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アルバイターに休みはいらない



耳掃除の話かもしれない、けれどもしかしたらそれ以外の何かだなんていやそんな馬鹿な。







「そんな顔するなよ。無理にでも笑ってれば気持ちも付いてくるから。ほら、可愛い顔が台無しだし。いやいや、冗談じゃないって。大丈夫、もしダメだったら代わりに俺がもらってやるから。あはは、そう、これは冗談。まあ、そのくらいおまえが良い女だって事。だからな、頑張れ。ん、行ってらっしゃい」


そうして、教室に残っていた一組の男女の内、女子生徒の方が教室を出ていく。慌てて、たまたま教室の前を通りかかった風を装い、女子生徒を見送ると再び教室に戻る。中を確認すれば、教室に残っている男子生徒の方がスマートフォンを取り出していた。


「………………やっぱり私とその他の女子への接し方が違いすぎない?」

「何でおまえがここにいるんだよ!!」


思わず呟けば、勢いよくスマホから顔を上げた堂本浩太が声を上げる。だってここ、私の教室だし。下校しようと生徒用玄関まで下りていたのだが、スマホを教室に忘れている事に気付き、兄への用事を思い出したという斎様と一旦その場で別れ、また後で合流する事になったのだ。

ちなみに、堂本浩太は違うクラスで先程の女子生徒は私のクラスメートだった。


「むしろ何で堂本浩太がここにいるの?」

「………友達の相談乗ってたんだよ」

「さっきの子?」


堂本浩太が私と会ってから続けている嫌そうな顔で頷く。だらしなく履いているスラックスのポケットにスマホを収め、さっさとこの場から去ろうと立ち上がる。私は自分の机からスマホを回収し、慌てて堂本浩太を引きとめた。


「あ、ちょっと、ちょっと待って!せっかくだから私の相談にも乗って欲しいんだけど」

「な・ん・で!俺がおまえなんかの相談に乗らないといけないんだよ!」

「良いじゃん、どうせ堂本浩太、今日はアルバイト休みでしょ?」

「何でおまえが俺のバイトの予定を把握してんだよ!」


前世の知識である。ほぼ毎日、放課後と共に誰よりも早く下校してアルバイトへ向かうのが常だが、極稀に教室に残っている事がある。それがバイトの休みの日なのだ。斎様ルートのみ執拗に追いかけていた前世だが、パラメータさえ上げていれば強制的に行われるイベントで教えられるので、その事だけ覚えていた。


「だめ?こんな事相談出来る相手、他に思いつかないし……」


今後も現状に一人で立ち向かわなければいけないのか、と思うと思わず溜息が漏れる。嫌ではない、嫌ではないのだけれど困っている。


「うっ……」


そうすれば、堂本浩太はぴたりと足を止める。さすが、乙女ゲームの気さくで頼りになるイケメンヒーロー、困っている人を放っておけないのだろう。例え普段、そのイケメンヒーローっぷりから私が除外されているとしても。


「何なんだよ」


バツが悪そうに目を背けられているものの、何とか聞いてくれる気になってくれたようだ。物凄く不服そうな顔をしながらも近くの机に腰掛けてくれた。ゲームを含めても、堂本浩太のこんな顔を見られるのは私くらいだろう、という哀しい確信がある。初等部時代、嫌がらせをされていたのは私の方なのに、何故堂本浩太の方がこんな扱いをするのか。理不尽極まりない。


「大きな声ではちょっと……」


耳を貸すようにジェスチャーすれば、自然と首を屈めてくれたので、内緒話の要領で最近頭を悩ませていた事柄を口にする。


「………男の子って、何をしてあげたら喜ぶかな?」

「…………………………………………………それは、あいつに?」

「堂本浩太の言う『あいつ』が斎様ならイエス」


すると、あいつとはやはり斎様だったのだろう。堂本浩太は身を起こすと、般若の顔で叫んだ。


「どうでも良いわこのバカップルが――――――っ!!」


心の籠った叫び声である。


「おまえらバカップルに、いや、馬鹿に、俺を、巻き込むな!」


区切りながら言われた言葉に、異様に感情が籠っていた。思わずおののいて二歩下がる。


「い、斎様は馬鹿じゃないし…」

「その発言がすでに馬鹿だっつってんだよ!ばーかばーか!」


何だか最終的に『おまえの母ちゃんでーべそー!』と言われそうな勢いで罵倒された。私はこれでも真剣に相談しているのに!


「別に恥じらう程の内容でも無い上に、俺以外の男で良いだろその相談!」

「だ、だって、何でだか私、昔から男の子に避けられるし!」

「それおまえの隣の奴が原因だろうがよー!」


きぃいい、と堂本浩太はヒステリックな唸り声を上げて頭を抱える。そんな事を言われてもいないものはいないのである。斎様以外で私の身近な男性と言えば兄がいるが、兄にそういう相談事をするのは何だか気恥ずかしい。三人一緒に住んでいるし。


「つーか、何でそんな事で悩んでんだよ。あいつ、おまえがいるだけでニヤニヤ出来るお花畑脳だろ」

「そんな斎様を馬鹿みたいに……いや、まあ。色々と我慢させていると言うか、私の心の準備的なアレがちょっとままならないというか」

「我慢…?」


もごもごと口籠りながら伝えれば、堂本浩太は首を傾げる。しかし、しばらくして合点がいったのか、カッと目を見開いた。


「やらせてやれよ!つか、まだなのか!」

「仮にもわたくし女の子なので直接的に言うのは止めてくれませんかねえ!」


必死で色々誤魔化していたこちらの気持ちも察して頂きたい!というか、流石にそこまで言うつもりは無かったのに!私にだってその程度の羞恥心はある。


「だってだってだって!よく考えてみて?あのどこを取っても美しい人の前でありのままを晒せと!?惨め過ぎる上に自信喪失する!」

「そもそも自信なんか持つな、おこがましい!」

「ひどい!!」


ただの言葉の綾のつもりだったけれど、それでも私にだってなけなしの自尊心というか、何かそういうのがある!というか単純に釣り合わない自分を自覚してしまうのが怖い!私だってこれでもうら若き乙女なのですよ!?


思わず机に手をついて項垂れれば、さすがに罪悪感を刺激されたのか、堂本浩太が急に私の様子を窺い始める。私の事を女の子扱いしないものの、ゲームでは本来人当たりの良い好人物であるので、きっと良心はあるはずだ。


「い、いや、悪い。つい言い過ぎた。あいつはおまえの事が好きなんだから、そばで能天気にニコニコしててやれば、口では色々言うかもしれないけど本音は満足なんだって。だから、な?そう落ち込むなよ」


その声は、柔らかく気遣いに満ちていて、堂本浩太のそんな優しい声を始めて聞いた私は少し感動する。私以外の女子に対し、初等部時代とはあまりにも様子の違う堂本浩太に、正直これもある種の猫を被っているのだろうか、と思っていたのだが、その優しさを知れば彼は本当に変わったのかもしれない、と思った。

背の高い堂本浩太が、多くの女の子にそうするように私の頭を撫でようとしてくれたとき、


「おい、何してる」


まるで襖のようにスパンッと教室の後方の扉が開け放たれる。大きな音と共に現われたのは斎様だった。何故だろうか、例年稀に見るくらい眉間に皺が寄っている。ついでに声が地の底を這うように低かった気がするのは、気のせいだろうか。

すると、堂本浩太は万歳をするように慌てて飛び退き、勢い余って机と机の間に背中から倒れ込んだ。


「ち、ちが!何もしてない!うっかり初等部の頃の気持ちとか思い出して無い!!」


よく分からない叫びを上げると、這いずるように床の上で暴れて何とか立ち上がり、前方の扉から風のように走り去っていった。俺を巻き込むな馬鹿ぁああああ!という叫びが木霊している。高校で再会してからの堂本浩太はいつもこうである。何故か、斎様を見掛けると真っ青な顔で逃走するのだ。


「変な人ですよねえ………あ、斎様、もしかして迎えに来て下さったんですか?お待たせしてごめんなさい…って、斎様?斎様、どうされました?」


堂本浩太が倒したり、めちゃくちゃにしてしまった机を代わりに直し、斎様に駆け寄ると、伏し目がちに目を逸らしている事に気付いた。心配になって問いかければ、勢いよく両手で頭を掴まれる。


「………………何も無いのは分かった上で、腹立たしく感じる自分の小ささにうんざりしつつも、煮え切らないこの感情をどうしようか……」

「何故そんな複雑な葛藤をしながら私の頭をミシミシするのですか!?」


痛い痛い痛い!頭蓋骨の痛みって尋常じゃない!けれど、最近これにも慣れ気味な自分が切ない!

しばらく痛みに悶えたものの、その後にこれまた何故か、急に斎様がぎゅっと抱きしめてくれたので、私は幸せである。痛いのも速攻で忘れてしまったのである。ぐへへ。








読んで頂きありがとうございます。

初め、もっと下世話な話になりそうだったのですが、何か色々堪えられなくなってこのくらいで落ち着きました。

耳の穴を見られるって超恥ずかしいと思うのです。そしてきっと斎は耳の穴まで美しいのですよ。そんな想いを込めてしたためました。もし、このお話で耳掃除以外を連想されたなら穿ち過ぎですよ!←



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