12月10日 俺様 鞄を開けた(3.1k)
ユグドラシル王国軍の【伝令使】の仕事で、しばらく身を隠すという謎の特殊任務を終えて帰路に付いた俺は、シーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。
特殊任務の期間中はずっとエヴァ嬢の村に居た。
毎晩スプラッターにされたけど、エヴァ嬢と過ごす毎日は最高に楽しかった。
子供が産まれたら、俺は街に家を買って【家庭】を作る。
平和な街でエヴァ嬢と一緒に【坊】を育てて、育った【坊】が新しい【家庭】を作るところを見届ける。
俺はそんな人生を目指すと決意した。
そして、指定の期日が来たので午前中に出発。
下山してから街道沿いに走り、先ずは西ヴァルハラ市を目指す。
「そこのでかいの。止まれ」
街道をゆっくり目で走っていたら、男に声をかけられて止まる。
大きめの【銃】を持っている【軍人】のようだけど、ユグドラシル王国軍とは服装も装備も違う。
「何でしょうか」
「ここは【国境線】だ。検問所を素通りしようとするんじゃない」
検問所と聞いて周りをよく見ると、確かに街道脇に小屋があり、その近くには見たことの無い大きな車両が止まっていた。
そして、その車両の脇に記載された文字を見て、息を飲む。
【エスタンシア帝国軍 南方第二師団】
俺は、ヴァルハラ川を渡っていない。
ここはいつも通るユグドラシル王国の街道のはず。
…………
「お前さん本当にでかいなぁ」
「よく言われます」
【検問所】と呼ばれた小屋に連れていかれて、年配の【軍人】の方から取り調べを受ける俺。
一体何が起きているのか、聞きたいことがありすぎる。
「ここはユグドラシル王国のはずですが、一体何が起きているんでしょうか」
「まぁ、いろいろ聞きたいことはあると思うが、先に所持品検査をさせてくれ。【検問所】とは言っても、物騒な物を持ってないなら通せんぼするつもりは無いんだ」
【黒い鞄】は秘密と言われていたけど、これが何なのかは見ても分からないからいいやと思って、前持ちリュックサックの中身を全部テーブルの上に出した。
・洗車パイプ
・コーヒーで汚れたノート
・着替え
・【黒い鞄】
「この鞄、お前さん、【伝令使】だったのか」
「はい。仕事でユグドラシル王国軍の【伝令使】をしてます」
この【黒い鞄】が何なのか分かるのかな。見せちゃマズかったかな。
「たぶん詳細は聞いていないんだろうが、この【黒い鞄】の出番だ。奥の個室でその鞄を開けて、中に入っている資料を読んでくれ」
「でも、これは有事の際に開けるもので、勝手に開けると【死刑】になると聞いていますが」
具体的にどんな時に開けるのかは聞いていないし、間違えて開けて【死刑】になるのは嫌だ。
「私はエスタンシア帝国軍南方第二師団のアレク中尉だ。開封指示の責任は私が取る。そして、今は【有事】だ」
「わかりました。ちなみに、【有事】って何ですか?」
これも、ダグザ大佐から聞きそびれていたことだ。
「この場合の【有事】っていうのは、【戦争】だ。エスタンシア帝国とユグドラシル王国は現在、交戦状態にある」
…………
アレク中尉の指示で、俺は奥の個室を借りて鞄を開けた。
中に入っていたのは、白い頑丈な布に変な模様が入った大きなゼッケンのようのなものと、【極秘】と書かれたちょっと厚めの本。
その本が説明書らしいので読んでみた。
この鞄を開けた俺の仕事は【戦時伝令使】。
ユグドラシル王国とエスタンシア帝国の間で【戦争】が始まってしまった場合、中立の立場で双方の情報伝達を担う。
最前線をまたいで終戦のための情報交換を担う、危険だけど重要な仕事。
鞄に入っているゼッケンが【戦時伝令使】の目印で、どちらの軍もこれを着用した人間への攻撃は禁止されている。
その代わり、この仕事をする以上は、許可されていない情報を他言することは許されない。仕事上、双方の陣地の場所や兵器についての情報を知ってしまうが、それを相手方に伝えてしまうと【スパイ行為】となるためだ。
もしも、許可されていない情報を漏らしたことで戦況に関与してしまった場合は、やはり【死刑】が適用される。
「とんでもない仕事だなぁ」
思わずため息が出る。
当然、この説明書の内容も極秘。
本の背表紙には発火装置が仕込んであるそうで、万が一戦死しそうになった場合は、死ぬ前にこの本を焼却するようにと書いてある。
なかなかの無茶ぶりだ。
そして、本の後半の資料集には、この世界の隠蔽されている歴史が書いてあった。
二百年近く前に外洋人がこの大陸に入植した時の話。
ユグドラシル王国は原住民との融和を選んで建国された。それに対して、エスタンシア帝国は原住民を武力で駆逐して侵略で国土を拡大することを選んだと。
シーオークの村に居た時はこんな話は聞いたことがなかった。原住民と外洋人はずっと仲良く暮らしていたと思っていた。
実際は一部の外洋人に敵視されていたなんて、ショックだ。
でも、今の俺なら分からなくもない。
エヴァ嬢の村の人達。ちょっと理解できない習性を持ち、怒らせたら異次元の魔法破壊力を発揮する。
純血のシーオークも怪力や頑丈さは外洋人から見れば異次元だし、怒らせたら【鬼】だ。
嘘をついたり騙したりしなければ怒らせることも無いんだけど、外洋人から見ればそれも理解不能な習性なんだろう。
そして、【鬼人】や【獣人】等の原住民に比べて外洋人の身体は脆い。崖から落ちたり炎で焼かれたりしたら簡単に死んでしまう。
当たり前のようにそんなことをする原住民を恐れるのは当然だ。
原住民と外洋人は、そもそも共存自体が難しかったんだ。
…………
知りたくなかったことが多かったけど、一通り説明書を読んだので、ゼッケンを着用して個室から出た。
「おっ。読んだか?」
「……はい」
アレク中尉が机の上で何かを書きながら待っていた。
「私もその資料の中身は知らない。分かっていると思うが、私達含めて他言はするなよ」
「はい」
「まぁ、知りたくないことをたくさん知ってしまって、大概げんなりしているんだろうが、仕事を頼みたい。いけるか?」
「いけます」
俺の【戦時伝令使】としての初仕事は、エスタンシア帝国の最前線からユグドラシル王国政府への【手紙】を届けること。
移動経路を考えるための情報として、現在の戦況と国境線周辺の状況を教えてくれた。
エスタンシア帝国軍は、12月8日の開戦初日にユグドラシル王国軍の国境防衛隊を撃破。翌日には川沿いの都市群を制圧して、実効支配を完了。
それらの都市をエスタンシア帝国の領土に含める形でヴァルハラ川より南側に【国境線】を設定した。
【国境線】と、それを超えるための検問所の場所も教えてもらった。
そして、俺が預かった【手紙】の中身は、ユグドラシル王国政府宛ての【降伏勧告】とのこと。
俺は、ここで知ったことを誰にも喋ってはいけない。知らせてはいけない。
俺に許されることは、黙って【手紙】を届けることだけ。
ダグザ大佐達がどうなったのかは気になるけど、先ずは仕事だ。
【戦争】を終わらせるために、首都に【手紙】を届ける。
気になることがあったので、出発前にアレク中尉に聞いてみた。
「二国間で【戦時伝令使】なんてルールを共有できるのに、なんで【戦争】になっちゃうんでしょうか」
「……それを【軍人】に聞くな」
嫌そうな顔をされてしまった。
●オマケ解説●
山を下りたら、【戦争】でした。
何処かで一線を越えてしまったら、日常が瓦解するのは一瞬です。
家族と生きる平和な日常を夢見た男は、平和の使者として街道を駆ける。
この世界の未来のために。




