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宇宙戦争は、俺の秘密基地(トイレ)で起きている。  作者: 筆屋 敬介
第7章 学園祭最終日。そして――
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第45話 石


 菅野女史がさりげなく会話の間に割って入った。


「ドクター、先ほど条件付きでお帰りいただくようにとしましたが」

「ふむ……しかし……」

 まだ興奮しているハイドンが、自身の銀髪をワシワシと掴む。

「約束を(たが)えることになります」



 ハイドンはジッと俺を見ながら、

「……わかった」

 興奮を抑えきれない様子で口を開いた。

「わかった。わかった。よし、改めてお願いすることにしよう」




「こちらの椅子にお座りになられては?」

 菅野女史がそばのソファーに座るように勧めた。デスクの椅子はプリントアウトの山に埋もれて座れる状態ではない。

「う、うむ」

 ハイドンが幾分大人しくなり、ソファーに座った。


 少し落ち着いたハイドンが口を開いた。

「我々が何をしているのか、知ってもらう必要があるだろう」

「冗談じゃないわっ! 特別ナントカってのにされたくないもの!」

 すかさず悦田が食って掛かる。


「君たちは宇宙から来た何かと関わりがあるんじゃないかね」


「ひっ……」「!」「!!」

 悦田の声を無視していきなり核心を突くハイドン。

 その言葉に、思わず志戸が息をのみ、顔を伏せている先輩がビクリと身体を震わせた。

 密かに深呼吸をして、冷静さを取り戻そうとしていた俺も息を止めてしまった。


「ふむ」

 ハイドンがジロリと俺たちを射貫くように見つめる。



「君たちの身の安全は保障しよう。なので、我々の話を聞いてほしい。そして我々に協力をお願いしたい」

「いやよ! なんで――」 悦田が即座に拒否する。

「落ち着け、悦田」

 俺の声に、ぐっと言葉を飲み込む悦田。


 改めて、俺は深呼吸をした。


 相手は大人だ。そして、怪しげな組織の責任者らしい。

 俺たちが嫌がったら、それこそすぐさま特別処理対象とやらにできる力を持っているはず。

 大体、無所属の高規格型救急車(ハイメディック)を公道で走らせて、事件になっていないような相手だ。


 さっき、この爺さんはミミの事は言及せずに、プラモデルが一瞬で浮いて自在に飛び回る姿に興奮していた。

 カメラの位置からミミの再構成のシーンは見えていなかったのかもしれない。ミミの姿は見えなかったのだろう。宇宙人の事は知られていないはず。


 それに、興奮はしていたが、あれは隠し事に腹を立てている様子ではなかった。純粋にどうやったのか知りたかった様子に見えた。


 この謎がわかるまで、言うようにすぐに処理されるわけではない……か?


 だが、俺たちがトイレに籠もっていた時刻から何かに気付いたようだ。

 なんだ? 何に気付かれて手のひらを返してきた?



 ……話だけでも聞くか?


 みんな、どうしよう?

 志戸は先輩の手を握り、心配そうな顔で俺を見上げている。

 悦田は相変わらずハイドンたちを威嚇している。お前はとにかく落ち着け。

 先輩は、憔悴した様子で(うつむ)いていた。



 俺が決めるしかないか。



 俺は何度か深呼吸した結果……選んだ。


「俺たちに危害を与えない事は約束してください」

 俺は、深呼吸のおかげか、震えそうになった声をかろうじて抑える事ができた。


「ふむ……」

 ハイドンはジッとこちらを見つめる。


「我々の邪魔になるようなことをしない限り、保証しよう」

 大人だ。曖昧(あいまい)で、上手い言い方をする。


「ぜひ、我々の話を聞いてほしい。そして協力をしてほしい。我々は君たちを歓迎する」

「どうだか」

 さらりと呟く悦田。

「何か質問かね、北イタリアのじゃじゃ馬娘」

「ゲルマンのおじい様なら、何が言いたいのかわかるんじゃないかしら」

 ダメだ、この二人は……。




「わかりました。話だけは聞きます。協力するかどうかはわかりません」

「ふむ。用心深いな。賢明だ」

 そう言うと、ハイドンは立ち上がり、再びデスクの上をあさり始めた。

「こちらでしょうか」

 菅野女史がリモコンのようなものを手渡した。

「うむ。資料画像は頼むぞ。それでは――」

 ハイドンがリモコンを操作すると、壁の一部がスライドし、液晶スクリーンが現れた。




「ここは、偲辺産業の特別な研究所だ。ご存知のように偲辺は様々な分野の事業を行い、世界中で偲辺を知らないものはいないほどだ。色々な産物が研究、製造されておる」

 ここまでで質問は? と、相変わらずの口調のハイドン。



「ふむ。では、続ける。その中でも元々本社のあったこの地で、密かに研究されていたものがある」

 こちらを向いてリモコンで俺たちを指すと、厳かに言った。



「月の石だ」



 菅野女史がタブレットを操作すると、ガラスケースの中に入ったゴツゴツした塊がスクリーンに現れた。


「正確に言うと、月の地球側ではない面の石だ」




「君たちはルナ3号は知っているかね?」

 ハイドンは軽く見渡した。


「ふむ。今はロシアと言われているが――ソビエトという国が打ち上げた月面調査機だ。1959年に人類初、月の裏側――地球側ではない側の面を撮影した。月は常に同じ面を地球に向けておる。裏側は地球側からは一切見えん。その姿をついに捉えたのだ」


 液晶スクリーンに、俺たちが知らない月の白黒写真が現れた。ノイズのような乱れた横筋の中に写る月。

 ウサギの餅つきに例えられるようなものではなく、のっぺりとした中に数個の暗い部分が浮かぶ、気味の悪い月面だった。


「これがいわゆる月の裏とされておる(・・・・・)

 奇妙な言い方だ。


「実は、撮影されたものはこれだけではないのだ」





「明らかに不自然な写真が撮影された」


 画面が切り替った。

 同じくノイズだらけの月面写真が映し出された。


「あれ?」

 目ざとい志戸が声を上げる。


「うむ。白の位置が違うのだ。数枚撮影されたが明らかに異なっている」

「なぜなんでしょう」

 俺はたまらず質問した。


「光だ」

 位置がずれ角度の異なった写り方をした数枚の写真を、画像処理して重ねていく。


「最初はノイズか故障かを疑われた。しかし、計算、解析したところ、それは点滅(・・)していることがわかった」

 思わず息を呑んでしまった。


「月には何かある。何度か月の裏側が撮影された。これは隠されているが、当時、無人機で石も回収された」

 ハイドンが息を継いだ


「そして、それらの中に明らかに構成成分の違うものが、見つかったのだ」


 画面が切り替る。様々なロケットの姿が映る、

「ソビエトのルナ計画は24号まで行われ、失敗も多数あった」

 画面を見て、

「――と、公式にはされておる」

 俺たちに振り向いた。


「実際は、幾つかが月の裏側に着陸し、データを得ておる。当時のソビエトの必死さは凄まじいものだった。勿論、非人道的ともいえる試みも多かった。その成果だ」




「その後、何度も撮影された写真の解析から、点滅のスピードが徐々に遅くなっている事も判明した。様々な憶測が飛んだ。結果、実際にヒトが月面に行かねば、という機運が高まったのだ。急がねば。凄まじいまでのムーンレースの結果、ついにアメリカが月面に到達した」

 ハイドンは、一旦息を整えた。


「アポロ計画だ。その時持ち帰った石の中に、公開されていないものがある」

 スクリーンは、つるりとした小さな塊を映し出した。



「月の裏の石だ」



 小さな塊の隣に、ゴツゴツした岩石や砂状のものが、幾つか映し出された。


「実は、月の裏にも降り立っていたのだよ。神の奇跡か、偶然その石を見つけたのだが、時は既に遅かった。点滅が途絶えてしまったのだ」

 菅野女史がタブレットを操作する。


「月面で宇宙飛行士たちが回収した際は、微かに光ったように見えたらしい。だが、地球に戻った時には何の反応も見られなかった」





「その後、石の点滅の謎を探るべく、その後様々な観測や試験、実験が行われた。そして、物質工学関連を研究していた私がSHINOBEに招聘(しょうへい)されたのもその頃だった」


 白衣を着た研究者たちが、何かを凝視しているシーンが映る。


「元々、超心理学を修めその後、生体工学も修めた私は、この石に関しての研究責任者になった。何故だと思う?」

 滔々(とうとう)と話すハイドンが突然、質問を投げてきた。


 分かるわけないだろうが。

「わ、わわかりません……」

 志戸が律儀に答える。


「ふむ。石を回収してきた者たちの中に、幻視幻聴があったという話が多数あったのだ。なんらかの心因的なものも考えられたため、私も興味を持ち、この要請を受けたのだ」


 映像が切り替った。

 青い空をバックにウネウネした雲が映し出された。いや、何かが爆発したのか?


「時は流れ、1986年、一機のスペースシャトルが打ち上げとともに四散するといういたましい事故が起きた。実はこのシャトルは、密かにある実験を行うという目的があった。それはまさしく、挑戦者(チャレンジャー)だったのだ」




起承転結の承、その前半の鍵になります。

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