5月 7日 ワタクシとヒゲのハンティング(2.5k)
「余は、【菜食主義者】であったのだ」
山でイノシシを獲って帰ってきたロイが得意げによく分からないことを言いだした。
「……狩猟の後でそれ言うの?」
「余は食べる物にこだわりはあったんだがな。それで餓死したのでは本末転倒だから苦渋の決断だ」
「ロイなら分かってると思うけど、野菜や穀物だって【命】よ。食べ物に対して変な主義主張するのは自由だけど、私達は殺さないと生きられないってこと忘れないで欲しいわ」
「ヤー……。返す言葉が出てこない」
「それより、傷だらけだけど大丈夫?」
「正直かなり痛い」
驚いたことにロイは魔法を習得できた。
出会った直後、私が【穴掘り】をしてしまった時に魔力の流れを感じたと言ったので、試しに教えてみたらあっさり覚えた。
しかも、独自の解釈で改良して私が見たことが無いような魔法を沢山創り出した。
ロイはやっぱり頭がいい。
食料が尽きたから魔法を駆使して狩りをしてくると出かけたのが今朝。
昼前に本当に獲物を仕留めて帰ってきたけど傷だらけになってる。
「【回復魔法】で治療するから傷跡見せて」
「イブは優しいな」
座敷に座ったロイの後ろからボロボロになった作業服の上を脱がせる。
村の男達が買い集めていた服が丁度よかったので、ロイは着る物には不自由してない。
ロイはちょっと太っているけど筋肉質で逞しい体格をしている。
その逞しい上半身のあちこちに火傷の跡。
「……ちょっと。なんで、山でイノシシと戦って火傷してるのよ」
「ヤー…….。獲物に苦痛を与えないようにと【雷魔法】で仕留めようとしたら漏電して自爆した」
「木の近くで【雷魔法】使ったら危ないって教えたでしょ」
「だが獲物は仕留めたぞ。解体して二人で食べよう」
「え? 私にもくれるの?」
「当然だ。とはいえ、解体と調理は少々時間がかかる。昼食は遅くなるがな」
「じゃぁ、治療している間に私が調理しておいてもいいかしら」
「できるのか?」
「当然でしょ。ここで暮らしてたんだから」
「では、頼む。余った分は干し肉にしよう」
「じゃぁ治療するわよ」
…………
私は【回復魔法】が下手だ。
一人だけでは【治療の波動】が生成できない。
だからいつも、治療相手を巻き込んで【治療の波動】を生成する。
これをすると、相手はしばらく寝てしまう。
もしかしてロイなら大丈夫かなとは思ったけど、寝てしまった。
でも治療はできたから、座敷席の上に仰向けで転がして毛布をかけておく。
座敷席の下に転がっているイノシシを見る。
ちょっと小ぶりだ。
ロイが目覚める前にロイでも食べられるようにしておこう。
ロイの食性は外洋人と同じだ。
イノシシを捕まえても食べられる部分はごく一部で、焼いたり干したりと調理しないと食べられない。
だから私はロイが食べない部分を頂く。
服は汚したくないので、メイド服の背中のファスナーを開き這い出る。
「仕留めたら早めに【血抜き】はしないとねー」
座敷席から降りて獲物に這い寄り、その首筋に牙を立てる。
ごちそうだ。
…………
目覚めたロイと一緒に【猪肉ステーキ】を食べた。
その後、ロイは【干し肉】の加工をした。壺の中に調味料を入れてその中に肉を漬けてある。
明日まで漬けて味を染みこませた後で干すらしい。
毛皮は私がもらったのでこれでエプロンを作る。
脚が無い私は這って移動するから、擦れても破れない頑丈なエプロンが欲しかった。
ロイは小屋の外に金属パイプで干し台を作った後、余った金属パイプで何かの魔法を試している。
「ロイ。それは何をしているの?」
「魔法で【鉄砲】のようなものが作れないかと思ってな」
【鉄砲】というのは直接見たことは無いけど、私にはわかる。
火薬とかの力で金属片を高速で発射する武器だ。
パスッ パスッ パスッ
ロイが手に持った金属パイプから窓の外に向けて何かを発射してる。
見ると何となくわかる。
【土魔法】で作った塊と【火魔法】で作った火炎を【雷魔法】を上手に使って金属パイプ内で加速して発射してる。
「ロイは本当に器用ねぇ。それはどういう原理なの?」
「これは余の前の世界で【電磁加速砲】と呼ばれていたものだ。強力な磁界の中で、火に電気を流すことで弾体を加速するのだ」
「ロイの世界ではそれを何に使ってたの?」
「余の世界では理論だけは確立していたが、技術や材料の問題で現物は完成しなかった。もし完成したら、やっぱり兵器として使っただろうな」
「そうまでして【戦争】したいなんて。外洋人と同じで、ロイの世界の人間も大概どうしようもないわね」
「ヤー……。別に、好きでしていたわけじゃないんだがな……」
「あ、でもそれちょっと貸して」
「良いが、イブよ。一体何をするつもりだ」
窓の外に大きな鳥が飛んでいるのが見えた。
ずっと前から食べてみたいと思っていたけど、捕まえる方法が無くて我慢してた。
ロイのやり方を見て、なんとなく私にもできる気がした。
パイプの先端を鳥に向ける。
「あの鳥が食べたいの」
「ハッハッハッ。あんな高く飛んでる鳥など、鉄砲で撃っても当たらんぞ」
バァン バサッ ギャー……
「……当たった? ……何故だ?」
ロイが変なことを言いだした。
「当てたからよ」
片翼を根元から失った鳥が、回転しながら落ちていく。
どんな味がするのか楽しみだ。
「ロイ。食べたいから落ちた鳥をとってきて」
「……」
ロイは落ちていく鳥を目で追っている。
広いオデコになぜか大量の冷や汗が浮かんでいる。
「アレは私の獲物よ。【横取り】したら世界が終わるからね」
「……わかった」
落ちた場所を確認したのかロイは走って取りに行った。
途中、何度も振り返ってこっちを見ていた。
大丈夫よ。あのアホと違って後ろから狙ったりしないから。
獲物を横取りしない限りは。
●オマケ解説●
動物を仕留めるときに、なるべく苦痛を感じないようにとどめを刺す。
人類の歴史は捕食の歴史。
獲物の殺し方についての考え方は、世界中にいろいろあります。
ある文化圏で人道的とされた方法が、別の文化圏から見ると残酷と見られたり。
でも、大切なことは、仕留めた獲物は残さず食べると、そこじゃないでしょうか。
(人類は古くから食べる以外にも獲物を活用してきました)
飛ぶ鳥を撃つ。
まぁ、飛んでる物なんて、鉄砲で狙って当たるもんじゃないですね。
元・総統閣下の脳裏に浮かぶのは、空からの脅威に対抗するために都市内に高射砲を多数配置した思い出。
大空を飛ぶ鳥の羽の付け根を、金属パイプで一発で仕留める小娘を見たロイの心境は如何に。




