11月 4日 俺様 名入れした(3.3k)
ユグドラシル王国軍の【伝令使】が忙しくなったので、そっちが本業になりつつある俺は、シーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。
店の利益とレシピ本の印税により【昆虫食販売店】の経営は順調で、2号店出店も考えているとか。
そして、収入が安定してきたソンライン店長は時間を見つけては【結婚相談所】に通うようになった。
外洋人の男にとって【家族】を持って【妻】を養うことは人生の目標だと店長が熱く語っていた。
俺も外洋人の街で彼等に混ざって暮らしたいから、いずれ【家族】が欲しいと思った。
子供も生まれるし、エヴァ嬢を誘ってみようかな。
そんなことを考えながら、今日もエヴァ嬢の村に来た。
夜明け前に出発して月明りを頼りに走ってきたから、午前中に到着。
早く来たのは、新鮮な【イワナ】をご馳走するためだ。
食べ物は沢山必要なので、他にも前持ちリュックサックに【揚げ芋虫】と【コオロギの素揚げ】と【乾燥ミールワーム】をそれぞれ15パック入れてきた。
こっちは保存が効くからおやつとしておいていく。
神社に行く前にヴァルハラ川で【イワナ】を確保しようと、村の入口から入って神社の西側目掛けて走ろうとしたら、フロギストンの流れを感じて止まる。
シュゴォォォォォォォォ
「…………」
俺の立っている場所と神社の間に、炎の壁で挟まれた回廊が出現。
ヴァルハラ川への道が閉ざされてしまった。
【イワナ】無しで神社に入ったらどんな目に遭うか、もうわかる。
一択の選択肢を前に俺は覚悟を決めた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
ドドドドドドドドドドドドドドド
炎の回廊を駆け抜けてエヴァ嬢の待つ神社に走る。
「こんにちは! おじゃまします! お元気ですか!?」
「いらっしゃい。待ってたよ。肉が食べたいの」 ジュルリ
お腹を大きくしたエヴァ嬢がベッドの上で座って待っていた。
その眼には【捕食者の眼光】が輝き、軽く開いた口の奥には大きく鋭い牙が見える。
「えー、今日は店長新作の【乾燥ミールワーム】を持ってきましたよ」
「肉が食べたいの」
「タモ網があるから、ヴァルハラ川に居る新鮮な【イワナ】をご馳走できますが」
「肉が食べたいの」
「……俺が、ベッドに横になればよいでしょうか」
「それでお願い」
前持ちリュックサックを降ろして、また【しぶき】がかからない場所に隠す。
そして、ベッドで待つエヴァ嬢の隣に横になる。
今回はこうなることを予測、いや、覚悟していたので、着替えを2着持ってきた。
明日も休暇を申請してあるから時間もある。
「話し合いが通じる人って好き」
お腹を大きくしたエヴァ嬢が仰向けの俺の上に乗り上げてきた。
そして、脳内にいつもの雑音が響き、意識が遠くなる。
ザァァァァァァァァァァ
…………
「…………」
目が覚めたら、スプラッターだった。
「あ、起きた?」
隣に座っているエヴァ嬢が楽しそうに俺を見下ろす。
何かごそごそと作業をしているようだ。
起き上がって自分の身体を確認すると、やっぱり服が全身スプラッター。
よく見ると、胸からお腹にかけて服の布が切り取られている。
布ごと食べたのか?
「できた!」
何か作業をしていたエヴァ嬢を見ると、割烹着のお腹の部分にスプラッターになった俺の服の生地が縫い付けられていた。
その生地の部分に刺繍で文字が入っている。
【エヴァ ヨライセン】
名入れか!
「裁縫上手なんだな。それは何を作ったんだ?」
「お腹が膨らんで割烹着が苦しくなってきたから、アナタの服で布を足してお腹の部分を広げてみました。ついでに名前を入れてみました」
「なんか、俺の血がべったりついているけど、洗ってからの方が良かったんじゃないか?」
「この臭いがイイの。アナタが傍に居る気がして。坊も喜んでる」
「坊って、お腹の子供か?」
「そう。最近お腹の中でよく動くの」
「生まれるの、楽しみだな」
「……そうね」
エヴァ嬢は何処か寂しそうに応えた。
【妊婦さん】の扱いは非常に難しいものだとワイズマン博士から聞いていたけど、本当に難しい。何と言うか、俺にも考えが読めない。
子供が生まれるなら、【結婚】とか【家庭】とか、そういう話もしたいけど、何となく今は話をしないほうがいい気がする。
下手なことを言って怒らせてしまう前に、集会所に行って情報収集しよう。
「俺、着替えて集会所行きたいんだけどいいかな」
「いいよ。行ってらっしゃい」
着替えて、前持ちリュックサックから【揚げ芋虫】と【コオロギの素揚げ】と【乾燥ミールワーム】をそれぞれ13パック出して机の上に置いてから俺は集会所に向かった。
ベッドの上に座るエヴァ嬢を見ると、さっきよりもお腹が膨れていた。
どんだけ食べたんだ。
…………
「ヨー坊! 来てくれたか!」
「エヴァに食べ物持ってきたか!」
「エヴァはどうだった!?」
集会所で獣脚男達に歓迎される俺。
今日は気になることが沢山ある。
集会所前の広場に7本セットの爪痕が沢山刻まれていたし、神社の裏側を囲む柵が一部爪痕で破壊されていた。
「エヴァ嬢はさっき食事を終えたところで、まぁ元気そうでした」
「よかった! 元気そうでよかった!」
「最近恐くて、俺達近づけない」
「ヨー坊だけが頼り!」
「えーと、この村の【妊婦さん】は毎回こんな感じなんでしょうか」
ワイズマン博士から外洋人の【妊婦さん】は狂暴化することがあるとは聞いていたけど、なんかエヴァ嬢はそれ以上にも思う。
この村の【妊婦さん】はこれが普通なんだろうか。
「俺もよくわからない」
「最近【妊婦さん】見ない」
「最後に生まれたのエヴァだった」
そういえば、この村には女性も居ないし子供も居ない。
でもシーオークの村もそうだった。俺が一番若かった。だから俺も【妊婦さん】を見たことは無いし、シーオークの子供を見たこともない。
「その、最後に見た【妊婦さん】というのはどんな感じでした?」
「山が真っ二つになった」
もういいや。
過去に何があったのか、聞くのが恐い。
…………
いつも通り彼等にお土産をご馳走しつつ、集会所の中を観察する。
タペストリーやポスターでいっぱいになった壁。服がたくさん吊ってあるハンガーラックやいろんなものが入った箱。本棚もある。
一時期は物が増える一方だったけど、今見ると、以前あったものが一部無くなっているようにも見える。
一応片づけているのだろうか。
「以前あったタイヤとかは捨てたんですか?」
「タイヤは飽きたから埋めた」
「埋めた?」
ちょっと意味がわからない。
「街で気に入ったもの買い集めていたら、部屋が狭くなってきた」
「だから、皆で話し合って、飽きた物は村の端に埋めてる」
「捨てたわけじゃない。また使いたくなったら掘り出す」
「なるほど、そうやって部屋を片付けているんですね」
雨とか降ったら大丈夫なんだろうか。
何となく本棚を見てみると、【紙の砲弾】のバックナンバーがびっしり。
そして、大佐の悩みの種である【例の本】も揃ってる。
獣脚男の方々はこういうのがツボなんだな。
「ヨー坊、ちょっと頼みがあるんだ」
「なんですか?」
「街でエヴァみたいな獣脚女を見かけたら、村に帰ってくるように伝えて欲しい」
「エヴァのために今は女手が欲しいんだけど、連絡がつかないんだ」
「わかりました。探してみます」
今の俺は仕事の都合で結構行動範囲が広い。
南東部の都市で黒目黒髪の人が多く住んでいる地域があったから、もしかしたらそこに居るかもしれない。
次に行く機会があったら探してみよう。
日も傾いてきた。
暗くなる前に【イワナ】を捕まえてエヴァ嬢の所に行くか。
次は12月4日。
さらにお腹が大きくなっているんだろうなぁ。
生まれるのが楽しみだなぁ。
●オマケ解説●
美味しく食べた後は【回復魔法】で治療する。
波動治療とフロギストン物質変換を組み合わせた超高速生体再生手法。
使い方は間違っているけど、実用性は抜群。
膨らんだお腹に両親の名前の入った布を被せる。
風習というわけでもなく、単なる思い付き。
相方の服を勝手に切るのはどうかと思うが、何度も喰われているとそんな細かいことは気にならない。
たまに奇行に走る狂暴化妊婦さん。
これは、男が親となるための最初の試練だ。
そして、熊の習性。食べきれない獲物は埋めて隠す。
埋めた場所は覚えているので、結構便利な収納術。
身重の伴侶に月一で訪問。
単身赴任のサラリーマン状態。
彼女をマイホームに連れ帰る日は来るのか。




