12月20日 俺様 帰ってきた(3.1k)
ダグザ大佐から受け取った【黒い鞄】を開けて、【戦時伝令使】の仕事を始めた俺は、シーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。
エヴァ嬢の村で人生の目標について考えたあと、下山して東ヴァルハラ市に帰ろうとしたら【戦争】が始まっていた。
そして、その状況下での俺の仕事は【戦時伝令使】。
終戦のために両国間の情報伝達を担う、危険だけど重要な仕事。
西側の検問所で受領した手紙を首都の王城に届けたら、返信を用意するからと王城区画近くの宿屋で一晩待機。
翌日返信を受け取って検問所に届けたら、そこでも返信の返信を用意するために一晩待機。
また翌日に返信の返信を受領して王城に届けたら、今度はすぐに返信の返信の返信を受け取ってまた検問所へ。
両国間のやり取りの内容は分からないけど、終戦に近づいていると思いたい。
次の返信の用意には時間がかかるとのことなので、しばらく休みになった。
首都に行ったとき、王城外壁沿いの広場で演説している集団が居て、実効支配された都市ではエスタンシア帝国軍による民間人の虐殺が行われているとのことだった。
バイク屋のおっちゃんやソンライン店長夫婦が心配だったので、検問所の所長であるアレク中尉に東ヴァルハラ市に行きたいと頼んだら、そこで見た物を他言しないという条件で許可をもらえた。
そういうわけで、東ヴァルハラ市に帰ってきた。
市内には人気は無く、銃を持ったエスタンシア帝国の軍人が巡回している。
俺を見つけると手を振ってくれたり、軽く敬礼したりと、【戦時伝令使】は軍人さんには歓迎される存在のようだ。
バイク屋に行くと、エスタンシア帝国の軍人が店の前で売り物のバイクを燃やしていた。
おっちゃんが毎日大事に磨いていたバイクが黒焦げにされていく。
あんまりな光景に思わず声をかける。
「何をしているんですか?」
「あー、これは、武器に転用可能な民生品を処分しているところだ」
「でも、おっちゃんが大事に磨いていたバイクを燃やすなんて、ひどいじゃないですか」
俺もバイクを黒焦げにしたことあるけど、そこは棚上げ。
「あんちゃん店長の知り合いか? 店長の合意は取ってあるぞ」
「えっ。おっちゃんは許可したんですか?」
あんなにバイク大事にしてたのに。
「【戦争】だからな、事情を説明したらしぶしぶ合意してくれたよ。もったいないとは思うが、今は仕方ない」
「ちなみに今、おっちゃんは何処に居るんですか?」
「あー、身内が疎開するっていうんで、娘さんの店を手伝うって言ってたな」
「娘さんっていうことは、【昆虫食販売店】か」
「あんちゃん【戦時伝令使】だろ。行くのは構わんが、くれぐれも言動には気を付けてくれよ。これ以上事態を悪化させないようにな」
「わかりました」
バイクを燃やしている軍人に別れを告げて、ソンライン店長の【昆虫食販売店】に向かった。
…………
「ヨー坊か。久しぶりだな。元気してたか?」
「元気ですよ。おっちゃんの方は大丈夫ですか?」
「……ちょっとしんどいな。悪いが手伝ってもらえんかの」
【昆虫食販売店】へ行ったら、おっちゃんが1人で昆虫食のパックを木箱に詰める作業をしていた。
俺も手伝った。手伝いながらいろいろ聞いた。
【宣戦布告】と同時に市内は厳戒態勢になり、ダグザ大佐率いる国境防衛隊が応戦の為出撃した。
でも、街はあっというまにエスタンシア帝国軍に包囲されてしまい、絶体絶命の状況に。
そこで、中央ヴァルハラ市に居る国王陛下からの降伏受諾指令が届き、都市防衛任務に当たっていたユグドラシル王国軍は降伏。
東ヴァルハラ市はエスタンシア帝国の実効支配を受け入れることになったとか。
街を占領したエスタンシア帝国軍は、武力による反乱を防ぐ意味で市内の武装解除を行い、その一環として魔法適性のある混血者を街から追い出したという。
「バイクを燃やされたのは痛かったけどなぁ。でもそれ以外で別段ひどいことはされとらん。彼等は結構紳士的だ」
首都では、エスタンシア帝国軍は残忍で、女子供も容赦なく虐殺するとか言われてたけど、違うんだ。よかった。よかった。
「おっちゃんが無事で安心したよ。でも、店長夫婦は何処行ったんだ?」
「娘は混血で魔法適性あるからな。夫婦揃って他の混血者達と一緒に南側にある小さな町に疎開したよ」
ソンライン店長の奥さんは料理で【火魔法】を使いこなしていた。
どこまで大きい火が出せるか分からないけど、武器として使ったら確かに危ないな。
「でも、ソンライン店長はせっかく作った店を追い出されて残念だっただろうなぁ」
「いや、夫婦揃ってなかなかちゃっかりしとる。エスタンシア帝国軍から移転補償金受け取って、疎開先の町はずれに大規模な2号店作りおった」
「……すごいですね。店長そこまで商売上手でしたっけ?」
「娘の入れ知恵だな。昆虫食の大規模養殖施設も併設して、昆虫食文化の発信基地にすると言って張り切っておる。店を含めた施設の名前は【サロンフランクフルト】だそうだ」
「なんなんですかそのネーミングセンス」
「娘の思い付きだ。由来は、わからん」
店長の奥さん。なかなか独特のセンスがあるなぁ。
コンコン
玄関ドアからノックの音。
誰だろう。
「どちらさまですかー?」
「エスタンシア帝国軍の者だ。注文の品を受け取りに来た」
ガチャ
なんか懐かしい流れで入ってきたのは、ダグザ大佐ではなくエスタンシア帝国の軍人3名。
注文の品とか言ってたけど、何を買ったんだろう。
「まいどありー。箱詰め終わってますよー。ヨー坊。【大満足昆虫食パック詰め合わせ箱】をトラックに乗せるの手伝ってくれ。力仕事好きだろ」
おっちゃん楽しそうだな。
軍人さんに聞いたところによると、エスタンシア帝国の食糧難は都市内で餓死者が出るほど深刻らしい。
だから、東ヴァルハラ貨物駅の仮設穀物倉庫に残っている小麦を鉄道で送るのを最優先の任務にしているそうだ。
そんな中で、この店で扱っている【昆虫食】も食料として優秀であることを知ったので、貴重な小麦の節約のため、駐留する軍人の糧食を全部【昆虫食】に切り替えたとか。
「【昆虫食】の資料は読ませてもらった。まさか虫を食うことになるとは思わなかったが、生産性に優れていて栄養価も高い。今の状況では素晴らしい食材と言えるだろう」
「苦手な人とか居ないんですか?」
「そうも言っては居られないし、そもそも【軍人】は野戦訓練も受けてるからそれほど抵抗は無い」
そうなんだ。そういえばユグドラシル王国軍の皆さんもすぐに慣れてたな。
【軍人】さんのリーダーとおっちゃんが次回の入荷予定について相談。
他の2人は、テーブル席でコーヒーを飲みながらくつろく。結構慣れた雰囲気だから、普段から入り浸ってるようだ。
戦時下だけど、この店にあるのは店員と【軍人】さんの所属が変わっただけのいつもの光景。
町も店も、見かけ上は平和だ。
「【サロンフランクフルト】で増産した分が来月には届く。入荷量は5倍になる予定だ」
「それは助かる。それだけあれば本国にも送ることができる。できた分は全部買い取るから、養殖設備の増設も進めて欲しい。必要なら資金は工面しよう」
【昆虫食】大繁盛だよ。よかったね店長。
戦争が終わったら、エスタンシア帝国にも支店が出せるんじゃないかな。
そういえば、店長のところは大繁盛だけど、俺は給料どうなるんだろう。
●オマケ解説●
【戦争】で実効支配されてしまった住処に帰ったら、戦時下ながらも普通の日常がそこにあった。
戦争になってしまっても、日常はそこにあるのです。
そして、虐殺とか言っているのは、何処の誰なんでしょうねぇ。




