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 6月15日 俺様 新発見をした(2.9k)

 魔力熱源蒸気発生器の縮小プラントによる各種評価を進めて、大型化への道筋を立てつつある【錬金術研究会】にて、連日深夜まで頑張るロクリッジ技師長のサポートをする俺は、シーオークと外洋人の混血青年ヨライセン。


 今日も実験と報告書作成を朝から続けて、気が付いたら夜中。

 実験室でロクリッジ技師長の報告書作成を手伝いつつ、椅子の上でゆらゆらと変な動きをしだした技師長に声をかける。


「技師長。最近ちょっと働きすぎじゃないか?」

「うーん。さすがにちょっと疲れてきたけど、明日会長が帰って来るまでに仕上げないといけない報告書があるからねー」


 先月からラッシュ会長も忙しい。

 数日間出かけて、帰ってきたら技師長の報告を受けて、次の指示を出してまた出かけるというのを繰り返している。

 最近の報告会では俺も同席したけど、安全性の確立が重要と言うことで会長は【絶対安全】を連呼していた。


「会長の物分かりの悪さにも困るよー。人間が作る物に【絶対】なんて無いのに【絶対安全】を保障しろとかー」

「でも安全性って大事だと思うぞ」


「どう頑張っても【絶対】っていうのは無理なんだよねー。火だって扱い方間違えれば火事になるし。リスクと共存する覚悟が無いとメリットは享受できないよー」

「確かにそうだなー。俺の洗車パイプも最初は危なかったけど、今では大事な仕事道具だし」


 使い始めた当初は熱出力の制御が上手くできずに過熱蒸気を噴射してしまい、貨車の塗装を剥いだり、ガラスを割ったり樹脂部品を壊したりしてたけど、今は洗車と塗膜剥離を使い分けて便利に使ってる。


 ロクリッジ技師長が冷めたコーヒーを飲みながら何か考えてる。


「ヨライセン。あのパイプに付けた熱源素子ぐらいで危なくなることってある?」

「あったぞ。うっかり過熱蒸気を噴射したら塗装が剥げた」


 ブーーーーッ ゲホッ ゲホッ

 

 技師長がコーヒーを噴いてむせた。

 技師長の実験ノートがコーヒーまみれだ。


「大丈夫か技師長? どうしたんだ?」


「……アレで、あの熱源素子の量で過熱蒸気が出せるの? ちょっとおかしいんだけど!」


 そういえば、洗車パイプをどう使っているかは技師長に話したこと無かったな。元はぬるま湯噴射用だったっけ。


「ちょっとやってみて! 熱源素子の出力特性データが間違っているかもしれない」

「ここでか? 危なくないか?」

「窓の外に向かって噴射すれば大丈夫だよ! 早く!」


 鬼気迫る技師長に促されて、洗車パイプで窓の外に向かって水魔法による蒸気噴射。

 噴射の騒音が結構激しいから、夜中にするのは近所迷惑だ。

 

 甲高い騒音を放ちながら蒸気を噴射するパイプの先端に【フロギストン流束計】のプローブを当てて驚愕する技師長。

 俺は技師長の指示通りに、温度や噴射量を変えてお湯や蒸気の噴射をひたすら続けた。


 窓の外に大きな水たまりができた頃に一通りの測定が終わったようで、技師長は結果をまとめる作業に入った。


「ヨライセン。この蒸気噴射どうやって制御してるの?」

「パイプがフロギストンを吸い込もうとするのを水魔法で止めてるんだ」


 熱出力がある点を超えるとパイプが勝手にフロギストンを吸い込もうとしだすので、吸われるフロギストンを水魔法で水に変えて熱出力が上がりすぎないようにしているのだ。

 最初はコレの調整が難しかったけど、コツを覚えたら狙いの温度の蒸気を出せるようになった。


 技師長が何か図を描いている。

「さっきの実験で分かったことがある。魔力熱源素子の最大出力には、上限が無い」

「じゃぁ、蒸気発生器はもっと小型化できるってことか?」


「その可能性もあるけど、その場合制御が難しそうなんだ」

「まぁ、確かに制御難しいな」


「魔力熱源素子はフロギストンの流れに比例して熱を出すけど、ある点で熱出力が頭打ちになって、それ以上フロギストンの流束を上げると、逆に熱出力が下がるよね」

「そうだな。【魔力蒸気発生試験機】はその頭打ちの部分の出力で使ってたな」


「僕はその部分が魔力熱源素子の最大出力だと思っていたけど、そこからさらにフロギストンの流束を上げてやると、ある点から急に熱出力が上がる」

「確かに。蒸気噴射するときはその辺で使ってたな」


「そして、その点を越えると、魔力熱源素子自体が発生するフロギストンの流れに反応して、さらに熱出力が上がる」

「そうだよな。俺も最初気付いた時はちょっと怖かった」


「この、熱出力が急激に上がるところを【臨界点】って名付けようと思う」

「なんか、危なげな名前だな」

「実際危ないよ。ヨライセンは魔法が使えるからこの点を越えても発熱を制御できるけど、今の【魔力蒸気発生試験機】だと、この点を越えてしまった場合に制御する手段が無いんだ」

「そうか。危ないんだな」


「でも、【臨界点】を越えた【超臨界領域】では熱出力は飛躍的に上がる。この領域での出力制御技術を確立したら、小型化できるから乗り物とかにも搭載できるかもしれない」

「それはすごいな。燃料の要らないバイクとかできるかな」


 技師長がコーヒーで汚れたノートにいろいろ書きだした。


「さっきの実験結果と考察を書いたこの実験ノートをあげるよ」

「いいのか?」

「これはヨライセンの初めての新発見だよ。記念に取っておいてよ。会長に見られないように」

「会長には隠すのか?」

「いや、報告はちゃんとするんだけど、コーヒーで汚れたノート見られたら、なんか怒られそうな気がして……」

「わかった。ありがとう」


 技師長からもらった実験ノート。

 俺の初めての新発見が記録された大切なノート。

 会長に見られないように、大切にリュックサックの奥に仕舞っておこう。


「ちなみに、【魔力蒸気発生試験機】で【臨界点】を越えたらどうなるんだ?」

「うーん。どうなるんだろうねぇ」


 ロクリッジ技師長は椅子の上でゆらゆらと揺れながら考えだした。

 つられて俺も揺れながら考える。


 たしか、魔力熱源素子は素材の特性だから、高熱で融けても機能を失わないとか。

 溶岩みたいな状態で発熱を続けるとか想像するとちょっと怖い。

 蒸発して岩石蒸気みたいになっても発熱を続けるとしたらもっと怖い。

 実際どうなんだろう。


 そして、組み合わせて使う【フロギストン吸蔵合金】は、単結晶にすることで吸蔵量を大幅に向上させているって言ってたから、高温で融けて結晶構造が崩れたら吸蔵量は減るような気もする。


 技術についていろいろ教わっているから、俺もこんなことを考えるようになってきた。

 がんばれば俺もビッグマッチョな技術者になれるかな。


「うーん。異常過熱したとしても【フロギストン吸蔵合金】の方が先に融けるから、そこで止まるかなぁ?」

「【フロギストン吸蔵合金】が融けたら、そこに吸蔵されていたフロギストンは何処に行くんだ?」


 技師長の揺れが止まった。


「……コレは。もしかしたらダメなやつかもしれない……」


 どういうことだ?

●オマケ解説●

 出力増加がさらなる出力増加を誘発する。こういうのを【暴走特性】と呼ぶ。

 原理的にそういう性質があったとしても、装置全体としてはそうならないようにシステムを設計するのが重要だ。


 そして新技術の開発においては、検討していた方式に何らかの問題点が発覚して再検討を要する場面というのも出てくる。

 退くべきところではちゃんと退いて、根本的な問題解決をすることがとても重要だ。

 本質的な問題を残した状態で場当たり的な対処をすると、いつかどこかでボロが出る。

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― 新着の感想 ―
まさに魔法を科学ですね! 臨界点突破で熱暴走。某発電所のメルトダウンのようなことが。。。ちょっと恐ろしいですね。 あと、極大魔法系って実はこういう暴走ギリギリの技術だったりするのかと考えて読んでました…
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