246 最後の力
「あらあら、どうしてこの部屋はこんなに狭いのかしら、まずは広くしてあげる必要がありそうね」
魔女がパチンと指を鳴らす、魔力が迸り、壁が、そして天井が粉微塵になってどこかへ吹き飛んで行く。
ビリビリと震える空気、俺はもう立っているだけでやっとだ、精霊様の額に冷や汗が光る……
四方の壁を失い、さらに通路も含めていくつかの空間と繋がってしまった小部屋。
もう一度魔女が指を鳴らす、今度は前面が鏡張りの奇妙な大部屋へと変貌した。
その魔女が1歩足を踏み出す、グチャッと踏み潰されたのは、先程まで威勢良く喋っていたプロデューサーであったモノ、今はただの肉塊である。
膨大な魔力の発生源に程近い場所に居たため、巻き込まれるか何かしてズタズタにされてしまったようだ。
だがあの状態でも生きているようだ、再生も始まっているらしい、タフな野郎だ。
というか弱いくせに自信満々であった理由はこれなのか……
「おい先生とやら、言っても無駄だとは思うが一応言っておく、セラとルビアを返せ」
「無駄だと思ったら言わなくても良いの、というかそもそもあの子達はもう私のものだわ、まぁ、アイドルを引退した後なら返してあげなくもないわよ」
これはもう、力ずくで奪い返す以外の道が残されていないようだ、セラとルビアなしで勝てるかどうか、いや、勝って2人を取り戻すのだ。
全員で協力して何とかするしかない……と、約1名そうは思っていない者が居るようだ。
「ちょっとハンナ、あなたどこへ行こうというんですの」
「だってあんなの無理よ! 私の倍以上の魔力を持っているのよ!」
「あっ、こら! 戻るんですのっ!」
ユリナが抱えていたセラの杖、その中に入っていたハンナが恐れをなして逃げ出そうとしているのだ。
杖から姿を現し、敵とは逆の方向へと走り出すハンナ、だがそう簡単に逃げ出せるはずがなかった。
『先生』が後ろに回ったのである、俺達の前から消え去り、その直後に背後の鏡から姿を現す。
そのまま両手を広げて逃げるハンナを制止する……
「どこへ行くのかしら? まだレッスンは始まってもいないわよ」
「ひぃぃぃっ!」
踵を返し、今度は杖に戻ろうとするハンナであったが、あっさりその腕を掴まれ、『先生』の方に引き寄せられた。
「レッスンの義務から逃げようとする悪い子にはお仕置きね、でも最初だからデコピンで良いにしてあげるわ、それっ!」
「きゃぁぁぁっ! ふげっ……痛い、痛いですっ!」
もちろんただのデコピンなどではない、指先にすさまじい魔力を集中した最強のデコピンである。
グレイトフルバーストアーマーブレイクデコピンと名付けよう。
そのグレイトなんちゃらをまともに喰らったハンナ、当たり前のように吹き飛び、部屋の反対側の鏡に直撃してしまった。
ひび割れを起こす鏡であったが、『先生』が魔力を送ると直ちに修復し、再び景色を映し出す。
一方のハンナは額だけでなく強く打った背中にもダメージを負ったようだ、未だに床を転げ周り、起き上がれないでいる。
「おいハンナ、大丈夫か? 自力で歩けそうなら戻って来い」
「イヤですっ! もうずっとここに居ます、ここで貝にでもなってやり過ごすんですっ!」
「・・・・・・・・・・」
究極のヘタレはもう使い物にならないようだ、セラの代わりに魔法攻撃の一角を担って貰おうと思っていたのだが、さすがにあれではどうしようもない。
さて、そのヘタレハンナのせいで先制攻撃は相手に取られてしまった、だがそろそろこちらも反撃をする時間であろう。
俺が聖棒を構えると、それに続いて前衛、そしてマリエルも戦闘態勢に入る。
今回はカレンとマーサが前、攻撃を受け止める戦い方をするがゆえ、どうしてもダメージを受けてしまうことになるミラとジェシカは1歩後ろだ。
パーティーで唯一回復魔法を使えるルビアが攫われてしまったのはかなり痛いな……
「いきますっ! てぇぇぇぃっ! あれっ?」
先陣を切ってカレンが飛び掛る、だが避けるような動作すらしない敵。
カレンの一撃は、敵が体の表面に薄く張り巡らせた魔力の膜に阻まれ、完全に無効化されてしまった。
波打つように蠢く薄緑色をしたその魔力の膜は、とてもではないが攻撃によって破壊してしまえるような密度のものではない。
続いて後方より放たれたユリナの火魔法、そして精霊様が全力で撃ち込んだ水の弾丸、いずれもが無効化され、敵にダメージを与えることは一切出来なかった。
最後に、ダメ元でサリナが幻術を発動する……なんと跳ね返されてしまった。
ちなみに戻って来た幻術はマリエルに直撃、今はトチ狂い、十八番の裸踊りを披露している。
「弱ったわね、あの皮膜は常時発動しているものよ、時間制限で消えたりはしないわ」
「じゃあ精霊様、使い続けて奴の魔力が空になるのを待てば良いんじゃないのか?」
「無理ね、アレは溢れ出して、本来なら空気中に拡散してしまう魔力を上手く使ったものなの、1,000年待っても魔力は減らないわよ」
「マジか、それだともうどうしようもなくないか?」
「ちょっと待ってて、今有効な策がないか探っているから」
こちらの攻撃は一切通らない、これまでも、そしてこれからもずっとである。
対する敵はその鉄壁の防御に指の1本すら用いていない、こちらが圧倒的に不利、いや、もう無理に等しい。
頭を抱え、真剣に考えている感を醸し出す精霊様、とにかく早く解決策を見つけて欲しい限りである。
それまでは防御に徹し、なるべく怪我のないように慎重に戦わなくてはならない。
「あらあら、かなり形が戻ってきたわね、じゃあコレを攻撃に使おうかしら」
「来るぞっ! 精霊様を守るんだ、あと何か気持ち悪いのを投げてくるから注意しろよ!」
足元で徐々に再生しつつあったプロデューサーの肉塊を拾い上げ、それを千切って丸めてこちらへ投げてくる。
血の滴る柔らかいお肉ではあるが、目にも止まらぬ速さで飛んで来るそのエネルギーは凄まじいものだ。
当たったら無傷では済まない、避けられる者は避け、受けられる者は防御の薄い後衛に被害が生じないよう、必死になってその肉塊を叩き落とすしかない。
俺も聖棒を振り回し、どうにかそれを弾き返そうと試みる……下手くそがバッティングセンターに行ってみました、という動画を撮っておきたい、ジャンルはお笑いだ……
と、遂に俺のバット、ではなく聖棒にも敵の投げ付けた肉塊がヒットした、跳ね返らない肉塊、グルグルと回転させられて目を回す俺、完全に力不足だ、そもそもウエイトが足りない。
いつもであればセラの風防で減速させ、余裕を持って対応出来るこの類の攻撃。
今は精霊様も取り込み中だ、俺はあとどれだけ回されれば良いのやら。
『退いて退いてっ! 私が元の肉塊ごと全部焼いちゃいます!』
「頼んだリリィ、全力でやってくれ、消滅させればまた肉塊が再生したりしないかもだからな」
リリィは大きく息を吸い込み、ありったけの力で炎のブレスを吐き掛ける。
敵そのものには効果がないものの、手に持ったプロデューサーの肉は灰となって散ったようだ。
これで肉片弾丸攻撃は出来なくなった、さぁ、次はどう来る?
「もうっ、いけないドラゴンね、あなたは調教してサーカスで使ってあげるわよ」
そう言うのと同時に、敵の右手に淡い緑色に輝く、全長およそ3mもの長さを持つ鞭が出現した。
魔力の繊維を編み込んで作り上げたものだ、きっと凄まじい攻撃力を誇っていることであろう。
その鞭が前に出すぎたリリィを襲う、巨体ゆえその攻撃を回避することは叶わないため、ミラとジェシカが体を張って防御をする。
ミラの盾が腕から外れて宙を舞う、ジェシカの籠手もどこかへ飛んで行ってしまったようだ。
鞭だけはイヤだと必死で戻るリリィであったが、2人が捌き切れなかった一撃がその背後を襲う……
打たれる、そう思ったリリィは身を丸め可能な限り痛くない部分でそれを受けようと試みる。
鞭が風を切る音……しかしそこまでであった、不思議に感じたリリィも顔を上げ、辺りを見渡す。
敵の手に持った鞭は、その先端から半分以上が消失していたのだ。
やったのは精霊様のようだ、一体何をしたというのであろうか?
「ハァッ、ハァッ……やっぱり、あなたの魔力、私の霊力と相殺出来るのね」
「クッ!? どうしてそれが……」
「精霊の勘よ、伊達に生物としての位階が高いわけじゃないの」
どうやら自分の霊力を放出し、リリィに当たる寸前の鞭を打ち消したようだ。
だが顔が青ざめ、息切れしている、相当に無理をしているに違いない。
とはいえ、初めてこちらのアクションが敵に対して何らかの効果をもたらしたのである。
これはもしかするともしかするかも知れないぞ……
「精霊様、その霊力を使った攻撃なら倒せるってことか?」
「……残念ながら無理ね」
「どうして?」
「コントロール可能な霊力砲を撃てるのはあと1発が限界なの、それじゃあの皮膜を全部打ち消せないわ」
「ちなみにコントロール出来ない霊力砲とやらに関しては?」
「そこまでいくともうただの自爆よ、私は数百年で復活するけど、この島に居る他の生物はまるっとそのままあの世行きね」
それでは全くもって意味が無い、そもそもセラとルビアを助けに来たのだ、ここで精霊様が自爆し、全員揃って粉微塵になってしまったら本末転倒だ。
というか、おそらくヴァルハラで会ったセラにぶん殴られるぞ……
ちなみに、制御可能な残りの1発で敵にある程度ダメージを与えておくということも考えた。
だが、霊力を使った攻撃は精霊様にとって負担が大きく、現時点でも既に眩暈、吐き気、頭痛に倦怠感、そして明日は確実に下痢だという。
そしてもしそれをもう1発放ってしまった場合、間違いなくこの場で倒れ、3日以上の昏睡状態に陥るそうな、そのような事態に陥ってしまえば、どのような効果を得たところでこの戦いは負けだ。
しかし残念だ、要約的にダメージを入れることが出来そうな策が見つかったというのに、まさかのご利用出来ませんとは。
ここはイチかバチか、精霊様にすんごい報酬を提示して無理をさせるか……いや、もしそれで勝ったとしても、後遺症に苦しむ精霊様を見たらセラとルビアはどう思うであろうか。
どうすれば良い、どうすれば……
『お困りのようですな、小生が力をお貸し致しましょうか?』
「誰だっ!? ってアレか、幽霊のキモオタか、今はちょっと取り込み中なんだ、静かに見守っていてくれ、草葉の陰でな」
『いやいやいやいや、この状況を打開するには小生の力が必要なのです、そう、霊力ですよ!』
「確かにお前も霊力はありそうだ、だがな、精霊様と比較すると見劣りどころか視界に入らないレベルだろ」
『それは否定出来ませんな……しかしこの存在を保つ力の全てを解き放つとしたら?』
「……自爆するつもりか」
『左様、先程から話を聞いていれば、アイドルを食い物にして銭を稼いでいた事務所であったとは、小生、この存在が消えたとて構わぬ、この陰湿な事務所に鉄槌をっ!』
何だかやる気満々である、とりあえず精霊様と相談だな。
新しい鞭に持ち替え、執拗に攻撃を続ける敵への対応は前衛組とマリエルに任せ、俺と精霊様は部屋の隅に寄って2人で会議を始める……
「確かにあの霊体を全部エネルギーに変えてしまえば皮膜どころか敵の魔力を打ち消すことも可能だわ」
「問題はどうやってそれをぶつけるかだよな」
「う~ん、あ、アレを使うわよ! 魔導サイリウムに魔力じゃなくて霊力を込めるの、それで突けば一撃のはず!」
「なるほど、じゃあ実行役はカレンかマーサか……」
「あんたがやるのよ、無駄な魔力は少しでも少ない方が良いわ、純粋な霊力で勝負するの」
「マジかよ、おいキモオタ、そういうことらしいがどうだ、やってくれるか?」
『自他共に認めるキモオタの小生に二言はありませんよ』
王都で購入した魔導サイリウム、パーティーメンバーの中で唯一、俺だけが魔力不足で光らせることが出来なかったものである。
それにキモオタ幽霊の全霊力を込め、敵の体に接して放出するのだ。
簡単ではないが、今取り得る作戦の中で最も成功率が高そうなのはこれに違いない。
「よし、じゃあやるぞ、おいキモオタ、辞世の句とかは良いのか?」
『既に死んでいるのですが、まぁ……アイドルの、ために果てゆく、わが身かな……』
「詠んだらいくぞっ! このサイリウムに全てを捧げるんだ!」
会話だけは出来るものの、俺には幽霊であるキモオタの姿が見えない。
だが、手に握り締めたサイリウムに何かが流れ込んで来たのだけははっきりとわかった。
初めて俺の手の中で輝くサイリウム、キモオタの最後の光だ、無駄にしてはいけない。
「退けっ! 俺の通る道を開けるんだっ!」
「あっ! ご主人様、その剣は……」
「これが正真正銘、魔を打ち払う光の剣だっ! 喰らえぇぇぇっ!」
突如として後方から突撃を仕掛けた俺の姿に、驚き目を見開いた敵の魔女。
その鳩尾に深く食い込んだ光の剣は、直後に強烈なフラッシュを放つ……
「えっ!? これって……嘘でしょ……待って! イヤァァァッ!」
光に包まれた敵の体、パリパリと音を立てて表面がひび割れ、次第に崩れ始める。
魔力を練った皮膜どころではない、体全体が崩壊を始めたのだ。
徐々にその数を増していくひび割れは所々で繋がり、その大きさを増していく。
最後の一瞬、まるでガラスにハンマーでも叩き付けたかの如きバリンッという音と共に、敵の体は完全に崩れ去ってしまった。
光が収まり始める……いや、完全に消えたわけではない、僅かに残った輝く破片が集合し、再び人の形を成していくようだ……死にはしなかったということか。
というかどうなっているのだ? 再生した魔女の姿、それは完全に子どものものである……
「とうとう正体を現したようね、でもその姿じゃ何も出来ないんじゃないのかしら?」
「何これ? てか誰コイツ? 一体どういうことだ精霊様?」
「それは本人に聞いてみたほうが良いんじゃない? ねぇチミッ子魔族さん」
「これが……これが私の本当の姿なのよっ! どう? 情けないでしょ、笑いたければ笑いなさいっ!」
面影はあるものの、見た目的に20歳以上若返ったような敵、半べそで、地面にへたり込みながらそう叫ぶ。
ちなみに服だけは変わっていないようだ、もうダボダボである。
そしてあの膨大な魔力は完全に消え失せ、今のところは全く脅威ではない。
少しずつ回復はしているようだが、先程までの魔力水準に戻るには相当時間が掛りそうだ。
今のうちに魔力を奪う腕輪を嵌めてしまおう、そうすれば回復も停止し、この状態から脱することが出来なくなるはずだからな。
申し訳ないがセラのバッグを漁り、中から魔力を奪う金属で出来た腕輪を取り出す。
それを、もう先生などとは到底呼べない容姿の敵に渡すと、素直に受け取って自分で左の腕に嵌めた。
「さて、お前のお仕置きは後でみっちりやるとしてだな、まずはセラとルビアを返すんだ、あと他に誘拐した女の子、それにアイドル大魔将もな」
「わかったわよ! 全員解放すれば良いんでしょ?」
「態度がデカいな、ゴメンナサイしろっ!」
「ご……ごめんなさい、もうしないので許して下さい……」
とりあえず謝罪だけは得られた、そう簡単に許してやることなど出来ないが、このビジュアルの奴を手に掛けるのは気が引ける。
2人の無事が確認出来たら命だけは助けてやることとしよう。
そのチミッ子魔族を縛り上げ、下の階にあるというレッスンルームなる部屋へと案内させる。
ここだと言って立ち止まった扉の前、それを開けると、中にはとんでもない光景が広がっていた……
壁一面に巨大な鏡が張られた部屋、その中では総勢で50人を超える女の子達がダンス練習をさせられていた、しかも全員全裸で。
そして、目のやり場のない光景の中で俺の視線が行った先、2つの見慣れた全裸がそこにあった。
「セラ、ルビア、迎えに来たぞっ!」
「あっ勇者様、やっと来てくれたのね!」
「はぅ~、ようやく助かりました、遅いですよご主人様」
全裸の2人に俺とマーサが使う大き目の上着を掛け、そのまま抱きしめる。
無事で何よりだ、この先はもう、絶対にこの2人から手を離したりしないと誓おう。
「2人共コイツに何か変なことされなかったか?」
「えっとご主人様、この子は見たことがないんですが……まさか児童略取に手を染めて……」
「なわけあるかっ! このチビがここで『先生』と呼ばれていた奴の正体なんだよっ!」
周囲がざわざわし出す、あれなら逃げられそうだったのに、という声が大半であるが、中には可愛いとか、家で飼いたい、などといったものも混じっているようだ。
さて、そのざわついた全裸美少女軍団の中に、俺達がこの城へ来た本来の目的であったはずの大魔将が……いや、居そうもないな。
そのような存在はどう足掻いてもここに居る連中がなれるようなものではない。
強さだけ見ればセラが、次点でルビアが際立ってしまっている。
この城の本当の主である大魔将は別のどこかに居るようだ……
「おいチミッ子、魔王軍の大魔将はどこへ隠した? 言わないと刑が重くなるだけだぞ」
「大魔将? さぁ、私はアイドル候補を誘拐して、それをレッスンと称していじめるのが面白かっただけよ、魔王軍の何とかなんて知ったことじゃないわ」
「そうか、じゃあお仕置き10倍だな」
「何でそうなるのっ!? 知らないものは知らないの、ね、そろそろ許して欲しいのよ、もうずっとこんな見た目だし、罰は十分でしょ?」
「ちょっと黙っとけ、コイツでなっ!」
チミッ子魔族に拳骨を喰らわせて昏倒させる、これで静かになった、あとはゆっくり、この城のどこかに居るはずの大魔将を探し出そうではないか




