6月14日 俺様 暴君を倒した(6.0k)
ヨセフタウン発、首都救援作戦。通称【鬼作戦】の【鬼】係として【キッチンカー師団】の切り込み隊長を務める俺は、シーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。
東側都市ヨセフタウンから、首都を目指して経路上の都市を救援しながら西に進む。
エスタンシア帝国から侵入した武装集団があちこちで都市を襲撃していたけど、全部力ずくで止めた。
食料と引き換えに武装集団からトラックを貰うことができたので、そこからエヴァ嬢への【貢物】にする1台を確保できた。
力づくの停戦活動と【キッチンカー師団】による食料提供で、経路上の街や村は安定を取り戻した。
麦畑の収穫時期だったのもタイミングが良かった。
各地の農園は戦時下でも可能な限りの作付けをしていたのでたくさん実っていた。
でも、燃料の供給が無くなって農業機械の大半が動かなくなり、人手不足で収穫作業の目途が立たず農家の人達が困っていた。
停戦後の対話の中で、エスタンシア帝国側からの侵入者は大半が元農家と判明。丁度いいので人海戦術での収穫作業に加わる形で街に加わることになった。
この先どうするかは未定だけど、国土東側の地域では当面の生活の見通しは立って【キッチンカー師団】の先発隊は首都郊外まで到着。
そこで問題にぶち当たった。
【偵察班】によると、首都の暴動は未だに止まっていない。
王と政府の断罪を求める暴徒が王城区画を取り囲んで、エスタンシア帝国軍が捨てた武器で散発的に攻撃を仕掛けている。
王城区画側からの応戦や反撃は無いけど、扱いに不慣れな武器による自爆や同士討ちで犠牲者が増えていて、それで余計にいきり立っているとか。
俺達以外にも無政府状態を何とかしようと考えた人達が居て、ユグドラシル王国南部都市からも首都救援隊が編成されて首都に先に到着していた。
しかし、首都に入った先発隊が暴徒に襲われて物資を奪われて多数の怪我人が出たため、本隊も首都郊外で動けない状態になっていた。
南部都市からの救援隊と合流して情報交換を行った結果、首都の救援は今まで通りにはいかないことが分かった。
「なんにせよ、集まっている人数が多すぎるなぁ」
「そうですね。いくら俺でも、これだけの人数が暴れていると難しいですよ」
南部都市からの救援隊と情報交換した翌日の夜明け前。
野営地のテントの中でソンライン市長と作戦会議中。
「いつぞやの【市民団体】みたいに、話が通じない連中が武器を持って集まってるんだろうなぁ……。手に負えないなぁ……。嫌だなぁ……」
「ソンライン市長。トラウマあるのは分かりますが、やる気出してください。きっとみんな空腹ですよ。料理人を待ってますよ」
「そうだな! なんとか彼等を大人しく食卓に座らせる方法を考えんとな!」
ソンライン市長はやる気を取り戻してくれたけど、自暴自棄になって暴れる集団を食卓に導くのは簡単ではない。
生活も、住む場所も、家族も失い、未来への希望を見失ってしまった彼等を目覚めさせるにはどうしたものか。
「失礼する」
テントの外側から呼びかける声。
「どうぞ」
ソンライン市長が応答すると、テント内に大柄な男が入ってきた。
南部都市からの救援隊の隊長だ。
「どうしました? こんな時間に」
「作戦の提案を持ってきた」
救援隊の隊長が、抱えてきた木箱をテントの中で開けた。
その中に入っていたのは紫色の装飾が施された豪華な服。
ソンライン市長がぎょっとしている。
「……これは、国王の正装じゃないか! 偽造したら不敬罪に問われるぞ」
「無許可ではあるが、偽造ではない。南西部都市の専門の仕立屋に作らせた本物だ」
そういえば、南西部には繊維産業が盛んな都市があるな。布団とかが名産と聞いていたけど、王族御用達の仕立屋もそこにあったんだ。
「こんな物を持ち出して、何をするつもりだ」
「王城を制圧する。そちらの【鬼】が適任だ」
【鬼】って俺か。俺だよな。俺がこの豪華な服を着るのか?
そして、王城を制圧って?
…………
作戦概要。
俺が【王】を名乗って正面から王城に突入する。
そして、王城を制圧して暴動の終結を宣言する。
それで落ち着いたら、【キッチンカー師団】が突入して、炊き出しを行う。
暴徒は暴君の断罪を求めているので、その求めに応じてやるという作戦だ。
いろんな意味で無茶苦茶だけど、俺一人が突入して無茶する分にはリスクは少ないのでやってみることにした。
そういうわけで、俺は国王の正装を纏って一人で正面から首都に入って王城区画に繋がる中央通りを進んでいる。
「【王】が通る! 道を開けろ!」
【大剣】を振り回して、道端に転がっている【榴弾砲】や【機関銃】の残骸をバラバラにしながら堂々と進む。
ガン ガン ガン ビシッ バスッ カン
暴徒が建屋の2階から【機関銃】で撃ってきた。
【大剣】で弾丸を弾き返して、暴徒の居る建屋の柱を【大剣】で両断。
崩してやった。
「俺は強い! お前らでは、俺には勝てん!」
死人怪我人が出てもこの際気にしない。
全部を守る事なんてできない。俺は今までたくさん殺した。
百人が生きるためなら一人を殺す、そんな覚悟はできている。
俺は【鬼】だ。
「逆らう奴には容赦しない! 死にたくなければ逆らうな!」
無茶苦茶する俺を見て暴徒達がドン引きしてる。
だけど効果は覿面だ。暴徒達が武器を捨てて逃げ出した。
「俺に従え! 従うなら、強い俺が守ってやる! 道を空けろ!」
暴徒達が散って王城区画に繋がる道が空いていく。
その道を【大剣】を持って堂々と進む。
「水もある! 食料もある! 逆らわなければ全員助かる! 武器を捨てろ!」
足下に飲用水タンクが転がっていたので、洗車パイプで軽く洗ってから水を満たしてやった。
各地で救援活動していた時も、混乱した場所では清潔な水が喜ばれた。
人が生きていくうえで水はとても大事だ。
飲用水が必要量確保できる見通しが立つだけでも、被災者の不安感はだいぶ違う。
王城区画前まで来た。
暴徒が道を空けた先にあるのは、市内と王城区画を隔てる堀と、その向こうに王城区画の正門。
堀には遺体が多数浮かんでいる。そして、正門周辺は黒焦げになっていて、その下には原型が無いぐらいまでに焼け焦げた焼死体。
そのうちの一つが父さんのはずだ。
「【王】は城に入る。皆はそこで待て!」
そう言って、俺は堀の向こうの城壁上まで跳んだ。
飛び乗った城壁上には、父さんを撃った時の血痕が残っていたが、今はそれを気にしている場合じゃない。
城壁上から、背後の堀の向こうの中央通りを見下ろす。
暴徒は呆然と立ち尽くしているが、これで大人しくするのもあまり長くはもたないだろう。
暴動を収束させるには本物の王を引っ張り出さないといけない。この状況の仕上げをどうするかは、王に相談する算段だ。
いや、王は中央ヴァルハラ市で亡くなっているから、御足労頂くのはクリーク王子になるか。王城区画内のどこかに居るはず。多分王城だ。
…………
「案内しましょう」
区画内に飛び降りて王城前に到着したら、博物館で会った王宮メイド5人組が居た。
「よろしく頼む。俺はクリーク王子に会いたい」
「こちらです」
武器を携行した侵入者を城内に案内する王宮メイドってどうなんだと思うけど、この状況ではすごく助かる。
ランプを持った王宮メイド達に続いて、王城建屋内を奥の方に進む。
クリーク王子と会う前に、ちょっと気になったことがあるので聞いておく。
「王は亡くなっていると思うけど、今はクリーク王子が王なのか?」
「全権委任を受けていますが、正式に即位はしていないので地位は王子です。だから、今この国に王は居ません」
あの大爆発以来、国中大混乱が続いているからそれも仕方ないか。
「こちらです」
王宮メイド達が案内してくれたのは、【中会議室2】と書いてあるドアの前。中から煙草の臭いがする。
こういう場合、ノックして許可を得てから入るのが常識だけど、王の正装着て王子の前に出るのにそれもオカシイ気がする。
【鬼】らしく乱暴に押し入ることにした。
「王は何処だ!」
会議室ドアを蹴破り堂々と侵入。
ドア前に人が居なくてよかった。
会議室内には13人。
唖然として押し入った俺を見ている。
室内の光景を見て、逆に俺が唖然としてしまう。
煙草の吸殻山盛りの灰皿多数。
テーブル上に散らばる乾パンと書類。
壁一面に乱雑に貼られた紙。
疲れ切った男達。
「何者だ! 会議中だぞ!」
「その衣装! 何を考えている。不敬だぞ!」
この状況下で会議って、衣装が不敬なのは確かだけど。
あんまりな光景を前に言葉を失っていたら、ふと脳裏にあの日見た【招待状】の【悪夢】が蘇る。
誰だか分からないが、【招待状】の贈り主が、俺がここでやるべきことを教えてくれた。
背筋を伸ばして【大剣】を構えて問いかける。
「王は何処だ!」
呆然とする男達の中から、奥に居た若い男が立ち上がった。
「私が、クリーク・ウォー・ユグドラシルだ。王では無いが、全権委任を受けた王子である。この場の責任者だ」
新聞とかで見た似顔絵の面影はあるけど、随分やつれている。
「王子に問う! 民が苦しむ中で、ここで一体何をしていた!」
「持続的な社会を実現するための経済政策の検討だ。国民が永続的な豊かさを享受するための、循環型社会を目指してな」
それ、今すべきことか?
ツッコミを抑えて俺はやるべきことをやる。
「それで、民に一体何を与えた?」
「……逆に聞こう。王の装束を纏ったお前は、民に何を与える」
「俺は、民に【安心】と【水】を与えた」
暴徒達と対峙した俺には分かる。
市民を暴動に駆り立てたのは【不安】だ。
戦争と地震で街が滅茶苦茶になって、住む場所も水も食料も見通しが立たなくなった。
そんな中で、政府が機能不全に陥って、治安も悪くなり、エスタンシア帝国からの暴徒も侵入するようになって、安全な場所が無くなった。
だから、その不安を払拭するために、力づくで水や食料を確保しようとした。
皆で同じような事を始めたら、奪い合いになり、喧嘩になり、そして暴動になってしまった。
暴動を止めるには、奪い合わなくても水や食料は足りること、喧嘩さえしなければ自分の居場所が安全であることを皆に教えればいいんだ。
「……そうか。【水】と【安心】か……」
王子は机に両手をついて、俯いた。
何か震えているようにも見える。
「……私が、王に即位できない理由が分かった。それだけの、たったそれだけの簡単なことが、私には、できなかった……」
王子が【拳銃】を取り出した。
俺は【大剣】を構える。
部屋が狭いから、ここで撃たれると防ぎきれないかもしれない。
「王子! 一体何を!」
「そんな! やめてください!」
「【断罪】の時間だ……」
会議室の男達が驚愕する中、王子は自分の頭に銃口を当てた。
「私の亡骸を民の前に晒せ。【暴君】は堕ちたとな」
王子は背筋を伸ばし、吹っ切れた表情で俺を真っすぐ見てそう言った。
そして
「お前が、【王】だ」
宣言と共に会議室内に銃声が響き、王子の頭から血が噴き出して床に倒れる。
その光景を、全員で呆然と見届けた。
「…………」
俺には分かる。この王子は【暴君】なんかじゃない。
この状況下でやっていたことが適切とは思えないけど、民の事を想い、良き王を目指していた立派な王子だ。
平時なら名君になれた男だ。
「【王】。役割を果たしませんと」
王宮メイド二人が特大のスープ皿を持って入ってきた。
「【王】? 俺か? そして役割?」
「王子の最期の言葉、お忘れですか? ここに来た目的、成し遂げてください」
「そうか。そうだったな……」
会議室で呆然としている男達を放置して、俺は王子の亡骸を抱えて退室した。
…………
王子の亡骸を持って、王城区画正門上の城壁に飛び乗る。
そして、城壁前に集まる市民に見えるように王子の亡骸を掲げた。
「【暴君】は堕ちた! 争いは終わり、新しい国が始まる!」
民衆から歓声が上がる。
俺は、本隊向けの合図となる信号弾を上げた。
昼間の空に赤い光が輝く。
城壁都市の外側から緑の信号弾が上がるのが見えた。
【キッチンカー師団】本隊からの返信だ。
暴徒はもう居ない。首都に残っているのは空腹の被災者達だ。
これから首都内各所で炊き出しを行う。
作戦は成功だ。
王になれなかった男の命と引き換えに。
…………
一旦王城区画内に飛び降りて王子の亡骸を王宮メイド達に預けたら、彼女達に王城区画内の塔に案内された。
「俺は、炊き出しの手伝いに行きたいんだが……」
「塔で【姫】がお待ちですよ」
「【姫】って何だ?」
王子の奥さんか? それとも王妃様か? だとしたら王子が亡くなった直後に会うのは気まずいな。
暴動を収束するためとはいえ、実質俺が殺したようなものだし。
「【姫】は【姫】ですよ。こちらです」
王宮メイド5人に囲まれて到着したのは、塔の最上階の部屋。
「【姫】。【王】をお連れしました」
【王】ってことで、促されるままに部屋に入ったら窓際に【姫】が立っていた。
真紅のロングスカートのドレス、小麦色の長髪の上に赤いとんがり帽子。
女性にしてはやや長身で、色白の顔に切れ長の目を持つ年齢不詳な美人さん。
「貴方が、【王】なのね」
「あぁ、成り行き上、そうなった」
立ったままこっちを向いて、なんか嬉しそうな表情で俺を見てきた。
背後でドアが閉じる音がした。
「私はノイン。貴方は【王】として、【グリーク・ヨー・ユグドラシル】を名乗りなさい。略称は【ヨー王】よ」
「分かった」
ノイン姫か。
気のせいか、何処かで会ったような気もする。
王宮暮らしが長いなら、ここで【王】として活動するのにいろいろ頼りになりそうだ。
「…………」
ノイン姫が、頭上のとんがり帽子に手をかけた。
「どろんぱっ!」 スポッ
謎の掛け声と共に帽子を取ると、小麦色の長髪の上に【キツネ耳】。
「キツネか」
「キツネよ」
かつて見た【紙の砲弾】の記事を思い出した。
【お姫様の耳はキツネ耳】
あれ、本当だったんだ。
●オマケ解説●
苦労して確保した【貢物】のトラックがどうなったかは、言及すまい。
王になれなかった男の最期。
平時なら名君にもなれただろうが、有事と平時では王に求められる能力は違う。
でも、最後に役割を果たしたとも言えよう。
首都の復興。
なまじインフラの電化や機械化が進んでいただけに、停電や燃料供給停止のダメージが地道に大きい。使える物を上手く工夫して生活インフラ再建するしか。
混血者が多いから【水魔法】を工夫すれば、生活用水はなんとかなるかな。
キツネ耳のノイン姫。
身長167cm、マキシ丈スカートの真紅のドレスに身を包む、年齢不詳のスレンダー美人。
普段は赤いとんがり帽子で大きな耳を隠しているけれど、それでもちゃんと聞こえてる。




