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 3月11日 会長の焼失(4.0k)

 エスタンシア帝国に実効支配されている中央ヴァルハラ市にて、第一汽力発電所4号機の中央制御室で試運転に立ち会っている俺は、【旧・錬金術研究会】のラッシュ元会長。


 発電所の工事は、各種改善の効果の積み上げにより予定より前倒しで完成した。

 昨日から全体の試運転を行っており、それに問題が無ければ明日には発電を開始する予定だ。


 これの試運転の成否が【終戦協定】にも少なからず影響する。

 重要な仕事だ。


 2日前に国王陛下に再度呼び出されて、現状を聞いた。

 魔法の力を戦場に持ち込んだことで、西側のラグーンシティが壊滅し、首都も被害を受けたと。

 しかし、その影響で戦力が拮抗し、【降伏】ではなく【終戦交渉】により戦争を終結させる見通しが立ったそうだ。

 エスタンシア帝国の経済界を納得させる材料として、【魔力発電】の技術供与の条件は大いに役立ったと国王陛下に絶賛された。


 戦闘の中で、軍人、民間人共に多くの犠牲者が出たことは悲しかったが、俺はこの国の子供達に誇れる仕事の一端を担うことができた。俺は、国王に感謝した。


 国境線では双方が大火力魔法の戦力を保持した状態で対峙しており、極限まで緊張が高まっているが、終戦交渉は順調。

 エスタンシア帝国の首相を含む両国の重鎮が、この中央ヴァルハラ市のホテルに集まっており、終戦協定の詳細と戦後の国家関係について交渉を行っている。


 国王陛下はこの俺を経済政策のアドバイザーとして王宮に招きたいと言ってくれたが、俺は辞退した。


 俺は、この仕事が終わったら、教員になりたい。


 俺はもう自分の夢を叶えた。

 だから、次世代を担う子供達に、夢を叶える手段を教える仕事をしたい。



 発電所の中央制御室内で、ボイラー構造であるチャンネル管の状態を示す巨大な表示板を眺める。

 【魔力熱源素子】と【フロギストン吸蔵合金】を装填した約3000本のチャンネル管が【炉心】だ。


 炉内複数個所に仕掛けている【フロギストン流束計】の指示値がゆっくり上がっていくのが見える。

 それに伴い、炉の熱出力も上がっていく。


 出力15%、発生する蒸気量は十分。

 今は試運転のため、復水器に送っているが、十分にタービンを回せる量の蒸気が発生できている。


「制御棒、1段上げ」

「制御棒上げます」


 表示板を見ながら運転員に指示を出すのは、ビクトル所長。この4号機の運転責任者だ。

 ユグドラシル王国大学出身の技術者で、この発電所の設計改善をしてくれたダグザ大佐と同期らしい。


 制御棒が上がったことで、表示板の指示値も動く。


 出力30%。

 【フロギストン流束計】を見ると、炉心中央部が若干高い。

 大型化により、【フロギストン吸蔵合金】同士の相互作用が発生した可能性もあるが、影響は軽微だ。


「フロギストン、ちょっと偏っているな。会長どう思う」

「この程度なら問題無いでしょう」


 会長というのは、ここでの俺の渾名あだなだ。役職は技術顧問なのだが、いつの間にかそう呼ばれるようになった。

 教員に転職してもそう呼ばれそうな気がしているが、それはそれでいい。


「復水器圧力確認。まだいけるか?」

「上がってます。そろそろ難しいです」


「よし、では、そろそろタービンに送るか」

「蒸気流路、切り替えます」


 カン カン カン カン


 蒸気流路を切り替えたことで、タービン系統の配管に蒸気が入る音がする。


「ヴァルター伍長、世紀の瞬間だぞ」

「はい」


 俺は今日もヴァルター伍長を連れている。

 仕事柄、そっけない返事をしているが、この技術好きの青年は明らかに興奮している。


「蒸気タービン、始動!」

 

 表示板上のタービン回転計の指示値が動き、中央制御室内に歓声が上がる。

 運転員達の視線は、回転計に釘付けだ。


 発電所の所員は皆発電が好きだ。

 今はユグドラシル王国首都方面への送電線が破壊されているので、電力需要が減ってはいるが、ヴァルハラ川沿いの都市群は常に大量の電力を必要としている。

 燃料が不要なこの4号機は、発電を開始したら国内の発電所の中でも一番の大活躍をすることになる。所員は皆それを楽しみにしている。


 回転計を見て興奮する所員達から、ヴァルター伍長に視線を移すと、彼は別の所を熱心に見ていた。


「どうしたヴァルター伍長。何か気になるのか?」

「炉心中央部のフロギストン流束計の指示値が何かおかしいです」

「なんだと!」


 改めて炉心状態の表示板を見ると、炉心中央部のフロギストン流束が高くなっており、その部分の熱出力がほぼ止まっている。


 それを見て、脳裏にロクリッジ技師長の最後の報告書の内容が蘇った。


 【臨界点】


「所長! 運転を止めてください!」

「いきなりどうした会長?」


「炉心中央部のフロギストン流束が異常です!」

「あー、確かに高いな。熱出力が下がるわけだ」


「所長! 何を呑気な……」


 中央制御室内の所員が怪訝な表情で俺に注目している。



 そうだった……。

 俺は、あの時、計画が遅延することを恐れて、あの報告書の内容を【隠蔽いんぺい】したんだ。


 フロギストン流束が上限を超えると、【魔力熱源素子】は発熱を止める。だから、【本質安全】だと。

 そう断言して、俺は計画を推進した。

 

 ロクリッジ技師長の報告書には確かに書いてあった。

 【魔力熱源素子】は発熱を止めてからさらにフロギストン流束を上げると、熱出力が急上昇する点【臨界点】があると。

 フロギストン流束が一度その【臨界点】を超えると、【魔力熱源素子】は自らの発生するフロギストン流束により自己発熱を開始してしまい、魔法を使える人間が居ない場合、それを止める手段が無いと。


 さらに、こうも書いてあった。

 【フロギストン吸蔵合金】が融点を越えて結晶構造が崩壊すると、吸蔵していたフロギストンが一気に放出される可能性があると。

 その時に【魔力熱源素子】が近くにあった場合、瞬間的に巨大な熱エネルギーが発生し、世界を飲み込むほどの大爆発が発生する可能性があると。


 それらの重要な知見を、俺はこの計画の中で誰にも伝えていない。


 設計改善案を作ったダクザ大佐も、運転マニュアルをまとめたビクトル所長も、それを熟読して訓練に当たっていた運転員も、【臨界点】の事を知らない。



「話は後です! 制御棒を降ろして運転を止めてください! 【臨界点】を越えたら取り返しのつかないことになります!」

「【臨界点】だと。何だその物騒な用語は。初耳だぞ」


 止められるのは俺しかいない。

 ギロチン刑にされてもかまわない。全部俺のせいだ。


「説明は後でします。責任は全て俺にあります。何でもしますから、今は炉を止めてください!」


「わかった 総員、緊急停止手順だ。制御棒を挿入だ」

「制御棒、降ろします」


 ガラガラガラガラガラガラ


 ボイラー建屋から制御棒が降下する音が響く。

 表示板のフロギストン流束計を見る。


 指示値が落ちない!



「所長! 炉心中央部で熱出力が急上昇しています!」

「なんだと! 制御棒を挿入しても止まらんのか! 会長。どうすればいい」


 どうすればいい?

  どうすればいい?

   どうすればいい?


 【臨界点】を越えてしまった場合、魔法が使える人間が居ないと止める手段が無い。


 そして、今、この街に魔法適性を持つ人間は居ない。


「所長! 冷却が追いつきません 過熱しています」

「循環ポンプ出力全開、何としてでも冷やせ!」


 中央制御室が騒然とする。

 確かに冷却は必要だ。

 だが、冷却システムは【臨界点】を超えた領域の熱出力を想定していない。

 いや、上限の無い熱出力を冷却する設計なんて、そもそも不可能だ。


「追いつきません! 炉心中央部、融点越えます!」

「炉を放棄する! 各部署に緊急連絡。総員退避! 警報!」


 ジリリリリリリリン ジリリリリリリン

 

 ビクトル所長の判断は速い。そして正しい。

 しかし、避難が間に合うはずがない。


 ジリリリリリリリン ジリリリリリリン

 

「会長! 退避だ!」


 俺は、動けない。

 俺は、何を考えていたんだ。


 あのロクリッジが【危険】と断言した技術。

 あのロクリッジが【開発中止】と【封印】を主張した技術。

 それで、俺は、何をしたんだ。


 ヴァルター伍長に腕を引かれる。

「退避命令です! 急いでください!」 


 ジリリリリリリリン ジリリリリリリン


「ロクリッジよ。お前の言ったとおりだ」

「何言ってるんです! 私はヴァルターです。しっかりしてください!」


「これは、俺達に扱えるような物じゃなかった」

「会長!」


「ダニラ村長……。俺は、過ちを繰り返してしまった」

「会長! 退避です!」


 ジリリリリリリリン ジリリリリリリン


 ボイラー建屋の方から、水管が破裂して蒸気が噴き出す轟音が聞こえる。

 

 誰も居なくなった中央制御室で、ヴァルター伍長に腕を引かれながら表示板を見る。

 警報表示灯の光でクリスマスツリーのイルミネーションのようだ。


「会長! 会長! 壊れたっていいじゃないですか! 作り直しましょう! 退避して! 生き残って! 一緒に作り直しましょうよ!」

「ヴァルター伍長。 すまない……。本当に、すまない……」


 フロギストン流束計の指示値は全部上限を振り切っている。


 そして、部屋が金色の光で満たされた。

●オマケ解説●

 新しい技術をスケールアップする時は、適切に段階を踏むのが大事。

 研究室サイズの次に発電所なんて、そもそも無謀。

 しかも、リスク情報を意図的に【隠蔽いんぺい】とかありえへん。


 後からいくら悔いても、自らの所業は無かったことにはできない。

 生きていれば誰もがそのような経験をするもの。

 失敗、後悔、それらを乗り越えて重ねる時間こそが人生と言える。


 しかし、モノづくりに携わる人間は、人生の中で創り出した物が形として客先に残る。

 それこそが醍醐味ともいえる仕事であるが、一時の気の迷いであっても、そこに禍根を残してしまった場合の報いは決して安くない。


 こういうのを専門用語で【製造物責任】という。

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― 新着の感想 ―
ラッシュ会長。。。やってしまいましたか。。。 技術者がどうあるべきか、本当に思い知らされます。 ラッシュ会長、つまり魔力発電の最高専門家がいなくなったということは ディールのカードが1つなくなってしま…
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