12月24日 会長の退屈(2.3k)
エスタンシア帝国に実効支配されている中央ヴァルハラ市にて、第一汽力発電所4号機の改造工事責任者の仕事をしている俺は、【旧・錬金術研究会】のラッシュ元会長。
エスタンシア帝国からの宣戦布告があったのが16日前。
町外れの駐屯地からユグドラシル王国軍の国境防衛部隊が進撃予測地点に向かって出撃。
同時に、都市防衛隊は街の周囲に防衛線を張り、市内は厳戒態勢となった。
工事現場も作業を中止して全員が建屋内に避難。万が一の市街戦に備えた。
しかし、その翌日には中央ヴァルハラ市は【無血開城】となり、エスタンシア帝国の実効支配を受け入れることになった。
市街戦を回避できたので、街に被害は無い。
ユグドラシル王国軍の都市防衛隊は、国王陛下の命令で首都まで撤退したため、こちらも被害は無い。
国王陛下は自ら【人質】となり、エスタンシア帝国軍の占領指令所となった市役所に軟禁されている。
【無血開城】の2日後には、エスタンシア帝国軍の監視下で発電所の工事は再開した。
俺を含めた計画の主要メンバーには【軍人】の監視が付いているが、仕事内容は変わらない。
「いい天気だな」
「そうですね」
俺の監視係は3人が交代しているが、今日は一番若いヴァルター伍長だ。どことなくロクリッジ技師長と雰囲気が似ている。
喧嘩別れになってはいるが、アイツは元気にしているだろうか。
今日も工事現場を見回る。工場前の検査場で検査員がボイラーのチャンネル管の検査をしている。工事が3日程止まってしまったが、影響は軽微だ。
「昨日は街の方だったのか?」
「任務についてお答えすることはできません」
さすがは【軍人】。無駄口をしないようによく訓練されている。ほとんど会話は成立しない。
だが、ヴァルター伍長は若い。
内心を隠しきれていない。
俺の監視の傍らで、工場や工事現場にある資材や部品を興味深そうに見ている。彼は機械が好きなのだ。
だから俺は、ヴァルター伍長が来た時は敷地内の巡回をする。
彼のためのちょっとした現場見学だ。
「体調に変わりは無いか?」
「ありません」
今日は、【フロギストン吸蔵合金】の集積場に連れてきた。
よくわからないが、魔法適性のある混血者はこの場所を嫌う。眩暈がするらしい。
人によっては離れた場所でも何かの影響を受けるらしく、これの製造が始まった頃は南の方に転居する混血者が増えた。
「エスタンシア帝国軍に混血者は居るのか?」
「居ません」
まともな答えが得られたのは意外だった。
機密ではあるが、エスタンシア帝国は原住民を駆逐して発展した国だ。おそらく、国内にも混血者は殆ど居ないんだろう。
「次は、タービン建屋の巡回だ。稼働中の3号機に行くぞ」
「はい」
3号機は工事範囲じゃないから巡回の必要は無い。
だけど、この技術好きな若者に見せたいから行く。
工事は順調だ。
そして、国王陛下直下の優秀な技術顧問が開戦前に全体的な設計改善の提案をまとめてくれた。
おかげで俺の仕事はほぼ終わり、正直、退屈していた。
だから俺は退屈しのぎもかねて、未来あるこの若者にいろいろ見せたいのだ。
戦争さえ終われば彼は技術者になるかもしれない。
【魔力発電】が完成したら、ここの職員になるかもしれない。
むしろ、そうなってほしいと思う。
銃を持つ若者を連れて歩きながらも考える。
この【戦争】の原因。
国王陛下は【魔力発電】の利権をエスタンシア帝国に譲ることで、【豊作1号】に執着するエスタンシア帝国の利権組織を黙らせようとした。
そのために、国内の利権組織を脅迫で黙らせたと言っていた。
しかし、奴等は黙っていなかった。
【豊作1号】よりも【魔力発電】のほうが市場規模が大きい。
つまり美味しい【利権】だ。
あの厄介な【利権組織】の連中は【豊作1号】の利権を捨てて【魔力発電】の利権を確保する動きに走ったのだろう。
そのために、国王陛下がこっちにいる間に【民意】を盾に議会を乗っ取って、都合のいい法律【エネルギー資源監督法】を成立させた。
国民に【豊作1号】の機密を暴露したのは、【魔力発電】の利権化から国民の目を逸らすためだ。
しかし、その結果【契約違反】をしてしまい、エスタンシア帝国に開戦の口実を与えた。
そして、【食品輸出規制法】で小麦の輸出停止という暴挙に出たことで、食料危機に陥っているエスタンシア帝国を追いつめてしまった。
開戦当初の戦略目標は、第一に東ヴァルハラ市の穀物倉庫。第二にこの中央ヴァルハラ市にある【魔力発電】の技術。
開戦と同時に両都市が陥落したことを考えると、ユグドラシル王国軍の国境防衛隊は初戦で惨敗したのだろう。多くの戦死者が出たに違いない。
結局、【脇が甘い】のは国王陛下の方だった。
国王陛下は市役所にて軟禁されている。
国王陛下の考えを聞く手段も無いし、俺の考えを伝える手段も無い。
だが、ちゃんと【終戦】へのシナリオを考えていると信じたい。
こんな状況だ。国内の利権組織もさすがに頭を冷やすだろう。
【魔力発電】の技術を手土産にすれば終戦交渉はできるだろう。
一度【軍事力】で惨敗した以上、【対等】な国家関係には戻れない。
終戦後も【属国】のような扱いを受けることになる。
俺の当初の夢はもう叶わない。
でも、今となってはそれでもいい。
戦争さえ終わってくれれば、貧しくても平和な日常があればいい。
多くの若者が、銃ではなく、夢を持てるような時代。
それが、今の俺の願いだ。
国家間の約束事を反故にするということは、つまりこういう事。
公平に仲介できる第三者が存在しない以上、対話が通じなくなったら実力勝負するしかない。
そして、勝敗が決してしまったら、その後の国家関係の形も決まってしまう。
弱い国は【属国】又は【植民地】。
こうなることを避けるために、微妙なバランスを取り続けていたけど、それを崩してしまったのは【民意】。
だとしたら、結果に責任は取らなくてはいけない。
民主主義なんてそんなもん。




