5月24日 会長の陰謀(1.8k)
魔力による自律発熱システムの要素技術確立により、その商用化を目指して国内各所を走り回っている俺は【錬金術研究会】のラッシュ会長。
夜中になってしまったが久しぶりに【錬金術研究会】に帰ってきて、ロクリッジ技師長の報告書を読み、研究が順調であることに一安心。
今回の出張は今までで一番長かった。
そして、一番疲れた。
売り込みのために中央ヴァルハラ市にある第一汽力発電所に行ったら、西ヴァルハラ市の第三汽力発電所にて火魔法による発電に実績が既にあるということを聞いた。
魔術師による火力では持続時間に問題があるということで、俺達の開発している技術に高い関心を示してくれて、電力会社の上層部に話を繋いでくれた。
ここまでは良かった。
ここからが大変だった。
【発電安全推進委員会】
【発電環境整備機構】
【発電地域振興センター】
【電気協会】
【電力調査会】
【電機工業会】
【電気技術認証協議会】
【電気経済開発機構】
電力関連団体に説明に回った。出かけるたびに、同じ説明を何度も繰り返した。
発電技術の開発をしながらも知らなかった俺に問題はあるが、発電送電に関連する団体がこんなに多いとは思わなかった。
発電関連の新技術ということで、設計審査や認証手順について多くの指摘を受けた。
電力関連団体への説明を一巡したら、今度は石油の使用量に影響が出るということで、石油関連団体へも説明するように言われた。
【エネルギー経済研究所】
【エネルギー財団】
【エネルギー総合工学研究所】
【エネルギー環境教育学会】
【ユグドラシル石油連合会】
【ユグドラシル石油鉱業連盟】
【ユグドラシル石油協会】
【石油輸送公社】
【ユグドラシル石油開発情報センター】
ユグドラシル王国には石油資源は無いため、使う全量をエスタンシア帝国から輸入している。にもかかわらず、石油関連団体がこんなにもあったことに驚いた。
石油の使用量が減る技術の説明をしたら、こちらでは技術の安全性や経済性などの詳細を厳しく追及された。
信頼性や安全性についてしつこく追及されて、その度に今できる範囲で同じ説明を繰り返した。
堂々巡りの問答を繰り返すうちに、俺にも分かってきた。
俺達しか知らない新技術に対して、奴等が【安全審査】や【技術認証】なんてできるはずがない。
燃料代が不要な魔力による発電に対して、【魔力発電課金】の策定を提案する意味が分からない。
結局、奴等が欲しいのは【利権】だ。
燃焼機器を使用しないから、燃焼機器に関連する整備代や部品代の売り上げが減る。その分を補うための収入源。
石油の使用量が減る分、輸入した石油代に上乗せしてピンハネしていた分が減る。それを補うための収入源。
新技術の導入により従来あった収益が無くなる。それで賄われていた雇用が失われて失業者が出ないための組織防衛。
そのための【利権】。
奴等は明言はしないが、暗にそういう物を求めてきた。
俺は自分で【利権組織】を作るつもりは無いし、それで富豪になりたいわけじゃない。脱石油を実現して、エスタンシア帝国と対等の国家関係を実現したいだけだ。
そう割り切って、脱石油で浮いた分の資金で【利権組織】が潤うような提案をふんだんにしてやった。
意味のない審査、必要のない認証、無理のある課金。エスタンシア帝国に払っていた石油代が全部そっちに回るような形だ。消費者が払う電気代が全く変わらないぐらいに。
説明にそういう内容を加えたことで、難色を示していた団体も手の平を返して新技術を絶賛してくれた。
そして、より安全な魔力発電実用化のために新しい団体を設立する話まで出てきた。
正直もう好きにしてくれと思ったが、魔力発電実用化の暁には新組織に俺のポストも用意してくれると言われた。
言うなれば、俺用の【利権組織】。
あまり好きなやり方では無いが、【利権組織】に【錬金術研究会】のメンバーを招いて豊富な資金で安泰な余生を送るのも悪くない。
そうすれば、資金難の中で技術開発をやり遂げてくれたロクリッジ技師長に、好きなことをやりたい放題できる環境を与えることができる。
そのためにも、全部の団体の共通の懸案事項である【安全性】の確立が重要だ。
ここに懸念が生じると全てが瓦解する。
でも、ロクリッジ技師長ならやり遂げてくれると俺は信じる。
新しく提出されていた報告書の内容を精査して、関連団体に進捗報告だ。
正直休みが欲しいが、今こそメンバーの努力に報いるための正念場。
もうひとがんばりだ。
●オマケ解説●
【利権組織】。多いですよねぇ。
一つの収益源にアリのように群がる有象無象。でも彼等が生み出す雇用が経済を回している側面もあり、無下にはできない。
時にはイノベーションを阻害してしまうこともあるけれど、富が過剰に集中しないような安全装置的な役割もあるんです。




