7月 3日 俺様 消火した(2.7k)
【食材流通組合】でユグドラシル王国産小麦粉の流通方法を考えつつ、東ヴァルハラ貨物駅で雑用係をする俺はシーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。
今朝いつも通り東ヴァルハラ貨物駅に出勤したら、駅の電気設備に故障が発生して操業ができないとのことで俺は臨時休暇になった。
明日はエヴァ嬢に会いに行くため休暇を申請しているから、俺は2連休だ。
時間が出来たので、市街地に行って、明日持っていくお土産とか新聞とか本とか買ってから帰った。
そしてそれからソンライン組合長と【食材流通組合】の仕事。
実は【食材流通組合】の仕事はうまくいっていない。
テーブルで対面に座るソンライン組合長がぼやく。
「どいつもこいつも頑固だ。料理人の気持ちを理解してくれない」
「そうは言っても、そういう決まりで仕事をしてるんだから仕方ないんじゃないでしょうか」
国産小麦の入手ルートを確保するため、ソンライン組合長は貨物駅に小麦を運んでくるトラックの運転手さんに片っ端から小麦の横流しをお願いしていた。
でも、全部断られてしまって行き詰ってる。
「おかげで、全部【標準小麦粉】にされてしまった」
「まだ全部じゃないですよ。二次輸送、三次輸送も計画ありますよ」
東ヴァルハラ貨物駅からエスタンシア帝国に小麦を送り、その帰りの便でエスタンシア帝国で製粉と加工をした小麦粉が運ばれてくる。
ここ数日その繰り返しだった。
国土北側の収穫分を【標準小麦粉】に変える一次輸送計画が昨日終了したところで、ヴァルハラ貨物駅の穀物倉庫は、届いたばかりの【標準小麦粉】でいっぱいだ。
電気設備の故障が直ったら、倉庫にある【標準小麦粉】を国内全域に出荷する仕事が待っている。
小型トラックへの積み込みは手作業だから、ビッグマッチョな俺の出番も増える。楽しみだ。
「二次輸送計画、三次輸送計画の予定は分かるのか?」
「駅長に聞いたら教えてくれると思うけど、またトラックの運転手さんに頼むんですか?」
「いや、いっそエスタンシア帝国に送られる前に倉庫を襲撃して強奪すれば……」
「やめてください。いろんな人に迷惑かけますよ」
ソンライン組合長が物騒なことを言い始めた。
強奪とかは本当にやめてほしい。
何処からどれだけ届いて、それをどの便でどれだけ運ぶとか管理するのはすごく大変だ。
たまに発生する【破袋】でも、現物と帳票に相違が発生しないように物流部の事務員さんが処理をしている。
だから横流しとか強奪とかされるといろんなところに迷惑がかかる。
ちょっと話題を変えよう。
「街で新聞買ってきたんですが、料理の記事がありますよ」
「ほぅ。どんなのだ?」
【ユグドラシル王国では 今、昆虫食が大ブーム】
「そんなわけあるかぁぁぁー!」 ガターン
「わぁぁぁぁぁぁ」
見出しを読んだソンライン組合長がいきなりキレた。
「そんなモンが食えるわけないだろうがぁぁぁぁ!」
「でも、結構美味しいですよ」
街中に専門店ができてたから、試食してみた。
結構美味しかったからエヴァ嬢の村へのお土産もかねて買ってきた。
「食ったのか! そして買ったのか!」
「組合長もどうです?」
俺のおやつ用に買ってきた袋をリュックから出した。
【揚げ芋虫】
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 ガターン ズザザザザザ
ソンライン組合長が台所の端まで逃げた。
店で買った時も、苦手な人はすごく苦手だから取り扱いに気を付けるようにとは言われていたけど、料理人である組合長がここまで引くとは思わなかった。
「……いや、でも、私は料理人。こんなキワモノ食品も料理には違いない…」
冷静になったソンライン組合長が戻ってきた。
そして、【揚げ芋虫】を1個食べた。
「……美味いな。口に入れるまでにものすごい葛藤を伴うが、食べてしまえば美味い」
「そうでしょう。しかも、安いんです」
「そうなのか。私もその店行ってみるよ」
【揚げ芋虫】をまた1個食べて、新聞の記事を読むソンライン組合長。
「うーん。安くて栄養価も高い。種類も豊富で、調理も簡単。見た目とか、気分的な抵抗さえ克服できれば、確かに魅力的な食材ではあるんだな……」
【揚げ芋虫】をさらに1個食べつつ、興味を持ってくれたようだ。
「小麦粉の値上がりも続いてるし、収入源も限られてるから、当面コレをメニューに加えるか」
俺達の食事の献立に加えるようだ。
「味付けに改良の余地があるから、加工前の材料売ってたら自分で調理してみたい」
調理方法も研究するようだ。さすが料理人。
「でも、大ブームってのは嘘だな。料理人の私が知らなかったぐらいだ。この記事は広告記事でもなさそうだけど、どういうことだ?」
大ブームじゃなかったんだ。新聞の印刷間違えたのかな。
「……東方が赤く燃えている?」
話がぶっ飛んだ。
ソンライン組合長はたまにぶっ飛んだ言動するけど、このぶっ飛び方は初見だな。
「ヨライセン! 窓の外! 火事だ! あれは、東ヴァルハラ貨物駅じゃないか!」
窓の外を見ると、確かにすごい炎と煙が上がっている。
東ヴァルハラ貨物駅の倉庫がある付近からだ。
「大変だ! 今、駅には消防車が1台も無いんだ!」
「行くぞヨライセン! お前のパイプは消火にも使えるだろう!」
…………
俺達は東ヴァルハラ貨物駅に急行して、倉庫の消火を手伝った。
俺の洗車パイプは確かに消火にも使えた。
だけど、電気設備の故障の影響で火災の発見が遅れたことと、消防ポンプも運転できず初期消火ができなかったことが災いして倉庫は全焼してしまった。
倉庫が焼け落ちる寸前にソンライン組合長が燃える倉庫に飛び込んで、2袋だけ小麦粉の袋を運び出してきた。
料理人の執念恐るべし。
全焼して崩れ落ちた倉庫の前でルイス駅長と駅職員が呆然とする中、火傷の応急手当を受けたソンライン組合長が小麦粉の袋を開けた。
中に入っていたのは、茶色がかった粉。
「組合長。小麦粉って茶色いのか?」
「全粒粉ならそういう色合いのものもあるが、これは違う」
「これは、小麦粉じゃない」
袋には【標準小麦粉】と書いてある。
製造日とエスタンシア帝国の製粉工場の刻印もある。
俺達が昨日まで倉庫に運び込んでいた、今年のユグドラシル王国の主食となる大切な食料。
その中で焼け残った2袋。
でも、中身は小麦粉じゃない。
これは一体どういうことだ?
●オマケ解説●
昆虫食。
国や地域によっては割とポピュラーな食文化であり、環境負荷が小さくて栄養価が高いと近年見直されている部分もある。
だけど、苦手な人は苦手だ。
いくらエコだからって、嫌がる人に無理強いはやめよう。大変な事になる。
そして、炎上する建屋に飛び込んで家財を回収しようとするのは危ないから絶対に真似をしないでね。
普通に焼死します。




