第43話 偲辺市地下施設群。その責任者。
今回は約4千字ほどになっております。
突然現れた黒スーツ姿の女性に気圧され、俺たちはヨロヨロとその背についていった。
悦田はセローを押している。いざとなったらまた暴れる気なのだろう。
女性は乗ってきた電動カートの中に話しかけた。運転手がいるようだ。
「貴方は、彼らが乗ってきたバイクと自転車を処理しておいてください」
スーツ姿の男性がカートから降りてきた。
「アンタ、処理するって……このバイクに何かしたらタダじゃおかないから」
悦田が睨みつける。
「失礼しました。言葉がよろしくありませんでした」
女性はそう言うと、
「適切に管理しておいてください」
運転手に伝えなおした。
4人が乗れるほどのカートの横に立った女性は、改めてこちらに向き直った。
「私は、この施設を統括している菅野と申します」
「アンタがボスってわけね」
悦田は、ますます剣呑な目つきになっている。
「いえ、私ではありません。Bossにはこれから会っていただきます」
菅野と名乗った女性は、自ら運転席に座った。
「4人乗りですので、狭いのはご容赦ください。それほど遠くはありませんので」
俺は密かに深呼吸をした。
運転手を降ろしたのはそういうことか。バイクをどこかへ運ぶならあのヤマダって奴に任せればよかったはずだ。
しかし……さっきの発言の何かがひっかかる。
セローを受け取りに来た運転手を威嚇しつつ、手放す悦田。お前はネコか。
志戸は両手に抱えていたヘルメットを運転手に渡すと、代わりに先輩の手を握った。
背を丸め、はあはあと喘いでいる先輩。全く慣れない事をしたんだろう。下を向いているので表情は見えない。
なんだろう。
もう一度深呼吸する。
……ん。
さっき、バイクと自転車って言ったな?
ってことは、そうか……
「菅野さん……全部見てたんですか?」
俺は助手席に乗り込み、恐る恐る尋ねた。
「見ていたわけではありません。必要となったので調査しただけです」
後ろでは、悦田がまず用心深く乗り込んできた。端に詰め、続いて先輩を招く。最後に志戸が入ってきた。2人が小柄なこともあり、無事乗り込めたようだ。悦田がドアのロックを解除している。いつでも逃げ出せるようにだろう。わざとドア側に座ったに違いない。俺もドアのロックをはずしておくことにする。
俺は菅野女史の言葉を頭の中で繰り返していた。
調査……調査したのか――。
まさか――。
■
地下道路のオレンジライトがゆっくりと流れる。
ルームミラーで背後を確認する。
さり気なくも油断無く、あちこち視線を移している悦田。生真面目な表情で先輩の手を握っている志戸。その間に挟まれた先輩は疲れたように俯いていた。黒縁のメガネに前髪が落ちている。助け上げた時、一瞬見えた顔は美少女に見えたが、今は男子――なのだろう――に見えた。白く小さな顔に、通った鼻筋。華奢で小柄な身体つきに偲学の男子制服であるズボンが似合わないような、似合っているような。
「リーダーは貴方ですか?」
安全運転でゆるゆると運転する菅野女史は前を向いたまま、隣に座る俺に話しかけてきた。
「調査したのならわかるでしょう?」
丁寧な相手には丁寧に。しかし、先ほどまで大人相手に大立ち回りしていた興奮が冷めていない俺は、緊張感と警戒感、そして虚勢でもって答える。挑発的になったかもしれない。
盗むように横目で様子を伺う。
菅野と名乗った女性。年齢不詳。30代? いや、20代か? やり手のキャリアウーマンというのだろうか。
藍のようにも見えるショートカットが中性的に見せていて、切れ長の目も相まって取っつきにくい美人……大人の女性という風。
スラリと伸びた脚がアクセルを踏んでいる。黒スーツで抑えている胸元にはIDカードが下がっていて……。
「気になりますか?」
「!」
思わず胸をジッと見てしまったのがバレたか? 焦った……。
「これからどこへ連れて行かれるんですか?」
気まずさもあって、こちらから話しかける。
「当施設群の長である、ドクターとお話いただくことになります」
相変わらずゆるゆると運転しながら菅野女史が答える。
「貴方がたの今後につきましては、その時にお尋ねください」
■
やがて無機質な施設の入り口が現れた。そばのスペースに駐車し、関係者以外立ち入り厳禁と表示された出入口のセキュリティを解錠して、その内部に入った。
簡素で機能的に見える通路を進む。こう見ると先ほどまでいた施設は、まだ人が出入りする雑多な雰囲気があった。
いくつかのドアを通過すると、俺たちはひとつの部屋の前に立った。
菅野女史がドアをノックする。
「ドクター。おいででしょうか」
……。
「ドクター。お邪魔しますが、開けてもよろしいでしょうか」
……。
「ドクター・ハイドン。重要参考人を連れてまいりましたが――」
『何をしておる。早く入って来い』
老人特有のしわがれ声ではあったが精力的な声――と、思っているとドアが急に開いた。
目の前には厳しい顔つきの外国人が立っていた。
銀色の薄めの髪に広い額、眉間に縦皺の入った白い眉。奥に光る碧眼。ガッシリした鷲鼻。樹を削ったような顔に俺は思わず息を呑んだ。一般的な日本の高校生にとって、今まで間近で見たことのないタイプだ。
「待っていたぞ」
そんないかにもな異国人から滑らかな日本語が発せられ、俺は更に驚いた。
思わず仲間の様子を見る。変わらず殺気立っている悦田。
あ。そうか。そういえばこいつも異国人顔だったな。ドタバタとやりあっているうちに、全く気にもしていなかった。しかし、悦田――お前はネコか。
■
「どこかその辺りの椅子に適当に座りたまえ」
ヨレヨレの白衣を着た快活な老人といった風体の男が、プリントアウトの山の横に立った。その横に黒スーツの菅野女史が控える。
「まずは自己紹介からするべきであろうな」
そう言うと、プリントアウトの山をかき分け始めた。俺たちが座る姿も確認せず、話し始める。……え。そこに机があったのか。
「私は、博士のハイドン。専門は生体工学、超心理学。あとは……色々だ」
プリントアウトの山の一つが崩れた。かまわず続ける。
「色々と言っても興味を惹かれたものだけだぞ。興味を持ってしまうと、つい、つまみ食いをしてしまう性質なのだ」
プリントアウトの山がもう一つ崩れた。
「おかしいぞ。あったはずの資料がない」
「重要参考人の資料でしょうか」 と、菅野女史。
「うむ」
「まだお渡ししておりません。こちらになります」
片手に抱えていたタブレットを差し出した。
「タブレットか。どうにも読みにくい」
「失礼いたしました」
「仕方ない」
そう言うと、手馴れた様子でタブレットを操作し始めた。
無言の時間が過ぎる。
「ドクター」
「ああ、すまん」
菅野女史の声で我に返ったハイドンが、俺たちの方へ向き直った。
「質問は?」
何を言っているんだ、この爺さんは。
「そこの君。質問はあるかね」
「ひゃ、ひゃい!」
いきなりタブレットで指された志戸が奇声をあげる。
「あ、あ、あの。その……日本語、お上手……ですね……」
それは質問じゃないぞ、志戸。
「ふむ。日本に行く事になれば、日本語を話せるようにするのは当たり前ではないかね? では、次」
満足したのか次の話題に移ってしまった。なんなんだ、この爺さん……。
「彼女は、カンノ。この施設の長をしている」
「長は貴方です。ドクター・ハイドン」
「ふむ」
「この施設群の全権は、ドクターがお持ちになっております」
「私の仕事は研究だ。他は全て君に任せている」
「承知しております」
あっけに取られている俺たちを前に、ハイドンは改めて向き直った。
「質問は?」
■
何を言っているのか分からないが、とにかくペースに巻き込まれてたまるか。
俺は、小さく深呼吸をした。
「ここはどこですか」「アンタたち、何考えてるのよ」「あ、あの……みんな一緒に帰してください……」「……」
一斉に声を上げる。一部、質問でもないものが混じっているが。
「よい質問だ。まず、ここはどこかという質問からだな。ここは偲辺産業の研究施設だ。本社はご存知のようにアメリカだが、ここはある研究と実験のために特化しておる。日本は狭い国土に様々な施設が集まっておるからな。何かとやりやすい。しかもなかなかの品質をしておる。近場にSPring-8やJ-PARCクラスのものがあると便利なのだ」
偲辺産業の本社はアメリカにあるのか。初めて知ったぞ。
「なぜ、こんなコソコソしているんですか」
俺はあくまで丁重に尋ねたつもりだったが、自然と嫌味が入ってしまった。
「よい質問だ。ここでの研究実験は、少々特殊なのだ。まだ公にするわけにはいかんのでな。地下に建設し、長年に渡って徐々に拡張していった結果、結構な広さになっていると聞いた。具体的な広さは知らん。どれ位なのだ?」
菅野女史の方を見る。
「よろしいのですか?」
「別に構わんだろう」
「偲辺市の地下、およそ半分程度となります」
長年って……俺たちはずっとこんな地下施設の上に住んでいたのか……。
「ふむ。では質問は?」
混乱している俺たちを見渡すと、ハイドンは先を続けた。
「では次の質問だな。私たちが何を考えているのか、とのことだが」
「ドクター。よろしいのですか?」 菅野女史がさり気なく遮った。
「うむ。こうやって来てもらった理由だ。話さないわけにはいかんだろう」
「承知しました」
菅野女史が俺たちの方を見た。
「皆さん、よろしいでしょうか。もし拒否されるならお申し出ください。これからお話することは――」
事務的な口調で、
「『未』公開事項ではありません。全世界完全『非』公開事項です。口外された場合は――」
表情を変えずに言った。
「特別処理対象となります」
菅野女史とハイドン博士のやりとり、個人的に好きなパターンです。




