追放者-バニッシャー
僕は、じゃなかった。
俺は意を消して、ナイツオブワンダーランドの王都の教会で、ある人物を待っていた。
誰が来る。あいつか、あいつか?それともあいつか?いくら考えてもわからなかった。
しばらくしてやってきたのは予想のどれもとも違った。
やってきたの者は、真っ黒なドレスのようなスタイリッシュな鎧を身にまとっている。見た目から言えばクラスは戦士だろうか。現実とは異なるのは、彼女が真っ白な白髪に、ルビーのような紅い瞳をしていたことだ。
「やぁ。時間ぴったりだね」
「先輩、なんですか?」
「ここではね、ダリアっていうんだ」
先輩は先輩自信だった。多くを語ることはなくて、言われるがままに、俺は後をついていった。
気が付いた時には王都の西に位置する、荒野にいた。
「どう?雰囲気いっぱいでしょ?」
「そうですね」
「ここはね。かつて湖だったていう設定なんだって。でも今はもう、何もない。綺麗だと思わない?」
「先輩は、歪んでいます」
「やっぱり、そうかな」
沈黙が二人の間に流れる。造り物の空には満月が登っていた。月明かりに照らされて、先輩の顔はどこか、物哀しげに映し出していた。その顔は、やっぱり綺麗だった。
先輩は言った。
「じゃぁ、始めようか」
「はい」
僕は剣を構える。全身の装備は先日の戦いで稼いだ金で、一新できた。銀の鎧、銀剣、銀楯が今の俺の装備だ。
先手を取る。ダリアはまだ武器もだしていない。ダリアには悪いが、その隙をつく。
飛び込むように一気に間合いを詰める。そして銀剣を振るう。
その一撃は確かにダリアの体を捉えていた。
しかし、その手応えがまるでない。
ダリアは涼しい顔で俺を見ている。
その紅い瞳はまるで俺の全てを覗き込むようだった。その瞬間から俺は、とてつもない不安に駆られた。俺は我を失って一心不乱に銀剣を振るった。何度も、何度も、何度も。いくら斬っても手応えがない。
スタミナが削られていく。これは何かの呪か?魔眼、かもしれない。
まるで亡霊を相手にしているようだった。
ダリアはいまだに武器すら出していない。
ダリアはつまらなそうな表情で俺を見つめるだけだ。
ダリアは言った。
「そろそろいい?」
よくはない。俺は咄嗟に後方に飛退いた。何が来るんだ。
ダリアは唱えた。
「汝、我の血と肉を喰らい、暗黒よ来たれ」
辺りに禍々しい気配が漂う。荒野のいたるところから、闇が蠢く。そして、そのそれぞれが人間の腕を模った。そして一斉に、俺に向かって、伸びてくる。
俺は銀楯で闇を受ける。受けきれない闇は銀剣で斬り落とす。銀製の装備が幸いした。銀製の装備には闇属性に対する若干の耐性、及び攻撃力増加の付加が与えられる。
この「闇の追手」は斬撃で防げるようだった。しかしすぐに、それが思いすごしであることをすぐに思い知らされる。
「闇の追手」は無尽蔵に襲ってきた。
ダリアはそれをただ見ている。
やがて俺はスタミナが尽きて膝から崩れ落ちる。無数の「闇の追手」が俺を掴んでいく。無数の「闇の追手」やがて一つとなり、一つの巨大な「悪魔の手」を構成した。そして凄まじい握力で俺を握り潰す。
凄まじい苦痛だ。このゲームは記憶を再現できる。過去に苦痛を味わったことがある者ほど、味わう苦痛はよりリアルな者となる。全身から軋むような音がする。急激に体力が減っていく。
一体この魔力はなんだと言うんだ。魔術師クラス、それも、その中でも上級職である魔女クラスの魔力相当じゃないのか。まだソフトのリリースから1週間程度だぞ。物理的に無理なんじゃないのか。
意識が朦朧とする。突然、俺を握り締める力が弱まる。それでも拘束は続いている。
ダリアはストレージから武器を具現化させる。闇が集束し武器を模っていく。
それは終鎌となった。ありえなかった。 魔術師クラスのプレイヤーは武器を装備できないはずなのに。
ダリアは言った。
「君はこのゲームが好き?」
俺は何も答えられない。ダメージからなのか、状況からなのか。そういえば俺はこの世界に来てからやられてばかりだな。
ダリアは終焉乃鎌を大きく振りかぶる。そして振り下ろした。
大地が割れる。砕け散る。まるで隕石でも落ちかのように大地がえぐれる。
大地にはまだ闇色のオーラが残存していた。
しかしその一撃は俺には当たらなかった。ダリアがあえて外した。
ダリアは言った。
「今ので、君は死んだよ」
ダリアが手を払った。すると辺りの闇も、終終焉乃鎌も消えた。
ダリアは回復薬を俺に振りかけた。
遠のいていた意識が戻ってくる。
ダリアは言った。
「私、強いでしょ」
「はい。強すぎます」
「私のクラスは追放者。チーターなんだ私」
「まさか」
技術上不可能だった。開発方法も不明なゲームの情報改竄なんてできるわけがない。それでもこの強さは理解を越えている。
ダリアは言った。
「君もこの力が欲しい?」
答えは簡単だった。
「さっきの質問ですけど、俺はこの世界が好きです。だから、その力は要りません。いつになるかわかりませんが、自分で、自分の力で、アナタを倒します」
「へぇ。ちょっと見なおした。でも残念だな」
「先輩はこの世界が嫌いですか?」
彼女は答えなかった。
俺は振り返ると、その場を立ち去ろうとした。
ダリアは言った。
「永久落って、知ってる?」
「聞いたことぐらいは」
「もし、本当に永久落ちがあるとしたら、君はどうする?」
「そのときは、理由を探します。永久落が存在する意味を」
「そう。あとで君にメール送るから。きっと君なら、その理由の答えがわかると思う。じゃぁ、さよなら」
「それってどういう」
俺が最後まで言い終える前に、彼女は何かアイテムを使うと、虚空へ消えた。
そして、彼女の声だけが残響した。
荒野の月明かりは、まだ俺を照らしてた。




