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 4月30日 ワタクシとヒゲの魔王誕生(4.6k)

は【独裁者】だったのだ」


 魔王城1階の東側の部屋で、ベッドに横たわるロイがよく分からないことを言いだした。


「いいじゃない【独裁者】。どうしようもない人間達から世界を守るには必要な存在よ」


「…………」


 ロイから返事は無い。


「脈がありません。……ご臨終です」


 主治医のテクスが死亡宣告。ロイは亡くなった。


 聞いていた年齢は66歳。

 持病もあったそうだから、外洋人と同じと考えると十分生きたほうだ。


………………

…………

……


 【終戦】と【魔王歴】開始から10年。

 ヴァルハラ川と【魔物】達による国境封鎖により、南のユグドラシル王国と北のエスタンシア帝国の国交は完全に断絶している。


 川を挟んだ二国は、お互いの存在を無視する形で国の復興を進めており、両国ともそれなりに平和だ。

 

 純血の【鬼人】【獣人】【エルフ】は根絶された。私は生き残っているけど、出産可能な【原住民】はもう残っていないので、根絶されたと言ってもいいだろう。


 だけど純血の外洋人も今や【絶滅危惧種】だ。


 【獣人】の血を引く混血者は【魔法】適性を持ち身体能力も強い。

 これは以前から知られていたことで、強い子供を求めて混血者との交配を求める女は古くから一定数居た。その反面、【金欲】や【闘争心】に乏しい混血の男を【脳筋弱男】と見なす女も多かった。


 でも、【戦争】と【大震災】で状況は一変した。

 国全体が暴動と混乱の無法地帯と化した時、混血男達は生存力の強さを見せつけた。

 外洋人の男達が家や財産を失って自暴自棄になる中で、混血男達は家族や女子供を守るために持ち前の力を発揮した。


 助からなかった人も多かった。だけど絶望的な状況下でも、混血男達は生きること、守ることを最期まで諦めなかった。息絶える瞬間まで活路を見出そうと足掻き続けた。


 混血男達の底力を目の当たりにして生き残った外洋人の女達は、戦後【獣人】の血を引く子供を強く求めた。【豊作1号】の副作用による外洋人の男性不妊は都合のイイ口実だ。女は強い子を産みたいのだ。


 混血者に対する差別があったエスタンシア帝国でも同様で、戦時中にユグドラシル王国から移住した混血者の男達が、既婚の女達に追い回されてオモシロイ状態にされたのを、世界を見通す力で見て笑った。


 純血の外洋人の子供は、戦後には産まれていない。

 【根絶作戦】を企てておきながら【根絶】されたのはどっちの方だか。

 この世界は本当にオモシロイ。


 このオモシロイ世界に、私の子供【ぼう】を残すことができたなら、どれほど幸せだっただろう。


………………

…………

……


 ロイの安らかな死顔を見る。

 

 私が焼き払おうとした世界を見事に立て直してくれた。

 前の世界では失敗したと言っていたけど、この世界ではやり遂げる事が出来たのだろう。


「イブ様。申し訳ありませんが、よろしいでしょうか」

「分かっているわ。準備をお願い」


 部屋に集まったのは、デニム、ジーン、テクス、フィリップ。

 今の【魔王城】の職員だ。


 テクスはエスタンシア帝国出身の医者。【焚書ふんしょ】に抵抗して国を追われたのをロイが雇った。

 フィリップは元職員のルイス夫妻の息子。子供が独立したので、親の介護のため【魔王城】に来て定住した。

 そして、ルイスは2年前に、マリーは1年前に息子に看取られて逝去した。


「かなり【大きく】するから、部屋を片付けて頂戴。あと、天井も手筈通りに」

「了解です」


…………


 ロイの遺体を床に降ろし、部屋から家具を運び出して場所を空ける。

 そして、部屋の天井を取り外して、【魔王城】中二階の【集会場】と空間を繋げる。


 これで、【大きく】してしまっても大丈夫だ。


「皆。いままでありがとう」

「イブ様。本当に、申し訳ありません」


 ロイの亡骸の上に座って、部屋の入口近くに並ぶ【魔王城】メンバーに別れを告げる。


 私はこれからロイに対して禁術の【死者蘇生法】を行使する。

 【魔王】を名乗ったロイを、私の命と引き換えに本物の【魔王】に改造するのだ。


「術を完遂した後、私の亡骸はどうなるか分からない。でも、もし形が残っていたら【地獄】に繋がるあの【井戸】に落として頂戴」

「了解しました……」


 あの中に遺体を捨てていい物かどうかは知らない。だけど、そうすれば【ぼう】に会える気がする。

 【地獄】の底で、【ぼう】と一緒に安らかに眠りたい。


「そろそろ始めるわ。【魔王城】から離れて。結構時間がかかるはずよ」

「了解です……。申し訳ありません。そして、ありがとうございます」


 バタン


 皆が離れたことを確認して、術を起動する。


 【死者蘇生法】。又の名を【魔王降臨術】。

 【終末魔女】だけが使える禁術で、破滅の危機に瀕したこの世界を存続に導く【魔王】を降臨させる術。


…………


 思っていたより早く最初の段階は完了した。

 【回復魔法】の応用で、ロイの遺体を基に【魔王】に相応しいバケモノの身体を作った。常人の3倍を超える巨体と、【鬼人】に匹敵する怪力。そして、純血の【獣人】に近い魔法適性。

 最強の【魔王】だ。我ながら傑作だ。

 

 ロイがこの姿で目覚めた時に暴れないように、顔にはちゃんと立派なヒゲを残してある。

 新しい身体、気に入ってくれるといいな。


 創り出した巨体の上で寝そべりながら、ふと思ってしまう。

 このロイと一緒に、ここで悠久の時を生きてみるのもオモシロイかもしれない。


 だけど、それはできない。許されない。


 今の私は【人の味を覚えた獣】だ。

 両脚を失ってはいるけど、前足と魔法だけで人間を簡単に【捕食】できてしまうバケモノだ。

 【外洋人】に育てられたと言っても、私の本能は【弱肉強食】で生きる【獣】だ。【捕食】できる【獲物】を喰うのに躊躇は無い。

 人の味を覚えてしまった私は、ダメと言われなければ【さけ】と同じように人を食べてしまう。そんな私との共存を人間が受け入れるわけがない。


 今の私は、この世界で生きていてはいけない存在なんだ。


 何処で間違えたのか。

 今なら分かる。あのアホに【雨乞い】を頼まれたあの時だ。


 シーオークの混血者と交われば最強の子孫が残せる。そう長老から聞いていた。

 私は【終末魔女】の役割を預かっていて村から出られなかったけど、あの日、条件を満たすあのアホが向こうから来てくれた。

 なんとしてでも捕まえておこうと思った。


 【生贄】は必要だったけど、村から帰してしまうと次があるかどうかわからない。だから、あのアホを寝かせて【生贄】にして、蘇生したついでに欲しい物を頂こうととっさに考えた。

 そして、私は【禁忌】を侵した。


 人の味を覚えた獣は、人と共生はできない。

 私はあの時すでに、生きることが許されない存在になっていた。


 だけど、この世界は誰かが見守らないといけない。

 どうしようもない人間達は、ちゃんと見張っていないと些細な事から勝手に破滅に転がり出してしまう。

 今の平和も、国境沿いに居座る【魔物】達の脅しと国境分断で成立している脆い物。この均衡はいつか崩れる。その時には【独裁者】が必要だ。


 だから、その役割をロイに頼みたい。

 【魔王城】職員もそれを望んでいる。

 仕事をやり遂げて安らかな眠りについたロイの【たましい】を、不老不死のバケモノの身体に呼び戻す。


 酷いことだとは思う。

 でも、私はここでは生きられない。

 このオモシロイ世界を守るにはこうするしかない。


 ロイの新しい身体に【たましい】を結合する術を起動する。

 命と引き換えの最終工程だ。


…………


 乗り心地の良いロイの巨体の上で、半日ぐらいは経過しただろうか。


 ロイの【たましい】が私の【たましい】を押し出しながら身体に入って来る。

 両腕と太腿ふとももの感覚が無くなって、意識がだんだん遠くなってきた。


 ロイの上で、ぼんやりとあのアホの事を思い出してしまった。

 あのアホは私に食べ物をくれた。

 私の夢に協力してくれた。


 もし私が外洋人のように生きて【出産】できる身体だったなら、あのアホと【ぼう】と一緒に【家庭】を作ってここで生きてもいいかなと思っていた。

 そのぐらい好きだった。


 なのに、あのアホは後ろから私の両脚を斬った。


 信じていた相手に、いきなり後ろから斬られた。

 あのアホは、私の【たましい】に深く【恐怖】を刻み込んだ。


 私はあのアホが恐い。

 あのアホを思い出すたびに、後ろから斬られた瞬間が脳裏に蘇る。

 その恐怖から逃げるために、何度も世界を焼き払おうとした。


 あのアホを殺すのは簡単だけど、殺しても恐怖は消えない。

 でも、ロイと居るときだけは、その恐怖を忘れることができた。

 私が恐怖を忘れるためにはロイが必要だ。


 あのアホは首都で生きている。

 ロイが居なくなったら、あのアホはここに来るかもしれない。

 そう考えると恐くてたまらない。


 もし目の前にあのアホが現れたら、私はこのオモシロイ世界を焼き払ってしまう。


 ロイが居ればあのアホを追い払ってくれる。あの恐怖を追い払ってくれる。

 でも、ロイが居ないと私は恐怖を忘れることができない。


 ロイが居なければ、私はここで生きられない。

 ロイが居ないなら、私はここで生きていてはいけない。


 だから、私の命をロイに預ける。

 私の代わりに、オモシロイ世界を守ってもらう。


 術は続く。

 ロイの【たましい】で私の身体が満たされていく。

 もう少し時間がかかりそう。


 ぼーっとしてきた意識でいろいろ考えてしまう。


 脚がある頃も、脚が無くなってからも背負われる事は多かった。

 背中の乗り心地は、あのアホが一番良かった。


…………


 ロイの上で術を続けて、どのぐらい時間が経っただろうか。

 もうすぐ完遂だ。


 私の【たましい】が全て剥がれると同時に、【魔王】の身体にロイの【たましい】が注入される。

 私は見届けることはできないけれど、うまくいきそうな感触がある。


 【魔王誕生】だ。


 視界が暗くなる中で、部屋の隅の方にうっすらと何かが見えた。

 

 女だ。


 着衣の無い身体で、何かの上に座った女。


 【串刺し】にでもされているかのように背筋をピンと伸ばして、両手を振り上げて、大口を開けて絶叫している。


 私と同じように、両脚が無い。

 大きく開けた口の中の【歯並び】は私に似ている。

 でも、あれは私じゃない。私の知るこの村の女でもない。


 彼女は【大きい】。そして【美しい】。

 あれは、私が夢見た理想の姿。

 私が憧れた【イイ女】の姿だ。


 彼女の姿が薄くなる。

 私の【たましい】が身体から剥がれる。


 私はもう終わり。


 最期にいい物を見せてもらった。

 せっかくだから、私が密かに抱いていた【野望】を彼女に託そう。


 【未来永劫みらいえいごう子孫繁栄しそんはんえい

●オマケ解説●

 熊の習性。実は臆病。

 最強クラスの身体能力を持っているくせに、バッタリ人間と遭遇すると恐怖のあまり【窮鼠猫を噛む】みたいなテンションで襲って来る。熊なのに。

 正直たまったもんじゃない。


 本能的に強い子供を求める女達。【夫】以外の混血者から【獣人】の血筋を貰う。

 一般的に【不倫】とか【托卵】とか呼ばれるダメなやつだけど、生存能力や魔法適性などの明確な優位性を目の当たりにすると、【夫】も黙認するしかないのです。

 【原住民】の根絶を企てた【外洋人】は同族の女に【根絶】されました。


 女に振られるパターンは数あれど、【恐い】と思って振られるのは最悪パターン。

 こうなってしまうと、もう友達にも戻れない。やり直すには生まれ変わるしかないやつです。

 女性を恐がらせてはいけません。とっても大事な事ですよ。


 そして、唐突に出てきた【串刺し】の女。

 彼女は【臨死りんし】で遠くに行っていたと思っていたようだが、【魔王城】1階東側の部屋なので、実は同じ場所。

 時を越えて【野望】を受け継いだ彼女達の関係は如何に。

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― 新着の感想 ―
突然のチョビヒゲさんの死。いきなりで驚きました。 それで本当に魔王誕生になるわけですね。 エヴァ嬢がヨライセン君に対して、そんな恐怖心を抱いていたとは!! ちょっと意外でした。 エヴァ嬢が見たのは次の…
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