3月20日 俺様 研究した (2.4k)
【錬金術研究会】に就職して、魔術師として実験支援の仕事をする俺は、水魔法だけがやたら得意なシーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。
俺の仕事はロクリッジ技師長と一緒に魔法の実験。
始めた当初は研究所内で実験していたけど、水魔法の加減の失敗で部屋を水浸しにして大家さんに怒られてしまったので、今はヴァルハラ川の川辺まで来ていろいろ試している。
川辺ならいくら水を出しても怒られないしな。
「ヨライセン。魔法使ってないかー?」
「今は使ってないぞ」
「なんか、計器が反応しているだけど、失敗したかなー?」
ロクリッジ技師長が今日持ってきたのは、魔力の流れを測る機械とのこと。
今までの実験から、幾つかの鉱物が魔力の流れに対して独特の反応をすることが分かった。
その中に、魔力の流れを電気に変える鉱物があったので、それを使って測定器みたいな物を造ったという。
ロクリッジ技師長は工業学校出身とのことで、いろんな技術に詳しい。
外洋人の持ってる技術と理論を分かりやすく教えてくれるし、魔法と技術の組み合わせには無限の可能性があるとか毎晩夢を語ってくれる。
俺はそんな毎日が楽しい。
「ヨライセンから離れると、反応が消えるなー」
ロクリッジ技師長は測定器を見ながら俺の周りをうろうろしている。
「なんかこの反応、鼓動に似てるなー」
なんか、俺の後ろに回り込んで背中に測定器を当ててきた。
「ヨライセンの心臓って、魔法で動いてるのかー?」
「え? そうなのか? 俺知らないけど」
「オモシロイけど、測定するにはこの信号ちょっと邪魔だなー」
「そうなのか?」
「心臓止めることできないかな?」
「無理だろ」
「だよねー」
ロクリッジ技師長はたまにとんでもない無茶ぶりをする。悪気が無いのは分かるけど、ちょっと引いてしまう。
だけどエヴァ嬢に比べれば可愛いものだ。
俺はスルーが得意になった。
「俺が離れてればいいんだよな」
「離れた場所に魔法って出せる?」
「何か【媒体】があればできる気がする」
あーだこーだと試行錯誤の結果、長い金属パイプを使って問題を解決した。
俺が金属パイプの片端を持って、反対側の端で水魔法を発動。
ロクリッジ技師長は、魔法が発動している周辺で魔力の流れを測定しつつ、幾つかの魔力反応鉱物の挙動を観察する。
…………
昼になったので、川辺で弁当を食べながらロクリッジ技師長の実験結果を聞く。
「やっぱりこう、今の魔法理論って根本から間違ってたんだ」
「そうなのか?」
魔法理論の本は俺も読んだ。
術者の体内で生成する【マナ】から、【聖・火・土・雷・水・風・闇】の各属性に従った何かを生成するというのが魔法理論の基本だ。
「魔法の現象の源は術者の体内から出るんじゃなくて、この空間に満ちているものを使っていたんだ」
「そうか【マナ】は外から取り込むのか」
確かにそう考えると、エヴァ嬢がトンデモ魔法を使った時に感じたあの【流れ】も理解しやすい気がする。
「外から取り込むんだけど、魔法理論に出てくる【マナ】とは性質が違うから、これは別の名前を付けたいなぁ」
「名前か。錬金術にちなんで【フロギストン】とかどうだろう」
「いいな! 【フロギストン】。ネーミングセンスいいじゃないかヨライセン!」
「そうか? 昨日読んだ【錬金術】の本に書いてあったから出してみたんだけど」
「僕達は【錬金術研究会】だからね。ピッタリだよ。実験結果をまとめて理論構築を進めるよ。魔法理論の常識を覆す【フロギストン理論】だ!」
午後も俺達は川辺で水を出しながら実験を繰り返した。
結果を見ながら、【フロギストン理論】について語り合った。
空間中に満ちた【フロギストン】から水を作り出すのが水魔法。
火魔法や雷魔法や風魔法も似たようなものと考えられる。
理論が分かれば俺にもなんかできそうな気がしてきた。次エヴァ嬢に会った時、もう一度練習してみよう。
…………
「バカかお前ら! 誰が理論など作れと言った!」
「でも会長ー。理論が無いとモノはできませんよ」
「そんな屁理屈はいらん! 欲しいのはビジネスにつながる成果なんだよ! 熱源なんだよ!」
夕方になって、今日の成果として【フロギストン理論】の報告をして、ラッシュ会長に怒られる俺達。
「この理論応用したら、熱を経由せずに直接電気を作れる可能性もありますよ」
「いらん! 熱源だ! まずは熱源だ! 発電所を動かせるぐらいの奴をさっさと作れ!」
「そんな大物作るには資金が足りませんが」
「お金が無いのはお前らが無駄遣いするからだろうが! そんなヘンテコな測定器作るのにいくら使ったんだ! 研究はビジネスなんだぞ! 付加価値を生まない活動に時間をかけるな!」 バターン
怒りながら無茶苦茶言って、ラッシュ会長は部屋から出て行ってしまった。
「あー、すまんな。会長は今日は機嫌が悪いんだ」
一緒に居たソンライン副会長が気まずそうに事情説明。
「いつも大概だけど、何があったんです?」
「今日の定例会で寄付金出してくれた人達から成果が無いことを糾弾されてね。泥棒とか詐欺師とかインチキ野郎とか、半日ぐらい罵倒されてたんだ」
うわぁ。なんかひどい。
「それでも、皆に頭を下げて、見通しを説明して、私達の当面の食費と多少の研究資金の提供まで取り付けたんだ」
その状況で、さらに寄付金集めたんだ。
会長凄いな。
「口は悪いけど、皆が飢えないように会長も必死なんだ。分かってほしい」
会長がんばってるんだ。
給料ないけど、食事は頂いているから俺も頑張らないと。
「口よりも、頭が悪いのが困り物だけどね」
技師長。ここでその言い方はひどいんじゃないかな。
●オマケ解説●
基礎理論が無ければ技術も製品も成立しない。
それは分かっていたとしても、やっぱりスポンサーに叩かれる経営者としては、すぐに売り上げに繋がる成果が欲しい。
すぐに成果につながる物と、先を見据えた物、両方にバランスよく投資したいけど、資金源の乏しいベンチャー企業にはそれがなかなか難しい。
資金配分は難しくても、気配りはできるもの。創業者たるもの仲間割れだけはしないようにメンバーの努力は尊重したいものですね。




