表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/34

だからヒロインはハーレムを作らない




私が初めてその人に出逢ったのは、紫緒ちゃんが私を庇って怪我をしたときだった。

紫緒ちゃんは、少し不思議な子だった。明るくて、優しくて、でも意外としっかりもしていて、気遣い屋さん。私の事もよく気に掛けてくれては、細かな所まで気を払ってくれていた。

そんな紫緒ちゃんが、二クラス合同体育の授業中に飛んで来たバレーボールから私を庇い、気を失って倒れた。突然の事に私はパニックを起こしてしまい、颯爽と現われた篠宮君が紫緒ちゃんを運んでいく背を、慌てて追いかける事しか出来なかった。


保健室に着いて先生に状況を説明する頃には、不安で頭が一杯になり、このまま紫緒ちゃんが目覚めなかったらどうしよう、と涙で前が見えなくなるくらい混乱していて、支離滅裂な事しか口に出来なかった。

そんな私を言葉少なく宥めてくれたのが、宮下先生だった。先生は落ち着いている篠宮君から事情を聞くと、大丈夫だから、と優しく声を掛けてくれた。何も心配いらないから、と大きな手のひらで頭を撫でてくれて、そこで私はようやく落ち着けたように思う。


落ち着いて、改めて先生の顔を見たとき、思わず驚いてしまったのも今では良い思い出だ。そのときの先生の困ったような顔も。

けれど、他の子が言うように怖い、とは思わなかった。きっと、それはすでに宮下先生の優しさを知る事が出来ていたから。その優しい人柄を知ってしまえば、何も怯える必要などないのだと理解出来た。









宮下先生は、私が極普通に挨拶をすれば、それだけで驚いたように目を剥いた。話しかければ、明らかな戸惑いを浮かべ、言葉少なにそそくさと去っていく。ずっとそんな態度を取られ、もしや嫌われているのだろうか、と不安になった。何故だか、それをとても哀しいと思った。


あるとき、四階の廊下を歩いていると、裏庭の花壇の前に座りこんでいる宮下先生を見付けた。先生は身体が大きい上に白衣を着ているので、四階から見てもすぐに先生だと分かった。宮下先生は花壇の前に蹲ったまま微動だにせず、何をしているのか、とどうしても気になった私は、逸る気持ちを押さえながら急いで階段を駆け下り、花壇に向かった。


宮下先生、と声を掛ければ先生はやっぱり目を見開いて驚きを示し、少しだけ私から距離を取るように後ずさった。何をしているんですか、と問いかければ花壇の手入れだと言う。大きな身体で隠れていたが、よくよく覗き込んで見てみれば、先生の手のひらは土で汚れ、引き抜かれた雑草が山になっていた。


『表の花壇は綺麗なのにここだけ雑草だらけなのは、可哀想だろう』


宮下先生は、そんな風に理由を語った。私は、宮下先生の事を何も知らないのに、何故だかそのとき無性にその考えが先生らしく思えて嬉しくなった。隣に座り込んで、私にも手伝わせて下さい、と言って二人無言で雑草を抜いていたのだが、しばらくして宮下先生が躊躇いがちに口を開いた。


『…………………どうして、桜井はそう屈託なく俺に話しかけられるんだ』

『どうして、って……理由なんていりますか?』


疑問符を浮かべる私に、先生は困惑しながら口にした。手元は止める事なく雑草を抜きながら、私に目を向ける事もなく。


『俺は顔がこれだろう。あまり近付きたくない容姿をしている自覚はある。怖くないのか』


宮下先生は、あまりに当然の事のように口にした。そこには悲しみも諦めもなく、ただ目の前の事実をそのまま口にしただけ、という至極当然の口調で。一体この人は、いつもどんな反応をされてきたのだろう、と無性に切なくなった。


それと同時に、私が挨拶をするだけでああまで困惑されていた理由を悟った。宮下先生はその容姿の為に、ただ気軽に挨拶する事さえ難しかったのかもしれない。

だから、私は努めて明るく笑った。その考え方がとても哀しかったから、まるで些細な事であるかのように、軽やかに。


『正直初めは驚きましたけど、だって私、もう知っていますから』

『何をだ?』

『先生は優しい人です。それが分かっているから、怖くないです』


そのとき、宮下先生は一瞬虚を突かれたように目を見開いて、それから微かな笑みを見せた。力を抜いたようなその顔に、初めて胸がざわつく感覚を知った。









それから、私は毎日のように宮下先生と花壇の手入れをした。まずは雑草を抜いて、小石を取り除き、土の状態を整えた。先生のお仕事の状況に合わせて少しずつ手入れをしていったので、思いの外時間が掛かってしまった。

宮下先生が上の先生に掛けあってくれたお陰で、その頃には花壇に好きな花を植えて良い、という許可をもらう事が出来た。先生は、花壇の手入れを出来ても花の種類には疎いらしく、花を買うのに付き合って欲しい、と私に言ってくれた。初めて先生に頼られた事が嬉しかった私は、もちろん迷わずに了承した。


しかし、実際に先生と花を買いに行く休みの前日、私は頭を抱える事になってしまった。何故だか、急に緊張して来たのだ。何を着て行けば良いのか分からなくなってしまった。先生に私服を褒めて欲しいと思ってしまった。


子どもっぽいと思われるのは嫌だ。けれど、大人っぽい服を目指してちぐはぐになってしまうのも嫌だ。きちんとした格好が良いけど、きちんとし過ぎて気合を入れ過ぎのように思われるのも嫌だ。

その晩は悩みに悩み抜いてなかなか決まらずに夜更かしをし、結局襟付きのブラウスにショートパンツという、いつもとそう変わらない服装に落ちついた。何だかもう、悩み過ぎてよく分からなくなっていた。とりあえず、実際に会った先生もジーンズに上着を羽織るだけの簡単な格好をしていたので、変に気合を入れ過ぎずに良かった、と一安心したのだけど。


先生と花を選ぶのは楽しかった。花の種類や彩りを二人で話し合って、ああでもないこうでもない、と意見を交わし合った。花壇の事で真剣に悩む宮下先生を、改めて優しい人だと思った。


『桜井のお陰で助かった』


先生にそう言ってもらえると、自分でも不思議なくらい嬉しかった。心が湧き立って、心臓がドキドキとして落ち着かなかった。宮下先生が時々見せてくれる笑顔から目を離せなかった。

そんな私が、宮下先生に恋をしているのだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。たぶん、特別な理由なんてなかった。気付いたときには目を離せなくなっていたから。








夏を迎える前に、紫緒ちゃんと篠宮君の関係が変わった事には気付いていた。

以前から仲良しではあったけれど、最近になってその度合いが増した。よく不機嫌そうにしていた篠宮君は意地悪そうに紫緒ちゃんに絡むようになったし、紫緒ちゃんはそれを嘆きながらも何だかんだと嬉しそうにしている。私がそれを指摘すれば、


『ま、まあね!いわゆるカレカノってやつだからね!……ふひひ』


照れながらも、口元を緩めて妖しい笑顔を浮かべていた。ようやく、紫緒ちゃんも素直になる事にしたようだ。出逢った頃から不思議だった。紫緒ちゃんは篠宮君をみると目を輝かせるし、どんなときも篠宮君の事を目で追っているのに、どうして好意を素直に認めないのかな、って。私も、恋愛に鋭い方ではないけれど、篠宮君を見つめる紫緒ちゃんはどこからどう見ても恋する乙女だった。


「紫緒ちゃんと篠宮君は、いつも仲良さそうですね」


花壇の水やりをしながら宮下先生に声を掛ければ、何故か宮下先生はとても複雑な顔をした。心なしかやつれて見える横顔で目を逸らすと、大きな溜息をつく。


「ああ、まあ。仲が良い事は良いんだが。俺がいる事も少しは……いや、でも以前のように揉められるよりは………」

「先生?」


すると、隣に立つ宮下先生は、ぼそぼそと呟いて俯いてしまう。何やら思う所があるらしい。紫緒ちゃんは宮下先生の妹だし、妹が彼氏と仲良いのもそれはそれで複雑なのかもしれない。


「まあ、夏だからな……」


先生は謎の言葉を呟く。一体それに何の関係があるのだろう。確かに、太陽は空高い位置から熱線を放ち、目も眩むような輝きを放っている。水やりをしていてもちっとも涼しくないし、じっとしているだけでじわりと全身に汗が滲む。いつも白衣を着ている先生も、今は流石にそれを脱いでいた。


「夏休みは、デートとかするんでしょうか?」

「そりゃあ、するんじゃないか?」

「そうですよね。………あの、先生は」


私は、勇気を振り絞って言葉を続ける。始めは困惑していた宮下先生も今は普通に話してくれるようになったけれど、先生は私の事をただの生徒としか見ていない、と分かっていた。

目を合わせられず、水をやりながら花壇を見詰めたままで口を開く。


「先生は、そういうご予定は、ないんですか?デート、とか」


ない、と言って欲しいな。というか、あると言われてしまえば、泣いてしまいそう。だけど、急に泣かれたらきっと先生が驚いてしまうから、優しい先生は理由を知れば罪悪感を覚えてしまうかもしれないから、我慢しないといけない。


「ないな」


すると、先生はあっさりと否定する。少し苦笑混じりなそれにほっと安堵して思わず顔を上げれば、宮下先生はそのままの調子で言葉を繋げた。


「大体、俺はこんな顔だ。一緒に出掛けたいと思うような奇特な女性がいるはずないだろう」


それは、あまりにも自然な言葉で。まるでこの世の真理のように当たり前で、不変の事実のように、先生は口にする。そこに卑屈な感情や悲哀すらもなく、ただ事実をそのまま受け入れているような、そんな口調が哀しかった。

だって、先生は素敵な人だから。そんな優しい先生だから、私は好きになったの。そんな風に、自分を卑下するような事を言わないで。


「いますよ」

「え?」

「私は先生と、お出かけしたいです。出来れば、色んな所に」

「ん?ああ、ありが………なっ、桜井。何を泣いているんだ」


私は涙を堪えられなくなってしまった。じょうろを置いて、そんな自分を隠すようにしゃがみ込んで膝に目頭を押し付ける。宮下先生がおろおろと私の様子を窺っているのも分かったけれど、涙を抑えられるまでは顔を上げたくなかった。


「先生が、好きです」

「は?」

「先生の、優しい所が好きです。黙々と草を抜くような、真面目な所が好きです。花に水をやって、静かに微笑む所が大好きです」

「え、ちょっ、桜井?」


先生は大いに戸惑いながら私を呼ぶ。ついに言ってしまった。まだ出逢って半年も経っていないのに、いつの間にか宮下先生への好意がここまで大きくなっていたのだと、口にして改めて気付いた。


「いや、桜井、俺は…」

「待って」


断りの言葉かもしれない。何かを口にしようとする宮下先生を、私は言葉になる前に遮った。何とか涙を止め、意を決して立ち上がる。優しい先生を泣き落とすのは、とても卑怯だと思うから。


「お願いです、まだ振らないで。私、本気ですけど、待って下さい」


先生を真っ直ぐに見詰めて、出来る限り笑顔を浮かべる。泣き笑いみたいな情けない顔になっているかもしれないけれど、何とか大いに動揺している先生と向き合う事が出来た。

「好きです、けど、まだ振らないで。私、きっと良い女になります。先生に好きになってもらえるような、そんな素敵な女性になります。だから、お願いだから、まだ振らないで」


けれど、言葉を重ねれば重ねるほど、積み重ねた想いが溢れ返りそうになり、情けない事にまただんだんと俯いてしまう。こんなのじゃあ、まだまだ素敵な女性にはなれそうもない。


「お願いです。もうしばらくは、先生の事を好きでいさせて」


そこまで口にするのが限界だった。私は先生に断りを入れて、その場を駆け去る。言い逃げは卑怯だな、とも思ったけれど、どうしても先生の前でこれ以上泣きたくはなかった。

明日からどうしたら良いだろう。先生、迷惑とか思ってないかな?ううん、優しいからきっとそんな風には思わないよね。でも、気まずくなって、以前のように一緒に花壇の手入れを出来なくなるのは嫌だな。どうしよう、どうしたら良いかな。


告白した事に、後悔が溢れ返った。どうして、言ってしまったのだろう、と思わず嘆きたくなってしまう。けれど、それ以上に


「先生、私の事、異性として見てくれるかな」


そう期待する心の方が大きかった。

きっと、先生からすれば私はまだまだ子どもだけど、この気持ちだけは本物だから。どうか、伝わって欲しい。

頑張って良い女になろう。だから、今だけは、勇気を振り絞って力の抜けた身体で、地面にへたり込む事を許して欲しかった。








読んで頂き、ありがとうございます。

ゲーム通りならヒロインの卒業式に一番好感度の高い男性が告白するのですが、愛花もまた現実に生きる人間なので、衝動のまま告白しました。

二人とも真面目なので、このまま高校卒業まで引っ張ります。

愛花は乙女ゲームのヒロインらしく、卒業の頃には本気で良い女になっている事でしょう。三年かけて自分を磨きまくるのです。


ちなみに、そんな強面の兄を良いなあ、と思うちょい悪なお姉さんがいない訳ではありません。ただ、そんな強面を好むちょい悪なお姉さんが手を出すには、兄の人間性が健全過ぎました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ