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ヌーヴォー・アヴェニール   作者: 龍槍 椀
この ” 矜持 ” に賭けて
99/111

    その日、伝令は走った。  

 


 晩夏の早朝。 王都シンダイ、王城ドラゴンズリーチ。 赤龍大公家が守る東門。 早朝にもかかわらず、街区の庶民たちが集まっていた。 高位の聖職者の姿も、チラホラしている。 東門を守る、衛士達も、困惑している。 朝日が東門の白亜の壁を照らし出す中、街区の者達の人数は増え続ける。 口々に、囁き合う言葉には、一人の女性の名があった。




 ”あの、クロエ様が、処刑されるらしい”


 ”我々に、慈しみと、恵みを与えて下さった、黒龍大公家令嬢が?”


 ”まさか、そんな事がある訳がねぇ”


 ”でも、おら、聞いただ。 おらが、勤めている白龍大公家の配下の御家のメイド達がそう言ってただ ”


 ”本当かどうか、見に行こう!”


 ”そうだ、行こう! 一体何が起こったんだ?”




 口々にそう、囁き合う庶民の圧力。 東門の衛士は、上官である、衛士長に門を開けるべきか、問い合わせた。 時間は、街区の商人が、ドラゴンズリーチに商品を持ち込む時間になった。 当然、開けてしかるべきだが、この状況は、何かしら不穏な空気を孕んでいる。




     衛士長も、判断に迷っていた。




 そこに、他の門を守る、他家に配属されていた衛士長からも、連絡が入った。 門外に大量に庶民が集まっている。 どうすべきなのかと。


 空気は不穏だが、手には何も持っていない。 ただ、噂が本当かどうかを知りたいだけの様だった。 衛士長は迷っている。 何故なら、彼の背後には、処刑台が設営されていたからだった。 誰かしらの、処刑が行われるらしい。 しかし、それが、庶民たちが口にしている人物のものかどうか、その連絡は無い。



 一旦、この光景を見た民衆たちが、どういった行動をするか…… 予想が付かなかったからだ。



 次の早馬が、西門から連絡を届けた。 西門は開門したらしい。 大勢の庶民たちが、ドラゴンズリーチの広場になだれ込んでいる。 開門しないという、選択はこれで無くなった。 まだ、あの処刑台の壇上に登るのが、件の人物かどうかも、判らない。


 単なる、重犯罪者の公開処刑かもしれない。 ” 門を開くな ” と云う命令は、受けていない。 つまりは……




「時間だ。 開門する。 街区の者達には、騒動を起こすなと、伝えてくれ」




 そう、部下に伝え、閉ざされていた、東門を大きく開いた。 重い音が響き渡り、東門は開かれた。 門を守る魔法騎士達は、念の為と、つい最近、魔法騎士団から配備されたばかりの、特別な土のゴーレムの起動魔方陣を描き出した。


 庶民たちが目の前に広がる、広場に処刑台が、設営され始めている事を認識し、口々に驚きの声を上げていた。 他の門から入って来た民衆たちも、そこに合流し、物凄い数の人々が、処刑台の周囲を取り囲み始めた。 衛士長は、その光景に絶句し、早くも、門を開け放ったことを後悔し始めていた。





 **********




 処刑台が設営し終わり、設営隊が下がる。 大きな処刑台だった。 最外郭の門が開き、後ろ手に縛られた女性が、衛兵に取り囲まれて、広場に引き出されてきた。


 濃い蜂蜜色の髪が、朝日に照らし出されて、豪奢に見える。 夜明け前の天空を思わせるような、華麗なドレス姿だった。 しっかりと前を見詰める、紺碧の瞳は強い光を宿し、整った顔には、怯えの表情は、一片も浮かんではいなかった。



 豪奢にして、清楚。



 静かに歩みを進める彼女を見詰める、膨大な数の目、目、目。


 囁きは、次第に大きくなる。




 ” あれは――― シュバルツハント黒龍大公令嬢だ。 おら、見た事有るだ。 間違いないだ ”


 ” 噂は、本当だったんだ…… 何があったんだ? 何の御触れも無かったぞ?”


 ” 大公家の令嬢が、刑死? まさか……”


 ” おら、この目が信じられないだ ”


 ” 磔刑たっけいか? 何か有ったとしても、御令嬢が磔刑とは…… 普通は、名誉から、毒を渡されると聞くが…… 重犯罪人と同じ刑罰とは…… ”




 囁きは、さざなみのように広がり、うねりを作り始めていた。 口を噤んだまま、その光景を凝視しているのは、街区にある精霊教会の聖職者たちだった。 深夜にあった、突然の通達。



” 重犯罪人にして、精霊様の御意思に反する者、クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハントを、磔刑に処す。 不名誉な国事犯に ” 祈る ” 事を 次代の王たる、ミハエル=ハンダイの名を持って禁ずる ”



 その通達が、彼等の口を噤ませている。 街区の人々の代弁者たる、精霊教会の聖職者達が、口を噤んでいる為、市井の人々はその光景を見守るしかない。


 女性が、処刑台に上がった。 周囲を見回し、人々に安心感を与える、柔らかで慈愛のある微笑みを、浮かべていた。 まるで、己が我が子を見詰めるかの様に。 愛しい幼子を、そのかいなに抱き締めているかの様に。 


 顔を隠した、処刑人が処刑台の端に登る。 禍々しい殺気を、その巨躯に纏いつかせた、男達だった。 女性は、その男達にも、同じような視線を贈る。 ” お仕事、お疲れ様 ” と、云うような、そんな表情だった。 とても、此れから、処刑される人のものとは、思えない、穏やかな、優しい視線だった。




     高らかに、ファンファーレが鳴る。




 幾人もの近衛親衛隊の騎士が、最外郭の扉から、湧き出すように、広場に出て来た。 高貴な人がお出ましになると、云う事だった。 最後に、豪奢な緋色のケープを付けた、年若い男性が一人。


 同じような年の、豪華な淡い色のドレスを着た女性、見るからに、気位の高そうな、真っ赤なドレスを着た女性、そして、この頃、度々、王城内で見かける様になった、見慣れぬ聖衣に身を包んだ、偉丈夫が、帯同していた。 その周囲を数人の高位貴族と思われる、若い男達が取り囲みながら進み出て来た。



  処刑台より、一段高くなった場所に、その者達が進む。



 民衆の前に進み出た、豪奢な緋色のケープを付けた、年若い男性が一人。 傲然と、周囲を睥睨し、薄汚いモノを見るかのような、蔑んだ視線を投げかける。 【 拡声 】 の魔法を、使ったのだろうか、彼が口を開くと、広場隅々まで、彼の声が届いた。




「 皆の者!! 我の名は、ミハエル=ハンダイ。 次代のハンダイ龍王国 国王である。 友好隣国である、ミルブールの令嬢、グレモリー=ベレット=ヴァサンゴ公爵令嬢を、害し、我が寵愛と、未来の国母の地位を欲した、国賊、クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハント。 昨晩、勅命を持って、これを処刑するとした。 最後の慈悲である。 ここに居る、ミルブール国教会、最高指導者、ボディウス教皇猊下に、恭順の意を差し出さば、処刑を停止する。 己が罪を知り、悔い改めるならば、申してみよ」




 女性は、強い、強い、視線を、ミハエル=ハンダイと名乗った、年若き青年に投げつけた。




「ミハエル殿下の仰った罪。 わたくしは、身に覚えが御座いません。 また、妖魔精霊を信奉する者に、恭順など、致しません。 龍王国の民は、精霊様の御威光の元にあります。 悔い改めるべきは、事実を調べようともせず、己が心に叶う声だけを聴く、貴方です。 大精霊様達に祈りを捧げ、悔い改めるべきです」




 凛とした声が、広場に広がる。 民衆は、固唾を飲んで、成り行きを見守っている。 精霊教会の高位聖職者たちは、唇を噛み締め、食い入るように、その情景を見詰めている。




「どこまでも、愚かな。 相分かった。 悔いることなく、死を望むのだな。 よし、望みを叶えてやろう。 刑吏、はりつけにせよ!」




 女性を取り囲んでいた、男達が、彼女に横になるよう、促した。 素直に従う、その女性。 抗う様子も、見られない。 両の手を大きく広げ、はりつけの上に横たわった。




 カチン! カチン!! 


      カチン! カチン!!




 金属音が、甲高く聞こえる。 縄で縛るのではなく、てのひらに直接、釘を打たれている。 音がする度に、跳ね上がる、女性の体。 しかし、悲鳴はおろか、呻き声すら上がらない。 同じく、揃えられた、足の甲にも、釘を打たれた。



    カチン!


       カチン!! 



 その時も、彼女から、何の声も発せられなかった。




「掲げよ!」




 磔架たっかに、女性は大きな釘で打ち付けられたまま、引き起こされた。 大きく胸が上下する。 想像を絶する痛みが、彼女を襲っている事に疑う余地はない。 それでも尚、彼女は前を見据え、呻き声すら発しない。


 壇上に居る、気位の高そうな、真っ赤なドレスを着た女性が、悲鳴を上げて、気を失った。 慌てて、周囲の同年代の男性が、彼女を支えている。 もう一人の女性は、感情の無い瞳を、背ける事も無く、磔にされて居る女性に向けていた。 ただ、小声で何かを言っているが、意味のある言葉には思えない。 男達は、高く掲げられている女性を凝視している。 


 ある者は、薄ら笑いを浮かべながら。 ある者は、蔑んだ目で。




「やれ」




 処刑台の端に居た、処刑人が長槍を手に、磔架たっかに、歩み寄る。 苦し気に眉を寄せる、その女性は、その姿を認めると、柔らかに微笑んだ。 処刑人は、頷き、彼女の目の前に槍の穂先を交差させた。 まるで、彼女の苦しみを一時も早く、終わらせると、誓うように。




    槍の穂先が引かれ、一閃。




 両脇に、槍の穂先が潜り込んだ。 絶叫を上げる民衆。 苦悶の表情と共に、大量の血潮を口から吐き出す女性。 その瞳には、まだ、意思の力がこもっていた。 グッと力を込め、フルフルと震えながら、彼女は、視線を上げ始めた。




 沈黙が、訪れる。 シンと静まり返る、広場。




     女性は、天を仰ぎ見て、己が血潮に濡れた ” 声 ” を、上げた。






 ⦅ 我が真名、クロエ=ハンダイの名をもって、「天龍様の審判の儀式」を伏し願い奉る ⦆






 女性の口から漏れたのは、精霊の言葉とも言われている、古代キリル語の聖句。 その声と精霊の言葉とされる、古代キリル語に、精霊教会の高位聖職者たちは、言葉を失った。 高位聖職者でさえ、伺い知れない、神聖さが、磔にされて居る、女性の周囲に立ち込め始めた。  彼女の言う「天龍様の審判の儀式」  この秘儀の詳細を知る者は、この場に、たった一人しか、いなかった。 龍と人とが交わした、「古の契約」の中にある、古代の秘儀であった。






 ⦅ 我、云われなき罪をもって、断罪さる。 諸々の証左をもって、罪とされる儀に、我、抗う。 我の潔白を、我が血と魔力をもって、申し立てる。 秘儀の審判を願うものなり ⦆






 晩夏の高く澄み切った青空に、彼女の声が響いた。 その内容を理解する者も、出来ない・・・・者も、皆、言葉を失った。 そして、なにより、大空に起こった異変に、気を取られた。 彼女の仰ぎ見る空に、突如として現れた、黄金色に輝く巨大な魔方陣。 彼らは、茫然とした視線で、出現した魔方陣を、見詰めた。


 その場に居た、全ての者達の頭の中に、厳かで、重い、鐘の音が響き渡った。




 ゴーン 


     ゴーン


           ゴーン





 黄金色に輝く巨大な魔方陣から、何者かがゆっくりと出現した。 鼻先、黄金色に輝く目、輝く鱗、二本の角、鋭い牙、長い首、巨大な体、力強い四肢、そして、四枚の光り輝く巨大なつばさ




 ⦅ 我 天龍。 我が愛し子の祈りを聴き、降臨せん。 愛し子が望みし、【 審判の儀式 】 執り行わん。 愛し子が、言葉に虚偽 無くば、我、大空にて、金色の光を放ち、嘘偽りあらば、地に落ち、混沌に還る。 ……よいな、我が愛し子。 始めるぞ ⦆


 ⦅ はい、天龍様。 我、クロエが一部。 お受け取り下さい ⦆




 巨大な龍が舞い降りる。 磔にされて居るその女性は、一心に、その巨龍を見詰めて居た。 地上に降りることなく、巨大なあぎとを開き、磔架ごと彼女を一飲みにした。 次の瞬間、巨龍は全身に稲妻イナズマイカヅチを纏いつかせ、大空へと駆け上がって行った。




    眩い黄金色の光が、空を覆い、目にする者達の目を眩ませる。 




 ⦅ 我が愛し子が言、真なり。 この者、高潔にして、穢れない。 審判は下った。 虚言を弄し、我が愛し子に罪を着せし者達。 龍印を持つ者達。 貴様らの名を、家名を、我が黒き石板より、削り取る。 古の契約により、貴様らが有する ” 王権 ” を剥奪する。 龍王国の民よ、案ずるで無い。 次代の王権を有する者は、すでに定まれり ⦆




 その広場に、集まっていた、人々は、貴賤の区別なく、眩んだ目を彷徨わせつつ、頭の中に響く言葉を、心に、魂に、刻み付けた。 その言葉は、龍王国に加護を与え続けている、天龍の御言葉だった。 やがて、天空を覆っていた、眩い黄金色の光が収まり、青空が覗く。




 磔にされた筈の磔架たっかが、無くなった、処刑台の上に、絶叫が響き渡った。




「クロエ!!!!!    クロエ! クロエ! ダメ! いっちゃダメ!!! なぜ、【 審判の儀式 】などを!! 貴女が失われてしまう!!!」




 豪華な淡い色のドレスを着た女性が、声もれよと、叫んでいた。 虚ろだった目に、力が宿り、超然とした神聖さが、彼女から発せられた。




「天龍様!! クロエを! クロエを返して下さい!!! 龍族の危機を、この地に住まう全ての者達の危機を救った、彼女を!!!    クロエを、返して!!!!!」




 澄み渡った、天空に、彼女の声が、切り裂くように流れ…… 嗚咽が続いた。 彼女の視線は、天龍の去った天空を見詰めていた。 民衆の憤りが、広場を埋め始めた。 




何が、”王族” だ。 



何が、”王子” だ。 



何が、”次代の国王” だ。 



ハンダイ王家から、王権は失われた。 



奴が投げ捨てたのだ。 



邪な欲望が、王家の矜持を犯し、失わさせたのだ。 




 我等は、

   我らの為に心を砕いてくれていた、

           一人の女性を、失ったのだ。




 声に成らぬ、人々の怒りに、処刑台の上の、豪奢な緋色のケープを付けた、年若い男性は、顔色を青白く変え、早々にその場を後にした。 取り巻いていた、青年たちもまた、その場で色を失くし…… 異国の聖職者は、胸を押さえつつ…… 逃げる様にその場を後にした。


 残ったのは、慟哭を持って、姿を消した女性の姿を天空に探して居る、豪華な淡い色のドレスを着た女性だけであった。





 **********





「伝令総員に告ぐ。 此度の仕儀、少しも違える事無く、委細、各級司令官、指揮官、官吏へ、申し伝えよ!!」





 国王陛下が居られない王都シンダイ。 緊急事態では、伝令が走る。 伝令達が集合しているのは、赤龍大公家の守る城門。 伝令達は、即応し愛馬に跨り、それぞれが報告すべき先に、駆け出して行った。 ミハエル、「現」、第一王太子の仕出かした事が、彼等を走らせた。




 その中の一騎。




 誰よりも早く、準備を整えた伝令兵。




 深く、メティアを被り、颯爽と軍馬で、赤龍大公家の守る東の城門を駆け抜けていく、中装備の女性騎士が居た。 薄緑色の布に深紅の縫い取りの、『 月に、二重の月桂樹の葉 』 の紋章。 紋章の右下に 黒い糸で縫い取った、” XIII ” の文字が、翻っていた。



 僅かに覗く口元に、云いようもない清々しさを湛えた、笑みが浮かんでいる。



 その口から、軍馬に向かって、何事か囁いていた。




「クリーク、お願いね。 誰よりも早く、リュウコクに着かないと。 ヴィヴィ様が、私が行く前に、この事を知ってしまったら、南アフィカン王国と、全面戦争になりかねないわ。 だから、お願い。 とびっきりの速さで、私を運んでね」



 その言葉を解したのか、軍馬の速度は、いきなり上がる。



 風の様に、街道を駆け抜けていく。



     そして、その伝令は、




    口元に笑みを浮かべつつ、




      そっと、呟いた。








      ”アゴーン!!”







ブックマーク、感想、評価を頂き、誠に有難うございます。

中の人、本当に、勇気づけられております。


―――――


その日です。


長らくお待たせいたしました。


クロエ、解放の日となりました。


まだ、もちょっと、続きます。


それでは、また、明晩、お逢いしましょう!!

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