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 6月16日 会長の憤慨(2.9k)

 【魔力発電】実用化のために、相変わらず国内各所を走り回っている俺は【錬金術研究会】のラッシュ会長。


 【魔力蒸気発生試験機】の評価結果を元に、先月から電力会社の発電プラント設計チームと共同で【魔力発電所】の設計検討を行っていた。


 その結果、蒸気発生器を多数のチャンネル管で分割して設計するというロクリッジ技師長の工夫が評価され、中規模の発電所への試験採用が決まった。

 老朽化のため今年ボイラの入れ替え工事が計画されていた第一汽力発電所の4号機に、魔力蒸気発生器の初号機が搭載される予定だ。


 つまり、【錬金術研究会】の主目的の達成。


 この朗報をメンバーに届けるために、俺は今朝未明に【錬金術研究会】に帰還。

 徹夜明けで朝日を浴びながら、今後の予定の整理をしている。


 第一汽力発電所4号機のボイラ入れ替え工事の工期は今年の7月から来年の3月。工期が伸びて稼働が遅れると国内の電力供給に支障が出る。


 責任重大だ。


 3日後には中央ヴァルハラ市で総合建設会社との打ち合わせがある。旧ボイラの解体工事から【魔力蒸気発生器】の組み立てと試運転までの工程表の作成だ。


 大規模な工事では一つの工程のズレが全体に波及する。工程ズレが生じると、数百人の作業員の仕事が滞ってしまい、それにより発生する損害額は莫大だ。


 設計も計画も決してミスが許されない。


 基本構成は【承認】された。

 【魔力熱源素子】と【フロギストン吸蔵合金】の製造工場も、発電所改装に向けて増築の準備をしている。

 大規模な公共施設工事になるので、ボイラ缶体製作会社、各種部品輸送会社、各部工事業者の入札も進んでいる。


 もう後には退けない。当然、退く気も無い。

 

 俺の夢が。

 脱石油によるエスタンシア帝国との対等の国家関係構築が目前に迫っている。

 総合建設会社との打ち合わせが終わったら、帰郷して親父の墓にも報告しよう。


 ドドドドドド バターン


 ロクリッジ技師長が俺の部屋に飛び込んできた。

 まぁ、ここで無作法する分には無害だが、近々電力会社の重鎮や、場合によっては貴族や王族に紹介することになる。

 できる男になってもらうために、一応言っておくか。


「コラ! 入室する時はノックをしろと言ってるだろ! それに、予定していた報告書が出てないぞ! 納期遅延は重罪だ。【絶対安全】の目途は立ったんだろうな!」


「会長! あの技術は【危険】です! 今すぐ開発を中止すべきです!」


「ゴルァァァァァァァァ!」


 ドガッ バキッ グシャッ ブン ガン ゴン メキッ スパーン ピョイーン ガシャーン パリーン ゴキッ ドーン バリッ バキッ


…………

 

 ゼーハー ゼーハー ゼーハー


 久々にロクリッジ技師長と【拳で対話】をしてしまった。

 二人して滅茶苦茶になった部屋の床に転がる。


 俺は中年。体力は下り坂。徹夜明けの身体にコレは応える。


 でも、ロクリッジ技師長のぶっ飛び発言の真意は確認しておかねばならない。このタイミングで怖気づかれても困る。


「ロクリッジ。一体どうしたんだ。らしくないぞ……」


「会長。あの構成には根本的欠陥がありました。【絶対安全】は無理です。プラントの大型化は危険です」


「今更だろう。そして、改善策は持ってきたんだろうな」


「本質的な問題です。解決策はありません。この技術は僕達に扱えるようなものじゃなかった。即刻計画を中止して、研究結果を封印すべきです」


「俺達の夢が叶おうとしているんだぞ。それに、電力会社も材料メーカーも建設会社も動き出してる。今更中止なんてできるわけがないだろう」


「そんなものは人間の勝手な都合です。何とでもなるでしょう」


「ゴルァァァァァァァァァァァ!」 ガバッ


 <第二ラウンド開始!> カーン


「勝手な都合だと? 何とでもなるだと? ここまで来るために、俺が資金繰りや関係者説得にどれだけ苦労したと思ってるんだ!」 トバキッ


「会長こそ! 物分かりが悪い癖にいつもいつも僕達の努力を踏みにじるようなことばかり言って! 研究だって大変なんですよ!」 スパーン


「資金あっての研究だろうが! お前の無計画な浪費にどれだけ苦労させられたか!」 ベチーン


「お金、お金、いつもお金って! 会長はお金以外に何にもないんですか! 技術への夢は無いんですか!」 ガシャーン


「夢があるからこそ頑張ってこれたんだ。糾弾されて! 罵倒されて! 何度も無能とか泥棒とか詐欺師とか呼ばれても、土下座して資金確保してこれたんだ!」 パリーン


「そこまでして富豪になりたいんですか! この守銭奴!」 パーン


「お金じゃないんだよ! 次世代に残す俺の夢なんだよ!」 ドスッ


「だったらなおさら、危険な技術を次世代に残すべきじゃありません! 中止して抹消すべきです! 会長は【絶対安全】が好きなんでしょ!」 ガン


「【絶対安全】が無理なことぐらい俺にだって分かってる! 直火だって火災になるし、ボイラだって空焚きすればパンクだ! 俺をバカにしてるのか!」 ゴン


「それを分かっているなら、何で毎回無理難題を押し付けるんです! そのためにどれだけ苦労したと思ってるんですか!」 ガキーン


「信じているからだ! お前の技術と発明を信じているからこそ、高い要求を出しているんだ!」 ゴチーン


「そんなものは信用じゃない! 【甘え】だ! 僕は会長の奴隷じゃない!」 ベキッ


 ゼーハー ゼーハー


「奴隷だと? お前は、俺に奴隷にされているつもりで働いていたのか?」

「そうだ。僕は好きな研究をしたかっただけなのに、物分かりの悪い会長に罵倒されながら、お金お金ってせっつかれて、いつも追いつめられて。今日も分かってくれなかった」


「俺は、お前を信じていたんだぞ。夢を託せる男だと」

「僕は、会長を信じたことなんて一度もありません」


「…………」


「……ロクリッジ。お前はクビだ」

「…………上等です。お世話になりました」


「待て!」

「何です?」


 ドサッ


「研究結果の買取資金と、退職金だ。お前の荷物も全部買いとる。部屋に戻らずコレを持ってすぐに出ていけ」


「これは……。 お世話になりました。さようなら」


「……今までご苦労だった。手ぶらなら、駅近くのホテルがお薦めだ」

「ありがとうございます。僕は、鉄道で首都に帰ります」


 バタン


 俺は、この正念場で、一番信頼していた部下に裏切られたのか。

 いや、最初から信用すらされていなかったのか。


 完成した発電所で。【錬金術研究会】の皆で祝杯を上げることを夢見ていたのに。

 さっき渡した金は、ボーナスとして感謝を込めて渡すはずだったのに。


 【錬金術研究会】を結成してから、俺は出資者の連中に一日中罵倒されるのが日常だった。

 いや、その前に日雇い労働者をしていた頃は、日雇いの仕事が切れた時はホームレス同然の生活になり、寒空の中で通行人に唾を吐きかけられるような毎日だった。


 夢があるから耐えられた。仲間がいれば辛くなかった。

 だけど、この別れは、辛い……。


 酒を飲んで忘れたい。


 いや、そんなことしている場合じゃない。計画を遅延させたら、俺は破滅だ。

 アイツの部屋に行って研究結果を回収しよう。

 ヨライセンもいろいろ知っているはずだ。


 もう後には退けないんだ。

●オマケ解説●

 信じてついて来てくれていたと思っていた部下と信頼関係が築けていなかった。

 体育会系の古株マネージャーがやりがちな若手教育失敗事例。


 期待を込めた厳しい指導も、信頼関係が無ければ単なる【パワハラ】。

 溜まり溜まった鬱憤が、ある日突然【辞職願】に形を変える。

 最近の若い子はドライです。


 相手の心情を、立場を、価値観をもっと良く知ろうとしておけばよかった。そして、尊重しておけばよかった。

 気付いた時にはもう遅い。


 この現象を専門用語で【男のツンデレカッコ悪い】と言う。

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― 新着の感想 ―
ロクリッジ技師長の思い、少し理解してしまいました。(笑) ご存じの通り、私は海外転職組で上司に一度辞表届を突き出したことがあり、それなりに上司に不満も持ってましたので。 ただ、その頃、私も誰かの上司で…
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