第26話 ハイメディック――追跡!
ヘッドライトを点けたハイメディックが静かに出ていくと、入れ替わるように猛スピードのバイク――ヤマハ・セロー250が横手から飛び込んできた。
オフロード仕様のリアタイヤをドリフトさせ、砂煙を巻き上げながら突っ込んできたかと思うと軽やかにボディをぶん回し、急停車させる。
制服にフルフェイスヘルメット姿のライダーがバイザーを上げると、悦田の顔が現れた。
こちらも急いで窓を開ける。
「遅かった!?」 くぐもった悦田の声。
制服のスカートから伸びる長い脚が地面にベタ着きしている。『かもしか』の名を冠するバイクと、ニーハイストッキングの脚がマッチしている。
「どうしたんだよ、そのバイク!」
「学園祭の準備をしている所にお願いして借りたのよ!」
自動二輪愛好会の連中か。貸した時の顔がなんとなく想像できる。
「追いかけるわ!」
「む、ムリしないでね!」
「そうだ」 とっさに思いついたことを叫ぶ
「ミミ! メットのバイザーをファーファとのリンクモニタにしろ! この前やった夜の調査の時みたいに!!」
ミミは、志戸が部室に籠もった時に画面と音声を送り、ファーファがトイレのドアモニタに映し出した。それをミミとファーファに再現させる。
『しょうちしました』
悦田の胸ポケットに入っていたミミがヘルメットに手を伸ばし、触れた。バイザーに虹色の光が流れ始める。
「悦田! ドライブモニタみたいなもんだ、会話もできると思う」
「スッゴイわね」
まあ、こいつらもいろんな経験をして、地球の道具を学んでいるからな。武器はピンときていないみたいだが。
「学校前通りを町の方へ走れ!!」
俺が救急車の出て行った方向を指差すと、悦田はすかさずセローのアクセルを吹かし上げ、一気にクラッチをつないだ。
ゴツいリアタイヤが軽めの車体をウィリー気味に蹴り上げる。凄まじい加速で一瞬のうちにテールランプは消えていった
「俺たちも追うぞ」
俺は、冷静になるおまじない代わりの深呼吸をすると、志戸と保健室を走り出た。
はあ……自動二輪愛好会、きっと俺たちにはバイク、貸してくれないだろうな……。
■
心臓が口から飛び出そうだ。
自転車を1台しか借りられなかった。それも志戸のお願いで。
あいつらめ……。
自転車の後ろに志戸を乗せ、ゼーハーと立ち漕ぎしていた俺は、ようやくコンビニにたどり着いた。
「だ、大丈夫?」
後ろから降りた志戸が、申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「ちょ……ちょ、ちょ、ちょっと、きゅうけい、な……」
志戸に漕がせて俺が走る事も考えたが、走る方が体力が保たない。
荒れた呼吸の中でかろうじて返事をする。脚がガクガクだ。もう少し身体を鍛えた方がいいかもな……。
急いで悦田を追いかけようと学園前通りに飛び出した俺たちだったが、必死に漕いでいるうちにふと冷静になったのだ。
到底追いつけない……いや、何よりも体力的にも厳しい。諦めてミミからのモニタに集中しよう。
そこで、途中にあるコンビニに向かうことにした。俺のバイト先だ。
目的は、店のトイレ。
悦田の様子をファーファに中継させるにしても人目の付かない場所が欲しい。
路上で男女二人がスマホを覗き込んで奇妙な事を口走っていては、いくら人通りが殆ど無いとはいえ、あらぬ誤解を受けてしまう。全くめんどくさい!
そんなわけでの苦肉の策で一番近いトイレを探したのだった。
はぁ。町中でもトイレを探すはめになるとは……。
緑を基調とした店の自動ドアが開くと、特徴的な来店チャイムが迎えてくれる。
「おう、どうした、坊主! 今日はバイトじゃないだろ!!」
チャイムを遮って野太い大音声が響いた。
カウンターにヒグマが立っていた。
「ひっ……」
その迫力に志戸がフリーズする。
俺より一回りはデカくて角刈り筋肉質、毛むくじゃらで緑の制服がパツンパツンになっているオッサン。
噂によると元は酒屋の大将らしく、ビールケースを両腕に積み上げて歩くような野獣だ。さもありなん。
「て、店長……すいません、トイレ貸してください」
「なんだあ! 腹でも壊したか! フラフラじゃねぇか!!」
いえ、別の意味でフラフラなんです。でも、まあ、都合がいいか。
「ちょっと、気分悪くて……バリアフリーの方借りていいですか?」
車いすでも余裕のある広い方のトイレだ。男女共用でもある。
「今は構わんが、車いすの客が来たら出てこいよ!!」
ムチャを言う。本当に気分が悪いんだったらどうする。
「で、そこの嬢ちゃんは付き添いか?」
相変わらずの大迫力に志戸が固まったままだったが、「そうです」と言ってトイレに引きずり込んだ。
「おいおい! 問題行動は起こすなよ!! まあ、坊主のことだから心配ないけどなっ!!」
ガハハハハ!! と大笑いが聞こえるのを無視して、俺はドアの鍵をかけた。
■
バリアフリートイレの大きな鏡をモニタに変化させたファーファが、俺の肩の上に戻ってきた。
「おい、大丈夫か?」
「ひゃ、ひゃいッ!」
ヒグマ級の店長にフリーズしていた志戸を正気に戻す。
志戸は慌てて周りを見回して自分たちの居る場所に気が付くと、顔を真っ赤にした。
「え? ええええええ!?」
「静かにしろよ、店長に聞こえたら厄介だ」
「で、でも、でも……トイレに二人で入るのってちょっと……」
よく見ると涙目になっている志戸。
「緊急事態だから仕方ない。男女共用だし、広いし。実際にトイレしてるわけじゃないから大丈夫だろ?」
「は、はいぃ……」
腑に落ちてなさそうだが、気にしてられるか。
「え、えと。町の中ですね」
モニタを注視して周りを意識しないようにしている志戸が、見たままそのままの事を言う。
画面には、片道3車線の学園前通りから県道を走る映像に変わっていた。目線が低めなのは悦田の胸ポケットに入っているミミからの視点だからか。
まだ、車通りの多い時間だ。悦田は、ハイメディックとの間に2台挟んで追走していた。
「悦田、俺だ。様子はどうだ?」
『わ。ビックリした! ほんとに聞こえてくるのね、これ』
驚く悦田の声が返ってくる。ヘルメットの中にマイクを再現したからだろう、声がくぐもっている。
『便利ね、これ』
「まだ、走ってたんだな」
『そうね。なんだか遠回りしている感じ』
流れる町並みが赤信号で止まった。車列に紛れ、付かず離れずの先にハイメディックが見える。
『それにしてもよくアレの向かった先がわかったわね』
「学校前通りの逆方向には病院はないからな。恐らく町の方向に向かったはずだ。しばらく一本道だから、お前なら追いつけるだろうって思った」
『……。あんた、少しは考えてるのね』
むう。
『妙なのよ』
悦田の怪訝な声。
『普通に走ってるの』
「間違いないな。先輩は救急事態じゃない」
俺は違った意味で薄ら寒さを感じた。高規格型救急車を別の目的で使っている。
『制限速度でゆっくり走るのよ』
「目立ちたくないんだろ」
『それなら、救急車なんて使わなくない?』
志戸がコクコクと頷いている。
『あんたなら、なぜかわかる?』
俺は考えをまとめるために、1回深呼吸をした。
「そうだな……一つは、緊急車両だからいざという時に突っ走れる」
『目立つじゃない』
「救急車が信号無視しても普通だろ」
『そっか』
あとは……。
「それと、救急車って正々堂々と拉致ができる」
悦田の息を呑む様子が伝わってきた。
「想像してみろ。学校内で暴れる奴を車に押しこめるのは最悪だ。どう見ても怪しい。じゃあ、暴れないように……グッタリさせる。その方がやりやすいだろ?」
キョトンとしていた志戸も言葉の意味がわかり始めたらしく、青い顔をしている。
「グッタリした奴を普通のハイエースやキャラバンに乗せる。グッタリした奴を救急車に乗せる。自然に見えるのはどっちだ」
志戸が震え始めた。
『止めて!!』
悦田が鋭い声で制した。
『そこにすずが居るんでしょ?』
「居るぞ? 替わろうか?」
『すずの前でその話は止めて』
「なんだよ、お前が尋ねるからだろ?」
怪訝な声で悦田に切り返す。
「だ、だいじょうぶだよ、アッちん。あ、ありがとう」
今まで見たことのない志戸の様子に、普通じゃないものを感じた俺は、口をつぐんだ。
『ごめんね、すず』
「だ、だいじょうぶだって! もう、大丈夫。大丈夫」
青白い顔のままで、えへらと笑おうとする志戸。
「だ、だから、先輩を助けないと」
『そうだよね! 早く助けないと!』
そして、悦田の声の調子が変わった。
『それと……あんた』
「ん?」
『ちゃんと答えてくれたのに……急にその……変な声出して悪かっ――』
いきなり、鏡モニタの映像が大きく横に流れた。
悦田アリア。我が子ながら暴走気味。
主人公。我が子ながら、ヘタレ過ぎ。




