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狼の裔~念真流血風譚~  作者: 筑前助広
第五章 寂滅の秋(とき)
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第十八回 風乱(後編)

 翌日、雷蔵と少しだけ話をする事が出来た。

 百人町の別邸で摂る、朝餉の時である。出されたのは、粥。平山家の朝餉は、これと決めている。


山人やまうどの助力があっての事ですよ」


 追跡の経緯を訊くと、雷蔵がそう言って吸い物を啜った。


「刺客は山深く逃げ込みましたので。そこで私は山人の集落ムレを訪ねて助力を乞い、追跡したのです。山人は『御曹司の為ならば』喜んで力を貸してくださいました。これも、父上が日々山人に心を割いているからでしょう」

「そうか」

「父上からも、重々お礼を」


 餅は餅屋という事か。清記も山でのお役目は、助力を乞う事もある。


「八十太夫とはどうだった?」


 その問いに雷蔵は目を見開き、そして笑った。


「特に。仲良くしていましたよ、非常時でしたので。何か仕掛けてくる事もありませんでした」

「ならいい」

「私が斬るとでも思いましたか?」

「今のお前は何をしでかすか判らん」


 雷蔵は、肩を竦めてみせた。ここ最近の雷蔵は、いつもこうだ。親すら煙に巻くようになっている。以前に比べて笑みも増えたが、心に引っかかるものも多い。

 雷蔵は粥を流し込むと、するりと立ち上がった。


「では、私は先に登城いたします」

「励めよ」

「ええ。……そうだ。薊に若宮庄を探らせております」

「若宮を? 何故だ」

「ここ最近、帯刀様が静か過ぎますし、父上も気になるだろうと思いまして。薊には、父上へご報告するように申しつけております。その後は、廉平が如くお使いください」

「小賢しい真似を」


 清記が雷蔵に続いて登城する徒、沖岡主水と名乗る男が待っていた。自分と然程も歳が変わらないこの武士は、犬山家の執事で今は側用人を務めている。見た目からは穏やかな人柄を伺わせるが、内には鋭いものを秘めていると清記は感じている。


「平山殿、お殿様がお召しでございます」

「私を?」

「内住への御帰還のお許しが出ております。おおよそ、その事かと」

「ふむ」


 案内されたのは、二の丸にある深考庵だった。ここは、利景が書見と思考の為に設けたもので、現在は当然利重のものになっている。

 利重は書見をしていた。利景が残したものだろう。部屋の中は、利景が生きていた頃と変わっていない。


「お前を内住へ返す前に、話す事があって呼んだ」

「はい」

「良い知らせ、悪い知らせ、辛い知らせの三つある」


 利重は、勿体ぶった言い方をした。以前はこのような物言いはしない男だった。


「まずは、悪い知らせだ。平山、お前が密かに伊達蝦夷守と会ったと報告があった。それは本当まことか?」

本当まことでございます」


 清記は即答した。継村との密会は事実であり、それが利重の耳に入った以上、言い逃れは出来ない。


「何故? 黒河藩は宿敵ぞ」

「有無を言わさず、連行されました。蝦夷守様は、何度も野望を挫いた私に会いたいと申されました」

「この時勢に伊達公と密会するとは。軽率だったとは思わぬか?」

「もし抗っておりましたら、私はこの場におりません」

「では、何故報告せぬ」

「その時、殿はまだ御別家と呼ばれておりました。添田様を通じて、常寿丸様へは報告済です」

「理屈は通っておるが、この一件だけでお前は切腹もありえる。今回は不問に付すが、黒河は不倶戴天の敵。二度と勝手に会うな」

「重々注意いたします」


 清記は平伏した。思わぬ叱責ではあったが、心が乱れる事は無かった。


(どうせ、ゆうべには白骨となれる身よ……)


 病魔に身体を犯され、命数も残り僅か。そう思えば、怖いものなど無い。


「いや、すまん。これは戯言だ」

「それは、如何なる事で」

「お前が伊達と密会したと伝えたのは、伊達の回し者よ。おおよそ、それを知った私が激高し、お前を処断するとでも思ったのだろう。だが、生憎私はその手には乗らぬ」


 やはり、利重は明晰だ。器もある。風格もある。君主と仰ぐのには申し分ない。しかし、惜しむらくは、犬山梅岳の子である事だ。


「次に二つ目。これは、良い知らせだと思うが、暫く平山家には代官職に専念してもらう」

「と、申されますと?」

「御手先役の役目を凍結する」

「なんと」

「お前の尽力で、反幕分子は一掃され、勤王運動も下火になった。これが良い機会と思ってな」

「左様でございますか」

「お前は、代官として有能だ。御手先役をさせるより、藩の為になろう」

「はっ」

「だが、一度だけ命じるつもりだ。これは、その時が来たら命ずる」

「かしこまりました」

「その時まで、身体をなまらせるなよ」


 血を流さずに済む。それは喜ぶべき事だ。何も喜んで、御手先役をしてきたわけではない。しかし、御手先役を取って何が残るのか? と今になって思う。あくまで、代官職は御手先役の隠れ蓑だったのだ。代官として認められても、胸に去来するのは喪失感だった。


「雷蔵を、来年の参勤に合わせて江戸へ連れて行く」

「江戸ですか?」

「そうだ。雷蔵には、もっと大きくなってもらわねば困る。このような四囲を山に囲まれた田舎だけでなく、江戸も知るべきだ」

「私に異存ございませぬ。愚息は最近天狗でございます故。江戸で叩き直されるのも、あやつの為かと」


 すると、利重が一笑した。


「そうか、あいつは天狗か。私からも釘を刺さねばのう」


 利重が、そう言いながら茶に手を伸ばした。


「最後に三つ目。これは、辛い知らせになる」

「はい」

「山人の事だが、彼らに年貢を科す事にした」

「それは」

「漂泊の民とは言え、夜須の民だ。不思議な話ではない。他にもあるぞ。山里に降りて定住を促し、人別帳にも名を記載する」

「定住で、ございますか」

「いや、帰属だ」

「希望者だけでなく、全ての山人を?」

「無論。例外は認めぬ」

「ですが、彼らがそれに従うかどうか」

「何も統制だけしようというわけではない。その代わりに、夜須藩民として私が、必ず守る。この命を賭してな。山人の指導者には、士分も与えるつもりだ」

「しかし……」

「容易には行かぬ事は承知だ。だが、やらねばならぬ。故に、その説得役をお前に任せる。他の者には頼めぬからな」


 山人が受けるはずがない。彼らは山野を愛し、漂泊する事に誇りがあるのだ。


(下手をすれば、藩に対して牙を剥くやもしれぬ)


 特に、牟呂四などは絶対に従うはずがない。


「お前の気持ちは判る。内住は山人が多く、お前が慕われているとも聞いている。だがな、これが亡き利景公が目指した世なのだ」

「……」

「全ての人間は、平等である。身分を廃し、学問を均等に与え、有能な人材を登用し、衆議によって国を動かすべき」


 利重が独り言のように諳んじたものは、利景の理想だった。


「これが平等への第一歩なのだ。全てが等しくなる為の」


 清記は応えようが無かった。確かに、利景の志だ。しかし、それは山人の誇りを奪う事になる。


「必ず成し遂げろよ、清記」

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