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 1月10日 王子と戦争の事情(2.6k)

 ユグドラシル王国首都中心部にある王城区画内。臨時議会が終わって静まり返った議事堂の隅で、二人の男がしゃがみこんで密談をしていた。


 クリーク王子とカミヤリィ議員である。


「王子。失礼ですが、ちょっと議論下手じゃないですか?」

「いや、面目ない。カミヤリィ議員みたいにズバッと斬りたいのだがな」


 今日の議会の本来の議題は、エスタンシア帝国からの【降伏勧告】への対応方法。

 しかし、議員たちが総出で持ち出した議題は、国王の【裏金疑惑】の追及。国民の政治への信頼を裏切る重大案件だということで、議会の時間の大半を使って王子が糾弾された。


「坊ちゃん育ちというわけでもないでしょう。かえしもかわしもダメダメですよ」

「済まない。国王にシバかれていたつもりではあるが、あれでも甘かったんだな」


 王子は国王が密かに行っていた【裏金】の金策について何も知らされていなかった。

 答弁でそれを正直に答えたのは良かったのだが、何度も同じ質問を繰り返されるうちについ【知らない物は仕方ない】と開き直りと取れるような発言をしてしまい、【無責任】だと議場が荒れた。

 

「だいたい、【裏金】って言えば奴等の方がやりたい放題じゃないか」

「気持ちは分かりますが、そういうこと言っちゃだめです。今疑惑がかけられているのは王族なんですから、開き直りはドツボです。本当に議論下手ですね」

「面目ない……」


 王子が【失言】をしたことで、今日も【降伏勧告】への対応が議論できなかった。現状に危機感を抱いているカミヤリィ議員はその状況に苛立っていた。


「それにしても、戦時中だというのにここまで完璧に与党に敵視されるなんて、王族は一体何をしでかしたんです? 国王不在だからって、やりすぎでしょう」

「うーん。どうしたものかなぁ……」



 王子には心当たりがあった。

 国王は【豊作1号】の流通を止めるために、【魔力発電】の初号機建設中の中央ヴァルハラ市に行った。

 それからしばらくして、与党の手の平返し。

 そして、先月突然採決された【エネルギー資源監督法】の内容。


「推測はできるんだが、話せる内容は限られるなぁ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。戦争中ですよ。しかも、緒戦で軍が壊滅して、国王が人質で防衛力ナシの丸裸なんですよ」


 王子は悩んだ。

 外交や歴史に関する機密情報は、王族と一部の軍人しか知らない。本来は議員に話して良い内容ではない。

 しかし、戦時下でも議会を回せない今の状況を一人で対応するのは無理がある。

 経験豊富で、国民を第一に考える強いこころざしを持つカミヤリィ議員の協力は欲しい。


「カミヤリィ議員。他言したら死ぬような話だが、聞くか?」

「今更です」


…………


「なるほど。それで全体が繋がりましたよ。奴等思っていた以上にとんでもない」

「何か分かったのか」


「この期に及んで、奴等は【利権】に固執してる。徹底抗戦して【利権】を維持した形での【和平交渉】を狙ってます」

「ユグドラシル王国軍は緒戦で壊滅してるんだぞ。どうやったって無理だ」


「王子。魔法を戦場に持ち込めば、ワンチャンスあるとは思えませんか?」

「それは、危険すぎるだろう。それに、魔法適性のある混血者は争いを好まない」


「争いを好まなくても、理由があれば立ち上がるもんです。市中でデマをばらまいている奴らがいるが、おそらくそのためです」

「デマ? エスタンシア帝国軍が実効支配した都市群で虐殺しているとかいうアレか?」


「私も実態を知らないからデマとは言い切れないけど、組織ぐるみで動いてるのは間違いありません」

「何故そう言い切れる」


「演説にヤジを飛ばしたら速攻で袋叩きにされました。手際が良すぎます。聴衆の大半が雇われたサクラでしょう」

「それでアザだらけなのか。無茶するなぁ」


「まぁ、坊ちゃん育ちの王子様と違って、私は叩き上げの政治家です。演説やヤジで生傷は日常。でも、今回は謎のビッグマッチョに助けられたから軽傷で済みましたよ」

「グルでデマを撒くにしても、言ってることがデタラメすぎるだろう。戦時下だから占領地での【殺人】や【婦女暴行】はあり得るにしても、軍人が病院襲撃して新生児を殺害とか意味不明すぎる。誰が信じるんだ?」


「これだから坊ちゃん育ちは……。王子。大衆はデタラメを信じるんですよ。感情に訴えて、何度も何度も吹き込めば、とんでもないデタラメを信じて暴走だってするんです」

「なるほど、【戦争】を煽ったカミヤリィ議員がそう言うなら、そうなのかもしれん」

「……その件は、知らなかったとはいえ、深く反省しております」


 カミヤリィ議員率いる【ユグドラシル愛国党】は、【豊作1号】の薬害から農家を救済するために活動していた。

 粘り強い活動が功を奏して、国に薬害の存在を認めさせたが、それがエスタンシア帝国との【契約】に抵触。

 エスタンシア帝国に開戦の口実を与えていた。


「こんな事になる前に、カミヤリィ議員には全部話しておけばよかった」

「知らなかったことを言い訳にはできませんが、もし知っていたならもう少し無難な着地点を見出せたかもしれません。少なくとも【エスタンシア討つべし】は無かった」


「【契約】を順守するためとはいえ【豊作1号】の薬害の【隠蔽】は批判されても仕方ない所だが、違った形で補償は出していたんだぞ。新規開拓地への移転補償とか」

「農家ってのは土地に愛着があるもんですよ。でも、それにこだわらなければ生活に困窮しないぐらいの政策は確かにしていましたね」


 コンコン


「誰か居るんですかー? 掃除したいので開けてくださーい」


 議事堂の入口から聞こえるノックの音と王宮メイドの声。

 二人は、使用申請していた時間を超過していたことに気付いた。


「清掃の【ウサギ班】だ。カミヤリィ議員。そろそろ出ないと」

「そうですね。とりあえず今は、煽られた国民が魔法を戦場に持ち込むのを阻止するのが優先。私は現場に行きます」


「議会はどうするつもりだ。このままじゃ話が進まんぞ」

「与党の連中は大衆を煽るための時間稼ぎに出てる。どちらにしろ話にならんでしょう。のらりくらりとかわして、変な法案出して来たら【専決処分】で潰してください」


「私は王族として【民意】に反するようなことはしたくないんだが」

「言ってる場合ですか。議員の私が言うのもオカシイけど、この状況下【民意】じゃ国は守れません。腹をくくってください」


 コンコン コンコン


「あけてくださーい。掃除できませーん」


「すみませーん。今開けまーす」

●オマケ解説●

 【利権組織】に支配された与党は、有利な条件での【和平交渉】実現のため、大衆を扇動して魔法を戦場に持ち込むことを企てる。

 それを阻止すべく、クリーク王子とカミヤリィ議員は結託する。


 王宮メイドの仕事を邪魔しない配慮ができる二人組が、両国の平和のために動き出す。


 そして、謎のビッグマッチョは……。

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― 新着の感想 ―
確かに「大きい嘘ほど大衆は信じる」というのがヒットラーの言葉だったと思います。 プロパガンダにもそんなの誰が信じるの?って思うようなものが多いけど、大きなうねりとなるともう誰も疑わなくなるもんなんでし…
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