6月21日 会長の再会(3.6k)
【錬金術研究会】を退職して首都に帰ってから散々な目に遭い続けた僕は、さすらいの技術者ロクリッジ。
首都で魔力応用兵器研究の罪で投獄されて、王が交代したとかで恩赦があったと思ったら、他の3人と一緒に山の中まで連れてこられて吹っ飛ばされた。
風魔法か何かで空高く打ち上げられて、落ちたのは林の中。
木がクッションになって、何とか死なないように着地したけどあちこち痛い。
道の無い林の中で迷子になっていたら、ちょっと開けた場所があった。座るのに丁度いい岩があったから、持ってきた寝袋を使ってそこで一夜を明かした。
携帯食料で朝食は済ませたけど、もう手持ちの食料は無い。
「帰ろうかな……」
僕を吹っ飛ばしたメイド服姿の脚の無い小柄な女性。
強力な魔法を使えるようだけど、もうひたすらに恐い。
ここに居たらまたひどい目に遭いそうな気もする。
「帰れないか……」
僕だって分かってる。
帰る手段も無いし、帰る場所もない。
ここから首都まで歩いて帰るなんて無理だ。
岩の上に座って途方に暮れていたら、林の方から物音。
野生動物かなと思って警戒していたら、人影。
「ここに居たのか若造。探したぞ」
林から草をかき分けて出てきたのは、薄い七三分けにチョビヒゲ、作業服上下を着たやや長身で太めのオジサン。
「ロイさん! 助かった!」
「落ち着け。あと、余の事はロイ総統と呼びたまえ」
「総統ですか? それは何の役職名ですか?」
「総統は【王】のようなものだ。余が総統になって、ちょっとここに【国】を作ろうと思ってな」
再会するなり、とんでもないこと言い出した!
でも、両国が混乱している今の状況だったら【国】ぐらい作れそうな気がする。
「国名は【第三帝国】だ。どういう国にするかは、追々話そう。焼かれたり吹っ飛ばされたりした君達が初代の国民だ」
国名がなんかそのまんま。確かに国が二つしかないから、【第三帝国】は不自然じゃないけど、もうちょっとがんばってもよかったんじゃないかな。
そして、僕達が初代の国民。それは栄誉なのかな?
そうだとしたら、言いたいことが一つある。
「ロイ総統……」
「なんだ、若造」
「国民は、もうちょっと大事にして欲しいです」
「……それは君達の努力次第だ」
ロイ総統が遠い目をしている。
この国で本当に恐いのは誰か分かった。
気を付けよう。生き残るために。
「若造は、魔力応用技術の研究をしていたと言ったな」
「はい。かつては【錬金術研究会】で【魔力発電】の原理を研究していました」
「そうか。それは頼もしい。余も魔力応用技術の研究をしておってな。完成させたい技術があるから、その研究の助手として務めてほしい」
「どんな研究なんですか?」
「まぁ、見ればわかる」
ロイ総統が林の中に向けて、手で合図をした。
すると、その方向で大きな何かが動いて、林の中から出てきた。
ロイ総統の2倍ぐらいの身長で、黒い靄を纏った、二足歩行の巨大なバケモノ。
木の板等の建材を抱えている。
「魔法で創り出した無生物のバケモノ【魔物】だ。イブには【オバケ】と呼ばれてしまったが、まぁ、似たようなものかもしれん」
巨大なバケモノ。
大きさだけなら純血のシーオークでもこのぐらいの人居たけど、なんか全然違う。
その【魔物】が、持っていた建材を地面に降ろした。
そして、額の汗を腕で拭くような仕草。
汗をかいているようには見えないけれど、動きがやたら人間くさい。
何となく、その雰囲気に既視感を感じる。
まさか、このバケモノは……。
「会長!?」
「ほう。若造には分かるのか」
「会長なんですか! 僕です! 【錬金術研究会】で技師長をしていたロクリッジです!」
近づいたら、【会長】は後ずさった。
「若造。それに触れるなよ。生身の人間が触れられるようにはできておらん。大怪我をするぞ」
「そんな……。何故こんな姿に……」
「【魔物】は死者の【魂】から創るのだ。これは禁忌ではあるが、その男はどうしてもやり残したことがあると言うのでな」
魔力発電の工事をしていた中央ヴァルハラ市が戦争で壊滅したのは知ってた。会長は無事で居て欲しいと思っていたけど、こんな姿になっているということは……。
「会長、亡くなっていたんですか。まさか、中央ヴァルハラ市で」
「若造。この男が死んだ理由、そして、都市を消滅させた大惨事の真相。心当たりがあるんじゃないのか?」
「……考えたくは無かった。でも、会長を連れてきたロイ総統がそう言うなら、それが真相なんですね……」
「そういうことだ。この男も、若造も、随分愚かしいことをしたものだな」
ヴァルハラ川流域の都市群の消滅。
それの発端となった中央ヴァルハラ市の大爆発。
確度の高い情報は無かったけれど、首都ではあれはエスタンシア帝国側の大火力魔法による先制攻撃と考えられていた。
だけど、実際は【魔力発電】の事故だったんだ。
何らかの理由で【魔力熱源素子】が【臨界点】を越えて、【炉心溶融】が発生したんだ。
あの日の大爆発さえなければ、終戦交渉は成立していた。
平和な日常が戻っていた。
考えたくなかった。そうではないと思いたかった。
だけど、突き付けられた過酷な現実を前に涙が止まらない。
「会長。ごめんなさい」
会長はゆらゆらと立っている。悲しそうにも見える。
「会長。僕が辞めたあの日、僕は会長を止めたかったんです」
「でも、分かってくれなかった。だから、つい、飛び出してしまった」
連日の激務で疲れていたのもあったし、僕が居なくなれば会長は考え直してくれるとも思ったりもしてた。
でも、その頃の僕は何もかも考えが甘かった。
「退職金を受け取って、会長と別れて、首都に帰ってからは散々でした。これで好きなことができると浮かれたけど、会長が居なかったら、僕は何にもできなかった」
自分のやりたいことをするために、退職金を元手に研究所を作ろうとした。だけど、経営感覚やコスト意識の無い僕は、ことごとく悪い人のカモにされた。
何度も騙されて、退職金は底を尽き、誰かに助けを求めるたびに騙されて、あっというまに借金だらけにされて。
借金に身内を巻き込むわけにはいかないから、親元にも帰れず、首都郊外でホームレスとして過ごした。
「お金を稼ぐことが、こんなに大変なんて知らなかった……。【錬金術研究会】では、ずっと会長に守られてたんだって。お金で苦労して初めて分かったんです」
会長は、手を差し出したけど、すぐに引っ込めた。
「結局、僕の方が卑しい守銭奴になった。借金のために、【魔力応用兵器】の開発に加担してしまった」
ホームレスとして逃げ回っていたけど、結局借金取りに捕まって【市民団体】に売り飛ばされた。
そこで、エスタンシア帝国を撃退できるだけの兵器開発を求められた。その日食べる物にも不自由していた僕は、言われるがままに技術的見通しを立ててしまった。
巨大な爆発力が欲しいなら、【魔力熱源素子】の【臨界点】を越えさせればいい。
爆発させることに特化した構造なら、トラックで運べるサイズの爆弾で都市一つを消滅させる威力が実現できる。
試算結果を見て恐くなった僕は、監督する【市民団体】の目を盗んで、新聞に出資者募集の広告を出した。
すぐに研究所に軍が駆けつけてきて、僕は投獄された。
「ごめんなさい会長。僕がバカだったんです。今思えば、会長の下で研究していた頃が一番幸せでした! 僕は、感謝を知らないバカだったんです!」
会長になじられながらも、恵まれた生活と、楽しい研究。
あの頃を思い出すと、涙が止まらない。
会長もあの巨体で俯いている。
バケモノの身体には目も顔も無い。だから涙も表情も無い。
だけど、泣いているように見える。
「話は済んだか?」
ロイ総統がちょっと離れた場所から話しかけてきた。
僕も会長もそっちを見る。
目も顔もないバケモノの身体なのに、会長の動きがやっぱり人間くさい。
「いろいろ事情はあったのだろうが、貴様等はこの世界を滅茶苦茶にした【戦犯】だ。その償いとして、余の下で世界の破滅を回避する仕事をしてもらう」
ひどい言われようだけど、その通りなので返す言葉もない。
でも、また会長と一緒に仕事ができる。
「僕は、何をすればいいんでしょうか」
「研究内容は【魔物】の量産だ。この地には、未練を残した【魂】が多数漂っている。世界の破滅を回避するために、彼等の力を借りたい」
●オマケ解説●
経営者の影口を叩く若いサラリーマンたまに居るけど、だったら自分で起業してみろと言っても、そんな力は無いわけで。
飛び出したところで、世間の厳しさに晒され路頭に迷うのが関の山。
だけどそれも若さというもの。
恩師の偉大さを知り、数多の挫折と苦労を乗り越え、男は強くなっていく。
若かった技術者の小さな冒険心もそんな人生の一つに過ぎない。
しかし、彼等の扱っていた技術は、それでは済まない代物だった。
取り返しのつかない事態を越えた後の、あまりに悲しい再会。
感謝を知った若者は、人の姿を失った恩師と共に世界を救う技術に挑む。
禁忌のツケを禁忌で補う。
彼等は許されない連鎖を断ち切ることはできるのか。
人外の姿となった会長との最初の共同作業は、研究のための小屋の組み立て。
会話はできないけど【魔物】の巨体は結構便利。
業を背負った二人の【錬金術研究会】が再始動。




