94 過去最大の陰謀
「じゃあその貴族の屋敷には最近やたらと怪しい業者が出入りしていると」
「そうなんです、昨日なんて肉屋が37回も来ていたそうですよ」
そんなの明らかに怪しいだろうが、何事も露骨すぎるんだよこの世界の人間は、もう少し自重しなさいよ!
カレンの所有権を主張して来た貴族、今回の敵であるウラギール侯爵の仲間である可能性が高い。
で、優秀な偵察兵が四六時中付いて監視しているのだが、これがもう怪しいどころの騒ぎではないようだ。
その貴族はどうやら、毎回のように同じ木箱を屋敷へ搬入しているらしい。
肉屋が来てもその木箱、酒屋が来てもその木箱だそうな、一体何が入っているんだろうな?
「で、そのおかしな業者は毎回馬車で来ているんだよな?」
「ええ、全く同じ荷馬車に乗って、一定時間ごとにやってくるそうです」
「じゃあ業者をスピード違反か何かで捕まえて、その運んでいる木箱の中身を確認しよう」
その業者を逮捕した場合、監視対象には国側が敵対しているということがバレてしまう。
だが放っておくわけにもいかないからな、この辺りでそいつを挙げ、ウラギール侯爵側の手の内を白日の元に晒してしまうべきだ。
「では早速そのことを王宮に伝えに行って来ますね、他に何か伝えておく事があれば今のうちですよ」
ついでに屋敷の再建に関してプレッシャーを掛けておいて欲しいところだが、今それを言うと空気読めない勇者の排斥運動が始まってしまいそうだ。
これは一旦保留としよう。
今回は敵(暫定)が屋敷に搬入している木箱の中身だけわかれば良いとして、屋敷に関しては今回の件が全て終わってからにするべきだ。
マリエルが王宮へ行っている間、今話題に上がっていた貴族がまたしてもやって来たようだ。
顔はもちろんキモい、あの運輸大臣そっくりである。
バッハみたいなズラ、ヒトラーみたいな髭、腹は出ていて油っぽい顔。
最悪である、ちなみに御年32歳とのことだ。
「やい異世界勇者、我は権利書を持っているのだ、その可愛い狼獣人を早くこちらに引き渡すんだ」
「なんと、お貴族様はその証文をお持ちでしたか、では本物かどうかの確認に1日を要しますので、今日はそちらをお預けになって、また明日またお越し下さいませ」
「わかった、引渡しは明日だな、この証書は預けておこう、ではまた明日、同じ時間に来るぞ!」
どれだけ馬鹿なのであろうか?
あっさりカレンの所有権を証明する文書を置いて行ったではないか。
とにかくこれで、ようやく法律上も俺の元にカレンの身柄が帰って来たことになる。
お帰りなさいませ奴隷様。
「ご主人様、私はもうアイツのところには行かなくて良いんですよね?」
「もちろんだ、もしかして何か心配していたのか?」
「はい、本当にこのままあの変なのに連れて行かれたらどうしようかと……」
「大丈夫だよ、ほら、尻尾をもふもふしてやろう」
「わふんっ、気持ち良いですご主人様」
誰が可愛いカレンをあんな犯質者にやるもんか、そもそもアイツ、言うことを聞かせられるとでも思っていたのだろうか?
絶対に殺されて終わりだぞ、あんな奴。
しばらくするとマリエルが戻って来た、かなり青い顔をしている、毒でも喰らったのであろうか?
「勇者様、メンバー全員を集めて下さい、これはちょっと拙い事態というか……」
「……皆集合だ、何か知らんがヤバそうだぞ!」
レーコ以下も含むこの場に居る全員が集合し、マリエルの話を聞く。
手が振るえているのだが、何か相当に許容し難いことになっているのであろう。
「結論から言います、このままいくと王都はお終いです」
「何それ? ちょっとどういうことなのか説明してくれ」
「先程、王都から少し離れた地点に氷の塊が着弾したそうです、その後さらに近い場所に1回……」
「精霊様が喰らった魔法で直接ここを狙われているということか?」
「そのようです、しかも射撃位置は見えない程に遠くだとのことです」
まさかの砲撃である、しかもこちらからは届かないどころか見えない位置から一方的に。
今はまだ射角を調整している段階のようだが、狙いが定まったら一気に何百発も撃って来るかも知れない。
「勇者殿、勇者殿はおられるかっ! 王宮から報告です!」
宿の部屋に兵士が飛び込んで来る、先程マリエルが伝えに行っていた貴族家へ搬入される荷物の摘発をし、その結果を伝えるつもりのようだ。
「運ばれていた木箱の中身なんですが、人間……らしきモノが入っておりました、もはや喋ることも出来ない程に姿が変わっていましたが、おそらく元々は人間であったかと」
「勇者様、ちょっとそれを見に行きましょう、何か手掛かりが掴めるかも知れません」
「そうだな、俺とセラ、それからマリエルで行ってくる、他のメンバーは待機していてくれ、あとこの兵士に水を出してやってくれ、ここからまた案内して貰わねばならんからな」
「待って下さいですの、何かの術や薬が関与しているかも知れませんわ、私とサリナも連れて行って下さいですの!」
「それもそうだな、ユリナとサリナも来てくれ」
あとのことはミラと精霊様に任せ、俺達はその人間のようなモノの入った木箱を見に行く。
運び屋が摘発されたのは宿のすぐ近くであった。
憲兵に取り囲まれ、地面に置かれている蓋の空いた木箱。
その中に入っていたのは……確かに人間のような姿をした生物である。
全身の毛が無く、肌は青というか紫というかそんな色。
そこかしこに血管が浮き出て呻き声を上げていた。
「やっぱり、これはクスリを使われていますね、相当強力なものを大量に……」
「どういうことだサリナ、どんな感じのものを使われているんだ?」
「魔力を強化する魔族領域でも違法なクスリ、それを薄めずに原液のままグイッといっています、魔力は当然高まりますが、もう確実に死にますね」
人族の世界にあるようなクスリではない、これもおそらく魔王軍が関与して反乱貴族に提供していたものであろう。
そしてこの人間らしきモノ、というか人間なのだが、氷魔法使いなのである。
精霊様を攻撃し、さらには現在王都砲撃を狙っているのはこの類の連中に違いない。
「これは今監視している貴族もウラギールの協力者で確定だな、すぐにそいつの屋敷に踏み込むべきだ」
「では勇者殿、この件を王宮に伝え、兵を出して屋敷を囲んで貰います」
「わかった、その後の突入は俺達が担当しよう、念のためゴンザレスにも伝えておいて欲しい」
そこへドーンという轟音が響き渡る、遂に敵の氷魔法が王都内部へ着弾したのだ。
無差別爆撃だ、早く人々を避難させないと夥しい数の犠牲者が出るに違いない。
「やはり筋肉団は避難誘導へ回って貰ってくれ、非戦闘員はなるべく地下、無理ならせめて頑丈な建物の中に入らせるんだ」
王宮には防御魔法が張られ、近くの住民がそこに避難している、ギルドや城の施設など、地下があったり頑丈だったりする建物も避難所として解放された。
「あっ、勇者殿、例の貴族の屋敷から煙が上がっているようです、あの位置はもう間違いありません」
「狼煙だ、今の角度なら王都に攻撃が当たることを伝えているんだな、すぐに行こう!」
赤ともピンクとも取れるその狼煙。
近付いていくと、その発生源である貴族の屋敷は既に兵士によって取り囲まれていた。
勇者パーティーのメンバーも精霊様以外はそこに居るようだ。
「来ていたかミラ、精霊様はどうしたんだ?」
「それが、王都の外でも同じ煙が上がったとかで、その様子を見に行きました」
なるほど、敵は遠くに居るはずだ、狼煙はひとつだけではなく、その先でいくつか上げて最終的に魔法の発射地点へ到達する仕組みなのであろう。
つまりその途中を潰してしまえば連絡が届くことはなくなる、ということだ。
それに関しては精霊様に期待しておこう。
こっちは貴族の屋敷を何とかせねば……
「あのご主人様、あれは私達が聖都を攻めるときに使ったのと同じものではないですの?」
「そのようだが……あっちの方がはるかに高度な代物だな」
屋敷にはなんと、大砲がおよそ50基も設置されていた。
半分はこちらを、そして残りの半分は王宮の方を向いている。
そしてそもそも以前俺達が作った大砲だか銅鐸だかわからないようなものとはレベルが違う。
後ろに扉があり、そこから先程の青くなった人間を入れることが出来るようになっているのだ。
リアル人間大砲……
ただし飛ぶのは人ではなく氷魔法、そして火薬が人間という禍々しいものである。
敵の指揮官らしき少女が前に出る……あの貴族はどうした? この子は何なのだ?
「王女殿下っ! すぐに王都を離れて下さい、主犯の叔父は既に地下から脱出しました! これから王宮と、それからここを囲んでいる皆さんを攻撃しなくてはなりません!」
「モニカちゃんっ! 何をしているの? 馬鹿なことはやめて投降しなさい!」
「なりません、叔父は私のお母様を、つまり自分の姉を人質にしています、だから早く下がってくださいっ!」
あの貴族のおっさん、とんでもない奴であったようだ。
自分の身内を人質とし、その娘に危険な前線の指揮を押し付けたのである。
で、本人はとっくに逃げ出したと……
そして砲手をしているのは屋敷の兵や使用人と思しき連中。
おそらくこいつらも同じような境遇なのであろう、皆一様に顔が青い。
「困ったな……これじゃあ手を出せないし、下手に刺激して攻撃されても敵わんぞ」
「ええ、そもそもモニカちゃんはそんなに悪い子ではありませんし、ここで戦いたいとは思いません」
それでも敵はやる気、いや、やらなければならないのである……
「下がらないというのであれば攻撃させて頂きます、まずは王宮に攻撃を加えなさい! 1発だけで構いませんよっ!」
モニカの命令を受け、王宮に向けていた砲の1つが発動する。
ドンッという音と共に後ろの扉から赤黒い血が噴出し、氷の塊が発射された。
王宮に張られた防御魔法に直撃する氷魔法、着弾位置に巨大なひびが入ってしまったではないか!
凄まじい威力である、1発でこれだ、まとめて発射されたら王宮は瓦礫の山に生まれ変わるであろう。
「どうですか? この威力ですよ、もしこれを生身の人間が受けたらどうなるかわかりますよね? お願いだから撤退して下さい、それと王宮に居る人も避難させて!」
「勇者様、ここは一旦退いて、王宮の人を避難させるべきだわ、あれを喰らったらひとたまりもないわよ」
「そうだな、悔しいがちょっと勝てない、俺達も下がって……待て、精霊様が戻ってきたぞ」
彼方に見える精霊様は何か抱えている、というか偵察だの何だのに行ったときには必ず何か持ち帰って来るな。
そういった目に見える戦利品が無いとダメなタイプなのかあの精霊は?
「ご主人様、精霊様が持っているの、あの気持ち悪い貴族ですよ」
「よく見えるなリリィは、お、俺にも見えてきた、どうやらまだ生きているようだな」
しばらくすると、精霊様は俺達の傍に着地する、例の貴族は縛り上げられ、何やら喚き散らしているようだ。
「見なさい、今朝来ていた馬鹿を捕まえたわよ、コイツ1人で何十人も人質を連れて行こうとしていたの、どれだけ頭が悪いのかしらね」
「よくやった精霊様、それで人質は?」
「全員解放したわよ、今コイツの姉だとかいう人を先頭に歩いて戻っている最中ね、ついでに狼煙も潰しておいたわ」
チョビ髭バッハヘアの馬鹿貴族、未だにカレンを寄越せと主張している、明日受け取りに来るんじゃなかったのか?
というか今からでもカレンに言うことを聞かせて一発逆転のつもりらしい、脳が入っていないのかも知れないな……
「カレン、そいつの手足の指を全部切り落としてやれ」
「わかりました、チ○チ○はどうしますか?」
「そっちは不要だ、またサリナがモザイク処理をする羽目になるからな、今はそんなのに戦力を割きたくない」
さて、そんな下らない話をしている間にモニカ達は投降したようだ。
全員手を挙げたまま膝立ちになっている。
「マリエル、モニカ以外は全員兵に引き渡すんだ、本人には少し事情を聞きたい、この屋敷の中で話をしよう」
「わかりました、では兵の皆さん、投降した方々を王宮の方へ誘導してください、精霊様が解放した人質が帰って来たらその人達に引き渡せば良いでしょう」
投降した敵を連れ、兵達の大半が王宮へと向かう、とりあえず彼らには身元保証人となり得る人が戻って来るまで待機していて貰おう。
モニカの母親だけは、帰ったらそのままこの屋敷に戻るよう伝えることとなった。
とりあえず中に入ってモニカから話を聞こう……
※※※
「へへぇ~っ! お母様を救って頂いたこのご恩、私一生忘れることはございません!」
「よろしい、今後は私のことを『大恩ある水の大精霊様』と呼びなさい」
安定の精霊様が調子に乗る時間である。
いつもならそろそろ止めさせるところだが、今回は精霊様のファインプレーなのでしばらくそっとしておこう。
狼煙を止めたおかげで敵の遠距離氷魔法も明後日の方角を狙い始めているようだしな。
このままどんどん王都からズレて、勝手に北の森林とでも戦争しているが良い。
「さてモニカ、そろそろ詳しい話を聞かせてくれないか?」
怠惰なる水のダメ精霊様が寝転がって菓子を食いだしたので、ここで本題に入らせて頂く。
「ええ、あの筒と謎の生物は3ヶ月程前からこの屋敷に搬入し始めていました……」
モニカ曰く、俺達がサワリンやビーチャと戦っている頃から反乱の準備が始まっていたとのことだ。
運輸大臣が死んだのはレーコの部下であるアカオニールが王都を襲撃したとき、つまりそこで代替わりしてすぐに、この家はウラギールの計画に参加したのである。
そしてそれに気付いてしまったモニカの父親は殺害され、その後母親と2人でこの屋敷に監禁されていたそうだ。
馬鹿貴族め、あまりにも卑劣すぎるぞ、奴には苦しんで死んでもらう必要がありそうだな。
「ところであの青くなった人間はウラギール侯爵の城にどのぐらい居るのかわかるか?」
「詳しくはわかりませんが、どうやら2,000匹以上はキープしているようです……というか今人間と言いましたか!?」
サリナが魔力を高める違法なクスリについてモニカに説明する。
あれはそういう生物で人間ではないと聞いていたらしいモニカ、泡を吹いて倒れてしまった。
「しかし2,000か、まだ半分も撃っていないようだな、しばらく無駄撃ちさせるか?」
「そうですね、それに元々あんな感じにされているのですから、時間が経てば普通に死んで使えなくなるはずです」
「でもどこからあの人達を供給しているのかしら? 場合によっては次々新しい犠牲者を増やして弾をストックしそうな気がするわよ」
「だよな、あの人間は最初から氷魔法が使えたはずだ、その人間を供給できるとなると……漁村か? 魚市場周りには氷魔法の使い手が沢山居るはずだぞ」
すぐに手紙を書き、伝書鳩を飛ばす、宛先はトンビーオ村のメイである。
敵は氷魔法の使い手をどこかで集めているに違いない、だとすると海沿いのトンビーオ村に居るメイには何か情報が入っているかも知れない。
「あ、勇者様、モニカちゃんのお母様が帰って来ましたよ」
「あの人がそうか、モニカは気絶しているし、代わりに話を聞いてみよう」
「マリエル王女殿下、それから皆様、この度はご迷惑をお掛け致しました」
モニカママは帰って早速マリエルにへこへこし出した。
これまで馬鹿な弟に苦労させられたのであろう、痩せこけて今にもポッキリいきそうだ。
「ようやく戻れたところを申し訳ないですが、ウラギール侯爵に協力しているほかの貴族についてご存じないですか?」
「ええ、あと1つ、北方の伯爵家が関与しているという話は殺された旦那から聞いております、他にもまだ居るかも知れないと言っていましたが、そのあとすぐに……」
「いや、これは辛いことをお聞きしてしまったようで、もう大丈夫です、モニカが気絶しているのでそちらを介抱してやって下さい」
北方か、やはり王都の兵を南に向かわせ、その隙を突いて北から制圧するつもりであったか。
そしてこの家の馬鹿貴族が王都の中から……
ここの屋敷を囲まれるのは想定外だったんだろうな、もしあの馬鹿がカレンの権利書なんて持ってこなかったら見落としていたかも知れない。
とりあえずここでの情報収集は以上だな。
あとはトンビーオ村のメイから返信が来るのを待とう。
モニカが完全に回復したら王宮へ出頭させるように伝え、貴族の屋敷を出た。
「攻撃は完全に止んだようですね、いつまでも狼煙が出ないからもう当たらないと判断したんでしょうか?」
「そうだろうな、敵の弾には限りがある、ここでもう少し無駄撃ちして欲しかったんだが、まぐれで当たらないとも限らん、これで良いだろう」
王都の中は未だに警戒中である、外を歩いているのは兵士と俺達だけだ。
「勇者様、宿に戻っても誰も居ないはずです、私達も王宮へ避難しましょう」
「そうだな、ルビア、シルビアさんの泊まっている宿に行ってくれ、まだそこに居たら一緒に王宮へ来るよう伝えるんだ」
「わかりました、でも私やカレンちゃんが王宮に入って良いんですか?」
「良いさ、緊急事態なんだからな、これで止める奴が居たら俺がそいつの生命活動を止めてやる」
その後シルビアさんも合流し、王宮へ向かう。
俺達には以前マリエルが使っていた広い部屋が貸し与えられるらしい。
「こらリリィ、調度品に悪戯するんじゃない、俺達が一生働いても返せない賠償金を請求されるぞ」
実に落ち着かない、おそらくシャンデリアのキラキラした玉1つが俺の魂1つ分ぐらいの価値を持っているはずだ。
とりあえず、何をしでかすかわからないカレンとリリィは縄で縛っておいた。
先程送った手紙の返信が来るのは4日後か5日後であろう、それまではここで待機だな。
しかしこんなリスク塗れのところにいつまでも居たくはない、早く屋敷が復活して欲しいところだ……




