285 新しい顔
「来るぞっ! まずはあの不快な位置にある腕から斬り飛ばせっ!」
「勇者様がやって下さいよ、気持ち悪くて無理です」
「……確かに、よし俺がやろう」
ダンジョンボスの体の中心から生えた3本目の腕、それを女の子に攻撃させようなどというのはちょっとナシであるといえよう。
というかアレはどうなんだ? 普通の珍と同じくダメージが数倍に跳ね上がる弱点なのか?
まぁ、それはちょん切ってみればわかることだ、いや、ちょん切るというよりもグチャグチャに潰してやろう。
『珍手拳』を目一杯に伸ばし、こちらに突進してくるダンジョンボス。
その手の甲を大振りで薙ぎ払い、1回転して根元に突きをお見舞いする。
入った、破裂するかの如く裂け、バラバラになってその腕は飛び散った。
血は出ない、そもそも材質からして謎だ、まるで硬めのパン、そんな感じである。
『ぐぁぁぁっ! やりますね、ですが腕を1本失ったところで私の力は衰えませんよ』
「とか言いながら内股でプルプルしてんじゃねぇか、相当に効いているみたいだな」
『何のこれしきっ! 早速新しい腕を取り付けさせて頂きますっ!』
ダンジョンボスがそう叫ぶと、部屋の奥の暗がりから1本の腕が飛んで来た。
それをキャッチし、またしても珍のあるべき位置にそれを装着する、何もそこに付ける必要はないと思うのだが?
『どうです? あなたがいくら攻撃しようとも、私の体のパーツはこの通り、取り替えることが可能なのですよ』
「でも有限なんだろ? 確か10本とか言っていたよな」
『甘い、実に甘い、あなたの考えはメロンパンよりも甘いっ! 確かにストックは10程度でした、ですが今現在も、部屋の奥で仲間が私の替えパーツを焼いているのですよっ!』
「焼いているだと?」
『ええ、それでは私を支える3人のスタッフをご紹介しましょう、皆さん、出て来て下さい』
広いボス部屋の奥から足音が聞こえる、同時に……何だこの強烈な臭いは!
「おいっ! 何なんだそのくっせぇ奴はっ!? 腐ってんじゃねぇのか?」
『おやおや、失礼な方ですね、これは筆頭スタッフのブルーチーズおじさんです、で、こちらの方がウメジャム子さん、最後に彼はバター犬です』
「わかった、わかったからブルーチーズおじさんを近付けるんじゃねぇ!」
この部屋に入ると同時にカレンが反応した発酵したような臭い、それは紛れもなくブルーチーズおじさんの体臭であったのだ、何かカビ生えてるし間違いない。
その他の1人と1匹は普通……でもないか、ウメジャム子さんは異様に酸っぱい顔をしたバケモノだし、バター犬って、しかもおっぱ犬とやらだろその魔物は……
しかしこの2人と1匹、いや3匹が部屋の奥で釜を使い、このダンジョンボスが装着する新しいパーツをパンの如く焼いているということか。
つまりこいつらを始末してしまえばパーツの供給は断たれる。
その後ゆっくりボスの体を破壊していけば確実に討伐することが可能になるのだ。
「セラ、まずはあの臭いおっさんを殺せ!」
「当然よ! あんなの生きてちゃいけないもの、言われなくても真っ先に殺すわっ!」
そう言って風の刃を放つセラ、杖の先から発生したその刃はまっすぐに飛び、ブルーチーズおじさんの体を両断……するコースであったのだが、なんとダンジョンボスが間に割って入り、身代わりとなった。
ボスの体を引き裂き、その影響で方向がズレた風の刃は、そのままおじさんにも、そして他のスタッフにも当たることなく壁を抉る。
真っ二つに割れてしまったダンジョンボス、だが3人がすかさず部屋の置くに戻り、次の瞬間には下半身が丸ごと飛んで来る。
それを装着して立ち上がるダンジョンボス、今まで装着していた下半身を手に持ち、こちらへ突き出して言う……
『お腹が減っているんだろう? 私の下半身を食べなさい』
「誰が喰うかそんなもんっ! 気持ち悪りぃからどっかに捨ててきやがれってんだ!」
『おや、そうですか、ではこの下半身は私の愛しい愛しいバター犬に食べさせましょう』
再び暗闇から駆け出して来たバター犬、ダンジョンボスの下半身を受け取ると、それを野獣のように貪り始める。
バター犬に下半身って、もう完全にアウトだろうが……
「勇者様、敵は完全に復活してしまったようですが、これであの不快な位置にあった腕がなくなったので戦い易くなりました」
「そうだな、ガンガン攻めて原材料が無くなるまでパーツを破壊し続けようぜ」
本来であればあの3匹のスタッフを狙うべきだが、今は完全に暗闇に隠れ、どこへ行ってしまったのか見当も付かない状態である、索敵にも反応しないようだ。
それにもし居場所を特定出来たとしても、また攻撃にダンジョンボスが割って入り、自らを盾にして奴等を守るに違いない。
となれば攻撃目標はダンジョンボス本体、そして最終的にパーツを生成するための原材料が無くなるまで攻撃を続けるべきである。
多少時間は掛りそうだが仕方が無い、全員で掛かれば不可能ということはないはずだ。
「いくわよっ! 離れてなさい!」
初手は精霊様、次いでセラ、ユリナの放った魔法がダンジョンボスに直撃する。
最後にリリィがブレスを浴びせたことにより、体の大部分は消滅してしまったようだ。
焼け残っているのは両脚の膝から下部分のみ、だがそれでも敵は生きている。
普通に歩くかのように移動し、部屋の奥から飛んで来たパーツを次々に装着していく。
というか、2本の脚がどことも繋がっていない状態でどうやってリンクしていたのだ、まるでその上に透明な体が付いているかのような、何とも言えない感じである……
両脚の残り部分、胴体、両腕、そして最後に新しい顔が飛んで来る。
腕などは自分の足を使って器用に装着していたものの、なぜか回転しながら良い位置に上げられた顔のみは、まるで誘導されたかのようにあるべき場所に嵌った。
おいおい、その演出はギリギリだぞ……
『やれやれ、新しいパーツに取り替えるのも楽ではありませんね』
「だったら取り替えずにそのまま死ねば良いだろうに、もう俺達に敵わないことぐらいは察しているだろう? 諦めて死にやがれっ!」
今度は前衛と中衛による物理攻撃を仕掛ける、斬り刻み、突きを喰らわせて大穴を空け、さらにはマーサのパンチで頭を吹き飛ばす。
最初に飛んで来たのは新しい顔、また例の演出であるべき位置に収まる。
それをさらに弾き飛ばす、またしても新しい顔が……マーサには何か作戦があるようだ。
その一見無駄なように見える動きを数回繰り返した後、マーサが精霊様に向かって目配せした。
タイミングを合わせ、今飛んで来たばかりの新しい顔を弾き飛ばす。
次の瞬間、精霊様が動いた……
「そこねっ! 死になさいっ!」
『きゃぁぁぁっ!』
「殺ったわ、顔を投げていたのは酸っぱい顔のバケモノだったようね」
『そ……そんな……ウメジャム子さんが……』
「残念だったわね、あなたの新しい顔がどこから飛んで来るかを確認するためにマーサちゃんに攻撃させていたの、それで顔が無くなって前が見えなくなった隙を狙ったてわけ」
『ぐぐ……ぐぁぁぁっ!』
マーサと精霊様の連係プレーで大切なスタッフを1匹失ったダンジョンボス。
相当に悔しいようだ、怒りによって頭から煙、いや瘴気が溢れ出している。
さて、次は同じような感じでブルーチーズおじさんを始末出来ないものか、それともバター犬をおびき出して目の前でミンチにした方が効果的か?
「おい雑魚野朗、お前の仲間はあと2匹、今から限りなく残酷な方法でぶっ殺してやるから覚悟しておけよ」
『……許せぬ、ウメジャム子さんは本当に良い奴だったのに』
「なわけあるかあんな気持ち悪い顔の奴、生きているだけで不快だし邪魔なんだよ、あ、お前もな」
『ぐぎぎぎぎぎっ! 死ねっ、死ねぇぇぇっ!』
いきり立って襲い掛かってくるダンジョンボス、だが遅いし動きも読み易い。
聖棒を振りあげたまま攻撃を避け、振り下ろす一撃で頭部をグッチャグチャにしてやった。
『クソッ! 新しい顔、新しい顔はまだかっ!?』
「その顔ってコイツのことか? バター犬が持っていたから受け取っておいたんだが、ほれ返すよ」
暗闇から顔を咥えて現れたバター犬であったが、すぐにカレンがとっ捕まえ、今は首根っこを持ってぶら下げている。
ちなみにこのバター犬、やはり以前のダンジョンで苦しめられたおっぱ犬であるようだ。
だが貧乳のカレンにとっては全く脅威でない、一切攻撃を受けることなく掴んでいる。
そのカレンが没収し、俺に渡されたダンジョンボスの新しい顔。
何となく柔らかい質感だ、もしかしたら食用なのかも知れない。
だが気持ち悪いことに変わりはない、それをダンジョンボス目掛けて投げると、グチャグチャに潰れた古い顔を押し退け、先程までと同じように首に収まった。
顔が復活したダンジョンボスの目線はこちらには届いていない。
専らカレンの掴んだバター犬に注がれているのだ。
『か……返してくれ、お願いだ、バター犬は私の大切な親友、彼に酷いことをするのだけ辞めてくれないか……』
おや、態度が急変したではないか、これはダンジョンボスにとって相当に大切な存在らしいな。
先程酸っぱい顔のバケモノが死んだときとはまた違う、本当に命乞いをするような表情だ。
「返してとか言ってますよ、どうしますか?」
「返すわけないだろ、目の前でコイツが無様に殺される気分を堪能させてやろうぜ、まずは足を1本引き千切ってやれ!」
『あぁぁぁあぁぁっ! やめてくれぇぇぇっ!』
メキメキと音を立ててバター犬の脚が千切れ始める、もがき苦しむバター犬、鳴き声などはないようだが、相当な苦しみを感じているのは動きでわかる。
そして泣きじゃくりながらそれを止めようとするダンジョンボス。
カレンに食って掛かろうとしたが、ミラとジェシカに両側から脚を切断され身動きが取れなくなった。
なぜか新しいパーツは飛んで来ない、ブルーチーズおじさんは何をしているのだ?
「ご主人様、もう1本いっときますか?」
「そうだな、次は捻るようにしてもぎ取ってやれ」
「わかりました、よいしょっと」
『ダァァァァァッ! ウヴァァァッ!』
ダンジョンボスは声が枯れ始めたようだ、それと同時にバター犬も力を失っていく。
そろそろ止めを刺すこととしよう、最後は触れられる程の目の前で首を引き千切ってやる。
カレンに命じ、床に転がったダンジョンボスの目の前まで行ってバター犬の首を捻り切らせた。
ブチブチと音を立てて首が外れ、バター犬は絶命、魔物だし、後でコアを回収しておこう。
さてダンジョンボスは……ショック死していた、なんとつまらない奴だ、これから地獄の苦しみに喘ぎながら死ぬ様を眺めてやろうと思ったのに……
「ねぇ勇者様、どうしてダンジョンボスを倒したのに宝箱が降りて来ないのかしら?」
「ん? 確かにそうだな、おいエリナ、どうなっているんだ?」
「え~っと、ダンジョンボスはまだ倒れていません、というかノーダメージです」
「いやだって……余裕で死んでいるんだが……」
ダンジョンボスの死体を聖棒でツンツンする、返事はない、ただの屍だ。
いや、となるとコイツはダンジョンボスではないのか? いやいや、この部屋で索敵に反応したのはコイツだけ、もしコイツがボスでなかったのなら立派な詐欺だぞ。
……待てよ、そういえばブルーチーズおじさんはマジでどうしたのだ?
先程からボスの体のパーツを投げてくることもなかったし、あの不快な臭いが近付いて来た様子は一切なかった。
というか、この部屋で何かダンジョンボスたりえるものが残っているとすれば、それは奴だけなのである。
単なるスタッフ感を出しておいて実は黒幕、ありがちなパターンだ。
「おい臭っせぇおっさん! 茶番は終わりだ、出て来やがれっ!」
『……真実に気付いたようだな』
「良いから早くこっち来い、ぶっ殺して仲間の所へ送ってやるよ!」
『はっはっは、あんな作り物のゴミ共が我の仲間であるはずがなかろう、というか、我は本来ここにいるべき者ではなくてな、どういうわけか我がダンジョンボスとして認識されてしまったようだが』
「だから何だってんだ? ダンジョンボスと認識されているんならこの場で殺されるのが道理だろうが!」
『やれやれ、では姿くらい見せてやるか……』
暗がりから現れ、こちらに歩み寄るブルーチーズおじさん、臭い、やはり近寄らせたのは間違いであったか……
「で、お前何なんだ? 索敵にも反応しないし、何かおかしいだろう」
『まぁ、我についてはこの先色々とわかることもあるだろうからそのときの楽しみに取っておくべきだよ、そしてあのおもちゃを見事に壊した君達にはこれをやろう』
「カビの固まりじゃねぇか!? 要らねぇよこんなもん!」
『いやいや、これは中身がほれ、ミスリルの鍵になっているのだ、我の体からカビが移ってこのような姿になってしまったが、これを使えばこの先へ行ける』
「何だよ、とにかく汚ねぇからこの袋に入れろ、あとそれ以上近付くな気持ち悪い」
『はっはっは、かなり嫌われているようだね、だが我のことを嫌いになってもブルーチーズのことは嫌いにならないでくれ、ではさらばだ、あと事務官殿、この者達にダンジョンボス討伐の報酬をやってくれ』
「は……はぁ……わかりました……」
そう言い残してスッと消えるブルーチーズおじさん、結局何もわからなかった、索敵に反応しないのはおろか、そのステータス等を見ることも出来ない。
そしてなぜかエリナのことを『事務官殿』と呼んでいた、となると魔王軍の関係者であることは間違いないのだが……
「おいエリナ、今の知り合いか?」
「いえ、私も初めて会いました、どうして私の役目を知っているのかもわかりません」
レバーを操作し、天井に吊り下げられていた宝箱を降ろすエリナも首を傾げている。
結局あのブルーチーズおじさんが何者であったのかはわからずじまいになりそうだな。
とりあえず降りて来た宝箱を開ける、1つはミスリルの鍵、これは2本目だが、間違いなくこちらの方が清潔だ、先程のものは袋ごと処分してしまおう。
しかしどうしてあのおっさんはミスリルの鍵を渡してきたのだ? それも気になるところである。
俺達が報酬を受け取る、それは即ちミスリルの鍵も手に入れるということなのに……
ちなみに言うと、残り2つの宝箱は味付け海苔と黒ゴマであった、すこぶるどうでも良い。
「あっ! 勇者様、これを見て下さいっ!」
「どうしたそんなに慌てて?」
「このダンジョンボス、いやダンジョンボスモドキの死体ですよ、ここに注目です!」
愛するバター犬を目の前で殺害されたことによってショック死したダンジョンボスモドキ、その死体の首部分に何やら文字が書かれている。
『試作ダンジョンボス2号機』だそうだ、試作? ということはこのダンジョンボスモドキはテスト用にここへ運び込まれた、創られた命であったというのか。
そういえばつい先程ブルーチーズおじさんが言っていたな、『作り物のゴミ共』と、ということは残りの2体も……やはりそうであった。
ウメジャム子さんにしてもバター犬にしても、姿かたちは魔物やその類のものなのだが、実際には何者かによって作り出された、いわばゴーレムのようなものであったのだ。
素材は試作ダンジョンボス2号機のパーツと同じ、つまり部屋の奥にあるはずの釜で焼いたちょっと食べられそうな何かである。
益々意味がわからなくなってきたぞ、ブルーチーズおじさんの正体だけでなく、その目的、どうしてわざわざこんな所でこんなものの実験をする必要があったのかなど、様々な疑問が浮かぶ。
だが今は考えるのをよそう、現在追っている謎は瘴気によって人族が魔族やその他の存在に変異してしまうというものだ。
「よっしゃ、とりあえずダンジョンボスを討伐したことになったみたいだし、今日は帰って明日から本格的に城を攻めることとしよう」
『うぇ~い!』
ボス部屋の手前にあったセーブポイントから、洞窟ダンジョンの入口へと転移する。
その場でエリナと別れ、俺達は船に乗り込んでトンビーオ村を目指した。
その途中、精霊様がやけに難しい顔をして、必死に何かを考えているようだ。
ブルーチーズを使った金儲けの方法でも思索しているのであろうか?
「精霊様、どうしたんださっきから?」
「それがね、あのブルーチーズおじさん、妙なのよ」
「妙どころか当然の如く変質者だろうに、考えるまでもないぞ」
「そうじゃなくて……どうも思わないの? あんたが女神から貰ったチート能力が完全に無効化されていたんでしょ?」
「まぁあの女神の寄越したものだし、致命的な不具合の1つや2つはあって当然だろ、あいつ自身不具合の権化みたいな存在なんだからな」
「そうかしら、私の予想はちょっと違うわ、おそらくブルーチーズおじさんは神の加護を受けた存在だと思うの」
「女神が関与していると?」
「いいえ、神は神でも魔界の神よ、きっと何か特別な力を授かっているんだわ、魔族の癖に生意気ね」
などと勝手な予想を展開する精霊様、俺や魔王のような異世界人ならともかく、元々この世界の住人であるはずの魔族が魔界の神の加護を受ける?
そんなの反則どころの騒ぎじゃないぞ、チートですよチート! あ……いや、俺もそのチート能力者であったか、地味に忘れていたぞ。
とにかく異世界から送られた俺が人族を、そして魔王が魔族を助けて争っているのに、そこで魔界、つまり魔族側がそのようなズルをしたのでは話にならない。
精霊様の予想がハズレであることを女神に祈るばかりだ、いや、奴に祈っても無駄であろうな、とりあえず酒の神様にでもお祈りしておこう。
一体何がどうなのか、その答えを見つけられないまま船はトンビーオ村に到着した。
明日は気を取り直して大魔将の城を攻めよう、ブルーチーズおじさんも後でわかるようなことを言っていたのだし、今は冒険を先へ進めることに専念すべきだ……




