クロエ 辺境の大切な人達に逢に行く
「旧街道は、通行できますか? 衛兵隊長殿」
リュウコクの街から、次の目的地までは、かなりの距離があるの。 普通に行けばね。 街道を一度、王都シンダイに向けて走って、分岐の街 ” イーチダー ” で、北上するの。 そんなことしたら、此処、リュウコクの街から、軽く十日は、掛るのよね。 で、その間に他の伝令兵が、先に辺境シーガイカ領に着いちゃうのよ。
辺境シーガイカ領は、龍王国の北辺の領土。 治めているのは、勿論、エミール=バルデス辺境伯爵。 今は、北シーガイカ領と、南シーガイカ領とに分割されて、南シーガイカ領は、エミール辺境伯が、北シーガイカ領は、……アルフレッド辺境伯が治められているの。
リュウコクの街は、龍王国北西にあってね、そこから直接、北辺に行くには、テンリャン山地を越えなくちゃならないよ。 街道は……旧街道。 ものっそい山道…… 途中にいくつかの集落が有るんだけど……
「伝令殿、おススメできませんな」
そう、私に言ってくれたのは、リュウコクの街にある衛兵隊の隊長さん。 難しそうな顔して、腕を組んでいるのよ。 お髭の素敵な、偉丈夫さん。 優しい目をしてらっしゃるのよ。 でも、今は、険しい目付きね。 理由があったのよ。
「……天龍様の御加護が薄れてしまった時、あの辺りは、魔物達が跳梁跋扈しましてな。 御加護が頂ける様になった、この頃は、随分と魔物達の数は、減りましたが……人が戻って居らんのです。 旧街道の途中の村や集落は、まだまだ人が少ないのです。 更に、その人達の生活物資を奪おうと、山賊どもが跳梁しております。 危険です。 いくら騎士殿とはいえ、単騎で抜けるのは…… おススメできません」
はぁ……厄介よね。 だから、普通に行くと、すんごく、大回りになるのかぁ……それに、アレクサス御爺様に、『釘』刺されてたっけ、護剣に、” 人の血 ” を、吸わせたらダメっだってね。 この辺りの山賊は、ヤバいって、言われてるしね…… どうしようか。
ふと、隊長さんが座っている後ろの壁に、目を移したの。 このあたりの地図ね。 ふんふん……なんだ、あるじゃない。 一番早く南シーガイカ領に着ける方法が。
「衛兵隊長殿。 国境沿いに有る、古街道。 此方は?」
「もっと、おススメしませんよ。 何が待っているか全く予測できないのです。 天龍様の御加護もそこまでは届いていないようですし…… 魔物の襲撃、街道がどうなっているかもわかりません。 更に、途中に人家など、全くありません」
地図を見詰めながら、ちょっと考えたの。 人……居なさそうね。 街道って言っても、その辺りじゃ、もう、荒野と変わりないよね。 山道じゃなくて、高原だから、見晴らしもいいよね。 そうだね……こっちの方が……
「……行けそうですね」
「はぁ? わたくしの話をお聞きになったでしょうに!」
「ええ、聞きました。 魔物は、回避できます。 人家が無ければ、野営すればよいし。 悪意を持った人が居ない方が、やり易い」
「……伝令殿は……騎士と云うのは……、其処まで自負心がおありなのか」
「任務の為です。 危険と任務達成を天秤に掛けますよ。 人の気配が無ければ、動くものは全て魔物。 すり抜けられます。 魔物達は基本、捕食が目的です。 脚が有れば大丈夫ですよ」
「夜間は! 単騎でしたら、眠る時など、どうするのです! 歩哨すら居無いのですよ! 危険です!!」
「なに、二、三日、昼夜構わず走り抜ければよいのですから」
口元が二ヤッって笑うの。 私のね。 呆れてた。 クリークと私だったら、駆け抜けられるよ。 古街道は山の中じゃなくて、高原部分に敷設されてるし。 よし、行こう。 その道を抜けたら、二日でシーガイカ領に入れる。 其処から、領都ナラージョまで、一日だし。 そうと決まれば、早い方がいいよね。
衛兵隊長さんに、丁寧にお礼を言ってから、リュウコクの街をでたの。 最後まで、隊長さん心配してくれてたの。 ありがとう。 大丈夫だよ。 魔物相手だったら、手加減は要らないしね!
―――――
それから三日間。 駆け抜けたよ。 頑張った。 体力の限界だよ。 でもね、時間には、代えられないのよ。 魔物との遭遇もあった。 瞬殺したよ。 日頃の鍛錬がモノを言ったね。 馬上からでも、問題無かったしね。 まぁ、あんまり強いの居なくてよかった。 もっと言えば、夜間の道行きで、あんまりにも眠くって、クリークから転げ落ちそうになった方が、ヤバかったよ。
でも、頑張った。
出発してから、二日で古街道を、駆け抜けて、シーガイカ領に入ったのよ。 領都ナラージョはね、本街道の一番奥まった所に位置してたから、裏道から入ると、領都には、一日で着けちゃったのよ。
王都シンダイを出てから、今日で七日目…… なんとかなりそうね。 王都シンダイから、本街道を思いっきり走っても、八日ぐらい掛かるから、ギリギリかな? クリークと二人して、結構ボロボロに成りながら、それでも、領都ナラージョの公邸に到着したのよ。 クリークから転げ落ちるように、降り立って、門番の衛兵さんに口上したの。
「近衛騎士親衛隊 第十三番隊の伝令兵である! エミール=バルデス辺境伯爵様に至急の御報告に推参つかまつった。 王都シンダイで、緊急事態が発生した! 罷り通る!!」
ここでも役に立つ、近衛親衛隊の割符と、マント。 ええ、とっても、いい仕事してくれました。 ボロボロの私を先導して、執務官様がエミール様の執務室に案内してくださいましたよ。 ほんと、有難いね。 肩までかしてくれたのよ。 だって、歩くのやっとだったもの。
「 そのマントは、近衛親衛隊の方ですな。 これは、如何致しました、伝令兵殿。 お疲れのようだが?」
「エミール=バルデス辺境伯爵様に至急の御報告に推参いたしました。 王都シンダイで、緊急事態が発生しました。 御口上、申し上げます」
「うむ……聞こう」
「去る、焔乾の月 十五日 王城ドラゴンズリーチ、赤龍が広場において、王太子ミハエル殿下の宣下の元、クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハント黒龍大公令嬢が、 「 磔刑 」に、処せられました! クロエ御令嬢は、磔架に磔けられた後も、罪を御認めにならず、龍王国が守護龍、天龍様に 【 審判の儀式 】 を願い出されました。 天龍様、クロエ御令嬢の願いを、叶えられ、王城ドラゴンズリーチ上空に御降臨されました。 天龍様は、その顎に、クロエ御令嬢を飲み込まれた後、天空に舞い上がり、光翼を発せられ、クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハント黒龍大公令嬢の無実を、証せられました!」
エミールおじさま……絶句された。 手に持っていた羽ペンが、音を立てて折れた。 そんでね、惚けた顔から、怒気が湧き上がり、ギリッって、歯を噛み締められた音がしたの。 でも、続きも言わないとね。
「バルデス辺境伯様、続きが御座います。 御降臨された天龍様が、【 審判の儀式 】 の後、集まった人々に、宣下されました。 以下、天龍様の御言葉の通りの音だけが、「私の記憶」に、残っております。 ⦅ 我が愛し子が言、真なり。 この者、高潔にして、穢れない。 審判は下った。 虚言を弄し、我が愛し子に罪を着せし者達。 龍印を持つ者達。 貴様らの名を、家名を、我が黒き石板より、削り取る。 古の契約により、貴様らが有する王権を剥奪する。 龍王国の民よ、案ずるで無い。 次代の王権を有する者は、すでに定まれり ⦆ です。」
あのね、私、知ってるのよ。 エミールおじさま、父様と一緒に、古代キリル語を、勉強してたの。 キリル自治領からの難民が流入してた時期があって、彼等との交渉が必要だったからね。 難民を率いていた長老様達って、みんな、古代キリル語しか、話さないのよ……
だから、天龍様の御言葉、しっかりと理解される筈よね。 うん、言葉、失ってるよ。
「お、王権がハンダイ王家から剥奪された? ……次代の王は、すでに居る?……なんと! し、しかし……クロエが……その為に……そんな事の為に……」
ギリリと歯が鳴る。 あぁ……ヤバイな。 怒りの持って行く場所、無くなってるよ。 たとえ、挙兵したって、打倒すべき相手が居なくなってるんだもの…… そんで、直接命令を下した、ミハエル殿下も、もう殿下じゃなくなってるし…… 荒れそうだね。 仕方ないね。 お知らせ、しておこう。
その場で、ちょっこっと言葉をつないだ。
「バルデス辺境伯様……御久しゅうございます。 お聞きしました。 アルフレッド様の御婚姻、おめでとうございます」
其処まで言ってから、私は、兜を、外したの。 いや~、頭、蒸れそうだったから、気持ちイイ! 肩まで、短く切り揃えられた、私の髪がハラリと落ちて、素顔がさらけ出されたのよ。 そんでね、ニッコリ笑ってみた。 エミールおじさま、……全身から噴き出していた怒気が、いきなり霧散したの。 そして……惚けた顔で、私を見詰めていた。
「 !!! ……カタリナに …… ” そっくり ” になったな。 クロエ。 …………で、いいのか?」
うん、そうだよ。 クロエだよ。 ホントに久しぶりです。 御髪に白いモノが混じって、ダンディさが、増してますね、おじさま!
「ええ、謂われなき罪で、断罪される処でした。 天龍様をはじめ、皆様のおかげで、生き残りました。 あぁ……そうだ、公式には、クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハント は、刑死された事になりますので、そこのところは、宜しくお願いしますね、エミールおじさま!」
「……あ ……いや …………その ……まぁ …………なんだ。 クー、良く帰って来た。 嬉しいぞ」
「はい! おじさま!」
なんか、感動の再会って云うより、唖然、茫然って感じだね。 それに、久しぶりに、私の事を、” クー ” って呼んでくれる人に再会できたよ。 うん、そうだね。 帰って来たよ。
此処に居るのはね、辺境の ” クー ”だよ。
ただいま!
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やっと、落ち着けた。 これで、最悪は避けられたよ。 で、エミールおじさまにお願いして、クリークのお世話と、飼い葉の用意をしてもらったの。 そんで、水浴びさせてもらってから、もう一回お会いしたのよ。 ちょっとは、綺麗になったかな? まぁ、夜ご飯一緒にさせて貰ったんだけどね。
楽しくお話したよ。 積もり過ぎる程の話はあったんだ。 でも、それよりも、辺境の事聞きたかった。 王都シンダイから、遣って来た人達の事とかもね。 上手くやってるって。 王都から来た人達は、もともと、辺境に居た人達が中心だったから、すぐに慣れたって。 周りの集落の人達とも上手くやってるって。
良かったよ。 作付面積も多くなって、税収も上がって、みんな笑顔で働いているって。 天龍様の御加護が戻って、魔物の襲撃もそんなに多く無くって、安心して農作業出来るようになったって。
よかった……
ニッコニコ顔で、その話を伺っていたのよ。 で、おじさまが云うの。
「これ、考えたの、クーだってな。 ウラミル閣下が手紙で自慢されていた。 もう、手放しでな。 絶賛しておられた。 でな、クー…… どうするつもりだ? お前の話じゃ、ウラミル閣下、お前が生きている事知らんのだろ?」
「ええ……まぁ、書類上は死んじゃいましたしね。 まだ、どうするか、考えて無いんです。 今は、それどころじゃ無い筈ですし。 黒龍の御家は、龍王国の内政を司って居られますから…… 混乱を最小限に抑えるために、暫くは奔走されますよ。 その間に……なんか、考えます」
「……クー。 お前な………… ウラミル閣下が嘆かれるな。 荒れるぞ、アノ御仁は! クー、早いうちに、何とかしなさい」
「はい…… 努力します」
美味しい御飯と、懐かしい、おじさまとのお話。 お腹も、心も一杯になったよ。 そんでね、もう一個、オネダリしたのよ。 アルフレッド様…… あの方にも、ご挨拶したくて…… クリークは預けて、英気を養ってもらわないといけないから、お馬を貸して欲しいってね。
「それは、良いのだが…… 」
なんか、思案気…… そんでね、めっちゃ、悪戯そうな笑みを頬に浮かべられたのよ。 あぁ、そう言えば、この方、悪戯大好きだったよ。 なに、考えてるんだ?
「……私が死ぬほど驚いた報告を、奴にもしてやれ。 まぁ、あいつは、クーに、本気だったからなぁ…… 婚約も、結婚も、渋って居ったから。 お前が、クソ殿下の婚約者になったって、聞いた時の落ち込みようといったら…… まぁ、なんだ、私を驚かした罰だと思え」
「……おじさま……」
人が悪いね、自分の愛息なのに。 そうか……アルフレッド様 ……想っていてくれてたんだ。 私もだよ…… フーダイで感じた、胸の痛みは…… やっぱり、そうだったんだよね。 淡すぎて、自覚できなかった、私の初恋かぁ……
その夜は、ぐっすり眠れた。 翌朝、お日様の出る前に起き出して、フルセットの鍛錬やってから、エミールおじさまに、お礼を言って、公邸を出発したのよ。 御馬は借りた。 領都ナラージョから、北シーガイカ領の領都 ムコージョ まで、途中、フェリス、ナンジョ、エーンジョの三つの街を越えて、四日の距離。
お借りした、お馬を乗り潰す訳には行かないから、各街でお泊りしながら、ゆっくりと進むのよ。 ほら、エミールおじさまには、話し通ってるから、いきなり挙兵とかには、ならない筈だから、ちょっと余裕ができたのよ。 まかり間違って、私より先にこの情報が伝わってても、なんとかなるしね。
で、領都 ムコージョの先。 北の端っこに、有るのよ。 そうよ、ロブソン開拓村。 此処まで来たんだから、先に行っちゃおうかなぁ…… いいよね。 うん、行こう。 お墓参りだ!! みんなに逢いに行こう!!
クロエは、こんなに大きくなりましたって、報告に。
懐かしい、ロブソン村に。
伝令兵の恰好してるけど
お嬢様でも無いけど
泥だらけで、汚いけど
みんなに、
みんなに
逢いに
行くんだっ
ブックマーク、感想、評価 誠に、誠に有難う御座います。
中の人、物凄く物凄く、喜んでおります。
皆様が読んで頂いていると、そう思うだけで、物語を紡ぐ力になります。
本当に有難う御座います。
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やっと、やっと、辺境へ、帰ってきました。
クロエの顔を見知っている者は少ない辺境。 素顔を晒しても、問題ないよね。
そんな、声が聞こえそうです。




