289 石版に書かれていたのは
「勇者様、王宮からの迎えが到着しましたよ」
「わかった、じゃあいつも通り俺とセラ、マリエルの3人で行こう」
「あそうだ、石版のついでに不老不死のクスリも王宮に預けるんですよね? 忘れないように持って行きましょう」
「そうだったな、じゃあこれと石版、確かに持ったぞ」
漆黒の瘴気をその体とした大魔将を討伐した俺達は、王都に戻り、その際に入手した石版を王宮へ持って行く。
これはかつて、火山が噴火したことにより溢れ出した瘴気が、人々を獣人や魔族、その他わけのわからないモノに変えてしまった事案の詳細が記録されているものであると調べが付いている。
石版の文字は見たこともないものであり、火山の噴火があったとされる時期から考えても相当に古いものであることが確実だ。
それを解読するのはおそらく容易ならざること、かなり時間は掛かるはずだが、俺達が追っている謎の手掛かりとしては最大のものだ、気長に待つこととしよう。
王宮から寄越された馬車に乗り込み、しばらくして到着すると、まっすぐ王の間を目指す。
先に不老不死のクスリを渡して……いや、普通に渡すのは何だかつまらないな……
「どうしたんですか勇者様、何をニヤニヤしているんですか? ちょっとどころかかなりキモいですよ」
「……良いことを考えた、コレを使って駄王を不老不死にしてみようぜ!」
「なりませんっ! そんなことをしたらお父様が永遠にこの国に……いえ、もう数十年もしたら王都は荒廃した大地にっ!」
「うるせぇっ! 何とかなるかも知れないだろ、面白いことはどんな結果になろうともまずやってみることだ!」
必死な様子のマリエル、俺の服を掴み、どうにかして王の間へ行くことを阻止せんとする。
それを振り解き、一気に階段を駆け上がって王の間の扉を開け、中に入った。
だがもちろんマリエルの方が俺よりも遥かに足が速い、あっという間に追いつかれ、再び裾を掴まれる。
転倒する俺、飛んで行く不老不死のクスリ。
そしてその瓶が飛んで行った先には、俺達が突然入って来たことに驚いて大口を開けた総務大臣……瓶から出た液体は、そっくりそのまま口の中に飛び込んでしまった!
「うえっ! 苦いの……勇者よ、何じゃこの液体は? わしに何を飲ませたのか言うてみい!」
『い……いえ、何でもございません……』
ババァが不老不死になってしまったではないか、もう十分に老け込んでいるというのに。
もう知らない、今のはなかったこととして、これからもババァには普通に接してやろう……
適当に取り繕ってその場を誤魔化し、もう1つの目的である石版を手渡す。
すぐに研究所に送ってくれるそうだ、解読が完了したら教えるように伝えておく。
「しかしコレは見たことのない文字じゃの、勇者よ、一応紙に複写して持って帰ると良い」
「そうだな、ちょっと大きめの紙と炭を用意してくれ」
ちょうど良い大きさの紙を兵士が持って来たため、それを石版の文字が書いてある面に押し当て、上から炭でガリガリしてやる。
上手く複写されたようだ、屋敷へ帰ったらこれをカイヤに渡しておこう、もしかしたら何かわかることがあるかも知れないからな。
「あら? 勇者様、この石版、良く見ると裏側にも何か彫ってあるわよ」
「本当だ、端っこだし、誰かの落書きか? まぁ、こっちも写しておくか……」
封筒の裏面に送り主の住所を書くかの如く、小さく彫られた文字。
表面のものとはまた違うようだが、ここに居る誰にも読めるものではない。
「これで万事OKだな、じゃあ帰るから、それと大魔将を倒したんだから報酬を送って寄越せよな」
「うむ、ご苦労であった、では報酬として粗品のタオルを持って帰るのじゃ、1人1枚じゃぞ」
「……死にてぇのかババァ!」
いや、このババァは先程の一見以来もう不老不死であったな。
もちろん本人は知らないのだが、いつか気が付くことでしょう。
「さて、王よ今日はわしも帰るゆえ、後のことをお頼み申し上げる」
「ZZZZZ……」
「ダメなようじゃの、誰か他の者に頼まんとじゃ」
そう言って王の間から立ち去ろうとする総務大臣、まだ真昼間だというのに帰ろうとは、どれだけやる気がないのだこのババァは……
「おいババァ、偉いさんだからって早引けしてんじゃねぇよ」
「仕方ないじゃろ、最近いよいよ体の調子が悪うての、今のうちに終活でもしておかぬと不安でしょうがないのじゃ、どういうわけか先程からはつらつとしておるのじゃがな……」
「……そうか、すまんかった」
「ん? 何を謝っておるのじゃ?」
「いや、別にこれといった理由はない、じゃあまたな」
「おかしな異世界人じゃの……」
正直ババァには申し訳ないことをしたと思っている、だが事故とはいえ不老不死のクスリなど飲ませてしまったことを白状すればそれこそ大事だ。
最悪永遠の時を生きるモンスターババァに生涯命を狙われ続けるのである、この件は口裏を合わせ、墓場まで持って行くこととしよう。
ババァが何かに気付かぬよう、さっさと王宮を出て屋敷へ戻った……
※※※
屋敷では既に夕食の下拵えが始まっているようだ、つまみ食いを働いたカレンとリリィが縛られ、庭の木に吊るされていることでそれがわかった。
テラスの階段から2階の大部屋へ行くと、ちょうど元大魔将達がそこでくつろいでいる。
「ただいま、おいカイヤ、石版に書かれていた文字を写してきたぞ、こっちが表面、それからこっちが裏の落書きみたいなのだ」
「あらあら、表面の文字は見たこともないですね……いや、どこかの文献に載っていたでしょうか……」
「もう1枚の方はどうなんだ? それとは違う文字みたいだぞ」
「えぇ~っと、あ、これは魔族の古語ですね、きっとあの瘴気の人が彫ったものなんじゃないですか?」
「となると、そっちに関してはすぐにわかりそうだな、今からやってくれるか?」
「はい、お任せ下さい、夕飯までには終わると思いますよ」
念のため裏の落書きも書き写しておいて正解であった、瘴気の大魔将が書いたとすれば、この石版に関する何らかの事項であるはずだ。
もしかしたら表面の文字を解読するためのヒントになるかも知れない。
複写してきた紙は2枚ともカイヤに渡し、とりあえず夕飯の支度がある程度終わるまで待つ。
戻って来たミラとアイリスを誘い、今日帰って来たばかりのメンバー全員で風呂に入っておく。
ちなみにカレンとリリィはいつの間にか許され、木から降ろされていた。
2人共尻が真っ赤になっているのがチラッと見えたのだが、おそらくミラにお仕置きされたのであろう。
風呂から上がると、カイヤが石版裏面の落書きを翻訳したものを書いた紙を持って来た。
あっさり解読出来たようだが、内容は単なる大魔将の愚痴であったという。
だが一応は目を通しておくべきだ、早速確認してみよう、受け取った紙に書かれていたのは……
『○年×月△日、今日もあのクソ真面目女に因縁を付けられた、燃えるゴミの日に不燃物を出すなというのだ、そのぐらいどうでも良かろう。ちなみにゴミとして処分したのはこの石版の下部分、手近な所に紙が無かったので、この滾る気持ちをここに書き記す。あまりにうるさかったのだが、文句を言うなと告げ、石版をそのままにしておいたところ、どうやらあの女が持ち帰ったようだ。いや、それは魔界から処分するよう指示を受けたものなのだが……まぁ良い、もしアレを処分せずに持っていたとしたら、魔界の神々から罰を受けることになるのは必至、即ちあのいけ好かない女が神からの叱責を受け、反省文を提出させられることになるのだ、ざまぁみやがれ。もしそれが現実となった暁には、もうこれでもかというぐらい馬鹿にしてやろう、神々には確かに石版を処分したと伝えたため、だいぶ先のことになるはずだが、その日が来るのが今から楽しみだ。なお、残りの石版、つまりこの文が書かれているものに関しては、わしが魔界の神に協力した証として保存しておいて良いそうだ、我が自慢の品として後生大事にしよう』
内容は大体把握した、だが漆黒の大魔将よ、神から処分するように仰せつかったものを燃えるゴミになど出すんじゃない、死んでしまった以上もう遅いのだが、きっと叱責を受けるのは貴様であったはずだ。
しかしここに言う『あの女』とは何者だ? そいつが先程王宮に預けた石版の下部分、しかも魔界の神が直々に処分を命じるようなクリティカルな部分を持っているということになるのだが……
「おいカイヤ、漆黒の大魔将がいう『あの女』が誰なのかわかるか?」
「ええ、おそらく最後に残っている大魔将のことだと思いますよ、あの2人は本当に何から何まで対立していましたから」
「ああ、学級委員長キャラとか何とかの、つまりそいつも討伐しないとあの石版は完成を見ない、そういうことか……」
「どうでしょうか? 確かに魔界の神々が確実に隠蔽したい部分についての記載はそこにあると思いますが、少なくとも今ある部分だけでも私達がまだ知らない情報を得られるはずですよ」
確かにそうだ、最初に西の町から送られて来た石版、そこには瘴気を纏った魔族が火山の噴火当時の記録を持ち去ったと書かれていた。
そしてその持ち去った魔族こそが先日ぶっ殺してやった大魔将、奴はその事案に関してかなり深い部分まで知っていたはずなのに、それを調べているカイヤにはそのことを全く告げなかったのだ。
その大魔将が危機に瀕した際も、風呂敷に包んで持ち出そうとしていた石版の上部、それを解読して何の情報も得られないなどということはまず考えられない。
まぁ、解読自体は俺達が何か苦労して進めるものでもないわけだし、ここは気長に待つこととしよう。
当然最後の大魔将も討伐しなくてはならないし、最終的には石版が上下揃うのだからな。
「夕飯の準備が出来ましたよ~っ!」
「わかった~っ! カレン、運ぶのを手伝ってやれ」
目を輝かせながら階段を駆け降りていくカレンを見送り、壁に立て掛けてあったテーブルを出しておく。
夕食を取りながら、今の話を皆に共有しておくこととしよう……
※※※
「じゃあすぐにでも最後の大魔将の討伐に向かうのね」
「そういうことになるな、一応準備はしてからにしたいが、それと弱点なんかの調査も怠らないようにしないとだな」
「弱点ね、元大魔将の3人は何か知っているのかしら?」
今日はパーティーメンバー以外にも、ラフィー、フルート、カイヤの元大魔将3人と、それからラフィーにひっ付いて離れようとしないパトラが夕食に同席している。
顎に手を当てたり、両手の人差し指で自分のこめかみをクリクリしたりして考え込む3人、パトラだけは全く意に介さず食事を続けているが、お前も少しは役に立て。
「あっ! はいはいっ、はいッス!」
「ではラフィーさん、発言をどうぞ」
「確かあの子、ルール違反をしている人を見つけると凄いことになっちゃうッス、超怒って周りが見えなくなるんスよ」
「なるほど、つまり無法者を探し出して一緒に連れて行けば……おい、どうして全員でこっちを見ているんだ……」
無法者はすぐに見つかったらしい、というかどうして俺なのだ? 日頃の行い? そんなこと言ったら王位簒奪を企んだマリエルなんか比較にならないレベルの無法者だぞ。
だが、誰かが勝手に決めた自分勝手なルールを、勝手に無視して好き勝手することが俺の得意分野であるのも事実だ。
その真面目腐った大魔将の下へ辿り着いたら、真っ先に奴が信奉している魔王軍のルールを破棄し、その場で俺が決めた独自の行動様式で何かをしてやれば良いのであろう。
特に真面目のベクトルが学級委員長的な方向に行っているらしいし、セラやルビア、その他のメンバーにエッチな悪戯をしまくってそれを見せ付ける、というのがかなり有効な手段であると推測出来る。
とにかく我を忘れる程に怒らせてしまえばこちらの勝率はグッと上昇するに違いない。
大魔将の島へ着いたら、さっそく『ルール無視作戦』を決行することとしよう。
「他には何か……なさそうだな、まぁ自分の弱点なんてそう簡単に晒したりはしないはずだし、無理もないわな」
「じゃあ勇者様、明日はお買い物に行って必要なアイテムを揃えましょ、あ、それから万能ポーションも心許なくなってきたわね」
「まだあの2人は地下牢に居るわよ、後で煮込んで出汁を取っておきましょ」
その日、屋敷の地下牢からは一晩中ウテナとサテナの悲鳴が響いていたという。
翌日中に買い物を済ませ、出発の準備をしていると、マリエルの所に部下のイレーヌがやって来た。
どうやら石版に関しての報告らしい、すぐに王宮へ来いとのことだ……
※※※
「おうババァ、終活はもう良いのか?」
「うむ、ある程度は終えておる」
「そうか、すまんかったな」
「何を謝っておるのじゃ? まぁ良い、今日呼んだのはあの石版についてじゃ、全て、とは到底いかぬが、少しだけ解析に進捗があっての」
「じゃあ早速その中身を教えてくれ」
総務大臣は紙を1枚取り出し、俺に渡す、そこに書かれていたのは……
『人族が魔族その他に変異してしまった原因である火山の噴火、そのとき噴火した御山は富死の山、そこはかつて、神界で罪に問われた神々の収容される牢獄であった』
との一文、それが石版に書かれていた古代文字の冒頭部分にあたるものだという。
それ以降は解析の途中、今わかっているのはこれだけだそうな……
「つまりさ、ついこのの間リリィや精霊様が見て来た休火山は、神々、というか神界が設置した神のための牢獄だったって言うんだな」
「そういうことらしい、それが噴火し、そこから瘴気が溢れ出したというのが、これ以降の文章として最も妥当な推測じゃの」
神界で罪に問われた、つまり何らかの事情により神界に置いておけないと判断された神、それからウテナやサテナのような神界の存在が収容されていた山。
それが噴火した際に漏れ出した瘴気、それは、そこに収容されていた神々等の、神界そのものを恨む負の感情、そういったものであったと考えて良いであろう。
漏れ出した負の感情は、その地に住んでいたこの世界の存在、つまり人族にとっての毒となり、うっかり浴びてしまった者に予想外の変異をもたらしたとしても不思議ではない。
いや、普通に考えればとんでもなく不可思議、異常な事象だ、だがこの世界のおかしなルール、法則に慣れてしまった俺にとって、この程度のことはもはや、『ああそうですか』と言って捨てる話に過ぎないのである。
「しかし神界で罪に問われた神々か……そいつらの不満が暴発して、その溢れ出した感情が神界から魔界を分離させた、そういうことになりそうだな……」
「勇者よ、あまり邪な推測を口に出すのはやめんか、わしは恐ろしくなってきたぞ」
「何を言っているんだ、こんなところまで調べて知ってしまった以上、もう神々への冒涜とかそんな話は俺達の遥か後ろ、視界から消え去りそうな位置にあるんだぞ」
「……うむ、わしらは死後、地獄に堕とされそうじゃの」
その死後が貴様には訪れない、そう言ってやりたかったのだが必死で我慢した。
しかし神々の牢獄か、そこに収容されていたというのであれば、おそらく悪神、以前会った死神や貧乏神のように、今現在居る魔界の神のような存在であってもおかしくはない。
つまりそこで暴発し、噴出した瘴気によって神界の一部を魔界という邪悪な存在に変えてしまった神が、今現在の魔界の神である、そういうことになってもおかしくはないはずだ。
「うむ、かなりの情報だったが、これだけでは解決には程遠いな、引き続き解析を頼む、それと、この石版には続きがあるらしい、しかもかなりクリティカルなもののようだ」
「ほう、続きとな、確かに見たところあの石版は下部が欠損しておったからの、あれは経年劣化によるものではなく、意図的になされたものということじゃな」
「そうだ、で、その石版の下部を持っている可能性が最も高いのが、なんと最後に残った大魔将みたいなんだ、だから俺達はそいつを張り倒してブツをゲットして来る、報酬を用意しておけよ」
「おぉ、そうじゃったか、じゃが勇者よ、この件に関しては気を付けるのじゃ、今真相を追えるのはこの世界でもわしとおぬしの2人だけのような気がするでの」
「どういうことだ?」
「ある程度の権力を持ち、それでいて老い先短く、例え神罰が下って死のうとも惜しくはないわし、それから神をも恐れぬ大馬鹿者のおぬしじゃ、我らを差し置いてこの世界に損な大それたことをする者は居るまい……」
すまんババァ、老い先短いどころか超ロングだ、というか永遠だ、本当にすまなかったと思っている。
もし神罰とやらが下ったとて貴様は死ぬことが出来ない、俺は先に逝っているから後は頼んだぞ。
「じゃあそういうことで、俺は帰って出発の準備を済ませるから、良い報告に期待しておいてくれ」
「ふむ、くれぐれも気を付けるのじゃぞ」
念を押すように注意を促すババァ、だが俺にとって神々の怒りなどどうということはない。
俺はあの女神と深く絡み、この世界の人間が崇める神、それが人族の連中と大差ないことを知っているのだ。
確かに凄まじい力を持っているのかも知れない、だが遥かに技術の進んだ世界から来た俺がそこまで無双出来ないのと同様、神々にしても程度は知れているはずである。
もし神界とこの世界とで争いになったとしても、当然犠牲は大きいとは思うが、この世界が一方的に負けるとは思えない、今の俺の考えはそれだ。
これまでのようにビビり、何かに対して極端に慎重になっていては、この謎の解決には辿り着くことが出来ない、そんな気がしてきたのである。
俺達はこのまま調査を進め、最終的に真実に辿り着くべきである、もちろん可能な限り神の怒りを回避するための措置は取り、無用な争いに発展しないよう配慮すべきではあるが。
そのためにはともかく、最後の大魔将を討伐して石版の残り部分を手に入れよう、それが、今俺達に出来る唯一の仕事だ……




