12月 6日 会長の卒業(4.1k)
【魔王城】の山のふもとにある【錬金術研究会】で、【魔物】量産の技術を確立した僕は、苦労を重ねて【世渡り上手】になったロクリッジ技師長。
ロイ総統がヴァルハラ川流域視察のために出張に行っている今のうちに、かねてからやりたいと思っていた新技術の研究に挑戦中だ。
実は、【魔物】には世代がある。
第一世代は、ロイ総統が宝石を媒体に創り出した【会長】一人だけ。
そして第二世代は、拾ってきた変な剣の残骸から作った量産仕様。これは三千人ぐらい作って、今は【魔王城】周辺の雑用や国境線の封鎖に活躍している。
剣の残骸は使い切ったし、ロイ総統は【魔物】の量産はもういらないと言ってるから、ロイ総統から命じられた仕事は終わっている。
だけど、僕は自分の意思で【魔物】の研究を続けている。
【魔物】を作るには、媒体となる材料に【生命の波動】を付与する必要がある。これはあの御方にしかできない。
この工程を技術で再現するのが今の僕の目標だ。これができれば、僕は自分の力で【魔物】を創り出すことができる。これが【魔物】の第三世代だ。
【魔法】も使えず、ロイ総統の言う【魂】を見ることもできない僕だけど、知恵と工夫で【魔力発電】の原理を造り上げた実績がある。
【魔法】は血筋とか天性の力が必要だけど、【技術】は誰でも努力で習得できる物だ。この【技術】こそが、原理的に可能な物であればどんなものだって再現できる究極の力だ。
僕はそう信じている。
今日も【魔王城】の食堂で朝食を頂いてから、ふもとにある【錬金術研究会】の【研究所】に戻ってきた。
お腹もいっぱいになって準備が整ったので、これから第三世代の【魔物】を創り出す実験を行う。
ロイ総統が【魔物】を作るときに、【生命の波動】が付与された材料を【フロギストン流束計】でこっそり測定した。その結果より、【生命の波動】が特定の周期を持つフロギストンの波動であることを突き止めた。
そして、その波動を維持できる材料には心当たりがあった。
その材料に【生命の波動】を付与する方法を考えた。その結果、糸巻きを改造した回転機械にフロギストン吸蔵合金を固定した道具を使うことで、フロギストンの波動を疑似的に再現できることが分かった。
これを使うことで、波動を維持できる材料に【生命の波動】を付与できる。これさえあれば、【魔物】を僕の力で創り出すことができる。
糸巻きを改造して作ったので、【生命の糸巻き】と名付けた。
材料を【生命の糸巻き】の軸受け近くにセットし、ハンドルを握って回転子を回す。
ガシャン ブィーン ブィーン
僕には直接見えないけど、フロギストン流束計が波動を検知していることが分かる。回転数が規定値に達したのち、それをしばらく維持すれば、材料に【生命の波動】が付与できる。
僕だけの【魔物】が生まれる。
バターン
「何をしておる。ロクリッジ!」
「ロイ総統! 何故ここに?」
やばい。ロイ総統に見つかった。
この研究は、絶対やめろと止められてたんだ!
「愚か者め。余は言ったはずだ。それは世界の存続を揺るがす危険があると!」
「ぐっ! リスクを取らなければメリットは得られません! 技術はチャレンジの繰り返しで進歩するものです!」
「ヴァステン! 【技術者】というのはなんでどいつもこいつもトチ狂ったことをしだすのだ! 余の前の世界でもそうだった。世界を滅ぼしかねない破壊力など【兵器】ではないと言ったのに、研究を進めたがるバカが居た」
「それが【技術者】という物です! 可能性があるなら、それを実現しようと努力するものです! それこそが夢とロマンなんです!」
「【破滅】の可能性を夢とロマンで実現しようとするんじゃない! 傍迷惑極まりないわ!」
「技術の価値は使い手次第です! 破滅をもたらす力でも、正しく使えば人々の生活を豊かにする技術の礎となるのです!」
「貴様等はそれで世界を滅ぼしかけたんだろうが! まだ懲りとらんのか!」
「夢の実現のためになら、僕は何度でもチャレンジする! それが【技術者】だ!」 シャキーン
「ファーゴオットォォ! 話にならん。その邪悪なガラクタ余が叩き壊してくれるわ!」
「僕の夢は邪魔させない!」
ガキーン バキーン ガン ギン ゴン
ロイ総統が【バールのような物】を持ち出してきたので、僕も鉄パイプで応戦。例え上司であろうとも、僕の夢は邪魔させない。
ブィーン ブィーン ブィーン
あと少し。【生命の波動】が起動すれば僕の【魔物】が誕生する。そうすれば、ロイ総統を撃退してくれるはずだ。
ガキン ギリギリギリギリ
一歩間違えば本当に死ぬアブない得物で、ロイ総統とチャンバラ格闘戦。
だけど、【技術者】として負けるわけにはいかない。
「【魔力】も【魂】も感知できないくせに、貴様は何を考えてこんな危険な事をするのだ」 ガキーン
「天性の才能を持たない者でも、努力で力を得られることを証明したい! それが僕のアイデンティティだ!」 ガコーン
「若さと心意気は良いが、今回はあきらめろ。【魂】は貴様に扱えるようなものではない!」 ガン
「やってみなければ分からないさ! ロイ総統にだって出来たんだ!」
ゴキーン ギリギリギリ
「死後の【魂】について語るのは禁忌であったから黙っておったが、死後も原型を維持できる屈強な【魂】は稀だ」
「それがどうだと言うのです」
「今まで作った【魔物】は、死を越えて知性を保っている屈強で崇高な【魂】を【英霊】として選んでいたのだ。これは余にしかできん」
「【魂】の選定なんて、【神】にでもなったつもりですか!」
「誰が好き好んで【死神】の真似事などするものか! 貴様がこんなバカな事をしなければ秘密を墓まで持っていったものを」
「それが可能であるなら、僕は技術で再現するだけです。【英霊】を選定する、僕だけの【戦乙女】を創り出して見せる!」
「この【変態錬金術師】め。だったらそれを先に作ってからにしろ! あるいは他所でやれ!」
「技術の進歩には試行と失敗の積み上げが必要なんです! 最初から全部うまくいくなんて【都合のイイ話】はあり得ません!」
「多くの戦死者が出たこの地には原型を失った魂の残渣が多数漂っておる。その中には、理性を失い狂気に満ちた【怨】も多い。生者に憑りつき狂気を与えるほど危険なものだ。それが【魔物】に変化したら、取り返しのつかないことになるのだぞ!」
「僕に力をくれるならどんな【魂】だってかまいません! 僕だけの【魔物】の軍勢を引き連れて、僕を騙して見下した連中に【お礼参り】をしてやるんです!」
「貴様! 【怨】に取り憑かれておったのか!」 ガビーン
ブン ヒョイ ガン バキン ゴン ガン ガキン ゴキン ガン
ロイ総統と危険な得物でチャンバラ。
今はとにかく時間をかせぐ。
ブィーン ブィーン ブィーン バチバチバチ
【生命の糸巻き】が震える。もうすぐだ。
【生命の波動】が起動すれば、僕だけの【魔物】が動き出す。
そうすれば、ロイ総統なんてイチコロだ。
そして、【魔物】を連れて首都に【お礼参り】だ。
僕を騙して、文無しにして【借金漬け】にしてくれた連中に、【技術者】を粗末に扱った報いを与えてやるんだ。
ガン ゴン ギン ブン ヒョイ シュタタタタ バコン ガン ゴキン
ガキン ギリギリギリ ゼーハー ゼーハー
ロイ総統が息切れしてきた。年配の方だし、大柄で太ってるからスタミナが不利なんだな。
気の毒にも思うけど、僕の夢のためだ。ここは勝たせてもらう!
「ファーゴット! 余でも、歳には勝てんか」
「これが夢を追う【技術者】の力です!」
「ヴァステン。波動に誘われて【怨】が集まっておる……。【英霊】はもう近くには居らんか。これだけはしたくなかったが、やむお得ん」
「何を言っているか分かりませんが、どうやら僕の勝ちのようですね」
「ロクリッジ。とことん罰当たりな貴様に、面白いことを教えてやろう」
「なんでしょう」
「あの娘、あのナリで問題なく酒が飲める歳だぞ」
「ブフッ!」
…………
全身の痛みで目が覚めたら、【研究所】が燃えていた。
僕は【研究所】の近くの、座るのに丁度いい岩の近くに転がっている。
投げ出されたのか何なのか、背中が特に痛い。
実験機材、研究成果、僕の夢が詰まった【研究所】が、灼熱の業火の中で溶岩の池に焼け落ちていく。
この熱量は燃焼反応じゃない。【火魔法】だ。
激しい【怒り】が込められているようにも感じる。
これが、人の道を外れた研究に挑んだ報い。
【天罰】か。
「おい、ロクリッジ」
上の方からロイ総統の声。
見上げると、木の太い枝に脚が引っ掛かって、逆さ宙吊りになっているロイ総統が居た。
「貴様はクビだ」
ですよねー。
またクビになっちゃったよ。
でも大丈夫。失敗を何度も経験した僕は【世渡り上手】だ。
このまま手ぶらで【魔王城】に行ったら【生焼け】にされる。
でも、ヴァルハラ川で卵を抱えた【鮭】を捕まえてから行けば、【退職金】がもらえる。これが【世渡り上手】だ。
山を下りて、ソンライン市長の所に行こう。領主になったと聞いた。
長旅になるけど、街まで行けばなんとかなる。
林の中に【会長】の姿を見つけた。
心配して見に来てくれたのかな。
僕はもう大丈夫ですよ。【会長】のおかげです。
長らくお世話になりました【会長】。
本当に、お世話になりました。
●オマケ解説●
【技術者】だったら、仕事でメインテーマ以外にも自分で考えたネタをこっそり温めてみたりするよね。そういうのが後で花開くこともあるから、上司も黙認してみたりとか。研究開発部署あるあるですよ。
【魔物】の秘密。実は選ばれた【英霊】だった。
でも、コレの制御は元・総統閣下にしかできない。
【魂】も【魔力】も見えない【技術者】は不純な動機でそれを疑似的に再現しようとして、世界を危険に晒してしまう。
そして、小柄女性の歳を聞いてうっかり笑う。
【天罰】に相当する失礼ですね。
この後二人でヴァルハラ川に【鮭】を獲りに行ったとか。
彼はこの後、ヨセフタウンに移住し、混血者の女性とお見合い結婚して子供を授かる。
その子供達はいずれ自立し、ユグドラシル王国北東部を中心に散らばって、各地で家庭を持ち、多くの末裔が残る。
その末裔の一人が、ルクランシェ。
魔王歴84年に次代【魔王】に連れられてこの地に来るあの青年。
それはそれとして。
【技術者】は社会の礎を護る存在であるべき。たとえ世間でどんな不遇な扱いを受けたとしても、越えてはいけない一線がある。
こういうのを専門用語で【技術者倫理】という。




