとも思ってしまうのだ。これが生きているという事か。
丑之助は三匹を平らげると、焚き火の側で横になり暫く微睡んだ。
いつでも何処でも眠れる。京都での八年が、丑之助をそうさせた。そして、起きようと思えば、いつでも起きるようにも。
◆◇◆◇◆◇◆◇
些細な気の揺れを覚え、丑之助は同田貫恒国を引き寄せた。
焚き火の灯りは、既に小さい。身を起こそうとした時、刃の白が目に入った。
地面を転がりながら、同田貫恒国を抜き払い、起き上がり様に横一文字に薙いだ。
絶叫と共に、身体が上下に二つになった。
背後。振り返り、上段から斬り下ろす。黒装束の曲者が、頭蓋から胸まで左右に割けた。
閃光が飛来した。手裏剣。全て、同田貫恒国で叩き落した。更に来る。丑之助は払いながら吶喊し、打ち手を斬り倒した。
しかし、まだ曲者はいる。闇の中で、囲まれているようだ。五人。いや六人。
曲者の動きから考えるに、襲撃は目尾組によるものだろう。夜須藩が抱える忍びである。
「やめよ」
不意に声が挙がった。それが合図に松明が灯され、殺気が消えた。
「流石は人斬り丑之助と渾名される堂島殿だ。このまま戦っても、こちらが全滅する」
その男は、黒の羽織に野袴を纏った武士だった。端正な顔立ちで、浪人には見えない。
「申し訳ない。ほんの腕試しのつもりでした。許して欲しい」
「何者だ、貴様は」
「黒河藩士、片倉藤四郎。側用人をしている者です」
丑之助は、その名を聞いて身構えた。夜須藩にとって、黒河藩は敵である。そして、黒河藩も夜須藩に対してそう思っている。実際に、江戸や京都で両藩はいざこざを何度も起こしている。
「その黒河藩の御重役が、こんな山中にまで出張って何用だ?」
「我が藩は深刻な人材不足でしてね。私に代わる者がおらぬのですよ」
「それは難儀な事だな」
「ですので、用件は手短にして、単刀直入に言いましょう。我が主は、堂島殿の境遇に痛く同情し、是が非でも協力せよと申しております」
我が主。それは伊達蝦夷守継村の事だ。陰謀家との噂もあり、油断ならない男と言われている。
「協力? 何にだ」
「堂島殿の本懐に」
「きな臭せぇな」
丑之助は鼻を鳴らした。
「そうでしょう」
「信じろっていう方が無理だ。相手は黒河藩だぜ」
すると、藤四郎は微笑を浮かべ、
「我が藩も評判が悪いですからね」
と、漏らした。
「しかし、信じてもらう他にございません。そもそも、堂島殿を騙して我が主に何の得があるのでしょうか」
「確かに。俺は伊川郷士というちんけな身分だ」
「堂島殿を利用します。それは明言しましょう。その為の協力ですから。ただ、騙しはしません」
「へぇ」
身も蓋も無いが、その方が信用できる。
「で、俺に何をさせるつもりだ」
「夜須藩内の混乱。出来れば、利景公の首を」
そう言われても驚きはしなかった。やはり黒河藩は、夜須藩にとって敵なのだ。
「だが、俺は散々利用されてきたんだぜ。それを今更信じれと」
「そう仰られるのも無理はございませんね。しかし、信じてもらいましょう。利用はしますが、騙しはしないと」
「言葉だけじゃねぇ」
すると、藤四郎は部下に合図をした。
首が丑之助の前に差し出された。亦部亀三郎。亦部忠左衛門の次男である。
「親の仇と堂島殿を追っていましたので、勝手ながら始末させてもらいました」
「なるほど」
「それに討っ手が放たれております。京都と江戸、そして夜須から。特に南山道は張られていますよ」
「……どうやらお前さん方を信じてもよさそうだな」
藤四郎が頷く。
「そしてもう一つ。執政府の命を受け、御手先役が出馬しております」
「何?」
「堂島殿には、因縁深き仲でしょう。特に、平山清記は」




