358 最後の証拠と視察という名の強制捜査
王宮から戻った俺は、そこであったことの詳細をメンバーに伝える。
ほとんどは残暑厳しいこの気候の中、無駄な外出をしなくて良いことを喜んでいるが、約1名、それとは別の反応をしている変な精霊が居たのであった。
「……てことなんだ、だから校長の家に行く必要はなくなった」
「残念ね、まぁ貧乏貴族みたいだし、超豪華なおもてなしには期待出来なかったから別に良いわ」
精霊様の別に良いやと感じるポイントは少しズレている。
というか、不当な給与額によって貴族としてはかなり貧乏な生活を強いられていた校長、つまりショボイダス男爵に、さらにおもてなしというかたちで負担を強いることをしようとしていたのかこのクズ精霊は……
「で、とにかく明日は休みなんだ、今のうちに計画を立てておこう、ルビア、地下牢のハナコをここへ」
「は~い」
昨日と同様に、ビクビクしながら連行されて来るハナコ、あれだけ酷い目に遭ったのだ、今日もまた酷い拷問に掛けられると予想しているのも無理はない。
ちなみに昨日、石抱き責め用のギザギザの上に事故で転がり込んでしまったハナコは、そのまま小一時間放置され、半ば意識を失った状態で救助されたのである。
もちろんその後治療はしたのだが、ルビアの回復魔法は傷こそ治せど、精神的ダメージまでは回復することが出来ない。
ということで、この恐怖の部屋、つまり俺達がいつも和やかに談笑している2階の大部屋に連れて来られたハナコは、まるで借りてきた猫のように大人しく、生まれたての小鹿のように震えているのであった。
「あ……あの……今日は何を?」
「ちょっと計画の詳細を詰めておこうと思ってな、まぁとりあえずそこに座れ」
「ひぃぃぃっ! またギザギザがっ……あれ? 意外にも普通のクッションですね……まさか中には大量の針が……」
「いや俺はそこまで鬼畜じゃない、そういうことをするのはだいたい精霊様だから覚えておくように、とにかく座れ」
「は、はぁ……えっ? 私じゃありませんっ!」
用意されたクッションにハナコが座った瞬間、ぶぅ~っと響き渡る例の音、俺の居た世界でこれが起これば、すぐに何が起こったのか、そして犯行に使用されたアイテムの詳細も特定出来る。
だがこの世界にはそういうアイテムどころか、ゴム風船すら存在しないのだ……ということは魔法を用いてこのような悪戯を……
全員を見渡す、ニヤニヤしながら目を逸らす魔法使いが1人……セラの悪戯か……
「おいコラ、ちょっとこっち向け、セラ、お前だよ」
「あら、バレてたのね、本当は勇者様がそこに座ると思って屁魔法を仕込んでおいたんだけど……」
「くだらないことで魔力を消費するんじゃねぇっ!」
「微々たるものよ、今の私の魔力なら、屁魔法ぐらいは2万回連発してもまだ平気なの」
「そういう問題じゃねぇっ! ちょっとこっち来いっ!」
相変わらずヘラヘラしながらこちらに来るセラ、ちょっと厳しい罰が必要だな、抱き抱え、素肌を露出させて直接こちょこちょしてやる……
「きゃっ、きゃひひひっ! いやぁぁぁっ!」
「そうだ、参ったか?」
「ひぃーっ! 参りました、参りましたぁぁぁっ!」
「どうしてこんなくだらない悪戯をしやがった?」
「だって今回は外されたんだもの、構って貰えないから仕方なく……」
「それはすまんかったな、以後気を付ける」
「わかればよろしいっ!」
「調子に乗るなコラッ!」
「ひぃーっ! きゃははっ! もう無理ぃぃぃっ……」
かまってちゃんの極みを体現し、さらに調子に乗ったセラに対してお仕置きしながら、ハナコにはいつどのような状況で、決算に関する重要書類を手にすることがあるのかについて質問する。
どうやら上から、つまりあの男爵や、メインターゲットであるハイニンベルク、オー=リョーステン等からの指示により、単独でそれらの書類を運搬することがあるという。
これはアレだな、敵が慎重に慎重を重ね、奪われてはならないものを頻繁に移動させていることが裏目に出た、そしてそれが俺達にとって付け入る隙になったという寸法だな。
「じゃあさ、そのタイミングでファイルの中から文書を抜き去るってのも可能なわけだ」
「う~ん、どうなのかわかりません、確かに運ぶのは私単独ですが、それに対する監視、更に監視者を監視するための監視、みたいな感じで、最低でも3人は一緒に居ますから」
「でも最初に俺が居た教室からファイルを持ち去ったとき、あのときは1人だったじゃないか」
「あ、アレは緊急でしたので、特別に監視者を指定することなく私1人で動いていました」
「そういうことか、となると通常の業務範囲内で証拠書類を盗み出すのはかなり難しそうだな……」
難しい、というよりも不可能に近いレベルだ、何か特別の方法を用いて『緊急』の状態を作り出し、ハナコが単独で書類を所持することが出来るようにしてやらないとである。
どうしようか、適当に火でも放って、火事だから緊急、それか悪い奴等風の集団に学校を襲撃させて……いや、一兵卒養成学校そのものが悪ではないのだ、それを破壊する行動は避けるべきだな。
となると学校全体ではなく、事務側の人間のみが『緊急』の状態に陥るように、それなりの計画を練る必要がある。
つまり主犯の2人やエロ男爵を含め、不正に関与している連中は大混乱、他方、教師陣は俺達特別講師も含め、ごく普通に、日常通りの生活を続けている状況を想定した作戦だ……
「さてどうしようか、敵のみを混乱させるとなると……」
「そうね、私達が講義をしているところを、国の偉いさんが視察しに来る、なんてのはどうかしら?」
「なるほど、部外者である俺達が突然講師として派遣されたのと似たような状態だな、敵は色々隠そうとして焦った動きをするかも知れない」
精霊様の作戦は全会一致で採用された、これからもう一度王宮へ行き、明後日までには『視察』のための派遣部隊を構成するよう頼んでおこう……
※※※
「勇者よ、おぬしも行ったり来たりで忙しいことじゃの……」
「じゃあそっちが来いや、北門に出張所でも設けてな」
「面倒だから無理じゃ、それに今は良いが、冬になったらあの全面石壁の城壁には居られぬわい、で、今度は何用じゃ?」
「ああ、ちょっと明後日の作戦を手伝って欲しいと思ってな……」
総務大臣に先程精霊様が出し、採用されたばかりの作戦を伝える。
その程度であれば、ということで快諾を受け、週明けの明後日、朝から抜き打ちで視察部隊が乗り込んでくるということに決まった。
突然の訪問に不正を働いている敵共は大混乱、きっとハナコも使って、証拠になり得る書類等をどこかに隠してしまおうとするはずだ。
はずだ、と確実ではないことを留保してはいるものの、俺達のような連中がしばらく来るというだけでも色々と隠そうとしたり、監視をしたりという立ち回りを見せたのである。
それが今度は国の官吏、十中八九似たような、いやそれ以上の警戒をしてくるに違いない。
で、もしそこで証拠となるものが集められた場所について、『ここには立ち入らせません』などとなったらそちらの方が問題だ。
その場合には『視察』が『強制捜査』に切り替わり、隠蔽工作をするまでもなく、その場で不正の証拠が挙げられることになる。
うむ、これは上手くいきそうだぞ、あとはこちら側のスパイにジョブチェンジしたハナコがしっかりやってくれるかどうかに懸かっている、屋敷に帰って予行演習でもさせておこう……
「じゃあそういうことで、あさっての朝は頼むぞっ!」
「ほいほい、任せておくのじゃ、そちらもしっかりの」
そのまま王宮を出て屋敷へと向かう、今回は馬車ではなく、リリィと一緒に来たためあっという間だ。
さて、早速予行演習に取り掛かろう……
※※※
「そうっ、そこだっ! 今のタイミングで書類を抜き取る、畳む、胸の谷間にしまうっ! 一連の動作を自然に、素早くこなせるようになるまで練習するんだっ!」
「あの……この練習には何の意味が……」
「わからん、だが何もしないでぶっつけ本番よりも、意味があるかは不明だが練習はした、という方が何となく安心だろう?」
「自己満ですね、つまり」
「うるさいっ! 黙って練習を続けろ、口答えしたらカンチョーするぞっ!」
「ひぃぃぃっ! やりますからそれだけはご勘弁をっ!」
ハナコに無駄な練習をさせている間、俺達はもし戦闘になった場合の動きを決めておく。
今回は不参加メンバーも付近の建物に配置しよう、というか、これ以上放置するとセラが本格的にスネてしまう。
一兵卒養成学校の敷地は、南側にグラウンドらしきものを擁するかなり広めのものだ。
ゆえに、北側には借りられそうな一般建造物の屋根等があるものの、南には隠れる所がない。
「う~む、セラ、魔法で校舎側を攻撃するとしたらだな、南のグラウンド越しにピンポイントで人間を撃ち殺せるか?」
「隠れるとしたらここよね……結構遠いわ、2人か3人ぐらいまとめてなら殺れると思うけど、何かの影に入られたら無理だわ、周りごと吹き飛ばすしかなくなるかも……」
敵の下っ端であれば何人殺しても構わないのだが、大切な校舎に傷を付けること、また、未だ何も犯罪の告白をしていない敵の首魁を、死亡または意思の疎通が出来ない状態に追い込むのはやめて欲しい。
セラにはグラウンド経由でこっそり逃げ出そうとする連中に限った足止めと、出入り口に魔法を撃ち込むことによる牽制を担当して貰うこととしよう。
校舎そのものの中に居る敵を任せるのは極めて危険だからな……
「マリエルは当日その侯爵令嬢の所へ行ってくれ、昼ぐらいに事情を話して、そっちにある報告書類を提出して貰うんだ、それを学校側で得た上層部向けのものと突き合せて内容の合致を確認する」
「わかりました、では最初は遊びに来ました感を出していきます」
「頼んだ、ミラとカレン、リリィは北側の建物の上で待機だ、怪しい奴が出て来たら捕まえろ」
『は~い!』
「あとルビアは……頭良さそうなメガネでも掛けて視察班に紛れ込んでくれ」
「パンツは穿いて行くべきですか?」
「もちろんだ」
こうして作戦は固まった、あとは明後日、視察部隊としてやって来る連中がどこまで意図を隠し通せるのか、ハナコが上手くやれるのかといった辺りで勝敗は決する。
もちろん武力を使わずに証拠を手に出来るのが一番だが、最終的な段階となるとそれは難しそうだ。
今はとにかく、国家の財産である学校そのものへのダメージを最小限に留めることを意識しておきたい。
翌日は本番を想定した練習に明け暮れ、夕方にはそれも終えた、食事をし、風呂にも入って就寝すると、すぐに作戦決行の朝はやって来た……
※※※
「よし、俺達は通常通りに動くぞ、ハナコは学校が見える前に馬車を降りろ、そこからは普段と同じルートで向かうんだ」
「わ、わかりました……」
「逃げたら承知しないからな」
学校の1km手前付近でハナコを降ろし、俺達はそのまま馬車で、いつも通りの動きを見せる。
学校の前にはこれまたいつも通りの校長……キョロキョロしていやがる、アイツはこういうのに向いていなさそうだな。
とりあえず声を掛けて落ち着かせよう、アレだと今日俺達が、というか国側が何かを企んでいるということを教えているようなものだ。
「おはようございます、今日も天気が良いですね(落ち着け、目が泳いでいるぞっ!)」
「おおおおおおはようごごごございまままます」
「どうされました? 今日は壊れた魔導お話人形みたいになっていますが(今日はもう二度と喋るんじゃねぇっ! マスクして風邪引いたフリでもしていろ、あと花粉症とかいってグラサンでもしておけ!)」
「……わわわわっ、わかりましっ……たっ」
何がわかったのかは知らないが、なぜか持っていたマスクとサングラス、そして七三分けのズラを装備する校長のショボイダス男爵。
もう誰だかわからなくなってしまったぞ、ここまでくると逆に怪しい。
だが不正に手を染めている連中を糾弾する際、この男の立場がどうしても必要になるのだ。
作戦から外れて今日は家に帰ってくれ、などということは言えない、諦めてこのまま使おう。
正門から学校の敷地内へ入ると、校長以外の全ては日常のまま、そして俺達も同様に、それぞれの持ち場へと向かった……
「おっす、お前らおはよう」
『ちぃーっす! おはようございますっ!』
「おう、暑苦しいから立つんじゃねぇ、さっさと座るか死ぬかどっちかしろ」
『イエスッ、サーッ!』
かなり調教が進んだヤンキー共を座らせ、講義を開始する……ハナコはいつも通り監視の命を受け、まずはこの教室から様子を覗っているようだ、相変わらず隠れるのが下手である……
「よし、今日の午前中は『自筆遺言証書』の勉強をする、これは前線の兵士からお前らに預けられることがあるし、兵力が不足したらお前ら自身も前に出る際に書いて遺すことになる、きちんと法律上効力を生じる遺言になるよう、ここで形式を頭に叩き込んでおけ……」
午前中の講義を始めたと同時に、廊下から様子を覗っていたハナコの所へ知らないおっさんが来た。
そのおっさんと一緒になって走って行くハナコ、抜き打ち視察部隊が到着したか、思ったよりも早かったな。
無視して講義を続けていると、しばらくして廊下から足音が近付いて来る……5人と、それから後ろに続く1人、すぐにその集団が扉を開け、教室に入る……
5人は王宮から派遣された官吏だ、もちろん目的は視察などではなく、俺達と同一のものなのだが、それでも形だけはしっかりと講義風景を見てレポートをまとめるらしい。
そしてその後ろの1人、例のエロ男爵である、ニコニコ顔で腰を低くし、官吏の後ろを付いて回っているようだ。
この間見たときも顔が脂でテッカテカであったのだが、今日はいつにも増して、といった感じである。
相当に焦っているのであろう、常にハンカチを額に当てているが、アレは脂汗ではなく冷や汗というやつだな。
もっとも、貴様に関しては既に証拠書類を押収済みだ、ここで何か取り繕ったり、それから隠そうとしたりしても、もう完全に手遅れであると教えてやりたい。
まぁ、この講義を聴いて遺言の書き方でも勉強しておくのだな……
「……え~、というわけで、○年×月吉日、というような書き方はNGだ、こういうのを発見したら封印させず、その場で書き直しをさせるように」
『イエスッ、サーッ!』
「あと今日は王宮から視察の方々がいらしているようだ、貴様等のような馬鹿共を見せるのは大変に心苦しいのだが、せめて粗相のないよう1日を過ごすことだな」
『イエスッ、サーッ!』
またしばらくすると、後ろで見ていた視察団は俺に目配せをして出て行った、もちろんエロ男爵もその後に続く。
ここから全ての教室を回り、その後に本題に手を付けるということなのであろう。
そうなると、もし事が起こるとしたら昼時か……自由に動き回っている生徒や教師に被害が出そうだな。
時間は経過し、俺が講義をしている間は何も起こらずに昼を迎えた。
よし、この連中はここから出さないようにしよう、一ヶ所に集めておいた方が安全なはずだ。
「え~っと、今やったところはかなり重要だ、ゆえに貴様等には今日の昼休みなど存在しない、飯も食わずにそのまま復習しておけ、以上!」
『イエスッ、サーッ!』
午前の講義を終えた俺は、いつも通りの控え室へと向かった……
※※※
「皆はどうだった? 特別変わったこととかなかったか?」
「視察の人達が来たぐらいだったわね、まぁ私の子分達は優秀なこばっかりだし、特に問題なく見せてあげたわ」
「おいこらマーサ、兵士候補の生徒だ、国のものであってお前の子分じゃない……と、誰か来たな……」
騎兵科、つまり魔法使いを除けばこの学校で一番優秀な連中を子分扱いし、調子に乗っているマーサを咎めていると、控え室のドアがノックされる。
どうぞと言って招き入れると、入って来たのは汗だくのハナコ……胸元から紙を1枚取り出し、俺の方へと差し出す……
「どうにか抜いて来ました、2人1組で資料の隠蔽作業をしていたので大変でしたが」
「ご苦労、で、これは何だ?」
「中抜き分が記載された決算書(校外秘)です、ここの『特別経費』というのが全体で、下に書いてある『特別経費の詳細』で、誰がどれだけの不正利益を得ているのかがわかります」
「うむ、よくやった、怪しまれないうちにここを出た方が良いぞ」
「無理です、これはハイニンベルク子爵とオー=リョーステン男爵の押印がしてある、つまり書類の原本でして……たぶん今頃なくなったことに気付いて……」
「大騒ぎになって……と、始まったようだな」
グラウンド側の昇降口付近から響き渡った爆音、間違いなく隠れていたセラが魔法を放ち、何者かを攻撃、または牽制した音だ。
ハナコがこのクリティカルの極みである重要書類を持ち出したことにより、その紛失に気付いた敵連中が我先にと逃げ出した、そういうことなのであろう。
俺達もこんな所でまったり休憩などしていられない、1人でも取り逃せば、そこから自分の分だけでも証拠を隠滅したり、他に責任を転嫁したりといった行動を取りかねない。
特に危険なのはこの学校の運営を受託している侯爵家、そして中心となっている侯爵令嬢である……
「ハナコ、俺達を重要書類を移動させた場所に案内するんだ、ちなみにちゃんと護衛するから安心しろ」
「わかりました、事ここに及べば皆さんの側に付く他ありませんし、こちらも罠とかに嵌めたりはしないので安心して下さい」
その間にも2発、3発とセラの魔法らしき轟音が響き渡る、教師陣の大半は、窓から身を乗り出して騒ぎを見ようとする生徒を制止するのに必死だ。
被害が拡大する前にここ自体を制圧してしまわなくてはだ、ハナコに連れられた俺達は、ヤンキー共の教室よりもさらに下にあるという秘密の書庫へと向かった……




