4月24日 会長の溜息(2.0k)
大口出資者を紹介してくれるということで意気揚々と指定の場所に来てみたら、会いたくない人物と対峙してしまって後悔している俺は【錬金術研究会】のラッシュ会長。
ここは東ヴァルハラ市の商工会議所の会議室。面談相手は西側平野部穀倉地帯の責任者である、ダニラ村長。
俺にとっては、父の敵とも言える人物だ。
「まぁ座り給え」
速攻で逃げ帰ろうと思ったが、落ち着いた声で着席を促されたのでつい座る。
机の対面に座るダニラ村長は、見るからに腹黒そうな、実際に腹黒い老紳士。
何を考えているか分からないが、この男には過去に邪魔された経験しかないから警戒してしまう。
まさか、俺達の【錬金術研究会】も潰そうとするのか?
「ラッシュよ。随分、経営者らしい顔つきになったじゃないか」
どんな顔つきだよ! この腹黒め。
「……あの時は済まなかったな。今思えば、君の父上の方が正しかったよ」
謝った? あの腹黒が。俺は幻覚でも見てるのか?
「どうした、ラッシュよ。儂が謝るのがそんなに珍しいか?」
「はい」
しまった。即答してしまった。
でも、実際そのぐらい珍しい。何があっても自分の否を認めないどうしようもない奴だったのに。一体何があったんだ?
「何があったのかは、今は詳しく言えん。だが、君の父上が予見していた通りのことが起きてしまった」
何のことだ? 親父は何を予見していたんだ?
8年前に全国的に害虫が大量発生して不作になった時、俺と親父は麦畑の害虫予防方法の研究を始めた。
翌年、その方法を試して作付けを行い、害虫を減らすことはできた。この実績を広く公開すれば害虫問題は解決できると思った。
しかし、同年にエスタンシア製薬が万能殺虫剤【豊作1号】を開発し、ユグドラシル王国でも一部試運用が開始された。
【豊作1号】は害虫に対して絶大な効果を持ち、耕作の手間を省いた上に収量を上げる効果もある優れた薬剤だった。
ユグドラシル王国は国策としてその薬剤の使用を推奨し、国家予算でエスタンシア帝国から大量に輸入して、俺達農家に安く卸してくれた。
でも、親父は【豊作1号】の使用を拒否して、俺達が開発した方法に固執。その結果、俺達の区画だけ害虫が残り、【害虫区画】等と呼ばれて周辺農家から嫌われた。
そして、ダニラ村長により、害虫対策方法の研究禁止と、農園からの追放を言い渡された。
農園を追われた後、親父はストレスが原因で死亡。
親父が何を予見していたのか、何故【豊作1号】の使用を頑なに拒否したのか、俺は知らない。
知っているのは、【豊作1号】を使って育てた麦が不味いということだけだ。
「まぁ、あの時はああするしかなかったんだがな。そう思ったら、何となく、君の顔を見たくなってな」
意味不明なことを言いながら慈しむような目で見られても困る。
俺にとってアンタは天敵なんだ。
「えーと、話が読めないのですが。結局、何の用事なんでしょうか?」
「出資の話だよ。随分面白そうな事をしているそうじゃないか」
そう言ってダニラ村長は俺に小切手を差し出した。
額は、すごい額だ。
「成功したら、配当をはずんでくれよ。まぁ、その時、儂は居ないかもしれんがな」
「成功させて見せますよ。損はさせません」
俺は、出資者に対してはいつもこう明言している。
失敗の不安が無いわけじゃない。だけど、それを人に悟られるようでは経営者は務まらない。これが俺なりの、出資を受けて事業を行う人間の覚悟だ。
「本当に、いい顔になりおった……」
これは、褒められているのか?
まぁ、苦労が多かったせいで昔よりも険しい顔つきになった自覚はあるが。
「だが、過ちは繰り返すなよ」
「どういうことです?」
期待する成果が出せなくて出資者の方に叱責を受けるのは毎度のことだが、それを過ちとは思っていない。あきらめるまで夢は終わらないんだ。
「【自然現象】は、人間の都合など考慮してくれん。当たり前のことだ」
本当に何が言いたいのか分からない。
「失敗は、【過ち】じゃない」
失敗を認めないことに人生を懸けていたような腹黒ジジイがぶっ飛んだことを言いだした。ボケたのか? まだそんな歳じゃないだろ。何なんだ一体。
「……忙しい中、済まなかったな。儂は、最後の仕事がある。失礼させてもらうよ」
バタン
理解できない事ばかり言い残して、ダニラ村長は部屋から出て行った。
何が言いたかったんだ。そして、何が起きたんだ。
行きたくは無いが、故郷の農園の様子を見てくるか。2日程休みを取れば里帰りもできるだろう。
「…………」
いや、それは今の俺の仕事じゃない。
俺の仕事は、出資金を使って事業を成功させ、配当金を出すことだ。
休んでいる暇なんて無い。
莫大な資金が確保できた。早くロクリッジ技師長に届けよう。
基礎理論を作り上げた彼なら、発電所を動かせるはずだ。
●オマケ解説●
何しても絶対否を認めない人っているよね。なんか【謝ったら負け】みたいな。
まぁ、そういう人しか生き残れない場所っていうのもあるから、そういうところで生きているとそうなってしまうのも仕方ないかなーと。
社会人していると、何となくそういうのが分かってくる。だけど、そういうところではなるべく仕事したくないよね。




