8月26日 俺様 励ました(3.2k)
【食材流通組合】と兼務しているユグドラシル王国軍の【伝令使】の仕事にも慣れてきて、首都への緊急速達任務で多めの手当てを貰ってホクホク気分な俺はシーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。
バイクに乗るより走ったほうが速いけど、暗い所が苦手なので夜間走行はバイクの明かりが必須だ。
13日前、ソンライン組合長は【風説の流布】容疑で【逮捕】された。
でも、容疑はすぐに晴れた。
むしろ、変な人達にボロボロにされたことの方が事件化されて、【被害届】を提出。それにより、変な人達のうち何人かが【強盗傷害容疑】で【逮捕】された。
『軍は善良な市民に危害を加えるなー!』
『民意を反故にする不当な拘束は許さーん!』
その結果、変な人達の奇行はエスカレート。【裏切者】として、ソンライン組合長は彼等に付け回されるようになってしまった。
ソンライン組合長の安全確保のために【食材流通組合】の入居する建屋周辺を【ユグドラシル王国軍】の軍人が終日警護するような状態になっている。
「本当にもうイヤだ。何なんだよあいつら……」
「迂闊に関わるからだ」
ダイニングのテーブルでうなだれるソンライン組合長にツッコミを入れるのは、ダイニングでくつろぐ【ユグドラシル王国軍】所属のダクザ大佐。
純血の外洋人にしては珍しく俺と同じぐらいの長身で、顔が恐くてマッチョなオッサンだ。
「でも、あの人達本当に何なんですか? 近所の人が迷惑がってますけど」
「【市民団体】だ。普段は首都で迷惑な活動をしているが、小麦に関わる変な噂を聞いて小麦輸送の妨害のためにこっちに集結しやがった」
『小麦をエスタンシア帝国に送るなー! 盗られるぞー!』
『国民は飢えている! 今すぐ小麦輸送を中止しろー!』
今日も変な人達が駅の近くで騒いでる。
変な車が出す罵声がここまで聞こえる。正直、うるさい。
「小麦粉が品薄で困っている人は多いから、彼等の主張もあながち間違ってないと思うけど、倉庫に集めた小麦を国内に売るわけにはいかないんでしょうか」
「俺に聞くな。俺は【軍人】だぞ」
思っていた疑問をダグザ大佐にぶつけてみるが、スルーされてしまった。
シーオーク由来の感なのか、この人は仕事以外でも俺に何か隠しているような気がするけど、それはスルーだ。
外洋人の社会は【嘘】や【隠し事】を上手く使って円滑に回しているんだ。
「それにしても大佐殿。皆して何でここに入り浸るんでしょうか」
広いダイニングでは、大佐以外にも軍人が3人テーブルでくつろいでいる。他にも遊びに来た近所の人が4人ダラダラしてる。
「警護しているんだろうが。あの連中に襲われるのは嫌だろう」
組合長が【逮捕】された日以来、【食材流通組合】には軍人が常駐している。
そのせいか、変な人達に絡まれた市民がここに逃げ込んで来ることが増えて、軍人と市民のたまり場になりつつある。
『民意を踏みにじる軍人は街から出ていけー!』
『戦争を仕事にする軍隊は解散しろー!』
また変な人達が無茶苦茶言ってる。
「軍にはここに居て欲しいけどな。むしろあいつらが出て行って欲しいけどな」
「そうだな」
逃げ込んできた近所の人たちがぼやく。もっともな話だ。
毎日のように駅周辺で大騒ぎするのも迷惑だし、駅の仕事の邪魔をするのも迷惑だし、帰った後に駅周辺をゴミだらけにしていくのも迷惑だ。
ゴミは近所の人と軍で協力して片づけしてるとか。本当に迷惑だ。
『戦争反対! 軍隊は不要! 無駄飯喰らいの軍人は即刻クビ!』
『国王は平和を望む国民の民意を尊重しろー!』
「迷惑な事する連中が居なけりゃ、俺達も喜んでクビにされるんだがなぁ」
大佐がぼやく。
「そうですねぇ。軍隊さえなければ戦争もなくなるんでしょうし」
「ヨライセン。それは笑えない冗談だぞ。軍隊は【戦争をしないため】にあるんだ」
「そうなんですか大佐。よくわかりませんが」
「まぁ説明は難しいが、俺達軍人は戦争が嫌いだから軍人をしてるんだ」
テーブル席で大佐の部下3人が意味深な笑顔で俺を見ている。
理屈は良く分からないけど、皆戦争が嫌いというのは分かった。
ソンライン組合長が、皿に盛った【揚げ芋虫】をテーブルに持ってきた。
「新作だ。食べられる人は試食して感想を聞かせて欲しい」
「おお、いい匂いだ」
「いただきまーす」
大佐と軍人と近所の人が集まって【揚げ芋虫】をつまむ。
最初は【昆虫食】に皆ドン引きしていたけど、ソンライン組合長の調理や味付けの工夫で苦手を克服する人が増えて、今では来る人の大半が普通に食べている。
「いつもすまないね。ソンラインさん」
「少ないけど、材料費置いてくよ」
「助かります」
小麦粉が入手難なので、この【昆虫食】はじわじわと普及しているとか。
『国民に虫を食わせようとする国王を許すな―!』
『虫は食品じゃなーい! 国産小麦粉を放出しろー!』
『食べ物の怨みの恐ろしさを思い知れー!』
変な人達は、昆虫食が苦手らしい。
まぁ、食べ物の怨みの恐ろしさというのは、そのせいで【食べ物】にされた俺には痛いほどわかる。
「なんか変なことになっちゃったけど、人に料理を出せるのは料理人として嬉しいよ」
完食されて空になった皿を見たソンライン組合長は嬉しそうだ。
仕事の現状は散々で収益が全く無くて、二人の退職金と俺の給料で生活維持してるけど、毎日が楽しそうで俺は嬉しいよ。
「ヨライセン。お前、西ヴァルハラ市より西側に行くことあるか?」
「ありますよ。月一で通ってる場所があります」
エヴァ嬢の村は西側の山の中にある。
「まぁ無いとは思うが、万が一【亡命者】を発見したら、身柄を確保して軍の施設に連行してくれよ」
「そうだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 バーン
ソンライン組合長がダイニングで机を叩いていきなり絶叫。
全員がぎょっとして注目。
「最近は散々だったから忘れてたけど、私は自分の店を持つことが夢だったんだ!」
いや、夢って忘れるものか?
「もうここを【昆虫食】の店にすれば、レシピも貯まってきたし、常連客も居るし、競合店舗無いし、夢完成じゃないか!」
「あー、確かにすごくいいですね。このダイニングちょっと模様替えすれば喫茶店風にできますし」
「仕入れと! 営業許可申請と! 店舗改装工事と! とにかく行ってくる!」
ドドドドドドド バターン ドドドドド
「待てソンライン! 一人で飛び出すな!」
ドドドドドドドドドド
ソンライン組合長が飛び出して、大佐と軍人が追いかける。
組合長はたまにぶっ飛ぶところが面白い。
…………
バターン
「営業許可申請出してきた! 開店するぞ!」
「いや、申請して許可が下りてから開店する物じゃないですか?」
一人で帰ってきたソンライン組合長が未だにぶっ飛んでいるから思わずツッコミ。
「善は急げだ! こんなものはやったもん勝ちなんだよ!」
「店舗への改装とかいいんですか? 工事できるほどお金ないですよ。しかもここ借家でしょ」
「店ができたらみんな喜ぶ! 夢が叶う! グッジョブだ!」
「意味が分かりません! 落ち着いてください組合長! 変な事したらまた【逮捕】されますよ!」
コンコン
玄関ドアからノックの音。
「ユグドラシル王国軍の者だ。ソンラインは居るか?」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
ガチャ
ダグザ大佐だ。
「ソンライン。営業開始許可が下りたぞ」
「えぇっ!?」
「国から【昆虫食推進協力金】の名目で助成金も出るぞ」
「ええぇっ!?」
良かったね組合長。
散々な目に遭ったけど、運が向いてきたんじゃないかな。
俺も営業手伝うから、いつか【給料】くださいね。
●オマケ解説●
民意の代弁者を自称する【市民団体】。まぁピンキリだけど、中には迷惑な人達も居る。
そもそも、民意を反映したいなら選挙行けよと。
ちなみにこの国、王は居るけど議会はあって選挙もある。だけど、王の権限が強いので、案件によっては王が議会を否定するようなこともあったりする。
そういう意味では、【市民団体】の鬱憤も分からなくはない。




