8月12日 俺様 掘られた(5.5k)
この国の【王】となり、キツネやソンライン市長に助けられながら【国造り】に励みつつ、閉鎖された王城区画内で多くの獣人娘達と同居している俺は、【鬼人】シーオークと外洋人の混血の王、通称【ヨー王】。
地下室で【大奥】をするはずが、キツネを怒らせたことが原因で【お食事会】になり、そこで獣娘の群れに【踊り喰い】されてしまった。
「…………」
目が覚めたら、ベッドの上だった。
頭がぼーっとするけど、とりあえず身体を起こす。
「お目覚めのようね」
「!!」
キツネの声が聞こえて、脳内に【踊り喰い】の夜が蘇る。
満面の笑みで俺の膝関節を噛み砕く【トラ耳】。
俺のつま先から【火魔法】で黒焦げにして齧り付く【豹耳】。
あちこちから噴き出す鮮血を大喜びでスープ皿に集めて飲む【ウサギ耳】。
皮膚をしゃぶるように齧り取っていく【犬耳】。
俺の脇腹から顔を突っ込んで【内側】から齧る【キツネ耳】。
激痛を越える激痛の繰り返し。だけど意識は途切れない。
千切られ、抉られ、折られ、砕かれ……。
そして、【回復魔法】で復元されたら、先頭メンバー交代で……。
入れ替わり立ち代わり、何度も、何度も、なんか最後の方は、たくさんの毛むくじゃらのモフモフにまとわりつかれて、【地獄】と【天国】を際限なく往復したような……。
ベチーン 「痛てっ!」
キツネの尻尾で顔面を叩かれた。
「起きるなり呆けないで頂戴」
叩かれた痛みで意識が少しはっきりしてきた。
「キツネか」
「キツネよ」
意識がはっきりすると、すごい空腹を感じた。
喉もカラカラだ。
「5日も昏睡してたんだから空腹でしょ。キッチンカートに水と乾パンがあるから、先ず食べて頂戴」
「俺は、5日も寝てたのか!」
…………
俺は、水と乾パンを頂いてようやく落ち着いた。
「貴方は本当に【高性能】ね。あんな目に遭ったら身体は修復できても【廃人】になるものよ」
「いや、キツネがやらせたんだろ」
【王】が本当に【廃人】になったらどうするんだ。
「自業自得よ。発言をする前に考えるように何度も言ったわよね。【若作り】とか【年増】とか【高望み】とか【行き遅れ】っていうのは、女性に対して失礼な言葉なのよ」
「そうなのか。知らなかった……」
「どう思われるか知らないなら、そういう言葉を口に出すものじゃないの。だいたい、どこで覚えたのよ」
「以前読んだ【月刊☆みそじにすと】っていう本に書いてあった」
「……あの【タヌキ】の仕業ね……。後でお仕置きが必要だわ」
叩くのはもう十分じゃないかなぁ。
「まぁでも、おかげでいい【お食事会】になったわ。千年生きた中で最高の一夜だった。【千年級極上料理】よ。皆も満足していたわ」
「……そうか。満足してもらえたか。だったら、二度目が無いことを祈りたいな」
「それは貴方次第よ。祈るんじゃなくて、行動で示しなさい」
態度次第では【二度目】があり得るということか。
風貌は外洋人の女性とあんまり変わらないけど、俺の骨や肉を簡単に噛み砕く歯並びはもはや恐怖でしかない。
「獣人女は本当に恐ろしい……。少しは外洋人の女性を見習ってほしいよ」
外洋人の女性は優しくて働き者だ。家を守るのが仕事だからあまり外で働かないらしいけど、街の復興を行う中で必要な時は炊き出しなど積極的に協力してくれた。
非力ながらも健気に生きる姿は、なんとなく庇護欲をそそる。外洋人の男達が妻を守り養うことに生きがいを感じるのが分かる気がする。
「……【王】は外洋人の女性がお気に入りのようね。だったら面白いことを教えてあげるわ。まぁ、コーヒーでも飲みなさい」
「面白いこと? まぁ、とりあえずコーヒーは頂こう」
キッチンカートにあるちょっと冷めたコーヒーを頂く。
「外洋人の子供って、1割ぐらいが夫の子じゃないのよ」
ブーーーーーーーッ ゲホッ ゲホッ
「なんだと! それは【不倫】じゃないのか?」
伴侶以外と子供を作るような行為は【不倫】とされて重罪だ。発覚した場合は、男女に関わらず重い刑罰が科せられる。
稀だけど、そういうことをした男が残念な余生を送ってしまった例は聞いたことがある。でも、女性がその罪を犯した話は聞いたことが無い。
外洋人の女性は男に比べて倫理観が高いと感心していたけど、違うのか?
「本来は【不倫】だけどね。でも、女がそれで刑を受けた例は無いわ。千年生きた私が言うんだから間違いない」
笑顔で夫を支える妻。でも、その一部は、夫以外の子供を産んで、夫に守られながら夫の子供として育てている。誰一人【不倫】の罰を受けることもなく。
「怖いな……。でも、何でバレないんだ?」
「分かっても、言ってはいけないことになってるの」
なんか、キツネが遠い目をしてよく分からないことを言いだした。
言ってはいけない事?
「私達は匂いとかでそういうの分かるのよ。だから聞いてみたことあるの」
「【獣人】だからか。聞いてみてどうなったんだ?」
「街から追い出されたわ」
「うわっ! 街から追放された原因はそれか!」
「あれは辛かった……。子供の頃から仲良くしていた娘達から一斉に敵視されて。町に住んでた【獣人】全員追い出された。私が余計な事を言ったばかりに。皆に申し訳なかったわ」
「酷いな。子守とかで子供の頃からお世話になってた相手にそんなことするなんて」
「それは彼女達にとって触れてはいけないことだったの。純血の外洋人だけじゃなくて、混血者も同じよ」
「混血者の女性もか。怖いな」
「でも、彼女達も一方的に追いだしたのはちょっと悪いと思ってくれたのか、その後【ホストクラブ】を作ってくれて、【獣人】の女に外洋人の男を紹介してくれたわ。まぁ、私は追い出されてて通えなかったけど」
ちょっと待てよ。
キツネは絶賛しているけど、父さんによるとあの【ホストクラブ】は本来、原住民根絶最終作戦のための施設だ。
【獣人】や【鬼人】の女が外洋人の男と交配すると高確率で死亡する。その制約を利用して、街中に居る原住民を根絶するために作ったものだ。
まさか、夫以外の子供を産んでいることを隠すため、外洋人の女性達が結託して、それを見破ることができる【獣人】を根絶しようとしたのがこの作戦の発端か?
「……外洋人の女性。本当に怖いな……」
「怖いからか何なのか、外洋人の男達もそれを黙認してるのよ。あれはあれでスゴイと思うわ。あんなことされたら【獣人】の男なら母子ともに殺すわよ」
「本当に気付いてないんじゃないのか?」
これは知らない方が幸せだと思う。
「純血の外洋人同士の夫婦で、子供が【魔法】を使えるようになったのに、気付かないなんてあり得るかしら」
何らかの【魔法】が使えるのは、原住民と原住民の血を引く【混血者】だけっていうのは一般常識だ。
魔法適性の有無は外洋人は結構気にするから、妻が混血者か否かを知らずに結婚することはあり得ない。
どう考えても気付かないわけはない。
「夫も黙認しているのか。そして、俺みたいに【種】扱いされた混血者の男が他にも居たってことか?」
「強い子孫を産みたいと思うのは女の本能だから、分からなくはないのよ。実際、父親と血のつながりのない子供は優秀な子が多かったし。魔法適性あると重宝されるのも確かだし。だけど、男の【不倫】を容赦なく断罪しながらも、そういうことを平然とできる神経は怖いと思ったわ」
「ありがとうキツネ。この世界で本当に恐いのが誰かよくわかった」
「分かったなら、【王】として気を付けなさいよ。これに関連する【失言】は国が亡びる原因になり得るわ」
そんなバカなと言いたいけど、触れて欲しくない真実を隠すために原住民根絶を企てるぐらいだから、国を滅ぼすぐらい本当にやりそうな気がする。
これは絶対に明らかにしてはいけない【不都合な真実】だ。
でも、俺が黙っていたとしても、何らかの理由で表面化する危険性は高い。
【魔法】は原住民の血を引いた人間しか使えない。
【不倫】は重罪とされるこの社会で、純血の外洋人夫婦に【魔法】を使える子供が居るという矛盾。
これは手を打っておかないと、後々厄介な問題につながる気がする。
【王】として考えねば。
「そうそう、3日後に【式典】をするそうよ」
キツネが、俺が噴き出したコーヒーで汚れた書類を渡してきた。
3日後の8月15日に、【王】の即位と【終戦】を宣言する式典を行うということで、その式典の式次第が書類にまとめられていた。
「貴方が動けないから、王城区画外と連絡取るのが大変だったわ」
「それは悪かった。だったらどうやってこの書類を持ち込んだんだ? なんか打ち合わせとかした痕跡あるけど、誰かが代わりに会議に出席してくれたのか?」
「【タヌキ】に丸投げしてやったわ。【タヌキ】なだけに穴掘り得意よ」
【タヌキ】って言うのは、緑色の服を着たグラマラスな【エルフ】の事だな。
なんで【タヌキ】なのかは分からないけど、穴掘り得意ってことは、王城区画外に通じるトンネルを掘って出入りしたのか。
俺が倒れている間、仕事の代行をしてくれたのはありがたい。
次会った時にはお礼を言おう。
「首都の主要な通りでパレードするのか。すごいお祭りだな」
「貴方はパレードフロートの上に乗るのよ。晴れ舞台で醜態晒さないように【王】らしい振る舞いの練習をしておきなさいよ」
細かくまとめられた式典の資料を読む。
全国民に【終戦】と【新しい時代】の開始を知らせる【建国式典】。
そこで、新しく制定した【憲法】も発布される。
この式典が、世界の歴史の節目だ。
記念すべき日に思いを馳せつつ、俺が載る予定のパレードフロート上の配置図を見て、マズいことに気付いた。
俺の隣に【もう一人】立つことになってる。
そうだった。先月、そこに立つ一人を連れ帰るということで、ソンライン市長達にいろいろ用意してもらったんだ。
その後どうなったか誰にも言えなかったけど、そういう人が居るって考えるのが自然だよな。
ふと部屋の壁を見ると、エヴァ嬢と【魔王】らしきヒゲオジサンの【肖像画】が額縁に入れた状態で飾られている。
この部屋はキツネの部屋だけど、あれ、ここに飾るんだ。
キツネを見る。
頭の上のキツネ耳がピクピク動いている。
これをとんがり帽で隠せば、キツネは外洋人と区別がつかない。
9本の長い尻尾はスカートの中に隠してある。
またあの【肖像画】を見る。
思わず、ため息が出る。
「ハァー、仕方ない。この際、キツネが【王妃】ってことでいいかー……」
ヒュン バッ スカッ
【殺気】を感じたのでとっさに飛びのいたら、キツネの【尻尾】が俺の居た場所を掠めた。
あの尻叩きだ。
「いきなり何するんだキツネ!」
「フフフフ。今、貴方が何を言ったか、思い出してみなさい」
尻尾を1本スカートの下から出してグネグネと動かしながら、キツネが何か怒っている。
危険な尻尾の動きに注意しつつも、考える。
「えーと、何だっけ。キツネは何が気に入らなかったんだ?」
「千年生きてて、こんな最低最悪な【プロポーズ】初めて聞いたわ!」
あっ。そうか。【王妃】にするってことは、そういうことか。
「すまん。キツネ。食べ物を用意するから【尻叩き】は勘弁してくれ」
ヒュン スカッ
キツネの尻尾が向かってきたので、さっと避ける。
この尻尾。正面から来るなら回避できるな。
「貴方は何処までもダメね。何度生まれ変わっても、性懲りもなく同じように女を怒らせそうな気がするわ」
「そこまでかよ!」
ヒュン スカッ ブン ヒョイ シュッ バッ
危険な尻尾を回避しながら逃げ回る俺。
キツネと対峙しながら少しづつ部屋のドアの方に向かう。
あの尻尾の動きは速いが、正面からなら避けられる。
もう床で悶えるのは嫌だ。なんとかして回避しよう。
「空腹だろ! 食べ物取って来るから!」
ヒュバッ ガッ
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
キツネに背中を向けてドアから出ようとしたら、6本の尻尾が足首と膝と肘に巻きついた。
「放してくれキツネ! 食べ物を……!!」
拘束された状態で振り向いてキツネの顔を見て、俺は失敗に気付いた。
【背中を向けて逃げてはいけない】
「…………」 フー フー
キツネの目が【獲物を見る目】になっている。
エヴァ嬢もそうだった。背中を向けて逃げる者を見ると、興奮して手段を選ばず捕獲しようとしてしまう。
これは【獣人】共通の習性だったか!
「キツネ。食べ物。食べ物持ってくるから。だから、今は。な」
説得を試みるも、キツネの【捕食者モード】は変わらず、7本目の尻尾が後ろから俺の脚の間に迫る。
「……コレすると後で尻尾洗わなきゃだけど、【叩き】が嫌なら【掘る】って言ってあったし、それに【王妃】に選ばれたんだから、仕留めて1本ぐらいオカワリしてもいいわよねぇ……」 フー フー フー
「一体何を」 ヒュッ ズボッ
あんぎゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁ!
●オマケ解説●
酷い。もう酷い。なんて酷い。
後で尻尾はちゃんと洗ってね。王のズボンも直してあげてね。
ダメプロポーズの報いとして、立ったまま真下から【掘られた】王。仕留めた獲物をこっそり頂く【王妃】様。
賞味されたということは、プロポーズとしては成功だ。式典までに立てるようになれたらいいね。
そして、外洋人女性のとんでもない【不都合な真実】。
夫婦関係は大事だけど、強い子供が欲しい。
それを両立させるための知恵。通称【托卵】と呼ばれるダメなやつ。夫もある意味共犯なので問題ないようにも思えるけど、それだと【魔法】適性の説明がつかなくなる。
国の根幹を揺るがしかねない大きな歪を【王】はどうやって解決するのか。
ちなみに、王が今回やらかした罪。
女性に対してやっちゃいけないことの一つ。
世界によっては【刃物】や【機銃掃射】が出てくるアカンやつ。
こういうのを専門用語で【同棲相手に冗談でプロポーズ】という。




